この俺踏み台ことウルカヌス・イグニスはクラス分け試験を堂々トップで終わらせ、Sクラスに確定した。
妹マリナは6枚を抜いて、7枚目にヒビを入れギリギリ同じSクラス。
そして、我が弟こと英雄の卵たる少年の一撃は壁10枚を抜き、11枚目に達して力尽き同じくSクラス。
その同伴たる少女、青髪の美少女は7枚を鮮やかに破壊し同じくSクラスである。
他の者は全て5枚以下で、そのままAからCまでにクラス分けされた。
つまり、俺のいるSクラスはたったの4人だ。
これでも多い方らしいので、学園側は、今年は英雄候補が豊作だ、大漁だ、とほくほくしていた。農業なのか漁業なのかはっきりしてほしいもんである。
「お兄様! 私、やりましたわ!」
「ああ、よくやった。だが、今の己に安居するな。常に上を目指す姿勢を忘れずに過ごせ」
なんと言っても気の毒だが、
そう思うと、無邪気と言ってもいいくらい明るく喜ぶ妹を邪険にもできない。だがしかし、先に踏み台の自覚を持った先輩として兄として、ここは厳しく言わねばならんのだ。
俺はお前を自業自得でもある踏み台としての運命から救ってはやれないが、せめて良き踏み台としての見本をみせてやることはできる。許せ、妹よ。
と、たしなめると、目を輝かせて「さすがお兄様はストイックでいらっしゃるのね」と喜んだ。
可愛い妹だ。
だが、しかし。
そう、しかし。
可愛いのは、俺の前だけであることくらいは知っている。
あいにくと、そこまで鈍感にはなれない。
具体的には隠されていても、陰惨な真似もこれまでやらかしている差別主義者であることは知っている。
正確に言えば、自分の一言で、差別している相手がどうなっても気にしないという性格なので、自らの手を汚すタイプではないのだが。
庇って言うのであれば、強者に対してはそれなりに敬意を示さないこともないのだが。
「フン。成り上が、いえ、平民にしてはなかなかだわ」
とはいえ、このように上位者としての態度を崩さず、下位に対する評価でしかない。
言われた側である青髪の少年と少女は顔色も変えずに一礼した。
つまり、これマリナがこういう性格であるときっちりしっかり知られてるってことだ。
少女の動作は優雅で付け焼き刃感はない。だが、貴族名鑑を暗記してる俺に見覚えがないってことは貴族じゃない可能性が高い。しかし、そんじゃそこらの豪商ではこういう教育は難しい。こういう教育をしようという発想がないからだ。
つまり、最低限3代以上は続いている豪商あたりか。ふむ、妾腹か下位貴族という可能性もなくはない。
身につけている物は全て上質だが地味だ。こういう趣味は原初の四精霊の一、水の原始精霊を祖に持つ家系に多い。髪色の特徴もだけど。
彼らは理性と公平を尊ぶ傾向にあり、逆に言えば、知性のない者を忌避する、場合によっては見下す性質にある。
と、ここまでを読み取った俺の前で、顔をあげた少女が名乗った。
「私、セレスタ・ラクスと申します。火だけではなく水や地、風まで万物の魔法に通じ、"
微笑む彼女は、マリナをガン無視。
おおう、すごいな。最初っから喧嘩を売ってくるか。
いや、こうして彼女とマリナが反目し、マリナが彼女に対して権力を傘にきた行為をしようとした瞬間に
妹よ、もしや、踏み台だけではなく、当て馬役も担ってるのか。恋のキューピッド役か。それはそれでいいな。
踏み台としては一人前と自認したところだ。俺もそっち狙ってみよう。
弟のほうは、なぜか顔をそむけてこっちを見ようとしない。
さみしい。
安心してくれていいのに。
俺は踏み台としての任務を果たすため、お前が望むまでは決してお前の正体に気づいたりしないぞ。むしろ、
「そうか。既に知っているようだが、俺はウルカヌス・イグニス。こっちはマリナ・イグニス。妹だ」
「このような者たちに、お兄様から名乗られなくても……!」
「前々から言っているが、学園にいる以上は対等だ。違いの差は何をしたかで示せ」
「ですけれど……!」
「マリナ」
名を呼べば、妹の喉がひくついた。
あ、ごめん、そんなに怒ってないから。大丈夫だから。
「淑女として振る舞え」
言い終えれば、何をどう解釈したのか顔が明るくなった。
まあ、以後は
ここで解説をしておくと、リュミエール学園は、学校ではあるが、それだけではない。
かつて、この地は混沌の森と同じく、強力な魔物の跋扈する闇の地だったという。
それを、封印と浄化を繰り返し、その上で光の地たらしめるために王族から必ず一名が常駐するようになったのが始まりだ。
王族を守るために騎士が配置され、封印を強化するために魔術士が配置され、彼らの必要とする物資を供給する者たちも同時に移住し、もはや一つの都市と言っていい。
ここは、騎士の修業の場であり、魔術士の術の研究場所であり、かつての戦いにおいて功績を立てた者たちを慰撫する墓所であり、王族も貴族も平民もなく戦った珍しい場所でもある。
ゆえに、学園内ではすべてが平等であり対等。
かつては本当にそうだったし、今も少なくとも理念上はそうであるはずだ。
「コホン、私がSクラスの指導をするグラニート・イグニスだ」
あれ、叔父様、久しいな。
名字から分かる通り血縁だ。このクラスにイグニス姓が2人もいるからこその配慮。学園側からの
分かるぞ。
俺は分かってる。
かつて一族から放逐された
今が序章、第1話くらいだとしたら、おそらく10話目くらいで魔獣に襲われた主人公一行を身を挺して助け、信用を勝ち取るやつだ。
そして、主人公達を見捨てた俺達を叱りつけるパターンだろう。
ただな。
問題があってな。
そんなに強力な魔獣ってまだ残ってたか……?
近隣の、俺でも足手まといを守って戦うほどの余裕がなく苦戦するような魔獣は、もう全部討伐してしまって……いや、
「Sクラスであるお前たちには、基本的に私から指導するのではなく、課題を得て、その課題にどう対応するかを評価の対象とする」
教師が男性である以上、第3ヒロインは同学年の誰かか、下級生か、上級生もありうるが、まあ教師枠からは消えたと見た。
うーん、しかし学園長は妙齢の女性だからな。油断はできない。
俺も踏み台はもちろん、当て馬役も見事にこなしてみせよう。
安心しろ、
6年の努力は伊達じゃない。
「個人単位はともかく、グループ単位での課題は私が出す。むろん、その課題を自ら定めてもいい。ただし報告は必須だ。報告がない場合は、勝手な活動として評価されないばかりか、場合によってはクラス落ちだから気をつけるように」
教師の言葉を右から左に聞き流しながら、青髪の謎の()少年のほうを見やると、すごい勢いで首をそらされた。
何だろう。
寝ぐせでもついていたかと思ったが、そんなものがあったら誰かに言われる気もする。
「グループですって? 私にお兄様以外と組めとおっしゃるの? それもその貧相な平民と?」
マリナが柳眉を逆立てた。
青髪の少年も不愉快そうな光を瞳に浮かべ、少女はうっすらと感情の見えない微笑みを深めた。
そういえば、自己紹介してもらってないから、まだ俺は弟の偽名を知らない。
「その通りだ。公と私を分け、協力できるかどうか見せてもらおう。必要な時に必要な力を発揮するためにな」
どんな名前だろう。
ここはやはり、壮大で、未来の英雄にふさわしい華やかさが求められるところだが、偽名というところを鑑みれば地味で目立たないものでもロマンはある。
隠れ潜む臥薪嘗胆の時期。英雄のロマンじゃね。
「ではまず、ウルカヌス・イグニスとシルバー・ラクスの組と、マリナ・イグニスとセレスタ・ラクスの組だ」
「なっ、その女とですって! いくら叔父様でも横暴が過ぎましてよ!」
シルバーというのか。
夜の世界に星々とともに歩み、光をもたらす。
闇のものでありながら、光を跳ね返す光のものでもある。
いいじゃないか。
「マリナ」
「だって、お兄様! 初めてのグループ分けでお兄様と一緒じゃないなんて! しかも、この女となんて!」
「彼女とでなければ納得するか?」
「誰だって、この女よりマシですわよ!」
「分かった」
頷いて、俺は叔父をみやった。
本来なら先生と呼ばせるべきだが、それは後からにしよう。今は何を言っても聞くまい。
「すまないが、今回は譲ってくれないか。次はない」
「いいだろう」
叔父の表情からして、たぶん、分かっていてやったのだ。俺の提案も考えのうちだろう。
そうでないとしても、
「では、俺とセレスタ、マリナとシルバーの組み合わせに変更だ」
「課題が終わればまた変えるからそのつもりで」
叔父が俺の言葉に続く前に、カタン、とシルバーが手でもてあそんでいたペンを落とす。絶妙なまでの配置を誇る顔のなかで、目がわずかに見開かれて、少しばかり幼い印象になった。
セレスタも口元を手で覆って驚いた様子だ。
マリナはいわずもがな憤怒の形相になったが、「淑女」と俺がつぶやいた途端に、微笑みになった。口の端が引きつってたので減点。
最初の課題は"混沌の森"の探索。
そう、俺にとっても弟にとっても因縁のあるあの森だ。
力試しと言ったところだろう。俺以外の者の。
自分で言うのもなんだが、俺は研究されまくっているので力試しも何も、俺以外の奴のほうが俺について詳しかったりする。正しいかどうかはさておいて。
ただし、もちろん奥の手は存在する。
"こんな事もあろうかと"は魅力ワードとしては渋いが、俺は前向きに評価したい。頑張って3つも作ったんだし。
ああ、
なに、お前のために作ったものだ。遠慮はいらない。まだ作る予定だし。
「ウルカヌス様」
「何だ」
「手慣れてらっしゃいますね」
「何度も来たことがあるからな。セレスタは初めてか」
「辺縁部なら何度か。ですけれど、火を起こせるような拠点を作ってある方なんて初めて見ました」
呼び捨てで構わないと森に来るまでの間に言ったのだが、袋叩きに合いたくないからやめておくと微笑まれてしまった。
さもあらん。俺にはこう見えてファンもいるのである。
うーん、ありとあらゆる名声と名誉と求め続けたことに悔いはないし、それを乗り越えてこその英雄だとも思っているが、万が一にも
そう考えれば、今回マリナとシルバーを組ませたのは存外良い方向に働くかもしれない。マリナよ、しっかり籠絡されてこい。目指せ第三ヒロインだ。そうすれば踏み台ではなくなる運命もあるかもしれないぞ。
拠点とセレスタは言ったが、それほどのものでもない。
俺が前々から利用している野営地に案内して火を起こしただけである。
混沌の森は、魔獣が問題なだけで、それ以外は非常に豊かな森だ。毒ガス地帯や毒草もあるが、人が食べられる果樹があり、飲める水質の泉があり、どういった作用か、いかなる厳冬も苛夏も森のなかでは多少和らぐ。
「魔獣を"だけ"と表現できるのは、ウルカヌス様くらいだと思いますの」
森に入って数時間、慣れてきたのか、青髪の少女セレスタも割と普通に話してくれるようになってきた。
そう、たかだか5,6時間歩いたくらいで着ける場所なのである。
入り口からほど近い丘を迂回して、細い沢を遡り、岩場に分け入り、灌木の茂みをかき分けて進めば、やがては岩にしがみついた楠の根本に湧いた泉の
巨大に育った楠の枝がドームのように泉の上空を覆って太陽を遮っているため、いつでも薄暗い。岩場で、しかも光がないから植物が水辺だというのにほとんど育たない。
一段低い場所にあるため、一見しただけでは、そんな場所があることすら分からないだろう。
俺は、何度か来るうちに作った粗末な石組みの
「慣れている、と言っただろう」
そう、なんで野営地を作ってあるほどに、俺がここに慣れているかと言うと、度々来ていたからである。
具体的に言うと、"俺は英雄になれるのでは?"とか"弟は英雄ではないのでは?"なんて疑いがこみ上げてきた時は、ここに来ていた。
第二王女を助けた後が一番ひどかった。
一週間もこもったのはさすがに初めてだったからな。
最初にここに来たのはいつだっただろう。
もはや忘れたが、弟をここに棄てたと聞いてからかなりの時間が経っていたのは分かっている。
そして、俺は、
……3時間ほどで逃げ帰った。
水も食料もなく、武器と身のみで入ったのだから潮時といえば潮時だが、そうじゃない。ひっきりなしに襲ってくる魔獣に恐れ慄いて、これ以上こんな所にはいられないと
これをもって、
周りは幼い身で、3時間も森の中で耐え抜き、しかもほぼ無傷で帰還したことを褒め称えたが、冗談じゃない。
――弟はまだ9歳だった。
――弟は魔法も使えなかった。
――弟は剣も持っていなかった。
――弟は、帰る道も、何もなかった……。
ああ、それはつまり、弟が英雄でなければ死んでいるということだ。
これは俺を一番打ちのめした。
魔獣の恐怖も、毒ガスエリアに突っ込むところだった衝撃も、何ほどのものか。
弟は――英雄でなければ、死ぬのだ……。
踏み台としての覚悟が揺らぐ度に、俺は同じことを繰り返して、俺が英雄としての器ではないこと、弟が生きるためには英雄で
この野営地の準備の良さは、俺の未熟さを表すものでしかない。
まあ、今回は役に立ったが。
「そんなにここに通っているなんて、何か理由がございますの?」
「探しものがあった。見つからないことは知っていたが」
「見つからないと分かっていて、それでも?」
「分かっていてなお、僅かな可能性を諦めきれなかった。フッ、未練だな」
えーっと、これ、どこまで答えていいんだろうか。
彼女はどこまで知ってるんだろう。
俺は俺が英雄であってもよい理由を探してここに来ていた。そして、その度に打ち砕かれて、俺は
そういう意味では、俺の探しものは
「幼い頃から神童とたたえられ、英雄としての道を歩むウルカヌス様でも未練はございますのね」
その言葉には答えずに、
実を言うと、イグニス家の直系である俺は火の精霊との相性が最も良いため、わざわざ火を
だって、そのほうが冒険者っぽい、いやいや、英雄の踏み台ともあろうものが火も起こせないなんて恥ずかしいからな。
「
指先に集まってきた水分を振り落とし、今度は火をつける。
使う魔力量は少なくても、その分、精密な
「
さて、火は灯ったが、このままでは防備が不安なので結界を張る。
一番外側に呼び鈴結界、そのすぐ内側にカウンター結界。最後に防護結界の3つだ。
呼び鈴結界と呼んでるのは害意ある者や俺達に被害のありそうな物が接触したら、すぐに分かるという代物。消費魔力も少ないし結構便利だ。並大抵の隠蔽結界じゃ逃れられないよう改良してるが、終焉の精霊が力を貸すとなると分からんな。今度、対策考えよ。
カウンター結界は触れると自動的に反撃するトラップカードみたいなやつ。俺は大体、何が来ても爆発で返す。岩が落ちてきても魔獣が突進してきても対応可能な脳筋仕様。いやまあ、戦場なら死の呪いや毒や幻覚系統の魔法にするけどな。
防護結界は読んで字の通り。物理的な壁に近い。ちょっといじって、毒ガスや水流にも対応させてる。これを張っておかないとカウンター結界の爆発で、自分まで被害を受けてしまう。前に寝る場所の選択ミスって死にかけ、慌てて治療魔法作ったら、禁呪扱いになったのはご愛嬌。
「
楠の作り出す植物ドームのさらに外側、かなりの広範囲を俺の魔力が薄く覆う。魔力を見通す者ならば、細い糸の網を張ったように見えるだろう。糸と糸の隙間にも俺の魔力は充填されているが。
「
そのすぐ内側。樹とほとんど重なるようにまた魔力が広がっていく。火の性質を帯びた魔力は赤みを帯びて、静かに敵を待っている。とはいえ、最近は俺の魔力の匂いを魔獣が避けるから、ほとんど使わなかったりするが。
「
泉と、俺達を覆う最後の結界は、魔力を過不足なくそそぎこみ、どこにも漏れや穴がないように流れを制御する。
氷が溶けるようになめらかに、針の頭に彫像するように精密に、いかなる想像の果てより卓絶した魔法の全て。
努力を紡ぎ続けた6年間。
こともなげに行われる繊細な至高の術式。
彼はまだ、理解していない。
"英雄の器ではない"なるほど、確かにその通り。困難に際し逃げ惑い、何度も揺らぎ信念を疑う者を英雄とは呼べないだろう。
だが、
「シルバー、いいえ、グレイ、あなたのお兄様はすごい方ですわね……。あの"混沌の森"に平然と寝泊まりしている上に、あんなに魔力を微小化して正確に広範囲に、しかも同時並行して扱うことのできる方がいらっしゃるなんて……あの前では私の魔法など、人間と土人形を比べるようなものですの」
「気にするなと言っても難しいだろうけど。兄さんは昔からそうだったんだ。何でもできるし、手抜きもしないし、別け隔てのない……」
逃げ惑いながらも心を奮い立たせ、疑った信念をそれでも貫き通している者を、英雄と呼ばぬ者などいないのではないだろうか?
「ええ、本当にそうですわね。あの方、あなたをあの森で探していらしたようです、この6年間ずっと。見つけられない可能性を今でも探し求めているとおっしゃってましたわ」
「……兄さん、だけ、は、俺を……」
「いつか、名乗る日が来ることを祈ります」
そう、
そこに立つ者を人は――
「(魔法で探索してはだめとは思わなかったな。
――人は、超人と呼んだ。
続きじゃないんですが、続いたらこういうシーンがあってもいいなという話。
お兄さんはやっぱり1回くらいは弟を探しに行ってほしくて書いていたらこうなりました。
原作にないものはすべて適当に想像して書いています。
矛盾はないとは思いたいんですが、もしあったら教えてくださると嬉しいです。
原作の連載化を待ってます。
追加。
光の亡者は、申し訳ないが原典を知らないのでよく分かりませんでした。斜め上に頑張るタイプでよろしいのだろうか。
更に追記。
昏式・高濱作品 @ ウィキ教えてもらってありがとうございます。
お兄さんに常識は不要だったことが分かりました……が、弟への罪悪感がある以上、やはりある程度の常識は持っていていただきたい気もするので難しいところです。