君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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言い忘れていましたが一夏ちゃんかわいいが出来るのは結構後になってきます。


見知らぬ知り合いの女の子。

 どこがどう、と問われたら些か疑問を覚えるが、見た目に関してはおよそ普通。せいぜい身嗜みに気を遣っていないせいで損をしているぐらい。性格はゆるめ。怒鳴り散らすことはないが、かと言って怒らない訳でも無い。人並み、平凡、素朴、地味。特別な部分は証拠も何もない自身の経歴のみ。そんな上慧蒼にとって、目の前の美少女はとてつもなく眩しかった。

 

「――――、」

 

 純粋に見とれる。雨も滴るいい女、という表現がここまでしっくりくる光景を、蒼は二度の人生を経て初めて目にした気がした。息を呑む。鼓動が早い。年相応の劣情を抱くよりも前に、ただその美しさに射貫かれる。――と、そこまで黙っていた少女がぼそっと口を開いた。

 

「…………蒼」

「え」

 

 どうして、自分の名前を? そう問いかけるより先に向こうが動いた。がばりとそのまま掴み掛かってきて、ぎゅうっと両腕を握られる。更には強い力で引っ張られて、体勢を崩したところに顔が迫っていた。突然の行動。完全に意識がその場から旅立っていた蒼に反応することなど出来る筈もなく。

 

「ちょ、な、あの……?」

「蒼……! 俺、俺……!」

 

 ぐっと、少し動けば触れそうなぐらい近くなる。目の前で見るとよく分かった。澄んだ瞳、綺麗な黒髪、きめ細やかな肌。そりゃあ目を奪われて当たり前だ、なんて一人で納得する。ともあれ、悠長に彼女を見ている訳にもいかない。日常生活に支障が出ないほどには女性が苦手である蒼にとって、今の状況は大変よろしくないのだ。正直言って頭の中は大混乱。どうしよう、というかどうなってるんだこれ、という疑問が回答もされずに尽きること無く沸いてくる。

 

「その、君は……?」

「俺は――ッ、俺、は……」

 

 彼女は言いかけて口を噤み、きゅっと唇を噛みしめた。気のせいか、腕を掴む力がどんどん強くなっている。こんな朝からの来訪、雨の中傘もささずに来たのだろう。着ている衣服はずぶ濡れで、しかもよく見れば靴すら履いてない。ただ事では無い、というのは直感で察した。ならば、一先ず。

 

「……まあ、それは後でもいいのか。とりあえず、良ければ上がって――」

「…………か」

「……か?」

 

 俯きながら、ともすれば雨音にかき消されてしまいそうなほど小さな声で、少女が一言呟いた。少し考えて、辛うじて聞き取れた一音をそのまま繰り返す。

 

「……いちか」

「いちか、……いちかって。えっと?」

「だからッ」

 

 ばっと、少女が勢いよく顔を上げる。頬に伝う雫は雨によるものか、それとも彼女の涙なのか。恐らく初対面である蒼にはそれすらさっぱりだ。どうやっても他人のことなど分からない。自分のことすら事細かに知り尽くしてもいないのに、自分以外なんて以ての外である。それでも、潤んだ瞳と震える声を聞けば、相手がどんな心持ちかなんて理解できてしまう。

 

「一夏、なんだよ……!」

「……いや、意味が」

「俺が……俺が、織斑一夏、なんだ……!」

「――それって」

 

 一体全体、何が起きているのか。朝から既にキャパシティは限界に近かった。唐突すぎる展開についていけない。しかしながら現状、一つだけ言えることがあるとすれば。

 

「……とりあえず、上がってほしい。玄関で立ち話って言うのも、あれだろうし」

 

 そんな彼の一言に、一夏を名乗った少女はぽかんと呆けた表情で答えた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「朝起きたら、その姿になってた……?」

「ああ。もう、何が何だか」

 

 場所は移ってリビング。テーブルを挟んだソファーに腰掛けながら、本気で頭がどうにかなりそうだ、と彼女は手で額を押さえる。その動作はたしかに女子というには男らしく、口調もまた同様だった。本当に、己の記憶の織斑一夏と重ねても違和感が無い。一夜にして性別が変わる。にわかには信じがたいが、生き証人と思われる人物が目の前に居るのだ。ふむ、と珈琲を口に含みながら知恵を絞って、試しに。

 

「ちなみに、一応聞いておくけど」

「ああ、なんだ?」

「修学旅行で測った弾のアレのサイズっていくつだった?」

「なんで今そんな話……たしか十二センチと二・五ミリだろ」

 

 女子なら先ず引くような質問に、恥ずかしげも無くしれっと答える。蒼は確信した。

 

『間違いない。彼女、本物の一夏だ』

 

 大前提として、誰得であろう五反田弾の男性器のサイズを知っている人間など決して多くない。その中でも修学旅行と限定すれば、片手の指で足りるぐらいだ。まあそれ以前の問題として、誰かが一夏を名乗ってなにをやるにしても、わざわざ性別を変える理由が見当たらない。

 

「よし、なんとなく分かった。いや、殆ど分からないけど」

「蒼……」

「つまり、君が一夏って事なんだろう。……未だにちょっと信じられないけど、でも、そうなら仕方ない」

 

 頷いて、蒼は一夏の方を向いた。

 

「……信じて、くれるのか?」

「ああ、もちろん」

「性別、変わってるんだぞ……?」

「…………そういう事も、世の中あるんじゃないか?」

 

 自分のような存在が居るワケだし。

 

「あるはずないだろ!? 蒼は聞いたことあるのか、ニュースとかで、ヒトの性別が突然変わったって!」

「それは無いな。一度も」

 

 きっぱりと、何でもないように蒼が答える。その言葉にがーっと食らいつくのが絶賛余裕を無くしている一夏だ。

 

「だよな!? そうだよな!? 俺だって聞いたこと無かったよ! それがなんの間違いでこうなるんだ! なあ、教えてくれよ、蒼!」

「それは俺だって知りたい……」

 

 がくがくと肩を掴まれて揺さぶられながら、蒼はひとつ思い至って問い掛けた。

 

「そういえば、一夏」

「なんだよっ」

 

 そう返してきた一夏の息は上がっている。彼――もとい彼女の肌を伝う雫は雨に涙に汗も加わり、既に密着した蒼の服までをも巻きこんでいた。今更ではあるけれど、玄関からリビングまで直行したため、一夏の状態は外に居た時とさほど変わらない。人生初になる同年代ぐらいの異性を家に引き込むという事態に焦っていたとはいえ、もう少し気を配れなかったものか。自身の失敗を貶しながら、気になっていた質問を投げかけた。

 

「どうして俺のところに来たんだ。自分で言うのもなんだけど、あまり力になれそうも無いぞ」

「蒼の家が一番近いだろ、そういうことだ」

「……随分と切羽詰まってたんだな」

 

 大体、誰かを頼るというのなら適役はそれこそ彼の一番身近な存在だ。織斑千冬。有名なIS操縦者であって、目の前の友人の姉。普段は家を空けていて居ないらしいが、弟の危機とあらば飛んできそうなところがある。厳しくしても家族は家族、というものだろう。

 

「仕方ないだろ。焦ってたし、携帯なんて探してる余裕もなかったんだ」

「……気持ちはなんとなく分かるけど」

 

 もしも自分が朝起きて女の体になっていたら。想像して、一夏には悪いけど体験は遠慮したいな、と切に思った。

 

「――っくしゅ。う、寒……」

「濡れたままだからだろう。……先にそっちの方をどうにかするべきだったな。ごめん、気が利かなくて」

「いや、別に、そんなこと」

「着替えとかは適当に用意するから、お風呂、使ってくれ。……心配しなくても覗きとかはしないから」

「心配も何もな……、ああ、今は女の子だったな、そういや、そうだった……」

 

 がっくりと肩を落とす一夏を尻目に、蒼は一旦リビングを出た。一夏の着替えにジャージでも出しておくか、と階段に足をかけて、ついでのような感覚で玄関に続く廊下を眺める。当然のごとく床には水。ここだけでなく、先ほど座っていたソファーにまで繋がっているのは想像に難くない。

 

「……こっちも掃除しとかないと」

 

 そう言って、彼は自室のある二階に続く階段を上り始めた。

 




五反田くんの五反田くん渾身の大活躍。

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