君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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それは秋の日のこと。

「それでは初めに、文化祭実行委員の委員長と副委員長を選びたいと思います。誰か、自主的にやりたいという人は?」

 

 生徒会長がよく通る声で室内の生徒に呼び掛ける。現状はただ単に、各クラスから寄せ集めた人員に過ぎない文化祭実行委員。それをまとめ上げて、より良い文化祭にしようと率先して動いていくのが委員長の基本的な役割だ。当然であるが、少なからずリーダーシップを求められ、尚且つ適当な様では許されない。大袈裟に言ってしまえば、成功するか否かの是非が直接肩に掛かってくる。

 

「……いませんか? 誰か」

「……おい、お前やれよ」

「やだよ。責任やばそうだし」

「私もあの……えっと、ほら。勉強とかあるし」

「そうそう。暇じゃ無い、っていうか……」

 

 案の定、手は挙がらない。なんだかんだと理由を並び立てているが、彼らの気持ちはおおよそ等しく「面倒だから誰かお願い」である。半分以上、下手すれば七から八割が自分の意思とは関係無しに選ばれた者だった。やる気が全くないというワケでは無いが、積極性に溢れることもない。会長はさらりとその長い黒髪を撫でながら、心底頭が痛いというようにこめかみを抑えて。

 

「……あー、ごめんなさい。ちょっと私からひとつ、あなたたちに言いたい事が――」

「なら俺がやるよ、実行委員長」

 

 さらりと、まるで大きな荷物を運んでいる女子を見て、微笑みながら「持とうか?」と問い掛けるような自然さで放たれた一言。声の主を見るまでもなく悟りながら、向こうの“性格”を考えるとあまりにも信じられなくて、生徒会長はばっとそちらへ振り向いた。顔の隣辺りまで手を挙げながら、上慧蒼はにっこりと――穏やかな表情で睨んできた彼女を見返す。

 

「……今の発言、どういう意味かしら」

「だから、俺がやろうかって」

「ふーん……あんたが」

「うん」

 

 竜虎相まみえる、と言うよりも、傍から見れば蛇に睨まれた蛙だった。敵意も悪意も一切なしの蒼に対して、生徒会長は人を殺せそうなほど鋭い視線を只管に向けている。受け止める方も受け止める方で、何ら気にした様子も無く頷いているのだから尚のこと。イメージとしては危機察知能力の低い蛙が真後ろで大口を開かれながら、元気にげこげこと鳴いている。尤も彼自身は、その蛇が脅してくるだけで食べないことを知っているのだ。

 

「……ま、良いんじゃない? それならそれで。変なことにはならないでしょう」

「……意外とあっさり認めてくれるのか」

「この様子じゃ待っていても仕方ないわよ。とにかく決定にするけど、異論は?」

 

 僅かにざわついていた教室が、しんと静まり返る。生徒会長は彼に向けていたものから一段階強さを落として、ずらっと並んだ生徒を見回した。特に不満そうな様子は見受けられない。ならばあとは、この男がどう引っ張っていけるか。蒼が一つのグループの先頭に立って舵を取ること自体稀、もとい今回が初めてとなる。不安要素は無くも無かったが、どうせ何とかするだろうと生徒会長はすっぱり決め付けておいた。

 

「じゃあ、実行委員長は上慧蒼で決まり。あと司会進行よろしく」

 

 言うだけ言って、すたすたと彼女は出入り口の扉まで歩いていく。蒼は最後まで居るものかと勝手に思い込んでいたが、よくよく考えれば向こうの立場は生徒会長であって文化祭実行委員とは本来何の関係もない。わざわざこうして出向き、ほんの少しだけ力を貸したのは生徒会執行部としての役目故か只の気まぐれか。恐らく前者だと直感しながら、彼は気になったことを去っていく背中に聞く。

 

「生徒会長、副委員長はどうするんだ?」

「あんたで勝手に決めるか立候補でも待つか。好きにすれば良いわ」

「そっか、ありがとう」

「……礼を言われるようなことをした覚えはないのだけれど?」

 

 最後に一言そう呟いて、彼女は後ろ手にがらりと扉を閉めた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……ふう、疲れた」

「お疲れさまだな」

 

 時刻は午後六時過ぎ、若干薄暗くなり始めた第二生徒会室で、ねぎらいの言葉をかける一夏を横に、蒼はぐったりと椅子に体を預ける。あの後、副委員長は二年生の男子が名乗り出たことで無事承認。それから一通り開催日までの流れを確認して、話し合いの後に解散となった。第一回目の集会結果は委員長及び副委員長の決定、その他は進捗ナシということになる。まあ、最初はこんなものだろう、と落ち着いて捉えながら。

 

「しかし、蒼は会長と仲良かったんだな。あんなに熱く見詰め合って」

「それ、本気で言ってるのか?」

「冗談だ、冗談。いやまさか、校内トップワンツーが従姉妹とは」

 

 これも血筋っていうヤツか、と一夏が呟く。そう思ってしまうのも仕方ないが、現実は向こうが並外れていただけ。ズルをして安定した高得点を叩き出している蒼と、一から学んでそれに追随するほどの結果を出している彼女では比べものにもならない。高校、大学と進んでいけば自然と成績も落ち着いてくる。その頃にはきっと天地の差が開いているだろうな、と思いながら蒼はぼうっと天井を見上げた。

 

「……というか、本当に思いきったな。まさか委員長とは」

「我ながら似合わないことしてる自覚はある。人の前に立つ事自体、好きじゃ無いのにね」

「俺も驚いた。でもまあ、会長の言った通り、変なことにはならないだろうな」

「……だと良いんだけど。何分、こういうことの経験が無いから」

 

 人生二度目にして初挑戦。無論、人よりも不安は大きい。生まれ変わって十四年だと認識してはいるが、記憶は前世を含めた約三十年分にもなる。知らないコトに拒否反応を示すほどでは無いが、多少の緊張はあって当たり前だ。

 

「一先ず、請け負ったからには成功させたいかな、文化祭」

「いつになくやる気……なのは勿論か。ま、俺も協力するよ、委員長」

「やめてくれ、くすぐったい。……っていうのも、慣れないと駄目か」

「そうだぞ。これから随分頼りにされるだろうからな」

 

 からからと笑いながら、彼女は鞄を担いで腰に手を当てる。帰ろうぜ、という意思表示だろう。日が大きく傾いた時間帯、本来なら既に家で寛いでいるぐらいだ。蒼だって何時までもこの部屋に籠もっているつもりはない。どうせ嫌でもこれから数週間、平日は毎日お世話になる。事前に用意されていた文化祭関連の資料を鞄に詰め込んで、手に提げながら立ち上がった。

 

「そういや、同じ学校ってことは会長もこの近くだよな。近所なのか?」

「ううん、向こうは二駅離れた隣町から来てる。大体、近くだったら昔から君とも顔を合わせている筈だろう?」

「……それもそうだな。近くても小学校までロクに顔を合わせなかった奴が目の前に居るけど」

「良いじゃないかそのぐらい。こうして仲良くなれたんだから」

「結果オーライって感じか? 悪くはねえけど」

 

 第二生徒会室から出て、がちりと扉に鍵をかける。あとは昇降口近くの事務室に返せば終わりだ。落とさないようにしっかりと握って、二人は誰もいない廊下を一階に向かって進む。外からは部活動に励む生徒のかけ声。活発で明るい印象を持たせるあちらとは対照的に、校舎内に響くのは寂しげな靴音だけだ。ふと、蒼は思い出して、なんとなく話を切り出した。

 

「一夏」

「おう」

「あと、半年だ」

「……ああ、そうだな」

 

 何のことを言っているか、一夏は瞬時に理解する。

 

「やっと半年だ。随分長いな、一年って」

「本当にね。最悪の事態が起こっていないだけ、マシだろうけど」

「だな。これなら無事男に戻れそうだ。あーくそ、早く三月にならねえかな」

「気が早いって、全く……でも、心配は要らないか」

 

 苦笑して、蒼は前を向きながら思う。半年というのは何も織斑一夏が女の子として生きる時間だけではない。その頃になれば、進学先も真の意味で決定している筈だ。一夏が元に戻れた場合、己という存在が関われるのは恐らくそこまで。きっと彼の側に居る友人という誰でもなれる役目は、ゆるやかに終わろうとしていた。

 




天災「いや逃がすわけないよ?」

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