遡る事1年前、ある艦隊は大規模な深海棲艦の軍勢と戦闘中であった
敵も姫級をはじめとした強大なものであったが、艦娘側も長門を旗艦とした持ちうる戦力の内精鋭ばかりを集めたものであり、まさに頂上決戦といった風だ。
「このまま正面へ向かい、一斉射で薙ぎ払うぞ!行くぞ陸奥!」
「任せて!」
そう言ってタービンを回す長門はこのまま射程圏に入った直後に陸奥と阿吽の呼吸で放つ砲撃により敵を半壊させ、そのまま撃ち合って夜戦まで持ち込みフィニッシャーがとどめを刺す必勝の流れへと持ち運ぼうとしていた。
夜までに敵戦力が残ったとしても自分の後ろにはフィニッシャーとして信頼している雪風までいる、敵本隊を討ち取れるという確かな自信が長門にはあった。
だがそのプランは一発の魚雷によって砕かれることとなった
「ぐあっ!!!」
旗艦である長門に一発、信じられないような距離から放たれた魚雷が命中し
一撃で中破状態へと追い込まれる
艦隊の面面は食らった長門本人含めて一度は潜水艦を疑った。
長門は随伴艦に目配せするが帰ってきたのは「潜水艦を見落としてはいない」というもので、自分が信頼する随伴艦のソナー・索敵では潜水艦の存在を確認できない以上やはり敵の水雷戦隊による攻撃だとしか思えなかった
だが、戦艦ですら攻撃が届かない距離の、それも動いてる標的に単発当てる事のできる魚雷など
あったのだろうか
彼女たちの記憶の中にもそんなものはなかった、いや、無かったという事にしていたのだろう
本当は覚えていたし、幾度も思い出したことはある、だからこそ戦闘中に一つの結論に行き着いた
なるべくなら思い出したくもない記憶のはずだ
追い詰められた深海棲艦はかつて自らの前世がそうしたような方法で反撃に出た
倫理といった物が基本的にない深海棲艦がなぜ今まで使用してこなかったのか
それは分からない、しかし今、まさに長門たちはそれによって一転して窮地においやられた
とはいえこの艦隊は艦娘としてはほとんど並び立つ者はいないというほどの強者揃い
「ッ…確かに効いたが…まだやれるぞッ!陸奥、みんな!まだ行けるなッ?」
「え、ええ!」
「はい!長門さん!」
未だ戦意は衰えず、敵の喉元に食らいつこうと再び敵へと急接近を始めた。
_______________時は今へと戻って雪風と別れた後
「…」
「なぁよぉ質問いいか?」
「…」
「ヲ?」
「いや、ヲ級じゃねえんだ、俺まだヲ級語はネイティブレベルじゃないからある程度しか解らんし」
家へと帰る俺は、沈黙に耐えれなくなりあれ以来すっかりしおらしくなった戦艦棲姫にいくつか湧いた疑問をぶつけた
(ちなみに足をくじいたので反省してもらうのも兼ねてヲ級におんぶしてもらっている、人が通る道にまで出たら降りるけど)
「まずよ、おまえが深海棲艦なのは良いんだ、いや本当は良くないんだけどそこはもうなんか認めるよ」
「…」
「何でおれの家に転がり込んだ?お前が深海棲艦だとすると、こんな祭りに来たくらいで艦娘とエンカウントしちまうような場所を潜伏場所にするのは立地的に最悪じゃねえか?」
「…ソウネ」
まずは簡単な所から、なんで俺の家を潜伏場所に選んだのかだ
これはこいつが脱兵者だと仮定してた頃から実は疑問には思ってた事で、この部分が解せない。
「ソレハ…「偶然俺に拾われたからだろ?」…ソウネ」
「最初に俺の家に住み着くことになったきっかけはそうかもしれないな、だが定住する理由にはならない」
「ヘェ」
「傷を治すなら治るまで、包囲網か何かで捜索されたくないなら警戒が緩むまで、そういう何か時間が解決してくれる目的を達成するまでの潜伏先としては俺の家は使えたかもしれない」
「だがお前は無傷だし何か計画を練っている形跡もない、雪風ちゃんの様子を見る限りだと鎮守府側には認識されてすらいなかった、ならニアミスで見つかる可能性のあるここを選んだ理由はなんだ?」
ヲ級の背中で揺られながら、俺は意を決して深掘りした
ぶっちゃけ怖いのでヲ級にしがみつく腕の力が強くなる。
「…深海棲艦ノ強化ノ為ヨ」
「深海棲艦の強化?パワーアップって事か?」
ここに潜伏するだけで深海棲艦のパワーアップ?おいおいバイキルトとかスクルトとか、バフでも掛けてるのか?
「自然発生スル深海棲艦ハ、上位種ノ…ソバニ居ルダケデ強クナル」
「おいおいおい!?じゃあ俺敵の強化の片棒担いでいたって事か!?」
やべぇよやべぇよ…これ俺やっぱ地の底まで追いかけられて殺されるんじゃねえの
処刑コースだってこれ絶対、死刑免れないでしょこれ、下手なテロリストの隠れ家よりヤバいよ俺の家。
「デモ、陸地ニ定着シテ、暫ク経ッタカラ…後ハ効果モ 薄レテイクワ…力(チカラ)モ使ッテイナイシ…」
「陸地に定着して暫くたったから効果は薄れるねぇ…それ信用して良いんだな?」
「信用シテ、オ願イ」
「ふーん…」
流石に悩む俺、こいつの言ってることが本気であるなら俺はとんでもない事をやらかしてる
それに、もう効果がないなんて全くもって口だけかもしれない…しれないんだが…
なんか、こいつのいう事が本当か嘘なのか分かっちまうんだよな、こいつは現状嘘は言ってない
これ自分の感性だけで決めていいはずないけど、まぁ四の五の言ったって始まらないし
仮に義憤を抱いて襲い掛かったって返り討ちだし、今更垂れ込んだって碌な事にもならないし…おう詰みじゃねえか
「信じるよ」
「イイノ?」
「良くねぇよ、何があったら口約束だけで信じるってんだよ…いやでも信じて毒を食らわば皿までで行かないと俺がそろそろ精神的に危ないからさ、あとまぁなんかお前らを見捨ててもおけないし…」
なんかこっ恥ずかしくなってきた、さっきも家族だから(キリッ)とか言ってしまったし
出会って一か月で家族宣言 ^戦艦棲姫空母ヲ級 ってか?売れなそうなタイトルだな
「次にだけど、お前って子供の頃とかどうだったの?」
「ドウッテ?」
「お前だってオギャーと産まれてミルク吸ってた頃くらいあるだろ?いや哺乳類か怪しいけどまぁ、いずれにしても赤ん坊の時はあったろ」
次はもっと単純に、深海棲艦に子供とかあるのか聞いてみる、べつに詮索したって良いだろ
「最初ノ記憶ハ…戦艦棲姫トシテダッタワ」
「は?物心ついたとき的な?ああ、生まれながらにその姿なのね」
「他には?」
「イエ…海デ戦イ続ケテ…強クナッテ…今ニ至ルワ」
「ええと…他には…? おおう…それ以外に記憶がないのか…」
なんというか、戦いしか考えてないっていう半生を送ってらっしゃる
まぁ深海棲艦ってのはそういうもんなのか、というか生まれながらに姫とかすごいな
いや、現実の姫も大体血統とかで生まれながらにしてなってるもんか…こいつの親はなんなんだろ。
「…」
「…」
疑問はまだあったけどなんか気の毒になって黙ってしまう
戦艦棲姫も黙っているので再び気まずい沈黙が流れてしまった
二人分の足音だけが響いてくる。
「ヲッ」
背負われている俺の位置がずれてきているのかヲ級が腕を動かして俺が背中の中心に来るように調整する。
こいつの過去はなんか悲惨だけど、今こいつらはどう思ってるんだろう
「悪いねヲ級…じゃ、じゃあさ、じゃあさ、お前ら、今の生活はどうだよ」
「?」
「俺と暮らしてさ、お前らは楽しいか?」
何だかんだ理不尽になれてくると一人よりは良いんじゃないかと俺は思い始めてしまった
じゃあ、こいつらはどうなんだろうか、こんな田舎町で隠居人みたいな暮らしをして楽しいと思ってるんだろうか。
「楽シイワ」
「え?」
「アナタト居ルノハ楽シイワ」
楽しい…か、そうかぁ
正直俺も楽しいよ、大食らいだし、なんか底が知れなくて、地雷踏むともっと底知れなくなって
でも馬鹿舌だし憎めなくなる時もある、そんなお前らと過ごすのも悪くない。
「ヲッ」
今のヲッは賛同するって意味のヲッだな、もうヲッだけで何言ってるのか分かるようになりつつある。
最早ヲ級の身振り手振りが無くてもいう事が分かるということは、ヲ級語検定準一級くらいは取得できるようになったのではないだろうか、そんなものないけど。
一か月も経たないうちにこんなに気心知れた関係になれちまうもんなのかな?
ともかく…
「ありがとうな」
断言してくれて嬉しかったよ
そこで会話が途切れた、さっき交わした言葉を頭の中で反芻して、また恥ずかしくなってきたので気を紛らわせるように、俺を背負っているヲ級の首のあたりを見る
深海棲艦…艦娘である雪風ちゃんと比べると確かに人の形をしているが、あれよりも違和感を覚えるデザインだ
色白、というには些か白すぎるこの肌、丁度今着ている黒い服と比べると碁石を盤面に並べたような
そんなコントラストになる、人の肌から一切を漂白してもここまでは白くならないだろう。
今、首をまじまじとみてそれが何故か分かった気がする
血色だ
これだけ色白なのに血管がまず見当たらない、ヲ級にしがみついてる俺の腕と見比べてみる
俺の腕には肌の色に混じって緑とも青とも付かない筋が確かに見える
が、ヲ級を見た限りでは一本も見当たらない、ただ白い柔肌が拡がってるだけだ。
風呂上りなどに誤差程度に色が良くなるので血は通っている事には違いないとは思うが。
次に首のあたりに触れてみる
「ヲ?」
共に生活していたので肌に触れたことは何度もある、至って普通の感触だ、やけにすべすべしている気もするが…
手に残るのは肌に触れた感触よりも冷たさだ、戦艦棲姫を最初に家に運んだ時もそうだった
死人かと思うほどに冷たい、よくよく触れてみれば温かみとまではいかなくとも体温があることは分かる
ただ、一緒にいると体温を奪われていくような、吸い込まれていくような冷たさを感じる。
「冷たいな、やっぱり」
「ヲ~」
この冷たさは海での暮らしに適応したからだろうか、たまに素肌に触れられるとびっくりするからもうちょっと温かみを帯びてほしい。
さて、それはそれとして
「まぁ、もうお祭りは良いだろうよ、雪風ちゃんは何となく俺らの存在をチクらなそうだけど他の子とか、上の人とか、護衛だかなんだかが勘づいてるかもしれない」
一回艦娘と出くわしちゃった以上、こんなところにいられるか!
雪風ちゃんは黙ってくれるみたいだけど、他の艦娘にバレたら今度こそ殺される!
いやぁ二人の事を報告しないと言ってくれた雪風ちゃんは天使だよ全く
なんで雪風ちゃんが黙ってくれることにしたのかとか、そういうのは全部考えないことにする
何故って、そこ突き詰めていくと実は雪風ちゃんは嘘ついてて、次の日にはライフル銃で武装した機動隊に囲まれてました!っていうビジョンが見えてくるから!マジでどういう風の吹き回しでお目こぼしされたんだろうね。
「エエ、私モコレ以上ハ望マナイワ」
「ヲ~!!ヲッヲッ」
戦艦棲姫も状況はしっかり理解してるのか、帰ることに賛成らしい
ただヲ級だけは納得していないようで、後生だからあと少しだけ見せてほしいとせがんでくる。
まぁ戦艦棲姫は何だかんだチョコバナナ買ったけど(食ったとは言ってない、あれは結局チョコが溶けたんで道中で食った)
ヲ級に関してはマジで付き添いで来ただけになってるから気の毒だ。
「分かってくれよヲ級、一緒に来たいと泣きついてきたくらいだし、さぞ楽しみにしてたんだろうけど今回ばかりは駄目だって次見つかったら撃ち殺されちまうかもしれないんだぜ?おうち帰ったらお菓子食べようよ、な?」
「ヲ…ヲ…」
「ヲ級、ゴメンナサイ…」
かつてないほど悲しそうな顔をするヲ級を必死に宥める
「おうち帰ったらヲ級の好きなアニメを見よう!んで、ヲ級の嫌いな野菜もアイツ(戦艦棲姫)が食うから!」
「ソウヨ!布団モ イツモヨリ 大キク使ッテイイワ!彼ノ部分ヲ!」
その過程でとてつもないヲ級への譲歩と擦り付け合いが始まる、どっちも負い目を感じているのはいいが
しわ寄せをなるべく相手に押し付けようとしてるのは自分でもいかがなもんかと思う。
いやでも俺悪く無くね?
「ヲ…」
そんな感じでぎゃーぎゃーやってると、ヲ級は立ち直ったらしくすごすごと歩き始める
「ヲ?ヲ!」
数歩歩いたところでヲ級が何かに気が付いたらしく、声を上げて俺らに知らせる
「ヲ!ヲ!ヲ!ヲ?」
「翻訳イルカシラ?」
例にもよってヲ!しか言ってないわけだが
「いや、分かった」
今回は何言ってるのか完全に分かってしまった
「「このまま大通りに出たら艦娘と鉢合わせない?」って所か…」
そこまで言った所でハッとなって戦艦棲姫と顔を見合わせる
戦艦棲姫も気が付いたらしく明らかに顔に焦りが出ていた
灯台下暗しとは言うが、手元の暗がりには死活問題が転がってるもんだ
いやまったく、どうやって帰ったもんか…
ヲ級成分が足りねぇ!(シュコーシュコー)