陸に上がった後、わかさぎ姫と別れた。
彼女から紅魔館と呼ばれる場所を教えられ、そこに行けと言われた。
なんでも悪魔の棲む館らしいが、門番は割と親切な妖怪だとか。
どうせ行く当てもないのだからと、行くだけ行ってみることにした。
「で、お前が門番?」
「いかにも。紅魔館が門番、紅美鈴です!」
見た目でもわかるザ・チャイニーズだった。
「足は普通なんだ」
「? と、それよりもあなた、びしょ濡れじゃないですか!」
「気が付いたら湖に落ちてた」
「気を付けてくださいよ。人間は弱いのですからすぐに風邪を引いてしまいます」
ぼくの頭の上になにか柔らかくていい香りのするものが掛けられた。
誰かが大きな白いそれ――タオルで優しく丁寧な力加減でぼくの濡れた体を拭き始めた。
初めは美鈴がやってくれているのだと思ったけど、それにしては何かがおかしい。
現に彼女はぼくの目の前から一歩たりとも動いていなかった。もちろんタオルがひとりでに動くはずもない。
となると、導き出される答えは一つだけ。
「だれ?」
「白い布のお化けですわ」
「現実にゴーストなんているもんか。……人魚はいたけど」
「あらあら、なんてユーモアのない。いけませんわ。もっと想像力を豊かにしないと」
「ちょ、どこさわってんのさ!? あっ、そこ、やめ」
「うふふ」
「楽しそうですね、咲夜さん」
「えぇ、とっても」
一通り体を弄ばれ、ようやく解放された。
変なところを執拗に責められたせいでずっと変な感じがする。
でも、初めてという訳でもなかった。昔どこかで似たようなことをされた気がする。
「なにか気になるところでも? 何でしたらもう一度致しましょうか?」
「やだ、やめろ、やめて、やめてください」
「咲夜さん、それ以上いけない」
思わず美鈴の背中に隠れた。この銀髪メイド――咲夜とかいう奴は危険すぎる。
「冗談よ。お嬢様と美鈴を足して割ったような見た目だったからつい、ちょっとからかいすぎちゃっただけ」
「咲夜さん、それどういう意味ですか……?」
お嬢様とやらどうしてこんな奴を雇ったのだろうか? もしかすると、お嬢様もそういう趣味なのかもしれない。こわい。
「つーか、お前いつの間にぼくの後ろに?」
屋敷から出てきた訳でも、屋敷に帰ってきた訳でもなさそうだ。
出てきたのなら門を通らなければならないはずだし、どこかに行った帰りならそれ相応の荷物とかを持っているはず。でも、現れた時にはバスタオル一枚しか持っていなかった。
まるでそうなることがわかっていて、しかも瞬間移動を使ったみたいだ。
「さぁ、どうしてでしょうね? それよりも――」
咲夜の姿が一瞬にして消え去った。
そして、ぼくの後ろから誰かが抱き着いた。
「お嬢様がお呼びです。一緒に来てくださいませ、ご客人様」
まったく、咲夜さんも人が悪い。
いつもの事とはいえ、今回はかなりやりすぎな気がする。
……ひょっとして、お嬢様が仕向けたのだろうか?
今度ばかりは何も聞かされていないので確信はないが、そうだとすれば咲夜さんのあのやけに執拗な検査にも納得がいく。
まさかそんなところまで調べるなんて……と思いはしたが、事実、あの場所だって仕込もうと思えば仕込めるものだ。
ナイフだろうが、銃だろうが、それこそ毒薬だって。
彼女の気は不安定で、しかも邪悪なものが多く混じっていた。
咲夜さんの奇行に怯え、私の背中に隠れるといったなんともいじらしい彼女の行動に、私はいささかの演技臭さを感じていた。
本当は何とも思っていないのに、誰かを満足させるためにあえてそのように振る舞っている……そんな不自然さがあったのだ。
もっとも、これはただの邪推であり、私の勝手な感想に過ぎない。
だが、彼女は只者ではない。なにかとんでもないものを隠し持っている。
……柄にもないことをするものではありませんね。
きっと疲れているのでしょう。少し仮眠を取るとしますか。