もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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もうちょっとだけ、世界が優しかったら。その5

秋風が吹いている。

少々肌寒いなか、道を歩いて行き、自宅に到着した。

 

住居に関しては、舞草への体制変更が有ったが、変わらず折神家の運営する官舎が使用出来ているので、勝手が変わらずに少々安心している。

と言うか、転職していないんだから、そうじゃなくては困る。

 

「ただいまー」

 

「ああ、お帰り。ワイシャツにアイロンかけて置いた……ぞ?」

 

「……何してんの?」

「真希さん?」

 

玄関を開けると、真希が居た。

僕にとってはまあ……時々ある光景だが、結芽と夜見は初めてだった。

 

 

「……結芽、夜見。ああ……久しぶりだな」

 

「いや、あの……何…してるの、真希おねーさん?」

 

「何って……うん、世話になってる分、家事をだな……」

 

「その格好は?」

 

そう言う結芽。

事実、真希の格好を見てみると、いつもの制服ではなく私服。その上に割烹着と言うスタイルだった。

 

「ああ、これか? 制服のままやるのもどうかと思ってだな。……料理は厳しいがな」

 

「胡椒と砂糖を間違える人を厨房に立たせる訳にはなぁ……」

 

一度、本人の希望もあってやらせて見たら、ご覧の有様だった。

杏仁豆腐と蟹雑炊を間違えるのは結芽の冗談だと思っていたのだが、あの件以降、本気でやりかねないと認識を改めた。

 

 

「真希おねーさん……」

 

「結芽さん。何故でしょう。真希さんに腹が立ちます。色んな意味で一体何をしているんでしょう、この人は」

 

「わかるよ。すっごいわかる。話だと、真希おねーさんは……」

 

「ハイ。ヒメ…タギツヒメを追っている筈。とは言え少し厄介になっているとは聞いていたものの、これは……」

 

「なんだ? まるで新婚……みたいか?」

 

「言ってません」

 

「んなわけないじゃん」

 

「……全否定する事ないじゃないか」

 

真希の言葉を間髪入れずに否定していく二人。

見ていて少し可哀想な程だ。

僕は何も言わないし、考えてもいないが。

 

「と、取り敢えず……中にね?」

 

「はーい」

 

「そうします」

 

玄関で立ち話を続けるのもなんだと思うから、中に入るよう促す。

 

「ああ、靴は下駄箱に頼むよ」

 

先に入ったのは夜見だった。

靴を脱ぎ、左右揃えてから丁寧に靴を揃える。

それを見た結芽も真似をする様に、同じ事をしていく。

 

「ああ、コートを……」

 

「私がやります」

 

コートを脱ぐと、真希と夜見が声をかけてくる。

 

「それくらいは自分でやらせて……」

 

「ああ、わかったよ」

 

「ハイ」

 

「………………」

 

しかしそれくらいは自分でしたい。

流石にそこまでやってもらうのは気が引ける。

だから結芽、そんな出遅れちゃったよ……みたいな悲しい顔をしないでくれ。

 

疲れた、と少し長めに息を吐く。

 

 

「真希さん、良いですか」

 

席に着くと、夜見が真希に話しかける。

 

「……なんだ、夜見」

 

「何故、ヒメをお一人で追っていたんです。とても、真希さん一人では倒せる相手とは思えませんが……」

 

「む……少し傷つくな」

 

「事実ですので」

 

「まあ…………紫様がタギツヒメだと見抜けなかったボクが出来る、最低限の贖罪だから、かな」

 

「その、しょくざい?がどうしてお兄ちゃんの家に居る事に繋がるのさ? おかしいでしょ」

 

「……ボクは馬鹿だった」

 

歯を食いしばり、苦虫を噛み潰した様な表情の真希。

そのまま、懺悔にも似た独白が続く。

 

「背負う事の無いはずの責任感に突き動かされ、周りが見えなくなっていた。だけど、一人では成せる事に限界がある」

 

「当然ですね」

 

あっけらかんに返す夜見。

しかし、真希はそれを気にすることなく話を続けていく。

 

「気配を追っていた時に、途中で忽然と消える様に途切れる、事実消えてるんだが……色々重なって丁度まあ……心が折れそうだったんでな。助けを求めたら、暖かく手を貸してくれたよ」

 

「成る程、燕さんの優しさにつけこんで転がり込んだと言う訳ですか。本来の目的は忘れて」

 

「それは違う、と言いたい所なんだが……最初に尋ねた時の事を良く覚えてないんだよな」

 

 

──

───

─────

 

結芽が入院中の頃だった。

病室を後にしてから、鎌府本部へ行き、夜遅くまで書類を作成したり弄ったりし終わり、家に帰っていく……そんな日の事だった。

 

家に帰る途中、黒い人影が歩いてくるものだから、危ない奴が近寄って来た、と逃げる寸前だったが、よくよく見るとどうも見覚えがあった。

 

「真希ちゃん?」

 

「燕、さん……」

 

そう、獅童真希だった。

彼女は、タギツヒメが倒されて……三つに分裂してから忽然と姿を消していた。

一体何処に行ったのかと心配していたら、此処で再開する事になるとは思わなかった。

 

「どうしたんだい? それに、そんなフードなんか着てさ」

 

「それは……」

 

言い淀む真希。

事情がやはり有るようだ。

しかし、何やら声音が震えている。

 

「取り敢えずさ、夜も遅いけど……ウチ、来るかい?」

 

「………良いのか?」

 

「もちろん。ほら、付いて来て」

 

「……ああ」

 

ワケありと見たので、家へ連れて帰る。

此処まで精神的に弱ると言う事は、何やら危ない橋を渡っているような気もしないでもないが。

 

◆◆◆

 

 

「飲み物は……」

 

「………水でいい」

 

「そう?」

家に着き、取り敢えずソファーに座らせる。

着くまでの間、会話が無い事による空気の気まずさに比べれば、今は余程良い。

僕は、少々距離を置いて左隣に座る。

 

「あー…元気だった?」

 

「まあ、な」

 

「そっか。それは良かった」

 

話題が続かない。

何をしていたのか聞けば良いのだろうが、それをやるのは少し違う気がする。

だからこう、当たり障りの無いような話を振ろうとするが、何せ話題の引き出しが無い。

 

一、二度会話をしただけで終わってしまう。

どうしたものかと考えていると。

 

「…………聞いてくれないか」

 

「なんだい?」

 

意外な事に自分から切り出して来た。

要らぬ気を回した、と言う事なのだろうか。

 

とは言え、真希がどこをほっつき歩いていたのかは気になる。

ゆっくり耳を傾ける事にした。

 

 

 

「ボクは……タギツヒメを追っているのは……薄々知っているとは思うが」

 

「あー……」

 

「だが、この通り一人では限界があったよ。何度追っても、ヤツは霞の様に何処かへ消えて行く。どうしようもないと思ったよ、正直」

 

「大変、なんだね」

 

月並みな表現だが、それ以外に言葉がない。

刀使でもない僕は、何もする事が出来ない。

その事実が、仄暗い物をチラつかせる。

 

「……それにノロはな、()()んだ」

 

「渇く?」

 

「ああ。言葉に言いようもない程の……親を求める様な、何かが足りない様な強烈な渇きだ。まあ……早い話がくっつこうとする、磁石みたいな力なんだが。それを利用して追っているんだが……」

 

「成る程ねぇ……」

 

結芽もそんな渇きを感じていたのだろうか。

ふと、そんな事を思う。

だから、ちょっとばかし僕に甘えすぎているのだろうか。

だとすると、これから反抗期とか来るのだろうか。

 

……! と言う事は、お兄ちゃんって呼んでくれなくなるのだろうか───

そんな事を考えてしまい、少し悲しくなる。

 

 

「まあ、それもあまり上手くいっていないけどね。ハハハ……」

 

「ま、取り敢えずゆっくりしてきなよ。僕は……まあ適当な所で泊まるからさ、好きに使いなさい」

 

自虐に走る真希。

それを見た僕は、話をこちらから切り上げる。

取り敢えず、この辺にしといて、適当なホテル……この時間空いてるとこあるの……か?

さてどうしようかと考えていると。

 

 

「気持ちは有難いが……今は一人になりたくない、かな」

 

「……真希ちゃん?」

 

空気が変わるのを肌で感じる。

少々ながら嫌な予感がする。

 

ああ、これはマズイ───

 

漠然としたカタチだが、確信めいたものが、確かにそこにはあった。

 

「ああ……そんな他人行儀で呼ばないでくれよ、真希で良い。寿々花や夜見は呼び捨てだろう?」

 

「まあそうだけど……」

 

事実ではある。

寿々花は確か向こうから言ってきたし、夜見は……その場の勢いで呼び捨てにしてしまったのが定着した……だったはず。

それを気にしていたとは、今知ったが。

 

「ホラ、真希だ。呼んでみてくれ」

 

「……真希」

 

「ああ……うん、中々良いものだな」

 

「そ、それなら良いんだけどね」

 

頰が朱に染まる真希。

常とは違い、なにやら様子がおかしい。

 

どう対処すれば良いのかわからない。

その上、気のせいではなく、なんだか物理的に距離が近くなっている。

 

 

 

「……すまない、ちょっとだけ」

 

「……ま、真希?」

 

真希がちょうど僕の右肩に頭を乗っける形で、くっついて来た。

 

「いっただろう?ノロは渇くって。ボクだって人が恋しくなったりするさ」

 

「それなら寿々花に……」

 

「おいおい、別に誰でも良いって訳じゃないんだぞ? 燕さんだから良いんだ」

 

唐突な告白。

そう言う意味、で言ったのだろうか。

それとも、単に歳上故に父なり兄なりの距離感なのだろうか。

そんな訳はない、と思うが。

僕だって、そこまで馬鹿じゃない、が……

 

「……大分疲れてるみたいだね、今日はもう寝なさい」

 

誤魔化す。

流石に、向き合うのは危ない。

何がマズイかって、歳の差がマズイし、何より、結芽に殺されそうな気がする。

 

「そうやって寝かしつけたら、何処かへ行く腹積もりだろう?」

 

そう言う真希は、僕の右腕に自分の左手を絡ませてくる。

 

「あ、あのー」

 

「兄妹そっくりだな。ずっと見てないと、すぐ好き勝手して居なくなるんだから、な」

 

真希の方向を見ると、すぐ近くに顔がある。

そんな時、目線が、ふと合う。

 

「やっと、見てくれたな」

 

嬉しいぞ、などと言いつつ、真希は空いていた筈の右腕まで使って、僕を離すまいとしてくる。

しかし、そうなると真希の姿勢的に、その。

当たる、訳で。

 

「ま、真希? 離れましょう? ね? ね?」

 

「むぅ……寿々花みたいな事言うなよ……」

 

「真希……!?」

 

現状を打開しようと目まぐるしく脳を回転させるが、裏がえった声に、似つかぬ変な口調が出てしまう。

それが真希の何処に触れたのかわからないが、更に密着度は増していく。

 

「良いだろ、別に。不安なんだよ……こっちは」

 

さっきまでとは違い、打って変わって消え入りそうな声色だ。

しかし不安、とあり。

その事は少し冷静さを取り戻す事に成功する。

 

「とは言えな、その……女の子がな?」

 

「なんだ、女として見てたのか。ボクの事」

 

しかし実際は、冷静になったとかそんな事は全然なく。

寧ろ事態は悪化の一途を辿り始めている。

 

「あー…いや、そう言う意味じゃなくてな……」

 

「……てっきり、興味ないのかとヒヤヒヤしてたよ」

 

そんな事をつぶやく真希。

これは本格的にマズイかもしれない。

 

 

「確かに、ボクの事を変な風に色眼鏡で見ない所が良いなー……とは思ってたけど」

 

勢いに任せてか、とんでもない事を続々オープンさせていく真希。

このままだと押し切られてしまいそうだ。

てか、押し切られそう。

 

「余りにも個人としてしか見てくれないから、終いには逆に困っていたが……そう、か……見てくれていたか」

 

「落ち着け。今日はもう遅いから、な?」

 

「……夜はこれから…だ、ぞ!」

 

「うぉっ!?」

 

真希が寄りかかっていた右腕を極められる。

そのまま体勢を崩され、操られ。

ちょうど、真希に押し倒される形になってしまった。

 

「真希、あのな……」

 

「………………」

 

真希は無言のままに、そのまま倒れこんでくる。

 

「…………真希?」

 

しかし、そのまま動かない。声をかけて見ても、返事がない。

すやすやと穏やかな寝息を立てている。

 

「あ、寝落ちしてるコレ」

 

内心、危なかったと安堵の息を吐く。

右手の自由が戻ったので、ひっくり返すようにして抜け出す。

 

「しかし、何故……」

 

酒なんかあるわけ無いし、薬なんかもあるはずも無い。

深夜テンション……な訳ないか。

 

考えても答えが出るはずもなく、どうしてこうなったと首をひねりつつ、真希をベッドまで運んで行った。

 

……今日は、ソファーで寝よう。

 

 

──────

────

──

 

(寧ろ覚えてなくて良かったよ)

 

「なにそれ」

 

「都合が良いですね」

 

(本当にな)

 

「その日から……まあ、色々と世話になってな。だが、世話になりっぱなしというのも性に合わなくてな」

 

「そう言う人でしたね、真希さんは」

 

「ああ。まあ……なんだ。御礼も兼ねてな、何かしようと思ったんだ」

 

「ふーん。じゃお疲れ。もういいよしなくて」

 

結芽が手をひらひらと振る。

 

「おいおい、そう言うなよ結芽。お前親衛隊の頃から荒魂退治にかこつけて手伝いサボってただろ?」

 

「うっ……今は関係ないでしょ!?」

 

結芽は真希の反論に、答える事が出来なかった。

と言うか、そんな事してたのか、結芽。

 

「関係大アリだ。ボクは負担を余りかけたくないからこうしているが、結芽だと増やすだけだろ」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「結芽さん。燕さんは否定しかしませんから。そこで聞くのは卑怯ですよ」

 

口を開こうとしたら、間髪入れずに夜見が口を挟む。

まあ、否定しようとは思ってた、けどさ。

 

「むー!よみおねーさんまで何なのー?」

 

「……まあ、二人とも。あんまり結芽をいじめないであげて、な?」

 

「お兄ちゃん!」

 

「はいはい、わかったから」

 

ひし、と抱きついてくる結芽。

そのまま頭を撫でてやる。

 

「ほら、言った通りです」

 

「ハァ……」

 

溜息をつく真希。

夜見も呆れている。

別に、これくらい可愛いもんだから、いいじゃないか、と思う。

 

「……じゃあ真希おねーさん、寿々花おねーさんの所行こっか」

 

「す、寿々花か? なんで突然そんな話に……」

 

結芽の突然の提案に、戸惑う真希。

ちなみに結芽はこの間も僕から離れようとはしない。

 

「やっぱり3人だと足りないじゃん、4人じゃないと」

 

「だ、だがな……」

 

「……ふーん? やっぱりねー」

 

「結芽?」

 

何か確信めいた物を掴んだらしい結芽。

 

「真希おねーさん。寿々花おねーさんに怒られるのが怖いんだー!」

 

「そんな、事は……!」

 

真希の声に力が籠っている。

そんな事あるな、これ。

 

「じゃあ行こっか。大丈夫だよ、真希おねーさん。私もついてくしさー」

 

「ゆ、結芽……」

 

「大丈夫ですよ、真希さん。私もついて行きますから。親衛隊四人の同窓会だと思えば」

 

「夜見……」

 

結芽と夜見の二人が、真希を連れてこうと誘う。

断れない展開に、真希の顔が中々渋い。

 

「あ、お兄ちゃんはお留守番しててよ。増えたら困るし」

 

「……何が増えたら?」

 

「なんでもなーい」

 

まあ、何となくは意味がわかるが。

流石にそこまではないでしょう。

とは言え、親衛隊四人水入らず。

無理に行くことも無い。

 

「まあ、そう言う事ですので。真希さん、行きましょう」

 

「……だが」

 

「行ってきなよ」

 

なので、渋る真希の背中を押す。

 

「燕さん……」

 

「別に、殺される訳じゃないんだし……ね?」

 

確かにこの四ヶ月間、ロクに顔も出さず、一丁前にフードなんか着て場を混乱させていたとは言え……この期に及んでまだ行かないと言うのは流石にマズイだろう。

 

「行ってきなよ、真希」

 

「……ああ、わかった。行ってくる」

 

「じゃあしゅっぱーつ! さ、おねーさん達行くよ!」

 

「いってらっしゃい」

 

 

◆◆◆

 

 

 

親衛隊が一堂に会した。

真希が寿々花に叩かれ、説教。

それを結芽がニヤニヤしながら眺めたり、夜見が窘めたり。

 

そんな一連のやりとりを終えた後、事件は起きた。

 

「で、話が終わったところ悪いんだけどさー、寿々花おねーさん。おはなしがあるんだけどー」

 

きっかけは、結芽だった。

 

「なんですの? 結芽」

 

「お兄ちゃんになに勝手にキスしてくれてんの?」

 

「……は?」

 

結芽の発言に、真希が寿々花の方を勢い早く見る。

その眼光は鋭い。

 

(結芽さんはもっと凄かったって、言えばどうなるんでしょうか)

 

夜見は思っても言わない。

その言葉が更に波乱を巻き起こすと知っているからだ。

 

「あら、結芽。知っていたの?」

 

寿々花は動じる事はなかった。

その姿勢に、結芽は寿々花は開き直ったのだと思った。

 

「当たり前じゃん。お兄ちゃんの事だよ?」

 

「おい、寿々花! どう言う事だ!?」

 

寿々花の肩を掴む真希。

 

「別に。貴女には関係なくって? 真希さん」

 

「関係大有りだ! ボクの頰を叩いてまで心配してくれていた寿々花はどこへ行ったんだ!」

 

「あの私とその私は別ですわ。人間、誰しも仮面を使い分けるものでは?」

 

「うっ……それは…そうだが」

 

「なーに言い負けそうになってんの! 真希おねーさん! もっとしっかりしてよ!」

 

あっさりと言い負かされる真希に、呆れる結芽。

(結芽さんが言う事じゃないと思いますよ)

夜見は、此処でも何も言わなかった。

 

「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから、ちゃんとそういうのはしっかりさせないとー」

 

「あ?結芽。それは許容出来ないな。第一、燕さんは誰のモノでもないだろう」

 

寿々花に掴みかかり、しかしあっさりとあしらわれた真希が、その矛先を結芽に向ける。

 

「誰のものでもないのは真希さんが言うまでもなく、当然の事です。つまり私がどう仕掛けようとも自由ですわ」

 

それを利用する寿々花。

 

「なあ、セクハラって女性からでも成立するんだぞ?」

 

「嫌がらなければセクハラには当たりませんのよ?」

 

「いや、なに難しい話してるのか知らないけどさ、勝手に盗らないでよ」

 

三者三様、辺りに火花が散る様。

 

 

「あの、取り敢えずですね。一度落ち着いてください」

 

この空気はいけないと夜見が仲裁に入るも。

 

「なんです? 貴女が一番目があるからって、そう言うのは良くありませんわ」

 

「そうだぞ、夜見。お前は仕方がない部分があるとは言え、それはズルい」

 

──駄目。

寧ろ刃先がこちらに向いただけの様だった。

 

「そうだよー。よみおねーさんは少しお兄ちゃんに甘えすぎ」

 

「それは結芽が言って良い事では無いな」

 

「そうですわね。一番甘えている人が何を言うのでしょう」

 

確かにそうだ。

結芽以外の三人の意思が共通した瞬間だった。

 

「私はいいんでーす」

 

「そんなんだからいつまでたっても彼は自由にならないんです!少しは自立しなさい!」

 

「お兄ちゃんは私といるのが幸せだからいーんでーす!」

 

「そんなわけあるか!兄はお前の為に居る訳じゃないんだぞ!?」

 

「…………くせに」

 

「結芽?」

 

「なにもわかってな「あ の ! ! !」

 

「うえっ!?」「うわ!?」「きゃ!?」

 

 

 

 

このままでは険悪を通り越して大変な事になる。

だから、夜見は普段出し慣れない大声を出してでも、流れを断ち切り、話を止める必要があった。

 

仲が悪くなった、何て彼が聞いたら、頭を抱えるかもしれない。

それに。

四人、仲が良いのが望ましい。

そう信じているからだ。

 

「よ、夜見の大声……初めて聞きましたわ」

 

「よ、夜見……?!」

 

「…………な、なに?よみおねーさん」

 

三人共、初めて聞く夜見の大きな声に驚き戸惑っている。

策は功を奏した様だ。

 

 

「この後、真庭本部長の所へ今後の事について話し合う予定です。……皆さん頭を冷やして、その話は、後にしませんか?」

 

と言ったらしめたもの。

これ幸いと夜見は仲裁の締めに入る。

 

「……すまない。少し頭に血が上り過ぎたよ。ああ、ここは夜見の言う通りにしよう」

 

「……ええ、そうですわね。私も頭を冷やしますわ」

 

「えー、でも私、難しい話はわかんないよー?」

 

と結芽の言葉。

そういえばそうだった、とどうしようか夜見が思考を巡らせたその時。

 

「じゃあ結芽。衛藤さん達の所へ行ってはどうです?」

 

「え、可奈美おねーさん居るの?」

 

寿々花から図らずとも助け舟が入ってきた。

 

 

「ええ。その筈ですけれど……」

 

「ホント!?ちょっと行ってくるね!」

 

一も二もなく、踵を返して部屋から出て行こうとする結芽。

 

「ハイハイ、転ばないように気をつけるんですのよ? それと、一応御刀を受領して起きなさい」

 

「わかった、ありがとう! 寿々花おねーさん!」

 

途中でつまんない、とか言われても困るので、御刀の事だけ伝えて見送る事にした。

 

「……夜見。助かりましたわ」

 

「いえ。礼には及びません」

 

先程の夜見の意図を察した寿々花が、礼を言った。

 

 

「……なあ、二人共。少し、大事な話があるんだが───」

真希が、何かを思いついた。

本部室に行くのは、少し後になりそうだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「可奈美おねーさん!」

 

「結芽ちゃん!」

 

「もう退院出来たんだね!おめでとう!」

 

「うん!私もおねーさんに会えて嬉しいよ!」

 

広場にて抱き合う二人。

 

「おい、可奈美!そいつは親衛隊の……!」

 

「……誰?」

「十条姫和だ!」

 

一体何事だ。

そいつは親衛隊の人間だろう。

何故そんなに仲がいいのか、と姫和は思った。

 

「ごめんごめん、忘れてたよー。確か…御前試合の時のおねーさんだっけ?」

 

「忘れ……」

 

あんなに派手な事をやったというのに、忘れられていた事に動揺を禁じ得ない姫和。

余りのショックに目眩がする。

 

「あの、可奈美ちゃん?」

 

側から様子を見ていた、柳瀬舞衣が可奈美に声をかける。

 

「あ、おねーさんは確か……えーと、そうだ!沙耶香ちゃんと駆け落ちしてたおねーさん!」

 

「か、かけお……ち、違います!」

 

結芽はこのおねーさんは知っていると揶揄いの意味を込めて言う。

 

「舞衣と、駆け落ち……?」

 

「はいはい、沙耶香ちゃんは気にしなくていいのよー?」

 

約1名、効果があった様だ。

舞衣はそんな糸見沙耶香に微笑みかける。

 

 

「おい、どうしてお前が此処に居るんだ?」

 

「私より背が小さい…おねーさん……?」

 

結芽に声を掛けてきたのは益子薫。

結芽は見覚えがある様な気がするが、背の小ささを揶揄う事にしたようだった。

 

「余計なお世話だ!」

 

「ごめんなさーい」

 

当然、怒る薫。

一片の謝意も篭ってない詫びの言葉で返す結芽、

 

「確か、結芽ちゃんは獅童さんをここに連れに来たんだよね?」

 

「うん、そうだよ。さっき可奈美おねーさんには連絡したもんね」

 

他の5人に説明するように、此処にきた目的を問う可奈美。

 

 

「獅童真希を連れて来た? どういう事だ?」

 

「これ以上話がややこしくなる前に合流しないと、って思ってねー」

 

薫が疑問を呈する。

獅童真希は、確か───

 

「ややこしい……つまり、アレデスかー?」

 

意味を察する、古波蔵エレン。

 

「フードの刀使は獅童真希じゃなかったのか……面倒だ…」

 

その言に、そう言うことかと全てを悟る薫だった。

 

「ほんとにねー、厄介な話だよ」

 

「ええい!良く訳がわからないぞ!」

 

そう言うのは、ショックから立ち直った姫和だった。

 

 

「じゃあここでself introduction といきまショーウ!」

 

「えーと……?」

 

自己紹介しようと切り出したのはエレンだった。

可奈美の知り合いは私のFriend! みたいな思考なのだ。どうしようもない。

 

「私はエレン。古波蔵エレンと申しまーす! これからよろしくお願いしマース! つば九

「それは辞めた方が良いんじゃないかな……」

 

「む、そうデスか?」

 

「うん」

 

可奈美は、エレンが言おうとしたアダ名を制止する。

良くわからないけど、色々マズイ気がして。

 

「まあ、可奈美が言うなら……じゃあ、ゆめっちで良いデスカー?」

 

「おっぱいも態度もおっきいおねーさんだね……」

 

さしもの結芽も、やりにくいと皮肉を吐く。

 

「Yes!私はいつでもBIGなのデース!」

 

「……………」

 

しかし、彼女には通用しなかった。

理解して、やっているのかもしれないが。

 

 

「エ、エレンさんはそう言う人だから……」

 

 

「じゃあ次はオレだな。オレは薫。益子薫だ」

 

「で、こっちはねね」

 

「ねねー!」

 

「ナニコレ……荒魂?斬って良いの?」

 

先程保管室から受領した愛刀。

ニッカリ青江の柄に、右手をかける。

 

「コイツは良い荒魂だ」

 

斬られてはかなわないと薫が事情を端的に説明する。

 

「ねねねー!」

 

「うわ、くすぐったいなぁ……もー」

 

柄から手を離した結芽に、飛びつくねね。

 

「ねねが懐くって事は、ノロも抜けてるし、成長性がある証拠だな。良かったじゃないか」

 

それを見て、薫が思う。

 

「何の?」

 

「胸の大きさのだ」

 

「うわっ、ヘンタイじゃん。やっぱり斬って良い?」

 

そんな薫の、ねねの説明に、やっぱり斬った方が良いな、と確信する結芽。

 

「絶対ダメだ。ほら、戻れ。ねね」

 

「ねー!」

 

ねねの尻尾を掴み、強引に引き剥がす薫。

呆気なく離れて行った。

 

「!って事は……姫和」

 

「お、おい!何故私を見る!?」

 

そして、ある事に気付いてしまった薫。

姫和の方をニヤニヤしながら見る。

 

 

「お前だけだな、ねねが懐かなかったの」

 

「止めろ!」

 

意図を察した姫和が叫ぶ。

 

「あー……まあ、良い事あるって。平らなおねーさん」

 

全てを察した結芽は、自分なりに言葉を選びながら慰める。

 

「煩い……!」

 

しかし、全ての言葉が今の姫和には追い討ちにしか聞こえない。

膝から崩れ落ちて行った。

 

「わ、私は舞衣。柳瀬舞衣。で、彼女が」

 

「沙耶香。糸見沙耶香。知ってると思うけど」

 

そんな空気を見かねてから、舞衣が沙耶香と共に話し始める。

この二人とは、結芽は一度刃を交えている。

 

「あの時暇だから連れ戻しに行ったの私だしねー。まーもうどうでも良いけど」

 

「暇だったの……」

 

当人から明かされる真実に、何とも言えない気分になる舞衣。

 

「……で、そこで落ち込んでるのは姫和ちゃんよ。十条姫和。……さっき言ってたと思うけど」

 

一向に挨拶をしない……する気力もない姫和の事を代わりに紹介する舞衣。

 

「元気出して下さいひよよーん!胸が無くても、ひよよんは十分に魅力的デース!」

 

「…………何故ここまで辱めを受けねばならないんだ……」

 

エレンが純然たる善意から発言するが、所詮は持つ者と持たざる者。

何の慰めにもならない。

これでは更なる追い討ちだ。

 

「そ、そう言えば、獅童さんは?」

 

落ち込む姫和から醸し出される空気を変えようと、話を変える可奈美。

 

「他のみんなと一緒に執務室? アレ、本部室だったかな……?」

 

「なるほどー」

 

結芽は良く覚えていなかったが。

 

「にしても、これで親衛隊四人が勢揃いとはな。どうせお前たちも戦うんだろ?」

 

「うーん……よみおねーさんはどうだろ。ちょっと良くわかんないかな。ノロが多いからまだ病院通わないといけないんだってー」

 

薫の問いに対して曖昧な返答をする結芽。

 

「え、そうなの?」

 

「色々あったからねー」

 

可奈美の問いにも、お茶を濁す。

 

 

「所で、結芽ちゃん」

 

「なーに?」

 

結芽の耳元に近づく可奈美。

声の大きさも絞られている。

 

「此花さん、本当に付き合ってないの?」

 

「は……あー、アレね。本当に付き合ってないよ」

 

(そう言えば、あの話可奈美おねーさんからケータイで聞いたんだよねー)

 

 

─────

───

 

《ねえねえ、結芽ちゃん!》

 

《なーに?》

 

《あのさ、聞きたい事があって……》

 

《聞きたい事?》

 

《結芽ちゃんのお兄さんってさ……此花さんと付き合ってるの?》

 

《どうゆう意味?》

 

《こないだ、此花さんに用事があって、病室の前まで行ったんだけど……》

 

《ど?》

 

《その、入ろうとしたら……キス、してて……》

 

《そうなの?》

 

《うん》

 

《その時は、急いでその場を離れたんだけど、気になって》

 

《本人に聞くのもなんか恥ずかしいし、結芽ちゃんに聞いてみようと思ったんだけど……》

 

《どうなの!?》

 

《付き合ってない!》

 

《絶対にない!》

 

《えええええええええ!?》

 

──

───

────

 

 

(まさか、あんな行動に出るとは思わなかったなー)

 

「はぁ!?アレでか!?」

 

その現場を目撃していた一人である薫が驚きの声を上げる。

 

「何、ちっちゃいおねーさんも見たの?」

 

「小さい言うな! ……まあ、な」

 

「ふーん……」

 

「でも付き合ってないよ」

 

結芽は改めて否定する。

いや、否定しなければならない。

そうでなくてはならないからだ。

 

「あの……流石にそ、その……そこまでしといて、付き合ってないって言うのは…」

 

「何?えーと……舞衣おねーさん。何か文句あるの?」

 

「文句って、そんな大袈裟な事じゃないけれど……」

 

恐らく見聞きしたのであろう舞衣が苦言を呈する。

この年代の常識ではそう言う事、だからだろう。

 

「おい、何の話だ?」

 

「ひよよんはそのままのひよよんでいて下サーイ!」

 

何のことだかさっぱりわからない姫和。

エレンが誤魔化す。

 

「な、おい!どういう事だ!?」

 

「舞衣。私もみんなの話に付いてけない……」

 

話が良くわからないのは自分だけじゃなかったと、これ幸いと舞衣に尋ねる沙耶香。

 

「沙耶香ちゃんはクッキーあるから、向こうで一緒に食べましょう?」

 

「……うん!」

 

そんな純真な沙耶香に、話を聞かせたくないと舞衣がクッキーを勧める。

 

「え!舞衣ちゃんのクッキー!?私も食べたい!」

 

「おい、舞衣。チョコミントは勿論あるよな?」

 

飛びつく可奈美と姫和。

 

 

「もう……ちゃんとみんなの分もあるから、そんな興奮しないで」

 

二人に呆れながらも、人数分有ると保証する舞衣。

 

「そんなに美味しいの?」

 

そんな様子を見て、当然の事ながら気になってくる結芽。

 

「うん!舞衣ちゃんのクッキーはね、すっごく美味しいんだよ!」

 

「それじゃあわからないだろ……」

 

太鼓判を押す可奈美に、そんな可奈美に苦言を呈する姫和。

 

 

「ハイ。結芽ちゃんもどうぞ」

 

そんな時に、舞衣はクッキーをおもむろに取り出し、勧める。

 

「……いただきます」

 

素直に受け取る結芽。

それを恐る恐る口に運ぶ。

 

「…………おいしい!」

 

「でしょ!?」

 

口にあった様だ。

 

「それは良かった。まだあるから、どうぞ」

 

その様子を見て、更にクッキーを勧める舞衣。

 

 

 

 

「あの空気から一瞬で自分の場に……そう考えると凄いぞ」

 

「流石はマイマイデース!」

 

そんなやり取りを見て、薫とエレンが講評する。

 

「……と言うより、薫が出歯亀しに行かなければ良かったのデワ?」

 

「……でもやっぱり気になるじゃないか?」

 

「それはソーなのデスが……ムムム……難しいデース」

 

「てか、此花寿々花も良くやるよな………」

 

「ノンノン、薫。乙女はいつでもBurning Love!なのデスよー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もしも真希さんが寝落ちしなかったら?
個別ルート突入でもしてたんじゃないかな

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