君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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これが幼馴染みとのお話らしい。

「……美味しい。これを一斑が作ったのか?」

「まあ、うん、一応、これでも料理は得意な方だしな」

「……口調」

「だしねっ!」

 

 危なっかしいどころの話じゃないな、と蒼はご飯を口に含みながら肩を落とす。調理中は二人で適当な会話をしながら乗り切ったが、以降も同じ手が使えるかというと難しい。なにせ話題が殆ど消えた。元より電話で時折近況報告をし合っていた蒼と箒では、会って話す事はそこまで多くないのだ。彼女に通用するであろう小細工も限られる。ここからは本当に、一夏の演技力と奇跡に頼るしかない。

 

「私と同じ歳でここまで……もう少し料理の腕を磨くべきだろうか」

「あはは……お、私はあれ、えっと、こうやってしょっちゅう料理するから慣れてるだけだし」

「うん。一斑さんがちょっとアレなだけだから、気にしなくて良いと思う」

「そうか? だがしかし、う~む……」

 

 箒がもぐもぐと魚の切り身を咀嚼しながら考え込む。蒼の識っているところでは、彼女は別段料理が苦手というワケではなかった筈だ。たまに失敗こそすれど、それこそ味や見た目は一夏が率直に褒めるぐらいのもの。本人の家事力が同年代の人並み外れている、というのが恋する乙女達にとって一番の難題か。

 

「……にしても蒼くんは私のことをちょっとアレって思ってたんですかそうなんですか」

「俺だって一人暮らしで家事してるのにそれを易々と越えてるからだろう」

「それは知らない、あとベッドの下右側奥の箱も知らない」

「……箱?」

 

 こてんと箒が首を傾げながら繰り返す。一夏は何食わぬ顔でぱくぱくとほうれん草のおひたしを口に運んでいた。一方蒼は、完全に箸の動きが停止。ぎぎぎ、と油のきれた機械のように首を回して、衝撃的な情報をもたらしてくれた元凶を視界に収めながら。

 

「もしかしなくても見たな、君……」

「いやー知らない知らない。まさか誰かさんが金髪巨乳好きだなんて知らない」

「……? 一体何の話だ?」

「……ごめん。こっちの話、箒ちゃんは分からなくて当然だよ」

 

 そうなのか、と呟いて食事に戻る箒。それを見ながら蒼はほっと一息ついて、ちらりと一夏の方を睨む。衝撃的な情報を口走ってくれた彼女は、「当方一切関係ございません」とでも言いたげに次は味噌汁へ口をつけている。一夏だけならまだセーフ。見た目はどうであれ、精神は男だ。問題は箒に知られた場合になる。先ず間違いなく良い方向には傾かない。

 

「……そんなに分かりやすかったか?」

「おう。弾や数馬を見習え。あいつら隠した上でカモフラージュしてるからな」

「それはそれで必死すぎるんじゃないかな……」

「必死だからな。仕方ない。あいつら馬鹿だけど頭は回るから」

 

 その頭をなぜ勉強の方に使えないのか、と思わざるを得ない蒼だったが、勉強の方に使ったのが数馬の保健体育だ。間違いなく根本から人を変える勢いでなければ駄目だろうな、と内心で呆れてみる。彼女でも出来れば変わるだろうかとも考えたが、むしろ彼女に夢中になって余計勉強が疎かになる未来しか見えない。結論、馬鹿に勉強は無理だった。

 

「ごちそうさま。ちょっとお手洗い行ってくる」

「お粗末様」

「……一斑さん、しっかり、頼んだ」

「はいはい。分かってますって」

 

 ひらひらと手を振って一夏は蒼を見送る。こちらもこちらで重要案件だが、優先すべきは向こうだと判断した。何より手間も時間もかからない。流石の一夏も短時間でバレるような失態は犯さないだろう。部屋を出た蒼は階段を駆け上がり、一直線に自室へ。

 

「…………、」

 

 そうして件の篠ノ之箒は、朝食を摂る一斑夏織をじっと、彼女の一挙手一投足を観察するように見詰めていた――

 

 

 ◇◆◇

 

 

「一斑」

 

 蒼が立ち去って数分後。箒は湯飲みのお茶をずずっと啜り、厳かに口を開いた。既に食事は終わっている。どうやって己の正体をバラさずに場を繋げようか、と思案していた一夏にとっては僥倖かと思われたが、それも先の一言で粉々に砕け散った。久しぶりに会った幼馴染みが、何やら彼女自身の祖父と同じような雰囲気を纏っている。つうっ、と背筋に嫌な汗。よもや既にバレている、なんてことは、

 

「お前は……蒼のことが好きなのか?」

「……………………え?」

 

 半ば予想していたものと違いすぎて、一夏は直ぐに答えを返せなかった。が、バレていないのならそれ以上はない。焦っていた心を必死に落ち着かせ、思考回路を正常に回すためにさっと冷やしていく。何かを言う前に一度確認。テンポよりも確実性だ。蒼のフォローもあって、一夏の失態はある程度“緊張しているちょっと変わった子”という認識でなんとかなる。ならばその利点を十分に生かして、この時を乗り切るのが彼女の仕事だった。

 

「蒼のことが好きか、と聞いている」

「それは、えっと、うん。好き、だけど……?」

 

 勿論、一人の友人として。

 

「そうか、やはり好きなのか。あいつのことが」

 

 無論、一人の異性として。

 

「……しかし、なぜあいつなんだ? 他にも外見や性格の良い人は沢山居るだろう、よりにもよって、何故蒼を?」

「何故、って……考えた事も、無かったけど」

「なんとなくで好きになったということか?」

「いや、それは違う、と思う。……うーん、好きになった理由、かあ……」

 

 俯いて小さな波を立てるお茶を見ながら、一夏は考える。今でこそ家を気軽に行き来するぐらい仲の良い二人だが、どうしてそこまで仲良くなったのかと聞かれれば、たしかにその辺を意識した事はあまり無かった。だからと言っていつの間にか自然に、というのは何か違う気がするのだ。ゆっくりと、過去の記憶を探っていく。昔から近隣に住んではいたが、生まれた頃から仲が良いというワケではなかった。むしろ関わり合いは他に比べて薄い方で、本格的に一緒に行動を始めたのは小学生の時から。その時に思った事は、なんだったのか。

 

「……接してみたら、意外と良い人だったから……とか?」

「あいつより性格が良い、尚且つ顔も整っている人間はそこらに居るだろう」

「……そ、そんなことはない、と思うけどなー?」

「それにあいつは基本的に誰に対しても優しいだろう。腰が低い、とも感じてしまうがな」

 

 ふっと箒がつまらないように笑う。一夏はそれに苦笑しながら、たしかに言えていることなので声高に反論は出来ない。普段の言動や雰囲気で近寄りがたいものはあれど、蒼自身は人を避けているワケではないのだ。頼まれた事も余程で無ければ断らず、暇があればちょっとしたお手伝いもしている。最近は自分と行動するために拒否する事も多いとか何とか。と、一夏は思い出して地味に申し訳ない気持ちになりつつも。

 

「あー……、それが良いところ何じゃないか、な? 蒼くんの」

「つまり、同じぐらい優しければ誰でも良いと」

「そ、そういうことじゃないっ、んだけど……」

「違うのか。優しい人が好きなのだろう? 一斑は。……なら、蒼に拘る理由は何だ? 軽い気持ちでいるのなら、他にした方が良いぞ。もっと魅力的な相手が見つかる筈だ」

 

 他にしろ、とはどういう意味なのだろう。一夏は笑顔のまま固まった表情の下で思う。自分にとって上慧蒼というのはかけがえのない友人の一人だ。きっとその代わりなんて誰一人として居ない。上慧蒼という相手は上慧蒼でなければ務まらない。箒の話は真剣に聞いてもよく分からなかった。まるで話が噛み合っていないみたいで、どことなく不気味な会話になっている。――けれど、それでも一つ分かる事があるとすれば。

 

「あのさ、箒、さん。その、なんていうか、魅力とか、外見とか言ってるけど」

「ああ。それが、どうかしたのか?」

「要は、友達関係(そういう)相手って、自分が一緒に居てどう思うかってことじゃないか、な」

「まあ、恋愛関係(そういう)相手だからな」

 

 ずずっとお茶を啜りながら箒が答える。一夏はぎゅっと拳を握って。

 

「だから、魅力だとか外見とか関係なくて、お、私はっ、蒼と……あいつと一緒に居て、いいなって思ったから、あいつを選んだんだ、と思う」

「――――、」

 

 ぱちり、と箒が目を見開いて一夏を見る。対する彼女はというと。

 

『……あ、やばい。今のかなり素が出てなかったか? うわあ、やっちまった。おいおいめっちゃ見てる箒めっちゃこっち見てるよおい! どうするどうするフォローだフォロー! えっと、“ごめんなさい私実はちょっと荒っぽくて~”……いや苦しいな! どうだ! やっぱ苦しいか! ちくしょう!』

 

 最早後の祭り。出した言葉は戻せない。しかもはっきりと言い切ってしまったために、撤回なぞ以ての外。一夏は混乱する頭をなんとか回転させて、最低限納得のできる言い訳だけでもしておかねばと立ち上がった。

 

「い、いやその今のはなんというかえっとちょっとあのあれですよあれあのその……」

「……もういい」

「へ?」

「もういいと言ったのだ。……すまない、一斑。意地の悪い質問をしてしまったな」

 

 そう言って箒は申し訳なさそうに、けれども少し優しい表情で微笑んだ。女子らしい可愛い笑み、とでも表するべきか。そんなものを見てしまえば、必死にあれこれ考えていた一夏の気も抜けるというもの。がたん、と椅子に崩れ落ちるように座り直す。

 

「なんだったん、ですか今の質問は……」

「少々試したくてな。うむ、一斑のような女子ならば、心配はなさそうだ」

「はあ……そう、ですか」

「本当にすまない。……そうだな、一緒に居てどう思うか、か」

 

 ふふ、と彼女は恥ずかしそうに頬を染めて。

 

「私も同じ意見だ。一斑を見ていると特に、もう一人の幼馴染みを思い出してな」

「も、もう一人の幼馴染み?」

「ああ。男なのだがな、どことなく一斑はそいつに似ているんだ。蒼が心を許しているのも頷けるよ」

「……そ、そっかー! へ、へえ、変な偶然もあるもんだ、ねっ!?」

「本当にな」

 

 呟く彼女は目の前の人物こそが、その男なのだと知らない。知る由もない。一夏は背筋に大量の冷や汗を流しながら、蒼が帰ってくるまで必死に誤魔化しつつ過ごした。

 




ちなみに転生前のオリ主くんは「ISで一番好きなヒロインは?」と聞かれた場合、秒で「セシリア」と答えるぐらい生粋のオルコッ党員という出すかも分からない設定があったり。 

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