君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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幼馴染みは帰るらしい。

「お待たせ、というか遅くなった」

「いや、構わない。色々と有意義な話も出来たからな」

 

 くるりと振り向きながら、箒が言う。少々自分の部屋を片付けるのに手間取ってしまったが、彼女の態度を見るになんとかバレてはいないらしい。一対一の会話でよくボロを出さなかったものだ。感心の意味も込めて、蒼はふと一夏の方を見る。

 

「一斑さんは……」

「……っ、……! ……!!」

 

 必死で何かを訴える彼女の表情は凄まじかった。一体この短時間で何があったというのか。仕方なく蒼は肩を落として、こっちに来いと手振りでジェスチャー。一夏はまるで首振り人形のようにぶんぶんと頷いて、飛び付くように駆けてくる。よく見れば若干涙目だった。青ざめていないだけ最悪の状況では無いのだろうが、どことなく不安なのに変わりは無い。ひしっ、と腕にしがみついてきた一夏を鬱陶しげに見ながら、蒼はゆっくりと箒に向き直った。

 

「ごめん、ちょっと一斑さん借りる」

「ああ、存分に借りていけ」

「……ところで箒ちゃん、なにかしたのか?」

「いやなにも?」

 

 ニヤニヤと微笑む箒の姿は実に怪しかったが、問い詰めるのは後回しにする。優先すべきは奇行を繰り返すこの友人だ。一言断りながら蒼は素早く扉を開け直して、一夏と共に廊下へ出た。

 

「……どうしたんだ一夏、なにがあった。あと暑いから離れてくれ」

「もう駄目だ蒼……俺にはもう限界だ……」

「いや、どうせバレてはいないんだろう? なら良いじゃ無いか。それと暑いから離れてくれ」

「上手く誤魔化すとか得意じゃないんだよこっちは! 無理だ! あと一言二言三言も喋れば絶対箒に気付かれる!」

「ならその調子で四言五言と増やしていこう。ぶっちゃけ暑いから離れてくれ」

「そういう問題じゃねえよっ!?」

 

 小さくうがーっと吠えて頭を抱える一夏は、たかが数分と言えどかなりの精神力を削ったらしい。現に二人っきりの状態でバレる事無く乗り切ったという証拠が、彼の努力をはっきりと証明している。この調子だと今日一日は厳しいかな、なんて蒼は思いつつも、せめてもう少しは頑張って貰いたいところだ。一日とは言わず、あと半日、もしくは箒の迎え――と言うよりも追っ手が来るまで隠し通せば彼らの勝利だった。

 

「何回か俺って言いそうになるし、言葉遣いはめちゃくちゃだし、箒の言ってる事は意味分かんないし……」

「意味が分からない、って?」

「だから分からないんだって。例えるならもうなんかスイーツだスイーツ」

「スイーツ……ああ、なるほど」

 

 つまり、一夏の言いたいところはこうだ。久しぶりに会った幼馴染みの脳内がスイーツで甘ったるかった。ワケは分からないが、意味はなんとなく理解できる。蒼にとっては尚更。結論から言ってしまうと、トラブルメーカー織斑一夏はまた一つ面倒事を持ち込んだ、ということ。あやふやで確実性の無い情報と、彼自身の経験及び憶測で、蒼は箒が盛大な勘違いをしているのだと気付いた。

 

「俺と君を好き合っている男女とでも思っているんじゃ無いか?」

「いやそんなまさか。ははは、こやつめ。ははは」

「試しに考えてみてくれ。年頃の男女が家に二人で自然と居る状況は?」

「あー……その、異性の友達、とか……?」

 

 斜め上の何もない空間を見上げながら一夏が答えた。考えるまでも無く苦しい回答だ。それもその筈、彼女とて思春期を迎えた元男子中学生、そのぐらいは分かっている。分かっているのだが、それを認めてしまうのは何となく不味い気がした。主に精神面への負担的な意味で。

 

「確実にそういう関係、少なくとも好意はあると見られても仕様が無い」

「……お、お前はまさか、そういう目で……」

「見てないし見るわけないだろう馬鹿か君は。数ヶ月前に約束もしたっていうのに」

 

 呆れるように蒼が呟く。彼にとっての“織斑一夏”は、昔同様“織斑一夏”のままである。そこに変な感情など混ざってはいない。正真正銘の友人だ。変えるつもりも無ければ、きっと変わる可能性すら無いのだろう。少なくとも今は、本気でそう思っていた。

 

「とにかくあとちょっと付き合ってくれ。大丈夫だよ、ここまでやれたんだから何とかなる」

「……だな。もうちょっと、頑張ってみるか」

「うん、その調子だ」

 

 優しく笑って、蒼は再びリビングのドアを開けた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――世話になったな、蒼。一斑」

 

 時刻は正午を回った頃。家の前に大層立派な車が停まったかと思えば、どうにもそれが箒の迎えであったらしい。流石にここまで来て逃げ回るのは諦めていたのか、それとも気が変わったのか、彼女は仕方がないという感じですんなりと帰宅を受け入れた。蒼にとっては少しばかり意外だ。てっきり最後まで抵抗するとばかり考えていたが。

 

「良いのか? 箒ちゃん」

「良いよ、もう。私はたっぷり楽しめた。……一夏に会えなかったのは悔しいが」

「あはは……」

 

 いや本当に、まさか当の本人が目の前で美少女となり笑っているなどとは、誰一人として想像もつかないだろう。別段、箒が特別鈍いわけでも考えが浅いわけでもない。言うなれば、全ての元凶である彼女の姉が悪いのだ。傍迷惑が服を着て歩いているような被害量、問答無用とでも言うような暴力性、正しく天災というのは篠ノ之束を表すに相応しい二文字だった。

 

「あの、な――じゃなくて、ねえ、箒さん」

「……ん? どうした、一斑」

「お、私は、あまりその一夏って人のこと知らないけど、……知らないけど、でも」

 

 知る知らないどころか、何度も言うが本人である。

 

「多分、その人がもしここに居たら、“じゃあな箒”……って、こんな風に笑うんじゃないかな、って」

「――――、」

 

 瞬間、箒はたしかに見た。体格も、声も、性別も、全くもって違う一人の女子と。不思議な事に記憶の幼馴染みの笑顔が、ばっちりと重なる。言葉が出なかった。どこか似ていると思っていたが、よもやここまで来ると生き別れの双子かと疑うほど。ただの慰めならば、苦笑しながらすとんと受け止めていただろう。心は一切動かず、何も感じず、適当なコトを言って場を濁し、それで済んでいた筈だ。――ああ、なのに、どうして。関係のない少女の笑顔が、こんなにも心に響くのだろうか。

 

「……ふ、ふは、はは、あははははっ」

「え、ちょ、箒、サン……?」

「なんだそれは、一斑は本当によく知らないのか? そっくりそのまま一夏だった、女になったアイツと言われても納得できるぐらいだ」

「……ソ、ソウナンデスカーグウゼンデスネー」

 

 本当の本当に女になった織斑一夏であったりするのだが。

 

「ああ――本当に、なんてことをしてくれるんだ一斑は」

「え、っと……なんかやばいことしちゃったのか、な?」

「うむ、してくれたとも。余計一夏に会いたくなったではないか」

 

 やれやれと言うように箒は息を吐いて、きゅっと一夏を抱きしめた。優しく、そこに在るものを感じ取るための抱擁。突然の行動に一夏は固まる。何せ中身は紛う事無き生粋の男子中学生。今は女の子、今は女の子、と念仏のように内心で唱えてどうにか平静を保とうと試みる。

 

「――ありがとう、夏織」

「…………どう、いたまして?」

「どういたしまして、だろうそこは。本当に変わった奴だな」

 

 ぱっと箒が離れながら言う。彼女は心なしか最初よりも楽しげな笑みを浮かべている。散々アレだけの演技をしておきながら、最後にはこれだ。対応力をもっと全体的に使って欲しかった気持ちはあるが、終わりよければ全て良し。なんとも上手い主人公である。

 

「では、もう行くよ。またいつか、二人とも」

「うん。また、箒ちゃん」

「ま、また、ねー……」

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――っ、ああああ疲れたあぁ……」

「……お疲れさま。それと、今日は無理言ってごめん」

「別にお前からの頼みは良いけどさあ……流石にこんなのはもうこりごりだ」

 

 心底嫌だという表情を浮かべながら、テーブルに肘をつく一夏。蒼は台所でコップを二つ用意して、それぞれに麦茶を注いでいく。

 

「でも、なんとかなって良かった。一時はどうなるかと」

「本当だよ。天運がやっと味方してくれた感じだ」

「俺もそう思う。……箒ちゃんにとって、一夏が数年ぶりだった、ていうのも大きいかな」

 

 恐らくは、一年前の“彼”を知っている鈴では誤魔化しきれなかった。根本の部分は殆ど変わっていないとは言え、箒が一夏と一緒に過ごしていたのは小学校時代の数年間だ。あの時から全てがそのまま、とはどんな人間であろうとも無理な話。成長につれて変化していくのは、必ずしも体格だけではない。

 

「一夏の中学あたりでついたクセとか、ちょっとした動きとか。そこら辺は合致しなかっただろうから、彼女からして君は“織斑一夏に似ている女の子”として認識されたワケだ。よく一夏を見ていた蘭ちゃんとも、それが違う点だろうね」

「なるほどな……離れてた時間で救われる、っていうのはちょっと、なんだかなあ」

 

 複雑な気分だ、と一夏が呟く。蒼は麦茶の入ったコップを彼女の前に置きながら、自分のものであるもう一方をずずっと啜った。

 

「だから、男に戻ったらきちんと会いに行こうな。モチロン一夏だけで」

「ええ……蒼も一緒じゃないのかよ」

「君だけの方が喜ばれるよ、絶対。俺が保証する」

「どこから沸いてくるんだその自信は……」

 

 彼女は怪訝な目を蒼に向けながら、倣うようにコップへ口を付ける。これは、彼らの夏休みに起きた些細な出来事。奇しくも友人として過ごす最後の夏休みに起きた、悲劇のプロローグ。真相が明かされる日は、一年も待たずに訪れる。

 

「というかもう最後は自分からバラしにいってないか」

「いや、あれはそのっ、私なりの気遣いで……!」

「口調」

「……はうっ!」

 

 それまでは、まあ、当分平和だと思われた。

 




匿名希望Rさん「一人で先に行かせないわよ……?」
匿名希望Hさん「ぬぐぐ……っ!」

ということで嫌な事はみんなで分け合いましょうねというアレ(酷い)

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