君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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もう限界、いやあと少し。

 会議は踊る、されど会議は進まず。実際踊るワケではないが、進まないのは確かだった。文化祭実行委員が活動を始めてはや一週間。本日の集会も進捗無しの状態で解散となりながら、蒼は重い息を吐く。

 

「委員長お疲れー」

「ああ、うん。お疲れさま」

「おつでした委員長。また明日っす」

「また明日。気を付けて」

 

 部屋から去っていく生徒に挨拶を返しながら、ふと山積みになりつつある作業を思う。一体どこから手を付けて良いものか。慣れたことではないものを、初めから完璧にこなせないのは百も承知。知っていながら引き受けたのは蒼自身だ。どうにかできる筈、ではなく、どうにかしなければいけない。肩に掛かる重圧と迫り来る期限に挟まれている。全くもって楽なものじゃない、と蒼は椅子をぎしりと鳴らした。

 

「じゃ、俺も帰ります。委員長」

「ん、お疲れさま、副委員長」

「わざとらしいッすね、その言い方。……先輩が少しビシッと言ったら、この状況もちょっとはマシになると思いますよ」

「そうかな」

 

 後輩の真剣な一言に、苦笑いで答える。副委員長に立候補した彼はおおよそ実行委員の中でも真面目な部類で、細かい手助けは非常に助かっている。決して意欲的と胸を張って宣言するぐらいの心持ちではないが、なってしまった以上は手を抜かずにやるという感じ。蒼としては何となく、分からなくも無い。

 

「文化祭は楽しみでもこういうのはあまり、ってことじゃないすかね。俺も同じようなもんなんで、何とも言え無いっすけど」

「そこをどうにか出来たら変わる?」

「いや、分かんないすよ。それに、決めるのは委員長の仕事でしょうし」

「……まあ、そうなんだけど」

 

 予想以上に、文化祭実行委員長という看板は大きい。クラス単位で二人ずつというのは意外にも馬鹿にならない数だ。小さな部活動一つは優に超えている。蒼にまとめ役としての経験があれば綺麗に動かせたかもしれないが、あいにくいつもまとめられる側だった。からりと戸を閉めて離れていく足音を聞きながら、彼は今一度溜め息を吐く。お世辞にも順調とは言えない事態。

 

「なんていうか、あれだな。話し合いは弾んでるのに、何故か結論だけが出ないみたいな。途中でどこかに消えてるよな」

「最後に落ち着く形が無いんだ。だから、あやふやでぼんやりとしたまま、一旦置かれてそのままにされる」

「あー……なんか分かるような、分かんねえような。でも多分その通りだ」

「結局君もあやふやで片付けてるじゃないか……」

 

 蒼の隣で組んだ両手を後頭部に回しながら、一夏はぼうっと部屋の中央に取り付けられた明かりを見詰めて言った。隅の方にかけられたカレンダーが捲られて十月に切り替わり、朝も冬の到来を若干感じさせる冷気を帯びつつある。このような時に限って、時間の流れは早い。皮肉にも、二人にとって嬉しいことですらあるのが、何とも言えない事実であった。

 

「嫌な予感がするよなあ。なんつうか、大やけどしそうだ」

「やけどならまだ良いかもしれない。火事すら起きなかったら笑えないだろう?」

「そりゃあ本気で笑えねえ。最後の文化祭が文字通り黒歴史とか嫌だぞ」

「俺だって嫌だよそんなの。だから、頑張らなきゃいけない」

 

 すうと息を吸って、小さく拳を握る。ノリと雰囲気と場の空気、それだけで全部が上手く回るのなら苦労しない。そも、現在進行形で苦労していた。夏から秋にかけて気温の変化もある。体調も気を付けなければ、壊してからでは遅い。なによりこの時期に寝込むなど以ての外。己から手を挙げておいて、従姉妹で会長の彼女に笑われるというものだ。

 

「とりあえず、俺たちも今日は帰ろう。ずっと居ても良い事ないし」

「そうだな。しっかし、やっぱこの時間まで居残ると腹減るなあ」

「コンビニでも寄って帰ろうか?」

「ははは、登下校の寄り道は原則禁止だ。この不良生徒め」

 

 何気ない会話をしながら、そっと彼は鞄の中に紙束を詰め込んだ。面倒な書類整理は誰も好き好んで手を付けない。だが、家でも出来るという点を見れば簡単に済ませられるものでもあった。少なくとも、会議を必死で回すよりかは自分に似合った仕事だろう。少しぐらいなら問題ない。そう思って彼は、この日の第二生徒会室を後にした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「はあ、そんなことになってんのか実行委員」

「おう。蒼が毎日頭抱えてるもんだから、何とかしたいんだけど」

「うーん……あいつなら大丈夫なんじゃねえか? 案外強いしよ」

 

 翌日、珍しく一人で登校すると蒼からの連絡を受けた一夏は、彼が来るより先に教室にて弾と話し合っていた。内容はもちろん文化祭実行委員会。彼女も出来る限りの手助けを行い、せめて滞らないようにしようと奮闘しているのだが、結果は話の通り。絶望的なまでに士気が低いわけでは無いのだが、成功を収めるには少し足りない。何かが欠けている、という印象を一夏は持っていた。

 

「大丈夫かねえ……」

「ああ。なにせ鈴に堂々と“胸の大きさは関係無いんじゃないか?”って言い放った男だからな。あの時の昇龍を俺は忘れないぜ」

「初耳だぞそれ。……あいつも洗礼を受けてたんだなあ」

「洗礼っつーか俺ら等しく自業自得だけどな」

 

 話聞いてから昇龍余裕でした、と凰鈴音は語る。胸に関する話題が鈴にとって特大の地雷に直結すると分かっておきながら、それでも蒼が伝えたのは決して考え無しの行動ではない。織斑一夏に対する好意を抱く彼女に、一夏が胸の大きさで女性を好きかどうか判断するのかという不安を解消させてあげたかったという善意だ。無論、鈴自身から切り出してもいないのに口走った彼にも非はあるが。

 

「おはよう」

「あ、おはよー上慧っちー……って目ぇやばっ!? なにそれメイクでもしたの!?」

「いや、全然。ただの寝不足だと思う」

 

 と、件の人物が挨拶と共に少しの騒ぎを起こして教室に入る。気になる内容を耳に入れた二人は、ばっと揃って机に向かい歩いてくる蒼を見た。

 

「……おいおいどうした。マジでアイシャドウ塗るのミスったか?」

「だから化粧じゃ無いって。というか、化粧出来るなら隠してる」

「蒼、お前その目……」

「うん。いや、本当に予想外だった。まさか一日でこんなになるなんて」

 

 そう呟く彼の目元には、まるで何日も徹夜を続けていたかのような深い隈。普段が割と健康的な肌色をしているためか、余計に差異が目立つ。が、化粧かと疑われたのは当然と言えば当然で、蒼の態度は如何にも普通だった。平常通り薄く笑って、かつかつと小さく踵を鳴らしながら、本日もワイルドに学生服の前を開けている。外見のみの変化。到底寝不足とは思えない動き。本当に疲れているのかと、誰もが疑った直後。

 

「あっ」

「ん?」

「え?」

 

 がつん、と。

 

「――――~~~っ」

「あ、あの蒼が……」

「足の小指を……ぶつけた……」

 

 無言で頽れて鞄を床に放り、蒼は打った方の足をぎゅっと押さえる。声にならない苦悶の吐息を漏らす姿を見ながら、彼ら二人は確信した。間違いなく寝不足だ。しかも割と疲労感が抜けていない状態だろう。これには弾と一夏も外国様式の大袈裟なやれやれである。

 

「大丈夫か? 救急車呼ぶか?」

「どう考えても要らないだろう(バカ)……」

「大丈夫か? AED使うか?」

(一夏)は俺にトドメをさすつもりか……」

 

 最低限、突っ込む元気はあるようだ。

 

「で、なにがあった」

「いや、昨日、家で文化祭の書類整理してたら、つい……」

「次の日に響くんだからそこはキリの良いところでやめておけよ」

「うん。反省してる。今度からは気を付けないと」

 

 ゆっくりと椅子に腰掛けながら、蒼は鞄から教科書を取り出して机に放り込む。幸いな事に今日の授業に体育は組み込まれていない。大方大丈夫だとは思うが、ここまでの様子だと一夏も少し心配になる。――まあ、そんな事があったからかどうかはともかく。その日の集会もまた、殆ど進まずに終わったのは言うまでも無い。

 


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