「なんだおねーさまか……」

 突如として突き付けられた妹からの落胆の言葉 
 その後、おぜうさまは――




          

 ω こんな口をしていた。

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おねーさまと、お菓子と、甘々と

「なんだおねーさまか……」

 

 紅魔館。

 無駄に長い廊下を歩く吸血鬼の少女、フランドール・スカーレットは心底落胆したように肩を落とした。

 

「え? なに? なんか酷くない?」

 

 突然訪れたあんまりの言葉に、少女の姉、すなわちレミリア・スカーレットは抗議した。

 

「はぁ……」

 

 フランは再び姉の顔を見るやいなや、落ち込んだ様子で顔を地に向けた。

 

「ねぇ、なに? 私、なにかした? お願いだから言ってちょうだい」

 

 フランは首を左右に振る。

 あぁ、無常。とでも言うべきか、レ・ミゼラブルな雰囲気で瞳に涙すら浮かべる。

 しかしである。ここには正義も法もない。

 なぜならばここは悪魔の館である。

 パン一切れでも盗もうなら牢獄ならずに殺人メイドに文字通り時を止められ生の終わりをつげる所である。春を告げる鳥と書けばウグイスだが、死を告げる鳥と書けばコウモリだろうか。つまるところ、ここは悪魔の館であるということであるが、問題はそんなことではない。

 

「お願いフランちゃん。どうしてあの門番でもなく、私の顔を見てため息なんてついたのか教えてくれないかしら?」

 

 春といえば睡眠であるが、睡眠といえば春、……ではないだろう。

 春を告げる妖精といえばリリーホワイト。では、睡眠を告げる妖怪といえば紅美鈴であろうか。かの獏、ドレミー・ナイトメアさんもお腹いっぱいになるかもしれない。何がというと、夢である。

 一日中夢を見ているとすれば、いや正確にいうと一日の大半を夢を見ている状態とすれば、現実の世界というのは夢の中であるというのが正しいのではとも考えられてくる。

 胡蝶の夢。

 蝶であった夢が本来の姿なのか、夢から覚めたと思っている人間が夢なのか分からない。こんなこと考えていても仕方がないと片付けるのは簡単であるが、結局それは人である今が間違いなく真であるという信仰にも似たものがあるから出来る芸当ではないだろうか。

 さしあたって、今の問題は――。

 

「……どうして話してくれないの? 『なんだおねーさまか……』が唯一の言葉って、あまりにも悲しいと思わない? ねぇ、ねぇ」

 

 妹から全身全霊で好かれていると信じて疑わないレミリア・スカーレットであったが、実際自分がレミリアという個体である以上、フランンドール・スカーレットではないということであって、それはつまり真のところ妹のフランから自分がどう思われているかというのが分からない、確かめられないということである。

 

「ふーらーんーちゃーんー!?」

 

 妹の肩を触れるチャンスだとばかりにがっしりとつかみ、ゆっさゆっさ揺らす。

 洗髪料のいい香りが鼻腔に入ってくる。

 そういえばさっき咲夜がお風呂に入れてくるとか言っていた気がする。

 

「うっさ」

「うっさ!? ……うっさ!?」

 

 大事すぎることなので。

 

「うっさ!?」

 

 三回じゃあ、足りない。

 

「うっさってどゆこと!? うっさって!?」

 

 面倒がって中々お風呂に入らないフランちゃんの貴重なお風呂上りに遭遇した幸運を感じながらも、抗議は続ける。

 いや、続けなければならない。

 会話が途切れてしまう。

 ふらんちゃん、ふらんちゃん、ふらんちゃん。

 

「あーもううっとうしい。お菓子作ろうと思っただけだから、おねーさま邪魔なの。どぅーゆーあんだすたん?」

「え、お菓子? そ、それなら咲夜に……」

「うんだから、永遠に幼い月ならぬ永遠に食べるだけのおねーさまじゃどうにもならないでしょ?」

「そ、そうだけど、なんかうん。私、太ってないわよ?」

「デブミアさんにはさっさとご退場いただいて、さっさと咲夜探さないと……」

 

 レミリアを置いて先に進みだしたフラン。

 このままだと、なんかひどい扱いされたまま話が終わってしまう。最終的には「おねーさま大好きー」で終わらせたい。だいたい五百年くらい叶っていない願望ではあるが、未来さえあれば確率はゼロにはならない。

 すなわち、フランの行った方へ振り返り、何とかばんかいしようと――。

 

「あれ、いない……」

 

 紅魔館の無駄に長い迷路のような廊下に、その当主であるレミリア・スカーレットの寂しい声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 しゃっかしゃっか。

 厨房ではボールと泡だて器が音を奏でていた。

 

「ふんふんふん~♪」

 

 鼻歌も混じる。

 

「さすがはフラン様。筋がいいです」

 

 にこにこと咲夜がフランを見守っている。

 初めは手取り足取りだったお菓子作りも、今はほとんど見守るだけになっている。

 レミリアは知らない。紅魔館にこんなにこやか空間があることを。

 レミリアは知らない。楽園から生み出されたお菓子が実は必ず自分に届けられることを。

 レミリアは知らない。その際には必ず感想を聞かれ、その感想が妹に届けられていることを。

 

「後は焼くだけですね」

「あいあいさー」

 

 おおぐちを開けたオーブンに、一足先に食べさせる。

 数分もすればバターの焦げる香ばしい匂いが厨房を充満させだす。

 思わず完成に期待させられるが、焦りは禁物。

 待つときは待たなければいけない。

 フランと咲夜は会話をして時間をつぶし始める。

 

「これはね、だいたい三百年くらい前の話なんだけど――」

 

 題材はいつも昔話。

 咲夜が知らないレミリア。

 時を止めるようなことは出来ても、戻すことは出来ない。タイムスリップもまた同じ。

 であるから咲夜は自分の知らない主の話を聞くことが好きだった。

 お菓子作りを手伝ってもらうかわりに、昔話をする。そんな建前のような条件でお菓子作りはおこなわれていた。

 ふんわり甘い可笑しなお菓子な魔法。

 小悪魔がこっそり見に来て、主人であるパチュリーにメニューを伝えにいく。

 シエスタな門番には鋭利な刃物の後に届けられる。

 一人、仲間外れにされてるとしょんぼりしているレミリアにも、もちろん届けられ――。

 そう、今日はなんの特別な日でもない、ただの普通の一日。

 なににはばかることもなく、気のおもむくまま紅茶を飲む、そんな悪魔の館のいつもの日常。

 



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