君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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迫り来る二度目の祭り。

「はーい、というわけで今日は文化祭実行委員をクラスから二人選出したいと思いまーす……」

 

 ぱんぱんと手を叩いて、教壇に立った女性教師が生徒に呼び掛ける。室内によく響き渡る綺麗な声。普段ならしんと静まりかえる筈の彼らは、しかし今回に限ってがやがやと余計に騒ぎ立てた。無理もない。中学校生活最後の文化祭に込める気持ちは、先の体育祭に負けず劣らずだ。当然、そのワードを聞いただけでもテンションは鰻登り。

 

「文化祭だってよ、何する?」

「やっぱ演劇かな」

「いいねー」

「いやいや喫茶店的なのやろうよ」

「いいねいいねー」

「……まあ、話は聞かないわよね。うん。先生知ってます」

 

 がっくしと盛大に肩を落としながら、女性教師は黒板に手をついた。どことなく不憫である。そんな様子を蒼は半笑いで眺めながら見守るしかない。元気があるのは間違いなく良い事ではあるのだが、あり過ぎるのも問題か。かと言っていつも煩いクラスメイトが静かだと何か物足りなく感じるあたり、彼自身も相当毒されているだろう。受験生と言えどまだまだ遊び盛り。大半がはしゃいで騒いで楽しむ事に関して全力だ。

 

「実行委員だってよ。お前らどうする?」

「そういう弾はどうなんだよ」

「はっはっは。こやつめ。俺パス。正直だりい」

「相変わらず素直だな君は……」

 

 うへーと嫌な顔で不参加表明をする友人の言葉は、決して少数派の意見では無い。文化祭は楽しみであろうとも、それまでの雑用やら何やらで駆り出される実行委員に進んでなろうという変わり者は少なかった。一クラス二人、という制限が設けられているのもそのため。自然と有志の人間が集まるよりも大人数の編成になる。人手不足は起こらず、学校行事も上手く回り、生徒の自主性も確保出来るという名目。故に、大部分の運営を生徒に任せるという何とも大胆な方針が決定されていたりするのだが。

 

「一夏はどうすんだよ。お前ボランティアとか似合うぞ」

「あー……どうするかな。誰もやらないんだったらやっても良いけど」

「蒼は? ……って、聞くまでもねえか。お前こういう行事ごとはそこまで――」

「いや、やるけど。実行委員」

 

 ぴたり、と弾の動きが止まる。一夏も驚きを隠せない様子で目を見開いた。喧噪がおさまらない教室の中で、彼ら三人の集まる一角だけが奇妙な静寂に包まれる。はてと、蒼は小首をかしげながら、自分は何かおかしなことを言ったかと思い返してみたがさっぱり。唖然とする理由が分からない。しばらくしてはっと意識を取り戻した弾は、がしっと蒼の両肩を思いっきり掴んだ。

 

「どうした蒼! なんか悪いもんでも食ったか! いつものゆるふわ努力だけしますスタイルはどこに行った!」

「君は俺のことをなんだと思ってるんだ」

「うちのマスコットキャラクター」

「割と本気で正気を疑うな、それは……」

 

 冗談はともかく、弾の言いたいことは「いきなりどうして気が変わったんだ?」というところだろう。流石に心底から蒼のことをマスコットキャラクターとは思っていないと信じたい。

 

「でも、意外だな。蒼が精力的に動くなんて」

「……まあ、普段ならやらないだろうね。こんなこと」

 

 一夏の言葉に隠さず答える。彼自身、己が主となって何かを行うのはあまり好んでいない。さりげなく力を貸せる程度がちょうど良いと考えているが、貸せる力も無い場合が大体なので、結局は何もしない何もできないというケースもあった。その時はその時で自分は必要なくて関係もなかったのだと割り切れるが、大々的に参加したとあれば逃げも隠れもできない。

 

「去年、鈴ちゃんに文化祭ぐらい自分で何かやって楽しんだらどうか、みたいなこと言われて」

「あのチャイナ娘の入れ知恵か。おのれエターナル・ホライズン。日本に帰ってきたら“久しぶりでアルな”って開口一番に言ってやろう」

「弾。君……死ぬのか?」

「鈴の地雷二つも踏み抜くとかやるな。俺だったら全力で土下座するぞ」

 

 なお、この場に件の少女が居れば、間違いなく一人の男を血祭りにあげていたであろう事実を、彼らは一年後に知ることになる。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 自教室の半分ほどしかない狭い部屋。第二生徒会室、と呼ばれるそこは主に係・委員会の集会や、各行事での実行委員が活動する場所として使われている。文化祭とて例外では無い。ロの字に組まれた長机にそれぞれ選出された二名の生徒が腰掛けて、何気ない談笑を繰り広げている。蒼はゆったりと椅子にもたれ掛かりながら、隣に座る彼女の方を向いて問い掛けた。

 

「良かったのか? こっちに出ると、クラスの出し物に参加出来なくなるけど」

「別に良いだろ。大して重要な役割も回ってこないだろうしな」

 

 そう言って、笑いながら答えるのは一夏だ。蒼が密かに立候補したあと、続くようにじゃあ俺もと声をあげてすんなり決定。他の生徒たちはまだ先の話し合いに夢中で半ば強引な進行だったのは否めない。なにはともあれ、無事決まって教師の精神は安定、クラスのノリと雰囲気もまあいつも通り、割を食って嫌な思いをする人が出なかったのは喜ばしいことだろう。

 

「――はいはい。話はそこまでにして、そろそろ始めていいかしら」

 

 と、前述の雰囲気を切り裂いて、扉を開けながら入ってきたのは一人の女子生徒だ。長い髪の毛、きちんと着込まれた制服、腕には「生徒会執行部」の文字が書かれた腕章。あと数ヶ月で交代となる現三年生の生徒会会長である。真面目だのなんだのと弄られる蒼だが、ばっちり着崩している自分と比べれば向こうの方がよっぽど真面目で優等生らしい。室内に足を踏み入れた生徒会長はぐるりと一通り全員の顔を確認して、ぎろっと一人の男を睨むように再度視界へ入れた。

 

「…………上慧」

「あ、うん。なに?」

「……なんであんたがここに居るのよ」

「えっと……立候補したから……?」

「…………、」

 

 静かに、窓も開いていないのに、轟と。どこからか風が巻き起こったような錯覚。キレているかキレていないかで言えば、間違いなくキレている。怒っているか怒っていないかで選べば、それはもう怒っている。彼女はなんとも言えない表情のまま蒼を見据えて、ぐっと眉間に皺を寄せた。

 

「……知り合いだったのか、会長と」

「言ってなかったっけ。従姉妹なんだ」

「知らなかった。……ていうか、その割に敵意丸出しだけど……」

「仕方ない。俺、色々と彼女の地雷を踏んじゃうみたいだから」

 

 一番はきっと成績の問題である。常に一位を蒼が独走する後ろで、ぎりぎり手が届くか届かないかまで迫っているのが彼女だった。平均点差は僅か四点。態度良し、成績良し、部活動も弓道で全国出場を果たすぐらい、そのうえ容姿もなかなかのもの。まさに理想的な生徒会長だ。

 

「あと、副会長の誘い断ったのもあるかな」

「……いやそれはなんで断ったんだよ」

「だって絶対俺だと力不足だろう? なら少しでも動ける人を据えた方が良い」

「なるほど、一理ある……のか……?」

 

 とまあ、実際はかなり蒼が自ら踏み抜きに行っていたりするのだが、当の本人は気付くどころか地雷原でタップダンスを踊る勢いだ。怒り心頭の最中に隣の友人――外見上は女子と話すという行動に、ぶちりと生徒会長の何かが決定的に切れる音を周囲の生徒は聞いたが、そこは流石に全校数百人のまとめ役。深呼吸を一つ、気を取り直して部屋の奥へ進む。

 

「ええと、それでは改めまして。これから文化祭実行委員会、第一回目の集会を始めます。司会進行は一先ず、委員長が決まるまでは私がしますので、みなさんよろしくお願いします」

 

 仰々しく語って、生徒会長が一礼した。果たして、彼が選んだ行動は、一体どういう結末を迎えるのか――。  




名前が出ていないあたり、今後の扱いがお察しな生徒会長(ガチ)

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