君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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好きだ好きだと言われても。

「一目見た時から心に決めてました! 僕と付き合ってください!」

「……えっと、その、な? 気持ちは嬉しいんだけど……」

 

 一夏が困り果てた表情を浮かべながら、やんわりと手を差し出してきた男子を断る。鈍感且つ唐変木オブ唐変木な織斑一夏が、例え女の子になっているとは言え“そういう意味”を理解できているのには理由があるのだが、なんにせよ向こうにとっては真剣な場面。出来るだけ相手を傷付けないように、との配慮らしいが、それが逆に彼らの行動を後押ししているとは思うまい。

 

「おうおう。廊下でよくもまあ、あれだけ大声で。今月に入って何人目だ? 蒼」

「俺が見ただけで十五人は超えてる。……まだ五月の十二日、ゴールデンウィーク明けて一週間ほどだっていうのに」

「見ただけで、っつうことは、実際それ以上か? そりゃあ凄い」

 

 まるで学校のマドンナじゃねえか、と弾はからからと笑う。なんだかんだでクラスの人達による助力もあり、無事に四月を過ごしきった一夏を待っていたのは、連休で色々とタガの外れた野郎共や、事情をよく知らずに機をうかがっていた生徒一同による告白ラッシュであった。最初は彼お得意の勘違いで知らず知らず心を折りにいっていたのだが、流石にこれ以上屍の山を築くのは不味いと悟った数馬の機転により、一夏は告白における真の意味を知る。

 

「てか、一夏がこうまで真摯にああいう解答してる姿が既にヤバいな。あいつに恋愛脳というものがあったのか」

「あるだろう。一夏だって人間なんだから」

「幾多の女子に一切靡かなかったあいつが、ねえ。……今のところ、男にも靡きそうにはねえがな」

「靡いたら靡いたで大問題じゃないか……」

 

 いやあ愉快痛快気分爽快、とフラれて肩を落としながら帰っていく男子を見ながら、モテないイケメン中学生は盛大に笑う。五反田弾はゲスだった。というよりは、男女関係に関わる事象において性格が酷くなる、とでも言うべきか。簡潔に言い表せば嫉妬。例え友人であろうがなんだろうが、恋人を作るのであれば彼は容赦なく牙を剥く。牙と言うほど大したものでもない、とは彼の妹――五反田蘭の言だ。現役乙女、未だ想い人に起きた悲劇は知らず。

 

「いいぜ。どんどんやれ。調子に乗って告白するような野郎どもの死に様はメシウマだからな! あーっはっはっは!」

「弾、きみ、そういうところが女子に好かれない原因なんじゃ? 普段は顔も性格も良いっていうのに」

「どうとでも言え。お前に顔性格云々言われたところで嬉しくもねえ。どうせなら一夏みたいに女に……いや、心まで女性化して出直してこい」

「……今度蘭ちゃんに弾がいじめてきたってメールしておくから、それで」

「いやあ上慧クン冗談だよHAHAHA! 悲しい事件だったなあ大勢の前でフラれるなんてなあいやあ俺ホントは応援してたんだよあいつのコト名前知らねーけど!」

「決定で」

「やめろォ!」

 

 必死の形相で弾が叫ぶ。妹に弱いのは相変わらずだ。恐らくその力関係は、ISが男女のパワーバランスを崩していなくとも今と同じだっただろう。五反田弾、生まれてこの方十数年、一度も彼女相手に勝利を掴み取ったことはない。最早負けるという行為が潜在意識にすり込まれているのでは、と思うほどである。

 

「冗談だ。大体、俺が蘭ちゃんと連絡をとったら、弾の苦労が台無しになる」

「ああ、マジで。勘弁してほしいよ。一夏はどうしただの、蒼は元気かだの。うるせえよ女子校行ってんだから気にすんなとか言ったら殴られるしよ。もう限界だぜ、あいつ留めるの」

「あと一年は頼んだから」

「――なあ、蒼。俺が死んだら、お前は泣いてくれるか……?」

 

 なにかを悟ったような顔で、弾が微笑みながら訊いてくる。蒼はこくりと頷いた。直後、弾が泣き崩れる。うあーッ! と雄叫びながら涙を流す彼の頭をよしよしと撫でていると、ちょうど一夏が教室へ戻ってくるところだった。

 

「ただいま……って、なにやってんだお前ら」

「ああ、弾がちょっと、情緒不安定で」

「蒼おおおおッ! お前が女ならこれはご褒美になってあああはあああん!」

「……でも、俺は女にならなかった。ならなかったんだよ、弾」

 

 だから――この話はここでお終いなんだ、と妙に優しげな口調で語りかける蒼。見るからに茶番である。一体どうしてこうなっているのかは知らないが、告白の対処で疲れている時に見るような光景でないのは確かだ。一夏は深々とため息を吐いて、自分の席にどっかりと腰を下ろした。

 

「まあ、弾はともかく、お疲れさま」

「ああ、疲れた。……いや本当に、どうしてこうなる……」

「よっと、はいはい、お疲れ一夏。今ので何人目だ?」

「もう三十を超えてからは数えてない……」

 

 ぐったりとした様子で一夏がぼそりと漏らす。予想よりも随分と多い数字に、ほう、と弾は腕を組みながら目を丸くした。この一か月で誰よりも近くに居たであろう蒼ですら十五しか見ていない、と言うものだからそこまでと高を括っていたが、なるほど。これはたしかに本気で狙われてるワケだ、とここに至ってようやく事の重大性を理解する。

 

「しかも、蒼と一緒に居た時に、比較対象で貶した奴が数人。一人じゃなくて、数人だぞ」

「……ああ、何回かあれ以降も、あったっけ」

「あったっけじゃねえ。あったんだよ。何度そいつらの顔面を殴ってやろうかと……!」

「やめとけ一夏。蒼を庇って停学とか、むしろこいつが責任感じるぞ」

 

 意外なところで、弾は鋭い。つい先ほどまで馬鹿をやっていたくせに、この切り替えの早さは見習うべきか。蒼の方をじっと見詰める瞳は薄く細められていて、いつもとは違った迫力を見せている。実際、彼の言う通りだ。むしろそのような事態になってからでは遅い。蒼は密かに本気で、一夏から一旦距離をとるべきか悩んでいたりする。

 

「もうしんどい。こんな生活、いつまで続ければ良いんだ……」

「……ま、気持ちはお察しするよ。俺も最近のお前見てるとからかえないって思うわ」

「…………、」

 

 珍しく、弾が暗い表情でそんなことを言う。一夏だけではない。ここに居ない数馬でさえ、変な輩にマークされてクラスの行き来すら面倒だと呟いていた。負担はおおよそ平等にかかっている。弾も、一夏も、数馬も、苦労していないワケがなかった。ならば自分は、と蒼は考える。

 

『……俺は、なにが出来てるんだろう』

 

 ただ一夏の近くに居るだけ。きっと彼にもやれる事が、やった事がある筈なのに、明確な形で浮かばない。ふわふわとしたナニカだけが漂って、掴み損ねて元通り。

 

「…………俺、男だったのに」

 

 今、己の取るべき行動は。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

 合掌して一言済ませれば、一夏が用意した食事に手を付ける。最初は毎日連続でどうかと思ったが、一週間もするとその効果を実感する羽目になった。自分で作る手間が省けて、尚且つ栄養バランスもある程度考えられている、とくれば頼らない手はない。なにより朝の体調が少しずつ改善されているのもあって、しばらくは様子見だ。一夏自身が辛いようであったり、もしくは問題なく蒼が動けるようになればやめるつもりである。故に、そろそろ切り上げ時か、なんて考えもしているのだが。

 

「……うん? どうしたんだ?」

「……あ、いや……その」

 

 ふと見れば、対面の友人は箸と茶碗を持ったまま固まっていた。これでも幼い頃からの付き合いがある蒼にとって、一夏の変化は分かりやすい。言い淀んだ彼女は、少しの間わたわたと何やら言おうとして、

 

「ああ、やっぱり、駄目だ」

「……一夏?」

 

 かちゃり、と食器をテーブルに置く。一口も付けられていない出されたままの状態だ。お茶も減った様子はない。なんとなく、蒼は悪い予感を覚える。

 

「……なあ、蒼」

 

 そうして一夏は、僅かに俯きながら。

 

 

 

「――俺が男だった意味って、あったのかな」

 

 

 

 震える声で、そう告げたのだった。

 


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