君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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前回よりも箸休めっぽくなってしまった日常回。


実は年下という事実が判明した。

 ふと気が付けば、肌寒さを感じるようになった。九月の終わり、段々と野山にも赤黄が増えてきた秋の初め。夏用の半袖だった制服は殆どが長袖に、中には上着を着込んでいる生徒もいる。上慧蒼はその一人だ。寒すぎず、かといって暑いとも言えないこの時期故か、らしくもなく前ボタンを留めずに開けたままのスタイル。けれども滲み出る大人しい雰囲気は損なわれていないあたり、実にぶれないというかなんというか。

 

「制服ぐらいちゃんと着ろよ、優等生」

 

 学ランだぞ、と一夏は指摘する。ブレザーならともかく、彼らの中学はシンプルな黒の布地に金のボタンをあしらった学生服だ。見方によっては素行不良な生徒とも思われかねない。染髪、ピアス穴の有無、言動等からして可能性は高くないが、それでも第一印象は悪くなるだろう。

 

「こっちの方が楽なんだ。流石に式典や集会の時はボタンをするよ」

「普段からしろ、普段から。……これが学年一位なんだから先生も呆れるってもんだろ」

「本当はそんな器でもないんだけどね。似合ってなくても仕方ない」

「……いや、似合ってるか否かで言えば、似合ってんだけどなあ……」

 

 ガリ勉と表すほどでは無いが、当たり前のように勉強が出来るという感じ。淡々と覚えて、さらっと結果を残すタイプか。同じクラスで共通の友人である五反田弾と比べれば分かりやすい。五割は見た目判断。赤髪バンダナと黒髪地味系のイメージでは後者が圧倒的だった。

 

「俺は引き出しが多いだけだから、知らないことに関してはめっぽう駄目だ。そういう問題なんか見ると、ちょっとだけ混乱する」

「普通、授業で習うことの大半は知らないコトじゃないか?」

「俺は普通じゃないと言って、君は信じるのか?」

「……下手するとお医者様を紹介するかもしれない」

 

 だろう? と蒼が妙にすっきりした表情で笑う。どこか少し変わっているとはいえ、異常というわけでもない。良くも悪くも普通の範疇に収まるぐらいだ。一夏にとっては“普通”の域を超えた“天災”を幼い頃に見たのもあり、結果的に蒼のことはそこまで変だとは思わなかった。

 

「知ってる、覚えてる。見た事がある、聞いた事がある。そういうものを思い出すのは得意……というより、慣れてるのかな」

「あー……なんか、頭の使い方が上手いって感じか?」

「違うよ、頭の使い方は下手だ。だから、勉強に関しては何でも最初に自分の記憶を頼りにして、知らない問題が出てきたら焦る」

「……割とそれは誰でも言えることじゃないか?」

 

 テスト中であろうが宿題の途中であろうが、習っていない問題が急に出てきたら誰だって頭を抱える。なにせ、問題文の意味が分かっても解き方を知らない。理数系ならば特に顕著だ。公式や手順を一切記憶しないままに解けるのはそれこそ一部の天才に限られる。数が多くなれば暗算よりも電卓を打った方が早い。蒼も一夏も程度はその辺り。

 

「ん、なら良いんだ。俺は普通で、変わりないってことになる」

「自分だけが特別なんだーとか、そういうのは無いのか」

「無いよ。大体、特別な何かがあったところで、どんな得があるって言うんだ」

「そりゃあ……無難なところで言えば、優越感とかじゃないか?」

「……そんなもの持てるワケないだろう」

 

 ぼそりと呟いて、彼はポケットに手を突っ込みながら歩く。驚いた一夏はぱちくりと目を瞬かせたが、それも一瞬。にっと笑って彼に駆け寄り、肘でとんと体を小突いた。

 

「だな。そういうガラじゃねえよな、蒼は」

「ああ。君が近くに居る時点で優越感とか持てる筈がない」

「なんだそれ、変なコト言うなよ。……あ、でも変ではあるな、うん」

「……一応聞いておくけど、どの辺りが?」

 

 一夏の方を見て、蒼が問い掛ける。変だとドストレートに言われて気にしない人間は、本当に変な奴か神経の図太い者だけだ。あいにく蒼はどちらにも所属していない、と思いたい。正面切って「お前は変だ」と言われれば気になるし、むしろ気になりすぎて夜も眠れない……ということもないが。とにかく、内容によっては行動を改める必要もあるかと考え込んでいた蒼の目前で、一夏はぴっと彼の手――ポケットに入れられたその部分を指差した。

 

「それそれ。時々すげえ似合わないことするよな、お前。学ラン前開けしかり、ポケットに手を突っ込むのしかり。らしくないどころかわざとかって」

「……ああ、いや、まあ、どうなんだろう。これはちょっとしたクセというか」

「クセ?」

「……まあ、色々あるんだよ。結構どうでも良い感じのことが」

 

 呆れるように息を吐きながら、蒼は首の裏に手を当てた。人当たりは最悪、授業態度も意欲的とは言えず、性格は暗め、声は小さい、動きは鈍い、おまけに常時前傾姿勢。思い返してもロクな生徒では無い。あの時に比べれば随分とマシになっただろう。未だ鮮明に思い出せる過去を偲びながら、蒼は徐に財布を取り出して廊下の隅に設置された自動販売機の前に立った。

 

「適当に、これで良いかな」

「指に迷いがない。意思は固いか」

「何言ってるんだいきなり……はい、一夏」

 

 ひょいっと今さっき購入した飲み物を投げ渡す。

 

「っと、これは?」

「いちごオレ。意外と美味しいんだ」

「それは見たら分かる。なんで俺に渡したのかってことだ」

「? いや、誕生日だろう。一夏。今日」

 

 九月二七日、となんでもないことのように蒼が言った。まるで昼からは気温が高くなるみたいだ、なんて世間話でもしているのかと錯覚する勢いで。予想外の言葉にぽかんと口を開けて呆然とする一夏を前に、彼は「あれ、違ったっけ」と顎に手を持っていきうんうんと唸る。当然、合ってはいた。問題は、本人が全くもってその話題を出されると想定していなかったことで。

 

「あんまり高いものだと気にするだろう、君。これぐらいがちょうど良いかと思って」

「お、おう。それはそうだけど……」

「……まさか、自分の誕生日を忘れてたってことは」

「流石に覚えてた、が、まさかこんな唐突にプレゼントを渡されるなんてなあ……」

「サプライズだよ。ハッピーバースデイ一夏」

「……はいはい、ありがとな」

 

 わざとらしい英語の発音は受験生として如何ほどかと一瞬考えた一夏だが、気にするのも野暮かとストローをさして咥える。男同士の誕生日はこの程度で十分だ。たしかに、高いものや変に意識したものを渡されたら反応に困っていた。その点こちらは気に掛ける必要も無い。なにせ総額百二十円。中学生の懐事情にも優しい友情の値段だ。

 

「にしても、百二十円の友情ってどうなんだろうな。高いのか安いのか」

「そんなこと言うと一般的な夫婦の愛情は大体三十五万円ぐらいになるけど」

「……それもそうか。まあ、想いはお金で測るもんじゃないってことだな」

「だろうね。目にも見えないんだ」

 

 しかしながら価格百二十円。内容量は正直少ない。ぺこっと潰して、一夏は飲み終えたそれをゴミ箱へ放る。左手は添えるだけ。ぱっとバスケットボールのシュートを打つかのように飛びながら、目標めがけて綺麗な放物線を描き。

 

「あ」

 

 縁に当たって、見事撃沈。

 

「……格好つけるから」

「はっはっは。いやあ、いけると思ったんだけどなあ」

 

 笑いながら一夏は転がる空の紙パックを拾って、今度はすとんとそのまま入れる。

 

「よし。んじゃ教室戻ろうぜ。もうそろそろ授業が始まる」

「言っても、すぐそこだろう」

「まあな。……っと、蒼の誕生日は十一月だったよな?」

「うん。一応」

 

 確認の後にくるりと体ごと反転させて、二人はじっと向き合った。長い髪の毛が尾のように揺れる。なんとなく、その光景をぼうっと眺める。

 

「その時はまた俺が何か奢るよ」

「……ほどほどに期待しておく」

 

 一言返して、彼らはそのまま教室へと向かって歩いていった。

 


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