これ詰んだんでは?
「その人から離れてください!」
そう言って大砲をちっちゃくしたような、おもちゃの筒のような物を向けてくる雪風ちゃん
何をしているんだろうか、こちらに何を向けているのか、暗いせいでいまいちよくわからない
背中に何かを背負っているのは分かるんだけど
「もう一度言います!その人から離れてください!」
こちらが何も行動を起こさなかったせいか、語気をより強めたうえで雪風ちゃんはこちらにもう一度警告してくる。
「な、なあちょっとどうしたの?というかさっきぶりだね雪風ちゃん」
取りあえずこの張り詰めた空気をなんとかしたかったので、俺は何となく雪風ちゃんに話しかけてみる
「おじさん、大丈夫です」
「何が?」
なるべく刺激しないように話しかけたが、あくまで緊張は解いてくれない
つい数十分前に出会った時の可愛らしい笑みの一切を消し、こちらを憎き怨敵のような目で見てくる。
何が大丈夫なのか分からない、これ凄い心に来るよ、何が辛いって幼気な少女に殺意浴びせられるのが。
「おじさん、そいつらから離れてください!」
「えっ」
そして雪風ちゃんの突き刺すような視線が俺でなく、俺の傍に居る二人に向けられている事に気づいた
気づいてしまった。
「ヲッ」
最初に俺が見たのはただでさえ人形のように整いすぎて一周回って不気味さすら感じられる顔から
尚のこと一切の感情をそぎ落としたような顔で頭についているクラゲのようなものを出すヲ級
次に見たのは、俺にしがみついていた戦艦棲姫がいつの間にか俺の体から離れ、いつか見たような無表情で巨大な、生物とも無機物とも形容できない恐ろしい物体を出しているところだった。
「おいおいおい皆待てって!状況が飲み込めないんだよ!」
そして自分の口からそこまで出て察してしまった、雪風ちゃんが持っているものはこの目の前に居るヲ級と戦艦棲姫の物とは形こそ違えど、明らかに殺傷能力があるのだろうという事、つまり艦娘の使う艤装であるという事に。
「おじさん、その二人は空母ヲ級と戦艦棲姫」
「あ、ああ」
二人の名前を連ねる雪風ちゃん、なるほど、全部分かった
「深海棲艦です」
「そうなのか!?知らなかっ」
脱走した二人を追いかけてきたんだろう!この場はすっとぼけて乗りきってやる!
……(しばし熟考)
えっ
「ちょっと待て、今何て?深海棲艦?」
「はい、今人類と戦っている深海棲艦です」
神妙な顔で語る雪風、本来なら謎が大きすぎて飲み込めないが、合点がいってしまった。
欠けていたパズルのピースが見つかり、埋まったような感覚を覚える。
行き倒れていた、角やクラゲ頭など人とは思えない器官をもっている、死人のように冷たい肌、俺が深海棲艦のような名をしていると感じた空母ヲ級も、鎮守府からの逃走にしては奇怪な立ち回りをしていたが為に自分が鎮守府とまるで敵対関係にあるようだと感じたのも。
全て深海棲艦であるのなら、辻褄があってしまう
数十分前に出会ったばかりの雪風の話を信じてしまう程、この一言は衝撃的で、かつ納得のいくものであった。
「なあ、お前ら……嘘だよな?」
「ソウネェ、コレカラ ドウシヨウカシラ?」
「そんな平坦な声で言うなよ、怖いから……。」
助けを求めるように戦艦棲姫に尋ねるもいつか見た不愛想を通り越して無表情な面で返される。いや否定してよ、敵確定しちゃったよ……。
「ちょっと待てよって、そもそも世間で報道されてる深海棲艦像と余りにもかけ離れてないか?俺は人型してるとか知らんぞ」
辻褄は合うが納得いかない、確かに艦娘の正体を軍事機密だとして秘匿する理由は何となくわかる、技術漏洩の防止やら何やらできっと必要なんだろう
でも、万が一この姫級(笑)の馬鹿舌棲姫共が深海棲艦だったとしてこいつらの情報を隠蔽する必要性ってなんだ?
大体今回みたいに内地に侵入されるなら、スパイ対策に公表して人民の目を張り巡らせた方が余程有益じゃないか?
「なんで公表されてないの?いやアホ共が認めてる以上嘘じゃないかもしれんけど」
ウンコ漏らしそうな程怖いけど聞いてみる
「本来なら言うべきですよね。ですが今まではその必要がないと思われていたんです」
「必要がない?内地に潜り込まれてるのに?」
「はい」
必要がないとはどういう事だ?
ウチの深海棲艦ほぼ確定の馬鹿舌共は人間並みのオツムが…まぁ、あるなぁ
だから俺は世間一般の深海棲艦だなんて気づかなかった。騙される奴も多そうだが
「まさかこんな風に内地にまで潜むとは思いませんでした。いえ、そもそも陸地に戦艦や空母型が上がるだなんて」
「え?つまり連中は、深海棲艦は地上に上がらないと思われていたの?」
「はい、その筈でした。地上型を除けば…いえ地上型ですらここまで極端に…」
なるほどねぇ、え!?大問題じゃないの?
というか今更言われても困る。というかもっと本土に居るかもしれないんじゃ…
詰んでね?いやでも破壊活動を行うならもっと早くやってそうだし
「とにかく!こんな事は初めてです」
あと地味に砲塔向けられてるのが怖い
俺もこんな事初めてだよ。でもなんか慣れてる自分が居る
というか無表情じゃない分マシに感じる!不思議!
「だから、おじさんを離して!」
「エエ、ハナスワ」
雪風ちゃんの言葉に戦艦棲姫があくまでも平坦な声で答えるのと、俺が突き飛ばされるのは
ほぼ同じタイミングだった。雪風ちゃんは咄嗟の事で砲塔が明後日の方向に向いた
反射的に俺を撃たないように射線をずらしてしまったのかもしれない
突き飛ばされてよろける俺を突風を伴うような速度で追い越した戦艦棲姫が
雪風ちゃんの首を絞めて片腕だけで持ち上げた。
「がっ…はっ…」
「ホントウニアマイ ソイツゴト ウテバイイモノヲ」
片腕で平然と子供を持ち上げる。あの戦艦棲姫の白い細腕の何処にそんな力があるのかと
状況についていけない俺はただ、そんなことを考えていた。
「フフフ…」
「あっがっ…」
「あ、おい馬鹿!」
片腕で絞めているためか、動脈を絞めれていなかったか気道が少し開いていたか
専門家じゃないから良くわからない。でもそのせいか雪風ちゃんから漏れる悲痛そうな声を聴いたことで俺は我に返った。
「こんのぉ!」
俺は数週間一緒に暮らした戦艦棲姫に助走込みでドロップキックを繰り出した
どうせ言葉なんて通じない。考えるより勘がもう叫んでいた。
蹴りは当たった。足に響いてきた衝撃は痛いくらいだったし、一瞬はやりすぎたかも、とすら思った
「…」
戦艦棲姫は当然のように無傷、どころか一歩も動いていない
まるで蹴られる前と変わらないように、いたいけな少女の首を絞め続けていた
「離せオラぁ!」
俺はだいぶ怯んだが、もう一発、今度は拳で殴り掛かった
横面を思いっきり殴ってやった。依然奴はノーリアクション
むしろ殴ったこっちの拳の皮がべロリと剥け、すでに血が滲み始めている有様だった
「この…」
次は何をしようとしたか、自分でもよくわからないし、何かする前にヲ級に腕を掴まれて止められた
「俺を止めてないで、お前はあっちを止めやがれ」
助けを求めるつもりでヲ級の顔を見る。一瞬にして無駄だと悟った
ヲ級はいつの日か見た、あの感情というものの一切を削ぎ落したような顔でこっちを見ていた
そして気づいた。こいつの目が俺を品定めしている事
それ次第じゃ今度は俺がこいつに殺される事、そして不可解だった。この整っている筈なのに
おぞましいと感じてしまう顔の正体が。
「お前…やっぱり…」
この目は猛獣の目に近い、が猛獣の目なんて生易しいものじゃない
猛獣は人を糧にすることもあるが、こいつは違う、人間しか見ていない
人間を殺すために作られて、人間を殺すためだけに進化している生き物ですらない「ナニカ」だ。
そしてその目が雄弁に語っていた「邪魔をするな」と
「ひぃっ…」
蛇に睨まれた蛙、人間の目とデザインは違わないはずなのに、どうしてここまで何考えているか読み取れない目になるのか。
恐怖で立ちすくむ俺、その奥では依然として無表情で雪風ちゃんの首を締め上げる戦艦棲姫
もうだめだ…
そう思った時
「ながとさん?」
雪風ちゃんが消えかかりそうな声でそう絞り出した。聞こえたというか心に響いた
多分実際はきっと普通なら聞き取れないような…そんな小さな声だった。
「ナッ…」
動揺
明らかに動揺していた。戦艦棲姫は腕の力を急に抜いたらしく、雪風ちゃんが重力に従って地面に落ちる
解放されたが意識はないようで、むせ込みこそするが、仰向けに倒れたままほとんど身動きは取らなかった。
「マァ、イイワ」
向き直ってとどめの一撃を加えんと握りこぶしを振り上げる戦艦棲姫
そしてその拳を振り下ろさんとする
俺はその一瞬、あの嫌な圧力が消えたような感じがして、また戦艦棲姫を止めようとする勇気が
ほんの少し湧いてきた。ヲ級もあのおっかない目ではなく、俺を止めようともしなかった。
だから俺は奴の腕を狙ってタックルをした
「…」
「止まった?」
俺のタックルが多少なりとも軌道をずらしたのか、戦艦棲姫の拳は雪風ちゃんの顔面から外れていた
ただ、軌道云々を抜きにしても、そもそも雪風ちゃんの顔面の5、6寸ばかりで拳は止まっていた
きっと、俺がタックルをしなくても当たらなかったのだろう
「良かった。流石にお前でもこんな女の子の顔面を叩き潰すなんてことは…おい?」
違和感を感じた、何かと思って見てみると戦艦棲姫の肩が震えている
一瞬怒らせたのかと思い、これから殺されるのかとの思いが浮かんだが
すぐにそうではないと分かった。
「お前?」
また、戦艦棲姫は泣いていた
流した涙がちょうど雪風の顔に当たって弾ける
俺は気付いてしまったかもしれない
何となくだけど、戦艦棲姫は化け物になり切れていない、あるいは化け物から変わりつつある
「何となく分かったよ、お前は化け物じゃないんだな、深海棲艦と言いつつもお前…」
こいつの本能的な敵意や殺意の裏に、人間的な感情がしっかりとある
二面性と言えば話は早いが、それだけじゃない
「深海棲艦としての敵意と、人間臭いユーモアや感情、どっちもあるから今のお前なんだよな」
「何故私ヲ信ジルの?逃ゲナイノ?」
「ああん?逃げねぇよ」
「何デ…?」
ああ、なんでだろうな…強いて言えば
「俺がお前を匿ってる、協・力・者さんだからだよ。テメェらの食い意地に数週間も付き合えば情も湧くわ」
「それに、深海棲艦だって艦娘が認める存在だったとして、そいつを匿ってた俺が捕まったらどうなる?艦娘の雪風ちゃんも昏倒させちゃった手前タダじゃすまねぇだろ…いや、そうじゃねえな」
「?」
何を言ってるんだという風な顔でこちらを見てくる二人、馬鹿舌棲姫はともかくとして、ヲ級までそんな顔で見てくんな。
「単純に、カ、カ、カゾク…ダカラ…だよ!!!!」
恥ずかしくて小声になった
「こっちは一人暮らし寂しかったんだよ。一人で蒸発してよぉ!この静かな田舎で!一人暮らしだぜぇ!」
もうそこからは止まらなかった。言ってるうちに涙が出てきた
「もう見捨てらんねぇんだ!たった数週間の関係なのにだよ!下手なホームステイより短いぜこんなの!」
「大体なんだよ、脱走してきたから匿えだ!?スマホを握りつぶしやがって6万したんだぜあれ!」
「挙句一人でもやべぇのにヲ級まで来やがった!それでなんだ!?お次は深海棲艦ですだぁ!?」
「もう慣れっこだよ。今更どういう態度で接するように変えてくださいってんだ?なぁ馬鹿舌にアホみたいに食う母(くうぼ)」
息が続かなくなってきたから一旦切り上げる
「ハァー…説教は家に帰ってからだ、帰るぞ」
「エ、エエ」
「テメェの方が力強いんだから雪風ちゃんを背負えよ?」
「背負ウ?」
戦艦棲姫にドロップキックした時に足を若干くじいたし、拳はもう血でベトベトだ
こんなボロボロの俺がまさか雪風ちゃんを持つはずがない
「ヲッ!」
さて、この状況をどうするか考えつつ、拳のけがの具合を暗がりで目を凝らしてみていると、ヲ級が指を指す
見ると雪風ちゃんはぼんやりとではあるが、目を開けてこちらを見ていた
「おじ…さん?けがは大丈夫ですか?」
「え?俺は大丈夫だけど…」
驚いたけど、自分のケガよりも俺の心配をしてくれる雪風ちゃんにまた涙が出そうになる
とりあえずさっき垂れ流した分の涙を拭いつつ、応答する
「じゃあ、一人で帰れる?」
「帰してくれるんですか?」
「そりゃ、こっちはそうして五体満足で帰って貰うためにあの二人を止めたわけで」
少なくとも始末はしないだろうなぁ、というか戦艦棲姫から助けるために拳と足首犠牲にしたんだ
今更「気が変わったわ!死ね雪風!」(チュドーン)なんて事になるわけもなく…
「今回、戦艦棲姫と空母ヲ級を匿っていたのは俺の一存だし、上官とかに伝えてもいいんだけど…」
せめて情状酌量の余地ありで初犯を考慮すべきと説明してく…
「いいです、報告しません」
「エッ!?いいの!?報告しなくても?」
「本当は報告しないと怒られちゃいます」
少し柔らかくなった表情で報告しないと言ってくる雪風ちゃん
言葉通りなら嬉しいけど
「って、俺らの前では言っておいて後でバッチリ伝えるとか?」
「違いますよ」
一言でバッサリ切られる俺、いや良いの?ぶっちゃけ人類の敵匿ってるとか人類悪じゃね俺
「おじさん達は大丈夫そうです!」
「なんじゃそら」
満面の笑みで大丈夫だと言われても、なんじゃそら、としか言いようがない。本当にいい笑顔で言うから思わず納得しそうになる
「ああ、でもおじさん」
「何?」
「仲良しさんは良いけれど、別れが辛くなっちゃいますよ!」
「え?ああ、うん、辛くなるかもね」
「それじゃ、おじさん!さようなら!」
すっくりと立ち上がって、そのまま立ち去る雪風ちゃん。どこまでも元気のいい子供だ。
と、同時になんとなーく艦娘の情報が隠されてる理由が分かった気がする。
あんな子が戦いに身を投じることになるとか、絶対反対されるわ。
「あ、戦艦棲姫…さん?」
「…何カシラ?」
「待ってますよ、長門さん」
「…」
最後にガッツポーズをしながら意味深なことを言って走り去っていく雪風ちゃん
「ヲ?」
「俺に聞くなよ、ヲ級」
その真意を測りかねた俺は、同じような疑問を持ったであろうヲ級と(こいつの場合それすらわかって無さそうだが)
きょとんとして顔を見合わせていた
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『幸運』にも戦艦棲姫と空母ヲ級とのエンカウントを無傷で切り抜けた雪風は暗い夜道を駆け抜けていた
「きっとあの人たちなら大丈夫です!」
一見根拠の無さそうな言葉。しかし雪風は放置していても一連の現象はすぐ収まるだろうと確信していた
その確信について
『自分たちが放っておいてもすぐに戦艦棲姫は浄化されるので、きっと大丈夫だろう
下手にアクションを起こしてこのまま艦隊での戦闘になれば、なし崩し的に市街地で暴れられるだろうし
そうなるよりは自然浄化させたほうが遥かにスマートだ…ましてあの深海棲艦の素体があの長門さんであるならば尚…』という所までは言語化できていないようだが。
時間が空けばあくほど何書こうとしたのか忘れる
皆も一年以上空けるのは…辞めようね!