もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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波瀾編突入。
展開上あんまり弄れない


波瀾編
もうちょっとだけ、世界が優しかったら。その2


「あー!もー!つまんないー!」

 

「気持ちはわかるけど……もうちょっと、もうちょっとだけな?」

 

「そのもうちょっとっていつー!?」

 

「だって入院してからもう四ヶ月も経つんだよ!?その間に紫様は千鳥のおねーさん達に負けちゃってるし……荒魂はいっぱい出てるし……」

 

「私だってまた千鳥のおねーさんと戦いたいー!」

 

あれから4ヶ月。

無事に治療も終え、すっかり元気になった結芽は今、身体に残ったノロを抜き出す為に長期間の入院を強いられている。

 

その事が、本人にとってはこの上ない退屈の種となっているからか、口を開けばすごく強い千鳥のおねーさん……衛藤可奈美ちゃんと戦いたい、と言っている。

 

「可奈美ちゃんね……仕事が忙しくなければ、お見舞いに行くんだけどな…って言ってたっけ」

 

「え?お兄ちゃん、会った事あるの?」

 

結芽が問いかける。

本当に最近の話なので、結芽に言うのを忘れてしまっていた。

 

悪い癖ではあるが、元気に笑っている結芽を見ると、安堵と喜びのあまりに全て忘れてしまうのだ。

 

「最近、鎌府でね。可奈美ちゃんが沙耶香ちゃんと話してた時に、結芽の事が話題に上ってたから、つい声かけちゃった」

 

「へー、千鳥のおねーさん、覚えててくれたんだ……えへへ」

 

「みたいだね、結芽」

 

はにかむ結芽に、こちらも嬉しい気持ちになる。

 

──

────

──────

 

「そう言えばさ、親衛隊の天然理心流の子ってすっごく強かったんだよね!」

 

「……第四席の子?」

 

荒魂退治を終え、鎌府のとある一角で休憩を取っている衛藤可奈美と糸見沙耶香の二人。

最近、どこか物足りなさを感じている可奈美は、かなり強かった刀使が居る事をふと、思い出していた。

 

 

「うん!一回だけ……あ、御前試合の時も含めると二回かな?それでまあ、戦ったんだけど……そう言えば、本部でも親衛隊は三人だけしか居なかったけど……どこに居るのかな?」

 

「入院してるよ」

 

「!?……えっと…」

 

「可奈美。その人、お兄さん」

 

「お兄さん……って…え、そうなんですか!?」

 

「うん。燕結芽のお兄ちゃんです」

 

結芽に関する会話が聞こえてきた。

 

普段なら、口を挟む前に何かしらの自制心が働くのだが、方や顔見知り(糸見沙耶香)がいた為に大丈夫かと、声をかけてしまっていた。

 

それに、衛藤可奈美は結芽が言う所の千鳥のおねーさん。と言うのもあった。

 

「……お久しぶりです」

 

「うん、久しぶり」

 

「え、沙耶香ちゃん知り合いだったの?」

 

「うん。でも、あんまり関わった事は……」

 

「無い、ね。基本的に僕って事務仕事だからねぇ」

 

「うん。何度か顔を合わせた程度」

 

「へ〜……あ、あの、入院って……」

 

少し、気まずい表情を浮かべながら尋ねる可奈美。

 

「ああ、結芽は昔っから、循環器系が悪くてね。まあ、その。不治の何とかって類だったんだよね、それで」

 

「あっ……えっと……」

 

「だった、だからね。今は元気だよ。まあ、色々あってまだ入院はしてるけど……」

 

「無事だったんですか!?あー…良かった……!」

 

不治、と切り取って聴いてしまい、もしやと最悪の想像をしてしまったが、そんな事は全然なかった事に、心から安堵する。

 

「その御刀……千鳥、だったっけ?」

 

「あ、ハイ!そうです」

 

「結芽がね、千鳥のおねーさんと戦いたいって良く言ってたんだよね」

 

「はい!私も同じ気持ちです!」

 

「可奈美……」

 

一も二もなく即答する可奈美に、少々引いてしまう沙耶香。

 

「はは、ありがとう。伝えておくよ。えっと……」

 

「可奈美。衛藤可奈美と言います。可奈美で構いません!」

 

「可奈美ちゃんね。うん。退院したら頼むよ、その時は」

 

「はい!あっ……お見舞い、行けたらいいんですけど……」

 

「最近、荒魂の数が多いもんね。仕方がないさ」

 

「はい。忙しくなければ、伺ってたんですけど……」

 

気が咎めた様な、重い面持ちをする可奈美。

 

「大丈夫。退院した後に、ね?」

 

気にしなくて良い。

退院後に、試合をしてくれれば、結芽はそれで良いと思う。

そういう事を暗に伝えようとしたのだが……

 

「はい……あーでも!」

 

「でも?」

 

「沙耶香ちゃん!今日ってこの後どうしてたっけ!?」

 

「え、あ……多分、荒魂さえ出なければ、自由」

 

「よし、本部長に今日行けないか掛け合ってくる!」

 

「可奈美!?」

 

突拍子の無い、と言うわけでは無いが、余りにも突然の可奈美の行動に驚愕する沙耶香と

同じく、驚愕の色を隠せない。

 

 

「多分大丈夫!美炎ちゃんだって言ってたもん!なせば、なるっ!って」

 

「何か、違うと思う」

 

「よし!……あ、お兄さん、その前に連絡先の交換……

 

───────

─────

───

 

「……え?おねーさん、ひょっとして来てるの?」

 

今日行けないか、と可奈美が言っていた事を聞き、半信半疑ながらも、期待に駆られる結芽。

心なしかそわそわしている様にも見える。

 

「多分…来るとしたら…そろそろ……」

 

「あの…失礼しまーす」

 

「……ほんとだ、本当に千鳥のおねーさんだ!」

 

本当に話通りに見舞いへと訪れた可奈美。

絶無と言える位には()()()()()は訪れていなかった為、喜び様もかなりのものである。

 

「そうだよ、結芽ちゃん!」

 

「久しぶり!」

 

「うん!久しぶり!覚えててくれてうれしいよ!千ど……あー」

 

「可奈美。衛藤可奈美だよ」

 

今更千鳥のおねーさん呼ばわりはどうかと思い、改めようとしたのを察したのか、可奈美は改めて自己紹介をする。

 

「うん、可奈美おねーさん…だよね。改めてヨロシク、おねーさん」

 

「あ、ねぇねぇ、ずっと気になってたんだけど、紫様を倒した時ってどんな感じだったの?」

 

「え?あ、いやー、なんて言うんだろ、説明が難しいっていうか……」

 

「……暫くしたら戻るから、ゆっくり」

 

ガールズトーク……と呼ぶにしては殺伐とした内容の会話が始まった。

ああ、刀使なんだなと再認識させられる。

同室はせずに、席を外す事にする。

 

「あ、ハイ!お構いなく」

 

「うん、わかった!」

 

席を外す事にしても、拒否反応を示さない結芽。

 

「……うん、喜んでくれて何より、だ」

 

それは、心から嬉しく思う出来事だった。

 

「ま、お見舞いなんて来ないしなぁ……」

 

「真希はフラフラしてるし、寿々花は鎌府で入院中」

 

「夜見は───」

 

 

同じ病院で入院中だし。

 

 

「夜見は……起きてるね。調子はどうだい?」

 

「……ハイ。お陰様で」

 

皐月夜見が入院している病室へ入る。

彼女は体内に残留しているノロの量が他の人より多い為、更に期間がかかるのだとか。

 

──といっても、サンプル数の絶対値が少ないので、何とも言えないが。

 

「それは良かった。と言っても、昨日振りなんだけどね」

 

基本的には折を見て毎日顔を出している。

結芽が寝てるか何かしらで僕が居なくても大丈夫な時、だけだが。

 

 

「……あの、良いんですか?」

 

「結芽かい?それなら、今は可奈美ちゃんがお見舞いに来てるから大丈夫かな」

 

「そう、なんですか?」

 

あまり耳慣れない人物に、少なからず驚愕を覚える夜見。

 

「うん。だから邪魔するのも悪いかなーって思ってさ。だから大丈夫。夜見が気にする事じゃないよ」

 

「ですが……その…」

 

「もー、すぐそうやって自虐的になるんだから」

 

「……すみません」

 

「別に怒ってる訳じゃないんだから、謝る必要はないんだよ?あ、これにも謝っちゃ駄目だよ?」

 

「…………はい」

 

「…………」

 

「あの……」

 

「なんだい?」

 

「ご迷惑に、なってませんか?」

 

俯く夜見に、

 

「迷惑って……何言ってんの。本当に迷惑だって思ってたら、そもそも手なんか伸ばしてないよ」

 

そんな事はない、とその言葉を否定する。

 

──

───

────

 

 

 

「あれは……夜見、だよな」

 

折神紫体制から折神朱音──舞草への体制移行の後処理に追われる日々。

結芽が寝静まってから、深夜に鎌府学舎へ行っては書類を作成したり、処分したり。

 

はっきり言って、折神紫時代の方が楽だった。

そう懐古していると、曲がり角に見慣れた人物の影が。

 

 

「…………げ」

 

壁に張り付き、姿を伺う。

高津学長じゃん……!とは、声には出さなかった。

ただ、また何かロクでもない事をしでかしている。

何故か、確信めいたものがあった。

 

「───!!───!」

 

「………………」

 

「聞こえないが……何を話して……?」

 

高津学長に着いて行く夜見。

その光景を目の当たりにして、なぜか、無意識のうちに、足が前へと出ていた。

 

「おや、高津学長ではありませんか」

 

「……誰かと思えば……裏切り者…!」

 

舞草に通じていた……半分以上誤解なのだが、そう思われる人物の登場に、憎悪を隠さない高津。

内心、変わらないな、と苦笑いを浮かべる。

 

 

「どっちが……で、こんな所で何やってんですか?夜見も」

 

「貴方には関係無いじゃない?早くあの小生意気な妹の所にでも帰ったらどうなの?」

 

「関係無い、ねぇ………夜見?」

 

ラチがあかない。

そう判断し、質問先を夜見へと変える。

 

「……………」

 

「行くわよ、夜見。そんな男、無視しなさい」

 

「……はい」

 

しかし、答える事は無かった。

 

「夜見!」

 

「………離してください」

 

思わず腕を掴んでしまう。

ここで掴まないと、もう駄目な気がして。

ここが、最後になるのではないか、と。

そんな気がして。

 

「どうして、学長と?」

 

「アナタには関係の無い…「少し黙っててくれますか!?」

 

 

「聞かせて欲しい」

 

話に割り込もうとする学長に怒鳴りつける。

以前だったら絶対に……多分こんな事は無かったな、とぼんやり思った。

 

掴む手を離し、言葉に耳を傾ける。

 

「………たしは」

 

「私は、何にもなれない、から」

 

そう答える夜見は、今までに見た事ない様な位に、悲痛。悲壮感が漂っていた。

 

「真希さんや寿々花さん、そして結芽さん達とは違って、私は弱い。だから、ノロを求めました」

 

「そう。貴女は「だからうるさいって!」

 

夜見の独白。

それすらも割り込もうとする高津学長に、嫌気が差すと共に。

そういやこんな人だった、と思い出す。

 

 

「学長に、ヒメについていけば…私は………きっと…」

 

「……ヒメ?」

 

聞き慣れないフレーズ。

《ヒメ》とは一体、何のことだろうか。

 

「っ…夜見!行くわよ!」

 

「………っ」

 

何か聞かれたらマズイ事だったのだろうか。

強引に夜見の手を掴み、引っ張ろうとする高津学長。

 

「…………えい」

 

それを見てからは、早かった。

ポケットには、手持ち無沙汰になっていた麻酔薬。

それを素早く取り出すと───

 

「っ……あ…お前、何…を…!?」

 

高津学長の首筋目掛けて突き刺す。

薬剤が流れ込む音がする。

意識が朦朧とし、その場に倒れこむ高津学長。

 

「や、やってしまった……」

 

ここまで効果があったのか。

一体何を渡してんだよ、と内心毒づく。

 

「それ、は……」

 

「そう、貰った麻酔薬。結局使わないまま取っておいたんだけど、まさか此処で使う事になるとは……」

 

「……どうして、ですか」

「うん?」

 

「どうして、私に、構ってくれるんですか?」

 

夜見の、疑問。

余程大事な事なのか、しっかりと目を見据えている。

 

「私は……結芽さんとは違って、貴方にとってはどうでも良い筈なの…に」

 

「違う。それは違うよ」

 

「そんな事……!」

 

「確かに、確かに僕は結芽の事は大切だけどさ……だからと言って、親しい人をむざむざ見捨てる様な真似なんかしたくないよ」

 

「…………」

 

「あ!信じてないだろ。ひどいなー……流石に傷つくぞ?」

 

そう、笑って見せる。

こんな事を思ってたのか、と心の中では痛々しく思いながら。

 

「…ごめんなさい」

 

「うん、まあ……そう言う事だから、さ」

 

手を指し伸ばす。

掴んでくれる事を信じて。

 

 

「高津学長じゃなくて、僕と一緒に来ないか?」

 

夜見が自分を愛せる様に、なるまで。

掴まれたら、離さないつもりでいた。

 

 

──────

────

──

 

 

 

「それは……」

 

「別に今すぐ、って訳じゃないけどさ、もうちょっとだけ僕を信じては、くれたりしないのかな」

 

あんまり信用されてないのか、と少々悲しくなる。

 

「…………」

 

「ね、夜見?」

 

「……良いんですか?」

 

「なにが?」

 

「私なんかが、貴方の所に居て。ご迷惑にならないですか?」

 

静かに雨が降りはじめるように、言葉をゆっくりと紡ぐ夜見。

その言葉は、何処か悲壮感、或いはコンプレックスを感じさせた。

 

 

「迷惑だなんて思ってたら、こんな事言わないし、それに今更だろう?」

 

だから、僕にできるのは微笑んで、肯定する事だけ。

そう、思ってたし、考えていた。

 

「……良いんですね?本当に、本当に。私、迷惑かけてしまいますよ?それでも、それでも……」

 

筈だった。

 

「うん。迷惑なんて思わないよ。だからね、夜…み……?」

 

「…………」

 

「おい、いきなり起き上がると……」

 

そんな中、突然、体を起こして、カテーテルだとか、チューブだとかを引っかけない様にゆっくりとベッドに腰掛ける夜見。

 

「燕さん」

 

「……うん?」

 

「少しの間で良いんです。私を、抱き締めてくれませんか?」

 

一体、何を、と考えたのも束の間。

夜見がこんな事を懇願してきた事は、青天の霹靂とでも言うべきなのだろう。

 

何故、とは問わなかった。

断ってしまえば、このまま消えてしまいそうだと、何故かそう感じたから。

 

「…………うん、いいよ」

 

ゆっくりと近寄って、少々遠慮気味になりながらも、腕を回す。

普通感じる事のない、誰かの温もり。

それに、どこまで強く抱き締めれば良いのか、と戸惑いを覚えるも。

 

「本当は、ずっと前からこうして欲しかったんです……」

 

「…………夜見?」

 

腕を回した段階で、夜見もまた、僕へと手を回していた。

僕の意思に関係なく、強くも、どこか嫋やかだと思わせる様に夜見は抱きしめて来る。

 

「結芽さんに遠慮して、言い出せませんでしたけど……今、だけは」

 

更に強くなる力。

もう、離さない、離したくない、と────

 

 

「貴方の温もりを感じてても、良いですよね」

 

「……………そっか」

 

そう言っている様に思えて、ならなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ふーん、真希おねーさんがねー…」

 

「本当は、言っちゃダメなんだけど……」

 

裏で何が起きているかとは露知らず。

こちらはこちらで他言無用の情報を流すと言う行動に出ている人が居た。

 

「結芽ちゃんなら心当たりがあるかな、って思って」

 

「うーん……」

 

フードを被り、他の刀使を襲いノロを奪っている刀使が居る。それは獅童真希だ。

と先程可奈美からは聞いたものの。

 

「うーん…………」

 

考え込む。

 

「わかんないなぁ……」

 

考え込んでもやはり、結芽には何故真希がそんな行動に出るのかが、わからなかったようだ。

 

「そっか……」

 

「だってさ、そもそも真希おねーさんが他の子を襲う理由が無いもん」

 

「それは、ノロを…確保する為、とか?」

 

「私程じゃないけど、真希おねーさんだってそれなりに強いし、寿々花おねーさんも夜見おねーさんもノロを抜く為に入院してるから、なーんで真希おねーさんだけなんだろうな、ってちょっと不思議かな」

 

「うーん…成る程」

 

そう言われてみると、そうかも知れない。

可奈美はどこか納得していた。

 

「あんまり役に立たないと思うけど…」

 

「いや、良いの全然!私達だって、何にもわからない事だらけだし」

 

「あ、あー、いや……うーん…」

 

「結芽ちゃん、どうかしたの?」

 

「お兄ちゃんなら、なんか知ってるかも……ってちょっとだけ思って…」

 

ふと、もしや……?と思いつく。

まさか、なとは思うけど。

 

「お兄さん?……獅童さんとは、どんな感じだったのかな?」

 

「…………フツーだと思うけど」

 

「?……あ、でもこれ以上広めるのは…」

 

一瞬、不機嫌そうに見えたが、良く分からずに流す可奈美。

 

「私には教えたのに?」

 

「うっ、それを言われると……」

 

「ごめんごめん、おねーさんついからかいたくなっちゃうんだもん」

 

「もー、ひどいよ結芽ちゃーん……ん?」

 

「……!ごめん結芽ちゃん。私もう行かなきゃ!」

 

折神家から──今は舞草だが。

支給されている、端末型スペクトラムファインダーが荒魂の反応を感知する。

 

「荒魂?」

 

「うん、そう!この近く!」

 

「あー、うらやましいー!こっちは暇だよー!もー……」

 

未だ病院から出られぬ身を恨む。

入院しなきゃ、元も子もないのはわかっているけど。

いざ元気なったら、それはそれで暇だった。

 

「あはは、退院したら、試合しようね、結芽ちゃん!」

 

「うん、可奈美おねーさん。約束!」

 

「うん、もちろん!約束だね!」

 

指切りをして、約束を交わす二人。

お互い、実に晴れやかな表情だった。

 

「じゃ、…あーっとそうだ!」

 

「?」

 

「結芽ちゃん、携帯持ってる?」

 

「うん、持ってるけど……」

 

「連絡先、交換しよ!」

 

「……もちろん!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

「そういえばさ、お兄ちゃんって真希おねーさんが何してるのか知らないの?」

 

「真希?」

 

可奈美が帰った後、入れ違う様に戻って来た兄。

一瞬、何か違和感を覚えたが、今は機嫌が良い為、あまり気にはならなかった。

 

 

──

───

─────

 

 

「……なぁ、真希」

 

「……なんだ?」

 

「僕の家に飯を食べに来るのは全然良いんだけどさぁ……」

 

「そのフード、何とかならないの?」

 

獅童真希。

現在は、一時的に家に上がり込んでいる。

舞草に合流する事なく、そのまま姿を消した筈の彼女が、尋ねてきたのは、いつの事だっただろうか。

 

 

「ご飯とフードをかけているのか?……そうだな、30点と言った所か」

 

「違うわバカ。その格好何とかしろって言ってんだ。痛いし、それじゃ、お前の追ってる"ヒメ"とやらとモロ被りって話じゃないか」

 

黒ずくめなフード付きのローブを纏って、日本を駆け回る真希。

曰く、折神紫から逃げ出し、3つに別れた三人?のヒメを追っているのだとか。

 

 

「うっ……とは言ってもだな…やっぱり、姿を隠さないとマズイだろう?」

 

真希はごもっともな事を言っている様だが。

 

「ふつーに長船学長に頭下げれば良い話じゃないの?」

 

なのである。

情報提供しろよ。なんて風に思った事は数知れず。

 

「まあ、それも考えたが……」

 

考えてんじゃねえか。

内心呆れてしまう。

 

「てか結芽の見舞いはどうした、来てくれないのか?」

 

「…………ボクだって行きたいが…バレるだろ、長船の学長に」

 

「いやまあ、そうだけどさ…」

 

「……それに、今もノロが体内に入ってるボクだからこそ、奴の気配を追う事が出来る」

 

「だから今は、止まる訳にはいかないんだ」

 

「……ま、あんまり気を張り詰め過ぎないようにね?」

 

そう言われてしまうと、引き下がる他ない。

深く首を突っ込んでも、刀使ならぬ身では死ぬだけだからだ。

 

「ああ、わかってるが……それより、だ……」

 

「?」

 

「ここまでして貰ってだが、その、良いのか?本当に」

 

何やら、ソワソワしてる真希。

 

「何の……ああ、良いよ全然。気にしなくて」

 

食事に、まあ、色々。

口座使うと特定されるかも知れないし、色々と世話を焼いていたのだが、本人からしたらやはり、気が咎めるのだろうか。

 

「だが、世話になり過ぎ……と言うか…その、だな?」

 

「……ん?」

 

何やら、変わった雰囲気。

嫌な予感を感じる。

事実、真希の頬が紅潮している様な……いや、している。

 

「もう、ボクには、返せる様なものが……その………ボク自身の……」

 

そう言って、着ている衣服を少しずつはだけさせてく真希。

 

「真希」

 

「……な、何、だ…?」

 

「正座」

「……えっ」

 

「正座」

 

何をしようとしているのか、粗方の事は悟ったが、色々とマズイ事は疑いようもない。

此処は、歳上として説教をする事に決めた。

 

「あ、ああ」

 

「まずさ、タギツヒメを追いにさ、協力者も無しにどうして流浪の旅に出ようと思ったの?」

 

まずは話を根本に持っていく事で、有耶無耶にしようと図る。

 

「それは、責任を感じて……」

 

「舞草に最初っから色々説明して、ノロの除去待って貰えば良かったじゃん」

 

「…………それを言われると、その。なんだ、困る」

 

「困るんだったら最初っからやるなよ……と言うか、頼ってきたのはそっちからでしょうに……」

 

この際、良い機会だからと今迄思っても言わなかった事を打ち明ける。

 

 

「…………そうだな」

 

「ファンの子は?って聞いたらさ、『迷惑はかけられないし、それに、ボクの事を信用してくれるかもわからないから……図々しいのは、解っているが……頼む、助けてくれないか?』って頼んで来たのは真希でしょ?」

 

「……ああ」

 

過去の話を持ち出され、バツが悪くなる真希。

何とか空気を違う方向へと反らせたかと内心勝ち誇る。

 

「寧ろ、良く僕の事は頼ってくれたね」

 

「……それは……その……頼れる人が、他に思い付かなかった……から」

 

頬に朱が差した顔を逸らし、目を合わせない様にする真希。

 

「……それなら、気にする方が失礼だよ、真希。頼られた方が言ってるんだからそうなんだ」

 

「………申し訳ない」

 

自爆したかと内心冷や汗をかくが、杞憂だった様だと胸を撫で下ろす。

 

「危ない真似をするな、とはまあこの際言わないが……少しは自分の身を大事にして欲しい」

 

「……ああ、肝に銘じるよ」

 

「じゃ、これでこの話はお終い!以上!」

 

自分から話を終わらせる。

この手の話は長くなる上に、終わらせるタイミングが掴めない為に、やる手法だ。

これが初めてだが。

 

「…………そうか」

 

「…頑張ってね」

 

「ああ。勿論だ。それと……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

礼を言う真希。

断る理由も無いので、キチンと受け取る。

 

「あの……」

 

「本当に、良いんだな……?」

 

終わったと思ったら、終わってなかった。

若干目を潤ませながら、やや上目遣いになる真希。

 

「良い!もういってらっしゃい!」

 

席を立ってその場を離れる。

そうでもしないと──

 

「…………残念だ」

 

押し倒されそうで怖かったから。

 

 

─────

───

 

 

「…………本当、何処で何してんだろうね」

 

「…………本当に知らないの?」

 

ふと何時ぞやの事を思い出し、目が遠くなる。

あの時は大変だった。

その後もちょくちょく危険な目に遭っているけど。

 

「うん、()()()何してんのかなんて、僕にはわからないよ」

 

「ふーん…そっか」

 

藪蛇は怖い。

どう説明しろと、と困るし、もしも誰かに聞かれたら迷惑になるだろうから、此処は誤魔化す。

 

「うん。寿々花と違って、本当に居場所がわからないからね、真希は」

 

「寿々花おねーさんは……」

 

「鎌府で入院している。今日はやっと見舞いに行ってあげれたかな」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ、結芽をお見舞いに来る予定が見舞われる事になるとはーって苦笑いしてたよ。その帰りに、可奈美ちゃんと沙耶香ちゃんにも会ったんだよ」

 

 

───

─────

───────

 

 

「やあ、元気してる?」

 

「燕さっ……あなっ、貴方!?生きてらしたの!?」

 

4ヶ月振りに見る、親しい顔に驚愕の色を隠せない寿々花。

 

半ばこの世を去っているのではないか、と薄っすら考えていただけに、その驚きは格別だ。

 

「ひどいなぁ…ちゃんと生きてるよ。結芽もね」

 

「まあ……!それは嬉しい話ですわ!久々に良い話を聞きましたわ!ここの方、何にも教えてくださらないんですもの。心配、しましてよ?」

 

「……それは申し訳無かった。謝る」

 

携帯で連絡はした筈なんだけどな、とは思うが、恐らくは情報規制が入っているのだろう。

そう考えると、結芽の入院している病棟はマシな方だったか、と思う。

 

「いやー、にしてもさ…寿々花とは、四ヶ月ぶり…になるのかな」

 

「ええ、本当!真希さんと言い、夜見と言い。誰も来ないんですもの。寂しかったですわ」

 

「ごめん……言い訳するなら、お見舞いの手続きに時間がすっごく掛かったと言うか……舞草に良く投降したね」

 

「……これでも此花家はそれなりに名の知れた家ですから。流石に、これ以上家に泥は塗れませんわ……」

 

「ああ……そりゃそうなるか」

 

詳しく聞いた事無いが、京都でも有数の名家の令嬢らしい寿々花。

言葉遣いくらいでしか、その片鱗を見れなかったが。

 

「もう、カンカンでしたわ……見合いとかの話も全部御破算だ、と」

 

「お見合い?あー…ま、そりゃあるか」

 

この位の名家では割とある事、らしい。

それ位些細な事だった、とは親御さん達は言っていたそうなので、安心はしたが。

 

 

「ええ。親が決めたなんとやら、ですわ。今回の一件で破談になったみたいですけれど」

 

「破談」

 

何とも返し難い会話になって来た。

実に便利な鸚鵡返しを多用し始めている。

 

 

「ええ。表には出てきませんが、舞草──と言うより、長船近辺では私達親衛隊は色々有名ですもの」

 

「…………」

 

「お陰で纏まる話も一切纏まらない、とお怒りでしたわ……」

 

「そりゃ……うん。大変だね」

 

完全に他人事、と言うか。

返し辛い内容なので、当たり障りのない様に返すので精一杯、と言うか。

 

「ええ!本当に大変ですわ!」

 

「す、寿々花?」

 

「勝手に決めといて、勝手に破談にされて、その上更に遠ざけるように鎌府の奥に入院ですわよ!?これを大変と言わずに何というんですか!」

 

矢継ぎ早に話し始める寿々花。

余程話したい事があるのか。

 

「その上真希さんは訳の分からない事やってますし!その上夜見とも中々連絡が取れない!もう、もう─────」

 

「…………」

 

「あー、疲れましたわ……久々に言いたい事を言うだけ言った気がしますわ…」

 

「……そっか。疲れてたんだね」

小一時間ほど長々と愚痴を聞かされた。

半分以上マトモに話を聞いていなかったが、それだけはわかった。

 

 

「ええ、本当」

 

「………本当は、貴方が貰ってくださると、嬉しいのだけれど……」

 

「……えっ?」

 

刹那、時が止まった。

何を言っているのか、理解出来なかった。

 

訳のわからなさに、頭の上をひよこの群れがぐるぐると回っている様な気がしていた。

 

 

「………あ、ああああ!!!ここ、こへは違うんですの!あーいや違わ……いや、違う!えーと、えー、あー、こ、これは…ですね!」

 

「……あの、落ち着い……」

 

永遠にも思える沈黙の後、壊れた様に弁明を始める寿々花。

しかし、噛みまくりで、明らかに動揺しているとわかる。

 

「あー!うぅっ……あー、も、……もも、もう!今日は帰って下さいまし!!!」

 

「う、うん」

 

勢いに押されながらも、これ幸いと病室を後にする。

 

「あああぁぁ……」

 

背後には、顔を覆って蹲る寿々花がいた。

 

 

─────

───

──

 

「……うん、まあ元気そうだったよ」

 

色々と別の事を思い出してしまった。

結芽には言えないな、と苦々しく思う。

 

そう言えば、帰る時、鎌府に居た子達が何やらジロジロ見てはヒソヒソ話していたけど、まさか、な。

 

 

「……なら良いけど」

 

「けど?」

 

「なんか、変な事言われたりしてない?」

 

「……例えば?」

 

「………いや、やっぱり何でもないや」

 

「……そっか」

 

最近、結芽の何やら勘がいい。

ひょっとしたら全部バレているのでは?と錯覚する程で、焦っている。

こっちだって対処に困っているのに、結芽にまで嫌われたら、と思うと涙が出そうになる。

 

「…………おふろ入りたい」

 

「あー……」

 

「シャワーだけじゃもうヤダ!」

 

「それは……何とも言えないなぁ……」

苦笑する。

安全面だか何だか知らないけど、浴槽が無いらしい。

詳しく見た事ないから分からないけど。

 

「しかもお医者さんか看護師さんに一々言わなきゃいけないんだよ!?シャワー浴びるだけなのに!」

 

「決まりだからなぁ……そればっかりは……うん」

 

「あっ……ね、ねぇ、おにーちゃん」

 

「…………なんだい」

 

嫌な予感というものは、良く当たるものだ。

 

「私、カラダ、拭いて欲しいんだけどなぁ……」

 

そんな提案を、結芽はして来た。

 

 

「…………看護「ヤダ」

 

看護師にダメ元で任せようと思ったが、矢張り駄目だった。

 

「……………」

 

「おねがい………」

 

最近、と言うか。

結芽の病気が治ってから、こう言う事がしょっちゅう起きる。

 

このままだと本気で何かがどうにかなりかねない。

それだけが心配だった。

 

流石に、色々マズイでしょ……とは何度も言っているけど…

 

「……………………」

 

「……………だめ?」

 

「……………背中だけな」

 

僕の意思が弱いのか、結局は妥協して流されてしまう。

 

「ほんと!?」

 

「背中だけだからな、そこは譲らないぞ」

 

「ふふーん。大丈夫、大丈夫おねがいしまーす」

 

 




絶対に妹なんかに負けないんだから……!

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