君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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ヒトナツの出会い。

「えっと、これが多分修学旅行の時だったかな」

「六年生ということか」

「うん。そうなる」

「……随分と男前になっていないかこいつは」

 

 ほんのりと頬を赤く染めながら、箒が小さな声で言う。離れていても恋心は消えるどころか強さを増していたのか。彼女は初めからこの様子でアルバムに夢中だ。咄嗟の思い付きで決行した作戦は、今のところ実に上手くいっている。これ程までに好いている想い人が女になっているという事実など、知らない方が良い。今だけでも隠し通せば、一年後には全て元通り。きっと二人はどこかで再会して、昔のようにまた仲良くやっていけるだろう。……サムライガールの物騒さについては、まあ、一夏ならなんとかなると信じて。

 

「むっ……なあ、蒼。一つ訊きたいのだが」

「良いけど、なにを?」

「この一夏にくっついている髪の毛を二つに結んだ女子は……」

「ああ、鈴ちゃん」

 

 ぴくり、と箒の肩が跳ねる。蒼は瞬間的に確信した。この話題、踏み間違えれば特大の地雷になると。なにせ箒の転校と入れ替わるようにしてやって来たのが凰鈴音、通称鈴である。一夏と仲良くなった境遇もほんの少しだが似通っていた。こちらもこちらで鈴を弄る男子複数人を相手に大立ち回り。正義感溢れるのは良いところだと素直に思うが、少しは平和な解決法を見付ける努力もして欲しい。尤も、全てが過ぎた事。彼がどう思おうと過去は変えられないのである。よって、この現実も変わらない。

 

「その、一夏風に言うなら……セカンド幼馴染み、みたいな」

「セカンド幼馴染み……」

 

 ぴくぴくっ、と箒の肩がまたもや跳ねる。なんだか衝撃を与えると爆発する火薬庫の前に立っている気分だ。流石にあの“天災”と一括りにされるのは彼女自身も嫌であろうが、箒も箒で女子の中では人並み外れた身体能力の良さがある。怒った時にどうなるかは言うまでも無い。蒼はなるべく平常心で居ようと心を落ち着かせながら、最大限に頭を回して言葉を取捨選択していく。

 

「途中から転校してきて、まあ、なんだかんだあって俺や一夏と仲良くなって」

「なんだかんだあって…………」

「今は海外に引っ越しちゃって居ないんだけど、結構、俺も助けてもらったりしたんだ、よ……?」

「………………、」

 

 ついに箒が黙った。彼女はじっと、睨みつけるように一夏と鈴が映る写真を見ている。想い人と仲の良い女子、というだけでも彼女としては複雑だろうに、恐らくは同じ相手に惚れていることすら見抜いている反応。女の勘は鋭い。蒼から見ればただ仲睦まじい二人の写真でも、箒が見れば絶賛片思い中の男子と思い切って撮ったツーショットだ。間違いなくこの女は織斑一夏に惚れていると、恋する乙女の本能が囁いている。

 

「蒼、この女の子をリンと呼んでいたな」

「……うん。凰鈴音だから、鈴ちゃん、だけど」

「率直に聞くが、まさか一夏のことを好きだったり、しないだろうな?」

「…………いや、どう、かな。俺、そういうの鈍いから……」

 

 無論、完全にほの字である。そも経緯からして一夏に惚れない方が珍しいというもの。紛う事無きライバルであるのだが、どちらも数少ない大切な友人関係である蒼としては、仲良くしてもらいたい。同じ男に惚れた者同士、気が合うと――

 

『蒼が弱いのは鍛錬が足りていないからではないか? ……よし、特別に私が相手するとしよう。先ずは一本取るところからだな!』

『アンタはもっと食べなさい。それからしっかり寝る。運動はそれこそ体育の授業真面目に受けてる堅物なんだし大丈夫よ。余裕が出来たらランニングでもすれば良いんだし』

 

 ――割と自分への対応からして違っていた。やっぱり無理かもしれない、と思いながらも一応のフォローは入れておく。

 

「でも、鈴ちゃんも良い人なんだ。性格もさっぱりしてるし、箒ちゃんとも仲良くなれると……」

「それは直に会わないと分からないな。……ふむ、凰鈴音か。覚えておこう」

「箒ちゃん、目が怖いんだけど……」

 

 原作通りになると二人はIS学園で出会うのだが、果たしてどうなるのか。それなりに平穏であることを望みつつ、蒼は次のページを捲ろうとして。

 

「む、誰か来たようだな」

「ああ、そうみたいだ。……ごめん、ちょっと出てくる」

「構わない。……そうだ、もし、私の追っ手だったら適当に言い包めてほしい」

「……出来るだけ頑張ってみるよ」

 

 交渉術どころか普通の会話でさえ緊張してしまうような蒼にとっては無茶としか言い様が無いが、久方ぶりに会った友人の頼みだ。口八丁手八丁になった気分で追い返そう、と僅かに覚悟を決めながら再び玄関までの道程を行く。本日二度目。彼はなにか大事なことを忘れているような気がしたが、とりあえず思い出すのは後回しにしてドアノブへ手を掛けた。どちらにせよ、扉を開けた直後にその答えが待っていたのだが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「よっ」

 

 軽く手を上げて、黒髪の美少女――織斑一夏がにこりと微笑む。蒼は彼女の姿を見て一瞬固まってしまった。それは向けられた笑顔が綺麗だったからとか、目の前の美少女が元男だとは信じられなくてだとか、そう言う理由では無く。

 

「……一夏?」

「おう、そうだけど。どうした? 寝惚けてんのか?」

「いや、目は覚めてる、頭も冴えてる。けど……」

「けど?」

 

 一夏がこてんと首を傾げながら繰り返す。蒼は己の阿呆さ加減に天を仰いだ。箒への対応に必死ですっかりと忘れてしまっていたが、この友人は毎日上慧邸の朝食を作りに足を運んでいるのだ。今更なんでやどうしてなどと言うワケもない。言えるハズもない。何が上手くいっていたのか、途轍もない穴が空いている駄作戦である。

 

「いいか、一夏。今から言うように動いて欲しい」

「は? なんだ急に、どうしたんだ」

「回れ右して十歩進む。そのあと右に曲がってちょっと歩けばいいだけだから」

「俺の家に着くだろ。……おい、何があったんだ蒼」

 

 腰に手を当てて若干むくれる一夏を前に、蒼は長年の付き合いから理由を言うまでテコでも動かないと察した。彼女は譲れない部分で酷く頑固だ。考えが強い、とも言える。だからこそ、曲がったことをする男子相手に人数差を無視して喧嘩を吹っ掛けたりもした。一つ息を吐いて、蒼はひっそりと一夏の耳に口元を寄せて。

 

「……箒ちゃんが来てるんだ」

「箒? って、あの箒か!?」

「ちょっ、声が大き――」

「む、なんだ、追っ手では無いのか」

 

 ぶわっ、と蒼の背筋に大量の汗が噴き出た。声のした方を振り向けば、そこにはたしかに篠ノ之箒が立っている。何故なのか。どうしてそこに居るのか。アルバムはどうしたのか。聞きたいことは山ほど思い浮かんだが、全部ひっくるめて一先ず置いておく。なによりも不味い。これは非常に不味い。本能が激しく警鐘を鳴らす。なんとしても、今のこの二人を会わせてはならなかった。最早遅い、既にどちらもが相手をしっかりと認識してしまっている。

 

「あ、本当に――」

「ごめん箒ちゃんちょっと待っててくれ!」

「む?」

 

 ばたん、と蒼は一夏と共に外へ出てドアを閉める。

 

「なんだよ、らしくもなく大声なんか出して」

「大声も出す。今回ばかりは前みたいな失敗は許されない」

「失敗?」

 

 五反田蘭の時とは何もかもが違う。彼女にとっては衝撃的な事実でこそあれ、知る前は人並みの余裕が心に存在していた。だからこそしっかりと受け止めて、一夏を励ますという行為にまで繋げたのだ。箒の場合、そうはいかない。なにせ今の彼女には余裕が無い。度重なる転校と人付き合いで心が疲弊しきっている。電話で愚痴を聞いていた蒼が、その話を知らないハズもない。これ以上、箒の精神に負担を掛ければどうなるか。少なくとも良い方向には転ばないだろう。

 

「一夏、頼みがある」

「……お前がそこまで真剣な顔して言うって事は、相当なんだろうな」

「ああ。下手すると人命にも関わるかもしれない」

「そこまでなのか……」

 

 恐ろしいな、と一夏が呟く。本当に恐ろしい。事情を知った箒の精神状態が悪化することも、もしくは激昂して自ら姉を屠りに行くようなことも、どちらも望むべき未来では無かった。天災絶対殺すマシーンと化した友人の姿など目にしたくはないのだ。

 

「聞いてくれるか?」

「ああ、良いぞ。俺に出来ることならなんでも言ってくれ」

「うん、しっかり聞いた。男に二言は無いな?」

「勿論。で、俺はどうすればいい?」

 

 言質は取った。以前までなら考え物の苦肉の策であったが、現状の一夏ならばきっと大丈夫だと信じておく。蒼は少しだけ考え込んで、思い付きのそれを口にした。

 

織斑一夏(おりむらいちか)……一織(いちおり)……一斑(いちむら)夏織(かおり)。これだ」

「ん?」

「今日一日、君は一斑夏織(いちむらかおり)っていう女の子でいてくれ」

「…………はあ!?」

 

 空は青く、気温は暑く。遠くに立ちのぼる入道雲に、町中でもどこからか聞こえてくる蝉の声。彼女の大きく、比べればちっぽけな叫びは、夏の景色に呑まれるようにして消えていった。

 




アナグラムを咄嗟に作る系オリ主くん。

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