君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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女は辛いよ。

「……一夏」

「蒼……」

 

 一先ず声をかけたは良いものの、さて、どうするべきかと蒼は考える。女子を相手にするのなら何となく正解も見えてきそうなものだが、目の前の人物である織斑一夏の性別関連は非常に複雑だ。女子同様の接し方で良い筈がないし、かと言って男子同様もなにも野郎どもには生理が無い。そもそも、女性に深く結びつく事柄に関してはてんで使い物にならない彼である。ここに来て上慧蒼は、大きな壁にぶち当たっていた。

 

「――と、やっぱり後だ。もうホームルームが始まる」

「え? あ、ああ……」

 

 運が良いのか悪いのか。ちょうどそんなことを言った直後に、予鈴が鳴り始める。がやがやと騒がしかった教室も、鐘の音が終わりに近付くにつれて会話の数が減っていく。蒼は自分の席に腰を下ろして、折角の時間を無駄にしないように頭を回した。現在進行形で一夏の経験している苦労や辛さなどは、男である己に分かるハズもない。生理についての知識も、中学一年の時に習った覚えはあるが、その後はさっぱり。特に復習といったこともしておらず、覚えていることは殆ど無いと言っても良い。

 

『……どうにかしないと、ってことは分かってるのに。何も出来ないなんて』

 

 結局のところ、突き詰めれば友人でさえ他人でしか無いように、彼女の負担を肩代わりすることも、同じ経験をして理解することも不可能だ。なんとも歯痒い。彼はぎゅっと拳を握り締めながら、いつも通りに始まった朝のHRを静かに眺めていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「ということで力が借りたい。弾、なにか案はないか?」

「うん。そうか。それで、どうして俺なんだ?」

 

 一時限目前の休み時間。一夏がトイレで席を外したタイミングの良さもあって、蒼は隣の友人へと助けを求めた。が、向こうはそこまで乗り気ではないようだ。他にもいっぱい居るだろ? と弾は教室中を見回す。

 

「俺の交友関係の狭さは君なら知ってるだろう」

「そんで、俺と」

「あとは弾、蘭ちゃんが居るから色々と知ってそうじゃないか」

「ああ? お前……お前なあ!」

 

 がたり、と弾が勢いよく立ち上がる。

 

「なにも分かってない。蒼、お前はなにも分かっちゃいねえよ」

「うん。なにも分からないから君に訊いてるんだ」

「違え。いいか蒼、あの傍若無人な妹サマに生理事情の話を振ってみろ。――血の雨が降るぜ、俺の」

「実体験なのか」

「おうとも」

 

 深く弾は頷いた。赤みがかった髪の毛がばさっと揺れる。割と女子、というか五反田蘭限定で地雷を踏み抜くことは、男である一夏に勝るとも劣らないと定評のある彼のこと。整った容姿をそれ以外でぶち壊している友人になんとも言えない感情を抱きながら、蒼は一体何をしたんだとジト目を向ける。

 

「おい、なんだその目は」

「で、原因はなんなのかと思って」

「んなもんあれだ。あいつが辛そうにしてたから重い日なのか? って訊いたんだけどよ」

「うん」

「無言で殴られた後にチョークスリーパーで落とされた」

「本気で怒らせてるじゃないか……」

 

 いやあ三途の川で手を振るご先祖様が見えたね、と渇いた笑みを浮かべる弾。その瞳がどこか遠い場所を見詰めている事実に蒼は震えた。兄妹とはいえ、まさか本気で意識を刈られるとは思ってもいなかったのだろう。余談だが、以降五反田弾の生存能力は格段にアップした。主に家庭内で。

 

「つうワケだ。妹が居ようが関係ねえ。俺は大してアテになんねえよ」

「そんなこと言わないでくれ。というか逃げないでくれ」

「そもそも励ますだけならお前が適当なコト言っとけよ。効果は覿面だろうぜ」

「あの一夏に適当なコトが言えると思うか?」

 

 蒼がぴっと指さした方には、いつの間にやら教室に戻っていた一夏が居た。どんよりと重苦しい雰囲気を漂わせ、まるで幽鬼のように闊歩する姿は、とてもではないが見られたものではない。

 

「無理だなありゃあ。重症超えて致命傷だ」

「だろう。それでどうすれば良いと思う? 弾」

「だから俺に訊くな。そもそも考えるのはお前の役目だろうが学年一位」

「それとこれとは話が別だ。第一、考える方向性が違う」

 

 試験はとにかく記憶さえしていればなんとかなる、というのが蒼の認識だった。新たに覚えるのではなく、一度は覚えていたことを引き出すだけの彼にとって、定期考査の点数が高いのはむしろ当たり前のようなもの。威張ることでも何でもなく、このぐらいは出来て当然と言ったところだ。故に頭が良いと思われがちな蒼だが、実際は人並み程度にしか考える力はない。

 

「正直今の一夏は見ていられない。……それは弾だって同じじゃないか?」

「……まあ、そりゃあそうだが。でも、打つ手が無いんじゃ仕方ないぜ。俺たちは結局男だ。大変だと思うことぐらいは出来るが、代わってやることさえ叶わないんじゃな」

「……打つ手が無い、か……」

 

 最早ここまでか。そう思った時だった。

 

「うぃーす。久しぶりに御手洗さんが来てやったぞ馬鹿共ー……って、なにしてんの一夏」

「あ、数馬……おはようだな……」

「おう。挨拶は良いんだけどな? いやお前すっげーヤバイオーラ纏ってるけど?」

「…………実は、今日、生理が来て」

 

 生理、と繰り返すように数馬が呟く。そしてうむと顎に手を当てながら、なにか思い返すように斜め上を向いて。

 

「キツいのか?」

「一応、初めてだし、割と……」

「なんだっけな。たしか最初のうちは安定しないらしいから、すぐに終わることもあるとか。慣れてくると大体一週間かちょっと少ないぐらいの間になるみたいだけど。……ん? もしかしてその前か? 一夏お前経血出てる?」

「……えっと。数馬は、なんでそんなに詳しいんだ……?」

 

 ふっ、と彼は格好付けて笑う。

 

「決まってるだろ。俺の中一の保健体育の成績を知らないのか?」

「知らねえけど……」

「蒼と並んで同率トップだ。最高得点九十八点を叩き出してる」

「嘘だろお前……他科目では赤点ギリギリなのに……」

 

 それは言わない約束だ、と数馬が切実な表情で訴えてくる。が、一夏にとっては意外なほどに頼もしい友人に驚きを隠せない。成績が振るわないのはてっきり地頭がないからだと思っていたが、案外そうでも無いのだろうか。いつもは馬鹿騒ぎする友人の一人が、今だけは輝いて見えた。

 

「おいおい蒼。なんか数馬が賢いムーヴしてるぞ」

「良いことじゃないか。正直助かった。……俺じゃあどうにもならないし」

「くそ……なんか裏切られた気分だ。あの日二人で抜けるAVについて語り合ったお前はどこへ行った……ッ!」

「思うんだけど、割と知らないところで酷い話してるな、君ら……」

 

 なお、彼の持っている“そういう類いのモノ”が、一つ残らず妹の手によって叩き割られているのは言うまでも無い。レーティングはしっかりと守る。弾が中学生になって理解した、当たり前のことだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「創立記念日暇だなあ……最近一夏さんも蒼さんも来ないし。お兄はなんか隠してるっぽいし」

 

「……もしかして二人になにかあった? だとすると十中八九蒼さんな気がするけど……大丈夫かなあ、倒れたりしてないと良いけど」

 

「あの人本当貧弱だし……そのくせ無理はするし……なーんか放っとけないんだよね……。一番は一夏さんだけど」

 

「――って、おじいちゃん? どうしたの?」

 

「なに? お店の手伝い? えー……いやでも今日はちょっと……」

 

「えっ? お小遣い出してくれるの? ホント!? ならやろっかなー」

 

「……にしても、何を隠してんだろ。あの馬鹿兄は」

 

「ま、そんな大したことでもないか。さっ、お手伝いだお手伝いっ」

 

 




もう少し行きたかったのですが、文字数が膨れあがるために断念。

三千文字近辺が一番ですとも……。
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