もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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夜見さんの闇落ちが凄まじい勢いで進んでいく原作。
こころがつらいです。


もうちょっとだけ、世界が優しかったら。 その4

「……あ」

 

「起こしちゃった?」

 

秋になり、肌にも寒い季節。

けれど、病室は相変わらずと一定の温度に保たれている。

しかしベッドは結構固い。

空調だけとれば快適とも思えるような空間から別れを告げに、此処に来ている。

 

 

 

「いえ、貴方の足音がしたものですから。当たっていたので」

 

「……そ、それなら良いんだけど」

 

足音で人が判断出来る特技を持つ人がいるとは言うが、実際当てられると中々に戸惑う。

 

「それで、本日はどの様なご用件なのでしょう」

 

「ご用件って……そんな大層なモノじゃないし、畏まられる事も無いと思うけど……」

 

「取り敢えず、退院。まだノロは抜け切ってないから、定期的に通院はしてもらう事にはなるけど……」

 

「結芽さんは?」

 

「結芽も退院。人体との結合もほぼ無かったらしいし」

 

「……では、何故私も退院なのですか」

 

戸惑う様子を見せる夜見。

慎重に言葉を選びつつ、説明する。

 

「確かに、そのまま入院継続でも良かったんだけど……なんかイヤでさ」

 

「……そう、なんですか」

 

「あ、もしかして……イヤだった?」

 

だとしたら、ちょっと悲しいな、なんて思いつつも。

 

「そんな事はありません。少し驚いただけです」

 

「驚いた?」

 

「本当に、連れてってくれるんだな、って」

 

「信じてなかったの……?」

 

少し形は違うが、信用が無かったか、と思った途端、悲しくなるが──

 

「いえ、そういう訳ではなくて……」

 

少し、間が空き。

それから夜見は、言葉を紡いでいく。

 

「……嬉しいな(おもしぇ)って」

 

「そっかー」

 

「あ、あの……」

 

「あ、ごめん! つ、つい……」

 

無意識か意図的かはわからないが、方言がつい出てしまった夜見。

恥じらいながらも、はにかんでいる。

その何処か子供めいたその様子。

 

それに、ふと庇護欲めいたものが湧き、ついいつもの癖で頭に手を伸ばしていた。

 

うっかりしてたと謝罪し、手を引っ込めようとするが。

 

「いえ、気にせずに、そ、そのまま……」

 

「そ、そう?」

 

良い、と言われると。

それはそれで恥ずかしくなる。

こう言うのは、確か天邪鬼って言うんだよなと、羞恥を紛らわす為にぼんやり考えていると。

 

「……あの、時々で良いんです」

 

「なにが?」

 

「こうして、撫でてもらえたら……嬉しいです。……別に、抱きしめて欲しいとは、言いませんから……」

 

「…………ずるいよなぁ」

 

「え……」

 

これで抱きしめないのは、なんと言うか、違うというか。

なんかこう、見捨ててしまう様な。

なんとも言えない気分になる。

 

こんな時期が結芽にも……いや、夜見は結芽より歳上だった。

などと奇妙な事を考える。

 

「あの…無理にやらなくても……」

 

「………落ち着く?」

 

「それは……その、ハイ。そう……ですけど」

 

「それなら良いんじゃないかな。一度不安になると、人間って直ぐ変な方向に向かって走ってきやすいからねー」

 

「そう……ですね」

 

心当たりが有るのか、素直になる夜見。

 

 

「…………暖かいです」

 

目を閉じ、こちらに体重を預ける夜見。

不安がある程度安らげば、幸いだ。

 

「こうしていると、囲炉裏の火にあたっているような……そんな気持ちになれます」

 

「囲炉裏」

 

「その……すみません。変なものに例えてしまって……」

 

「いや、良いさ。あたった事はないけど……その、暖かいんだろ、囲炉裏は」

 

想像しづらい例えをされたな、とは思うが、穏やかな火の温もりに勝るものはなかなかない。

そう考えると、抱きしめるのは効果があったのだろう。

 

 

「…………結芽さんが羨ましいです。いつも、こんな気持ちに浸れるんですから」

 

「………………」

 

「あ、ごめんなさい。こんな話をすると、気まずくなりますもん……ね」

 

バレたら怒られるかな、どうしようかな。と瞬時に思考を巡らせてしまった僕を、知ってか知らずか、気遣う夜見。

 

「ありがとうございます。もう、平気ですし、これ以上は結芽さんに悪いです」

 

自分から離れていく感覚がしたので、そっと手を離す。

とは言え、少々名残り惜しそうに見られると、悪い事したか?と勝手に心に少し疵が走る。

 

「そろそろ、結芽さんの所に行ってきてあげて下さい。諸々の手続きは自分でやりますので」

 

「大丈夫なの?」

 

「紫様の秘書を務めてた事、お忘れですか?」

 

「そう言えば……そうだったね」

 

四ヶ月以上前の事だが、意外と忘れているものだ。

 

「酷いです。少し傷つきました」

 

「ご、ごめん……」

 

「冗談です。終わったら、結芽さんの病室に行きますね」

 

「うん、わかった」

 

冗談を言われ、からかわれた。

その事に夜見も女の子なんだな、とそんなたわいもない事で再確認する。

 

さて、次は結芽の病室だ。

そのまま別れる形で、向かって行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「と言う訳で結芽。なんか退院出来るらしいぞ」

 

横に備え付けられてある椅子ではなく、ベットに腰掛けている。

結芽に、退院する事と、経緯を説明していた。

 

「ほらやっぱり!わざとだったでしょ!?」

 

「ホントに当たってるとはなぁ……」

 

大声で、自分の主張の正当性が確かめられた事を主張する結芽。

此処には結芽と僕しか居ないのに、かなり声が大きい。

 

大分興奮しているらしい。

それもそうだ。

結芽からしたら漸くの退院なのだから。

 

「ふふーん、可奈美おねーさんと試合したり、一緒に荒魂退治出来るのかなー?あ、連絡しなきゃ」

 

「退院するって事で……」

 

「もちろん!……あー…」

 

「結芽?」

 

「……よみおねーさんは?」

 

思い出した様に、事実思い出したのだろう。

夜見の事を尋ねてくる結芽。

 

「退院だよ。定期通院が必要だけどね」

 

「連れてくの?」

 

「そのつもりだけ……ど?」

 

普段の結芽とは違う、頰を膨らませている様子。

いかにも私は怒っていると無言で訴えているようだ。

 

「ふーん……ま、別に?別に良いんだけどね?」

 

「ゆ、結芽?もしかしなくても、怒ってらっしゃいます?」

 

「ううん。怒ってなんかないよ。あのままお兄ちゃんがよみおねーさんを連れて来なければ、今頃なにしてるのかなんて、わからないもん」

 

「結芽……!」

 

「だから怒ってない。このまま家まで連れてくつもりのお兄ちゃんなんかに、怒ってなんかないんだから」

 

「やっぱり怒ってるじゃないか……」

 

態とらしく、投げやりに話す結芽。

理解は示しているが、納得がついてない……と言った所だろうか。

自分の都合で振り回して申し訳ないな、と思う。

 

「べっつにー?」

 

「うーん……あっ」

 

「あっ……?」

 

ふと、真希の事を忘れていたと思い出す。

どの道、言わなきゃいけないのだ。

 

「………………話すから、耳を」

 

そっと耳に近づくが、息がかからないように、細心の注意を払う。

色々面倒な事態を招くかもしれないし。

 

「─!…、……!──」

 

「えええええ!!!?」

 

「声が大きい!」

 

何やら変な嫌疑がかけられている手前、大っぴらに言うのもまーた面倒な事を招きそうだと思い、真希の現状をこっそりと伝えたのだが……。

 

「えー!いや、えっ、えええ……うーん…」

 

「ホントにさ、何してんの?」

 

逆に怒られてしまった。

ちょっと覚悟はしてたが。

 

「いや、だってさ……」

 

「それってタダ甘やかしてるだけじゃないの?ふつーに合流させれば良い話じゃないの?」

 

真希を家に呼んで何かと世話を焼いて居る事をただ甘やかしているだけ、と切り捨てられたしまった。

中々に手厳しい。

 

「それは、前々から言ってはいるけど……」

 

「そこ、悪いとこだよねー、お兄ちゃん。まあ、良いとこと言えば良いとこなんだけど……」

 

「じゃあ、別に……」

 

「でもやっぱり甘やかしすぎ」

 

「うっ…何も言えない……」

 

「私が付いてないとどーなるか心配だよ!もー!」

 

結芽は一瞬、御刀の峰を肩に当てるのと似た様な動きになったが、何も持っていないのに気づき、何事もなかったかの様に、手を後ろで組む。

 

体に染み付いた動きとはこの事か、と苦笑する。

 

「………そ、そう言えば、これからも側に居られるんだよね」

 

「………いや、いつかは兄離れしてもらわないと困るんだけど……」

 

「ありがとう、お兄ちゃん。……早速なんだけどさ、約束覚えてるよね?」

 

「おい、人の話を……」

 

「ヤダ」

 

「ちょ…ゆ、結芽?」

 

衝撃が走る。

ここ最近で久々に拒絶されてしまった。

話を聞かないなんて、無かったのに。

悲しいな、と内心涙を流したが、そんなのは刹那でなかった事になるとは、思わなかった。

 

「私言ったじゃん! 責任とって結婚してねって! そしてお兄ちゃんはわかったって言ったじゃん!」

 

「そんな事は言ってません!!!」

 

「嘘つき! ちゃんと私聞いてたんだよ!?」

 

「一体何がどうしてそうなってしまったんだ!」

 

頭を抱えて考える。

不安から来る的なヤツ……だと思っていたが、本気でこんな事を考えているとは思わな……くは無かったが、兎に角マズイ。

色々とマズイ。

何とかしなければ……

 

 

「……あ!わかった!ふふーん、なるほどなるほど……」

 

「な、何がわかったんだ……?」

 

たじろぐ。

一体どんな言葉が飛び出て来るか、今の結芽は僕の想像の範疇を超えているからだ。

 

「照れてるんだったら、最初っから言ってよね、お兄ちゃん。もー、いじわるなんだからー!」

 

「……違う!」

 

照れ……と言うか、焦りというか。

似た様な感情は抱いている。

しかし、全てが都合良く解釈される今、どうこの妹に立ち向かうべきなのか。

 

「良いの良いの。もー、お兄ちゃんったら。戸籍上はダメでも、ないえん?ってのがあるから大丈夫だよ! 私調べたんだ!」

 

「なんてことを調べてるんだ!?」

 

非常にマズイ。

中途半端に間違った核爆弾級の知識を仕入れている。

このままでは、大変な事になって───

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。だからさ。もう、他の人とキスなんてしなくてもいいんだよ?」

 

「!??」

 

背筋が凍る。

 

「私知ってるんだよ? 寿々花おねーさんがキスして来たんだって?」

 

「え……あの、なんでそれを……」

 

肌が粟立ち、頭が急速に冷え渡る。

 

「お兄ちゃんの事だもん。わからない訳ないよ」

 

どういう事……なんだ。

何故、知っている?

あの時、見ていたと思わしき人物は益子薫だ。

もしや、他に───?

 

 

「ね、お兄ちゃん……」

 

猫撫で声を出しつつ、枝垂れかかってくる結芽。

それに、何処かで味わった様な空気。

この流れは非常にマズイと、己の何かが警鐘を鳴らす。

 

「結芽、ちょっとそれは…落ち着こ……」

 

「んむ……」

 

制止しようとするも。

言葉を紡ごうとした口は、あっけなく塞がれてしまう。

 

「んっ…………本当にイヤなら、ムリやりどかせばいーじゃん」

 

口の自由が戻ろうとも、二の句が出ない。

 

「ふふっ、それとも……お兄ちゃんはヘンタイさんなのかな?」

 

───いつから。

 

いつから、こうなってしまったのか。

 

いや。前から。結芽に依存のケは有った。

以前は兎も角、病気による余命の心配も無い今。

それをどうにかこうにか解除、自立させていこうと自分なりに努力してきたつもりだったのだが……。

 

「な……な、結芽。落ち着こう。な? 少し……ちょっと疲れてるんだよ」

 

「やーだよー」

 

 

説得を試みるも、力無い言葉は届かない。

 

 

「私ね……頑張ったんだよ? ずーっと我慢してきたの」

 

 

証拠に、現に結芽は聞く耳を持たない。

 

 

「お兄ちゃんが好き……大好き…ううん。言葉じゃとても、言い表せないよ……」

 

 

 

このままでは。

 

 

 

 

「ねぇ、シよ?」

 

 

 

 

 

このままでは、絶対にマズイ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまり、お兄さんを困らせてはいけませんよ、結芽さん」

 

そんな中、この場に割り込む夜見。

正直助かった。

あのままだと、どうなっていたのか、解らない。

 

「夜見おねーさん、なんで邪魔するかな……」

 

「ここで割り込まないと大変な事になりますので。病院ですよ、一応」

 

いや本当。

何とか助かった。

 

 

「もー……てか、よみおねーさん、何で服違うのさ」

 

親衛隊制服に身を包んでいる夜見。

僕は一番見慣れているので、なんだかホッと一息ついた気持ちだ。

 

「退院手続きをとりましたので」

 

「ちょっと!私まだ手続きも何もしてないよ!?」

 

「………夜見は退院っても、入院しないだけみたいなもんだし、手続きは、まあ……自業自得としか」

 

少し前の事が無ければ、今頃書類でも書いていたんじゃないかな。

にしても危なかったと内心安堵の叫びを上げる思いだ。

 

「えー?……うーん…そう言う事なら…」

 

「すみませんね、結芽さん」

 

その言葉とは裏腹に柔らかく微笑む夜見。

逆にその態度が、結芽の苛立ちを煽っている様にも見える。

 

「なーんかさー……随分余裕そうだよね。羨ましいとは思わないんだ?」

 

「別に、そう言うのでは……」

 

「ふーん?」

 

何やら、険悪な雰囲気が漂い始めた。

空気の急激な変化に、今までのも含め、胃が痛くなる。

 

「よみおねーさんはいっつも我慢してるからねー……ホントはどーだか」

 

「…………」

 

「……じゃ、じゃあ僕は書類書いてくる」

 

気まずい空気。

これ幸いと逃げ出していく。

実際、書類は書かなければいけないし。

 

 




「あー!」

「逃げちゃった……」

「賢明な判断だったと思います」

「……邪魔しないでよ」

「燕さんを困らせたくないので」

「……あっそ」

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