もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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そのさん!

「さて、お前に今日、ワザワザ来てもらったのは他でも無い」

 

──鎌府学舎内。

警視庁刀剣類管理局特別祭祀機動隊本部が設置されている、唯一の場所。

かつては折神紫が陣頭指揮を執っていたが、今は舞草が引き継ぎ、長船真庭学長が本部長となっている。

 

そこに僕は来ている。

 

「ほぼ毎日の深夜に仕事しに来てるんですけど……それは一体?」

 

頻繁に。

 

「この事は他言無用だが……最近、刀使達へのノロの強奪を主眼とした襲撃が後を絶たない。その犯人はフードを被った刀使なんだが……」

 

無視。白々しいまでの対応に思わず、抗議の意を込めた目線を送る。

 

面会時間が終わった後、……或いは結芽が寝た後に、病院から真っ直ぐにこの鎌府本部へ向かい、折神朱音体制への引き継ぎ事項を作っていた……のも今は昔。

 

刀使そのものに対する世論の風当たりの強さからか。それとも命の危機が伴う仕事だと言う現実が再認識されてきたからか。

 

兎に角、人手が足りなくなって来た為に、そのままずるずると仕事が増えていき、無給だと言うのに、遂には驚異の仕事量になってしまった。

 

これ以上働いてられるか、僕は眠いんだ。

労基法はどうしたと真庭本部長に意を決して言おうとした所……

 

「治療費」

 

なるほど、有難いお言葉を頂く事ができた。

 

「どうぞ話の続きを続けて下さい」

 

その様に自然と口が動いた。

 

「ウチの刀使の報告によると、そのフードの刀使が……」

 

そう言う本部長は、頭を抱える様にしつつも話を続けた。

 

「獅童真希だった、って言うもんだからな」

 

(あの馬鹿……)

 

内心で溜息を吐く。

ダダ被りだと言うのに、どうしても辞めない。

あれは最早遅い厨二病か何かか? と納得……言ってしまえば、諦観の域に達しようとしていたその矢先の出来事だった。

 

「何か知ってたりはしないか?」

 

「…………」

 

「知ってそうな顔だな。だから呼んだんだが」

 

「歳のこ……すみません」

 

答えあぐねていた所、何か話さなければどう考えても怪しい。

その考えが、つい口を滑らせてしまう。

 

「うん?どうした?私は何も言っていないぞ?」

 

「……そんな怖い笑みを浮かべないで下さい、頼みますから。イヤホント」

 

大荒魂もかくや、と言わんばかりの有無を言わせぬ、威圧。

本来笑顔と言うのは────なんて話が脳裏によぎった。

 

 

「ま、からかうのはこれ位にするとしてだな……」

 

 

「心臓に悪い……」

 

「惚れたか?」

 

「違う人にやってくれませんかねぇ……」

 

「オイオイ、そんなに照れんなよ?ま、いい加減にして……話を元に戻すぞ」

 

やっぱ苦手だわこの人。

心底遣り難い、とはこの人の事を指すんだろう。

一方的な超越者の目線に立っていた折神紫(タギツヒメ)の方が接しやすかった。

真庭学長と僕では、人生経験の差で勝てない。

内心そう愚痴る。

 

「獅童真希について、聞きたいことがある」

 

「イヤだと言ったら?」

 

「治療費払え、2人分」

 

「そうゆうのって、何でしたっけ。思い出したんですけど、強請り集り?脅迫?」

 

「此処が警視庁の看板を掲げている事を忘れているようだな」

 

「鬼かよ」

 

「鬼で結構。と言っても、聞きたい事はそう複雑じゃない。獅童真希は本当にノロを強奪するに足る動機があるのか、と言う事を聞きたい」

 

「それなら、無いとしか」

 

恐らく既に半分裏が取れてるのだろう。

後はシロだと決定づけるだけの証言を集めている……そう言った所か。

 

で有るのならば、これ以上隠し立てする必要もない。

真希には悪いが、これ以上事態をややこしくされ、本気で敵扱いされ始めたら事だ。

 

「それならさっさと出頭する様に言ってくれ、別に悪い様にはしないと付け加えてな」

 

「随分話が飛びますね」

 

やっぱり把握している、という事を認識するには十分な言葉だった。

 

「此花寿々花にも獅童真希の動機の有無は確認済みだが…念には念だ。それに、どうせ所在は知ってんだろう?」

 

「じゃあ、何でまたノロの強奪犯の容疑者なんかに?」

 

「ウチの薫……薫が目視したそうだが……少々親衛隊には当たりがキツイからな。色眼鏡でも掛けてんだろうなとは思ってた」

 

「薫……ああ、益子の」

 

「何だ、知ってたのか」

 

「あんまり良くは思われてないですからね、彼女からは」

 

以前……と言っても、この4ヶ月の間の話だ。

益子薫とは、深夜、死にそうな顔をしてふらふらと歩いている彼女と何度かすれ違ったり、顔を合わせた事がある。

 

その時に、嫌い、とかそう言う直接的に言われる事こそ無かったものの、睨みつけるような、かと言ってやりきれないような、複雑そうな目線を向けてくる事が有った。

 

 

「ま、そうだろうな……アイツの性格からして」

 

「側から見ると、僕なんてタギツヒメ主導のノロの人体投与実験の幇助者ですしね。しかも……妹、での」

 

「……私は何も言わないぞ」

 

真庭本部長は腕を組み、目を閉じている。

眉間には皺が刻まれており、重苦しい空気が漂っている事を更に強調しているかのようだった。

 

「とは言えすまない。ウチの薫が」

 

「いえ。実際、事実ですし」

 

「難しい所だな、お前の立場は」

 

「……恐縮です」

 

ウチ(舞草)に一度来なけりゃ、刀使じゃないお前は、まあ……適当な理由付けて豚箱行きか……他の鎌府や旧折神紫(タギツヒメ)派共々、左遷だったな」

 

定型の謝罪を終えたと思えば、何とも返し難い、もしもの話に、薄ら寒いものを感じる。

 

「危なかった……のか?」

 

「ああ。はっきり言って頼ってくれて助かった。お陰で余計な手間が省けた」

 

「とは言いつつも、ものすっごく警戒してらしたじゃないですか、真庭さん」

 

いつだったか。

長船へ何だかよく分からない微妙であやふやな自分の立場を利用して行った事がある。

 

 

「当たり前だろう?舞草を知ってる事とか病気とか、全部ブチまけた上でコネをアテに元DARPAの方のフリードマンに会いたいーとか、確実に殺しに来たか、そうでなければただの馬鹿だと思うだろう?」

 

「はいはい、僕はただの馬鹿ですよーだ」

 

「その癖、他の事は全然話さないわ、交渉が下手クソ過ぎてな……ま、裏は取ったが」

 

「馬鹿野郎、少しは考えろよな……」

 

「馬鹿で結構。色々余裕が無かったんですよ、こっちは」

 

僅かに伸びた時間の中で、結芽の病を治す手掛かりを求めて、文字道理東奔西走していた頃だったか。

 

「余裕が無いのはわかるけどさ…ま、お陰でウチらはお前をこき使ってる訳だが」

 

労働基準法を100回読んで来てほしい。

そう切実に願っているが、一度も叶った事はない。

風の噂によれば、益子薫も似たような思いを抱えているとか。

 

「……ま、何にせよ良かったな、治って」

 

「ええ、其処だけは心の底から感謝していますよ、其処だけは」

 

治療費を保証するとか言いつつ深夜無給激務暗黒環境に放り込んだので負の数に振り切れている。

明らかに釣り合いが取れない……様な気もするが、蓋を開けてみると、と言う話があるので中々難しい所だ。

 

夜に僕眠れないのを何処と無く察しているのか、結芽が昼寝する事も多くなった。

ただ単にやる事が無いだけなのかも知れないが。

 

「ま、私は話を通しただけだし、それに、具体的な方法を見つけてきたのはフリードマンだ」

 

「でもまあ、その時は二重基準じゃないのか、って言いましたけどね」

 

「ああ、そうらしいな。思わず笑っちまったよ」

 

「事実、新体制への風当たりは厳しいし、その上、方向性が違うだけでノロの利用は変わりない…と言うか、あんまり変わってないのでは……?」

 

「厳しいこった、……ま、こっちにも色々理由があるんでな」

 

初めて言い澱む。

本気で色々言えない事があるらしい。

やっぱり、あんまり変わらないのかと思う。

 

「僕としては、仕事減らしてくれるのを希望しますがね」

 

「お前のそう言うとこ、嫌いじゃないぜ」

 

「そりゃどうも。所で、まだでしょう?」

 

「うん?」

 

「ワザワザ獅童真希の件や、ましてや世間話の為だけに呼び出したんですか?」

 

本題に入る。

この二つの話だったら、深夜業務中に片手間で聞けば良い。

だが、態々深夜帯を避けたと言うことは、それなりに重大な判断を迫られる、と言う事だろう。

個人的には、最後の一線は超えなかったか、とヒヤヒヤしていたが。

 

 

 

「それもそうか、そりゃ判るよな……」

 

溜息をつく真庭本部長。

その後、姿勢を僅かに正し、此方へと向き直る。

 

「先程本題と言ったが、こっちが本命だ」

 

「……何ですか?」

 

「燕結芽を退院させたい」

 

「!」

 

真庭本部長が本命と言う話。

薄々気づいてはいたが、矢張りそう来たか。

 

事実、荒魂の多発に刀使も足りていない今、身内の贔屓目ながらも、今の舞草体制にとっては、文字通り結芽は喉から手が出るほど欲しい人材だろう。

 

「理由は……ま、言わなくても判るよな」

 

「本当に入院期間ワザと長かったのかよ……」

 

「なんだ、そっちにも気づいてたのか」

 

「………………」

 

頰が引き攣る。

思ってたよりも嫌な業界らしい。

いや、よく考えるとかなりブラックだった。

 

 

「燕結芽は他の2人とは違って時期も少し早かったし、身体上絶対量も比較的僅かだが少なかった。問題の臓器は……まあいい。その上彼女はノロの力を使用しなかったそうだな?……その影響か、人体との結合がほぼなかっ……そう睨まないでくれ。仕方なかったんだ」

 

「と、言いますと?」

 

「親衛隊は、今では針の筵だろう?根回しとか大変だったんだぜ?」

 

「ま、そう言う事にしておきますが……」

 

事実なんだろうけど、その場でホイホイ納得する事は悪手だ。

その事をこの4ヶ月間で痛いほど学んだ。

仕事が気付かぬうちに増えているなんて、もう嫌だ。

 

 

「一応、本人の意思を尊重させて頂きたい。決めるのは僕でも貴女でも無く、結芽だ」

 

「当然だ。そこまでウチは腐ってない。ま、お前の妹の事だから、答えは見え切っていると思うけどな」

 

だろうな、と言う感想しか出てこないのが、何とも言えない。

 

「後は……」

 

「後は?」

 

「皐月夜見の方、何とかなりませんかね」

 

「皐月夜見?ああ、そう言えばお前が入院の申請してたっけな」

 

「はい」

 

結芽が退院すれば、あの病院へ向かう事は少なくなる。

そうなると、夜見を放って置く事に繋がりかねない。

目の届かない所に居られるのは、不安だし、何より約束を違える事になる。

 

「親族に任せれば良いものを…お人好しと言うか…それとも……ふぅん?」

 

「違います」

 

「へぇ……どうだか」

 

ニヤニヤと口角が上がり気味だ。

何というか、暇な人と言うか。

その癖本人には聞かない辺り、何と言うか。

 

 

「彼女は2人より量が多かったからな……ま、定期的に通院はして貰うぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「後は、此花寿々花ももうじき退院できるとは思うぞ」

 

「ふむ」

 

「別に私から言っても良いが……ま、面倒だから帰るついでに伝えてくれや」

 

「何ですか、それ……。いや、別に伝えるのは問題ないですけど」

 

「良し、もう下がって良いぞ。獅童真希に宜しく」

 

「居場所が解らないのに、言えませんよ」

 

「はいはい、ンなこたぁ解ってるよ」

 

部屋から退出する。

精神的に疲れた。

何処まで把握されているのかが心配になるが……大方把握されていると見て良いだろう。

一先ず、寿々花の見舞いへと行く事にする。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「と言うわけで、もうそろそろ退院できるって」

 

「それ、本当ですの?」

 

寿々花の病室。

相変わらず暇を持て余していた彼女は笑みを浮かべて喜びを見せる。

 

「本当。嘘じゃないと思う」

 

「やっとですのね……」

 

安堵からか、溜息を吐く寿々花。

 

「四ヶ月、長かったですわ……」

 

「寿々花は一人きりの時間が長っ……」

 

「そこですわ!!!」

突然、或いは当然なのか、大声を上げる寿々花。

 

「此処に来ると言えば、お医者さまに真庭本部長位ですのよ!?」

 

いやまあそうだろうな、との感想を抱く。

何とも言えぬ雰囲気に、言葉が出ない。

 

「もっと貴方が早くに来てくれたらどれ程楽だったか……!」

 

「え、あ、ああ……ご、ごめん」

 

無意識の内に出た言葉は、定型にしても程があるだろうと。

後に思う。

 

「ええ、本当。結芽は兎も角、夜見は羨ましかったですわ」

 

「…………」

 

「全く……加えて真希さんは何やら妙な嫌疑もかけられてますし…」

 

「ああ……」

 

「あっ……え、えーと…」

 

「心配しなくて良いよ、僕も知ってるから」

 

「……ヒヤヒヤしましたわ。最近、少し気が抜けていけませんね」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ええ、問題有りませんわ。……多分ですけど」

 

何やら不穏な事を言う寿々花。

 

「それにしても、真希さんですわ……!連絡は取れないし、フードなんか着て場を混乱させますし……ホント、何をやってるんだか……」

 

「さ、さあ……?」

 

「そういえば、燕さん。真希さんの匂いが移ってますわよ」

 

「ハァ!? え? ウソ、いつ!?」

 

「……嘘ですわ。真希さんの行方……どころか、貴方の所に居るんですのね」

 

正直、カマかけられるのに慣れてないと言うべきか、寿々花が上手だったと言うべきか。

どちらにせよ、完全に確信めいたものを寿々花は持っただろう。

 

「わかりやすくて呆れますわ……」

 

「……まあ、うん」

 

とは言え、それにすんなり引っかかる方もどうかとは思うけど。

 

「…………成る程、つまりは私だけ蚊帳の外、と言うことですのね」

 

「そんなこ…………」

 

「結芽は良いです。貴方の妹ですもの。そこは逆立ちしたってどうしようも有りませんわ。…それと、夜見は同じ病院だそうですわね?」

 

否定しようにも、矢継ぎ早に話されては、口を挟む隙がない。

それが更に誤解を招いている気がする。

 

「うん。そうだけど」

 

「……彼女は目の届く範囲、と考えればまだ納得出来ますわ。高津学長に着いて行く寸前だったそうですしね」

 

不思議な話、良くもまあ、丁度よく立ち会えたと思う。

あのタイミングじゃなければ、夜見はきっと───

 

「そう考えますと、夜見の手を貴方が摑んだのは……ええ、僥倖と言えるでしょう……しかし」

 

「……しかし?」

 

「真希さんは……入院された、と言う話を一向に聞かないどころか、先程も言いましたけど、寧ろ場を混乱させている……ですわね?」

 

「は、はい」

 

「その上で、燕さん。貴方に伺います」

 

「真希とは普段、何処でお逢いに?」

 

「…………家」

 

「どなたの?」

 

「僕のです……」

 

「はぁ? ……失礼。どう言う事か、当然説明してただけますわよね?」

 

「はい、よ、喜んで……」

 

僕の知らないこわい寿々花を、見てしまった。

 

◆◆◆

 

 

 

「取り敢えず真希さんは一発叩かせて頂く事にします」

 

「…………」

 

「これらの話を踏まえて、貴方には聴きたい事が有りますわ」

 

「はい、何でしょう」

 

「……私の事は、お嫌い…なのですか?」

 

そう言う寿々花の顔は伏せ気味になり、目には涙が潤んでいる。

 

「……え?」

 

「だって、夜見は貴方が面倒見て、負う必要もない責任を背負って馬鹿やってる真希さんの事は、何だかんだで世話をしてらっしゃる……一方、この私、此花寿々花はこの四ヶ月間、放っておいた……と」

 

「それは……」

 

言葉に詰まる。

いくら言い繕っても、客観的に見れば事実なのだし、言い訳のしようがない。

 

「ねぇ、燕さん。私の何が気に触るのですか?」

 

ずい、と前のめりになる寿々花。

その目はしっかりとこちらを捉えて居る。

 

「容姿? 話し方? 声? それとも性格?……幾ら考えようと、想像を巡らせようとも。こればっかりは答えがでませんの……」

 

醜い事に、この場をどうやって切り抜けようか。

そんな事しか思い浮かばない。

この手の経験値が圧倒的に足りなかった自分を怨む。

いや、足りてればそれはそれで中々に屑だと思うが。

 

「ですので、教えて下さる?」

 

「え…………」

 

しかしそれは、杞憂に終わった。

 

「ふふ、冗談ですのよ。本当に私の事が嫌なら、そもそも今も来てないでしょうに」

 

「も、もう。心臓に悪いなぁ……」

 

安堵する自分に軽く自己嫌悪を起こし、

苦虫を噛み潰した様な気分になる。

 

「で、実際の所、夜見や真希さんにはこの四ヶ月の間でどんな事をしたのかしら?」

 

「は、はい?」

 

しかしその嫌悪感は刹那に吹き飛んでいった。

 

「四ヶ月間、何も無かったなんて事は無いでしょう?ですから、お、同じ事を私にしてくださらない?」

 

「……!?」

 

「それでチャラにして……差し上げますから」

 

「え、えぇ……」

 

恥じらう寿々花。

こんな行動に出るとは、全く予想もしていなかった。

一体なんの対抗意識を燃やしているんだ。

と言うか、何を想像しているんだろう。

 

「あら、四ヶ月分の代金と考えれば破格。有情だと思わなくって?」

 

戸惑う僕を急かす寿々花。

 

「……わ、わかった……やれば良いんだろ、やれば……!」

 

抱き締めれば良いんだろう!

ヤケになった自分は、寿々花を抱き寄せる。

 

「ふぇ……い、いきなりハグだなんて……ど、どんな事を……!」

 

 

 

 

「…………はい、お終い」

 

「え?」

 

「これだけ?」

 

「これだけ」

 

これだけ?と聞かれても、これだけしか無い。

本当に、何を想像していたんだろうか。

 

 

「……因みに、どなたに?」

 

「……よ、夜見に」

 

「真希さんには?」

 

「ご飯を振舞ったり……?」

 

「え……燕さん料理……コホン。あ、あの。もっと、こう無かったんですの?その……」

 

「……何を考えてるのか知らないけど、無かったよ」

 

「意外と皆さん、奥手と言うか……ヘタレといいますか……」

 

(真希は危なかった、とは言えないなぁ……)

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「もう一度、お願い出来ます?」

 

「え……う、うーん……良いけど……」

 

 

 

「温かいですわね……」

 

「…………」

 

「私って、どんな抱き心地がするのでしょうね? 自分の事って、解らないじゃない?」

 

「…………辞めていい?」

 

「だーめ。もうちょっとだけ……あ、少し緩めて下さらない?」

 

寿々花の要望どうり、腕の力をわずかに緩める。

それが、思わぬ事態を招くとも知らずに。

 

「んっ……もうちょっと…あ、そのくらい」

 

「……ぇい」

 

寿々花のたおやかながらも、しっかりとした両の腕が、僕の後頭部へ回ったかと思うと、そのままに引き寄せられる。

 

「!?」

 

そして気がつくと、僕の唇は寿々花のそれに重ねられていた。

 

突然すぎる出来事に、実際経過した時間は僅かなのだろうが、僕には世界が停まっている様に思えた。

 

「…………どうです?結芽さんとは……存じ上げませんが…他の子とは初めて、でしょう?」

 

離れていった寿々花が話している。

しかし、今の混乱した頭ではあまり良く意味を反芻出来ていない。

 

「………………」

 

「私も……不慣れと言いますか、そ、その……と、兎に角。これで帳消しですわ」

 

「ああ、うん………」

 

必然、生返事になる。

 

「ここから先は……そ、その…貴方が望むので有れば、わ、私としても吝かではないと言いますか……何と言いますか……退院したら…その……し、したいな、なんて……」

 

伸ばした指先を左右軽く交差させつつ、自らの口元に当てているその様子は、恥じらいながらもそこはかとない気品を感じさせる……

 

なんて、現在の状況とはいまいちズレた感想を得た。

 

「………今日は!もう!帰らせていただきます!」

 

動いた頭脳は、口をそう動かす。

身体はそれに追随する様に、踵を返して、足早に部屋を飛び出していった。

 

「あっ!燕さ……もう……」

 

「私だって、凄く恥ずかしかったと言うのに……むぅ…………」




「なんだかたいへんなことになってしまったなぁ……」

先程の事を……余り掘り返さないでおこう。

「取り敢えず、帰え……む」

通路を進んでいくと、向こうから歩いてくる影。
それは、肩に小動物のような荒魂を乗せている……益子薫だった。

「……………よう、色男」

すれ違いざま、僕以外に聞こえるか聞こえないかの声量で、そう呟く益子薫。

「え?」

思わず尋ね返す。

「ねねー!」

しかし、それに返事が返ってくる事はなく、頭上のねねが鳴くだけだった。

「…………まさか」

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