君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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リスタートは目の前に。

 学校に着いた一夏が真っ先に向かったのは、第一生徒会室――文化祭実行委員が会議を行っている部屋とはまた別の、その名の通り生徒会執行部が活動の拠点にしている一室である。教室の方を確認しても見当たらず、しかし登下校の時間は間違いなく一夏より早い。がらりと扉を開けて中を見渡せば、目当ての人物はそこに居た。

 

「……織斑さん? なにかご用でも?」

「ああ。ちょっと、生徒会長に頼みがあって」

「頼み?」

 

 怪訝な表情で、彼女は首を傾げる。今日ぐらいはなんとかする、とは言ったものの、まとめ役である委員長の欠席は一夏だけでどうにか出来るほど軽いものではない。そもただの役員である己が頑張って出来ることなど高が知れていた。停滞する会議を上手く進めるような手腕も、強引にやる気を誘って士気を高める方法も持ってはいないのだ。

 

「文化際実行委員、今日だけで良いから手伝って欲しいんだ」

「……それはどうして? 上慧のやつが放り投げでもしたの?」

「いや、むしろ逆って言うか……頑張りすぎてぶっ倒れたというか……」

「――そう。ああ、そういうこと」

 

 ぎしりと椅子を鳴らして、生徒会長はふうと息を吐いた。恐らくはこの学校で一番、話し合い等でのまとめ方を熟知しているであろう人。経験の有無だけで言えば、蒼とは比べものにならない。一年間この中学の看板を背負ってきた実績は伊達ではなかった。

 

「いつかはやらかすと思ってたけど、案外早かったわね。体調は大丈夫かしら?」

「そこまでキツくはなさそうだったかな。まあ、電話だからよく分かってないけど」

「なら平気ね。どうせ明日にはけろっとしてるでしょう」

「…………会長、もしかして蒼のことそこまで嫌いじゃ無いのか?」

 

 ぴくりと眉が動く。露骨な反応だった。「ん?」と一夏は首を傾げながら生徒会長を見詰める。容姿端麗、文武両道、才色兼備とはまさにこの事。割と何でもできる彼女にとって、従兄弟でありながら唯一自分の実力を上回っている彼がどう見えているかと言うのは簡単で。

 

「はあ!? 嫌いよ嫌い。あんな軟弱野郎。あいつが居なければ私が学年一位なのに」

「……そ、そっか。うん。なんか悪い事聞いたな。ごめん」

「本当に嫌いよ、あんなやつ。ひ弱だし、力は無いし、服装はだらしないし、髪の毛も伸ばしたままだし」

「お、おお」

「あと怒らないし、鈍いし、何考えてるか分からないし、生徒会の誘い蹴るし、そのくせ文実には参加してるし、私より頭良いし、……ちょっと格好良いし」

 

 ぼそりと小さく、最後に付け加える。

 

「……生徒会長?」

「んんっ。――なんでもないわ織斑さん。忘れて。というか忘れなさい」

「あ、は、はい」

「……一先ず話は分かりました。あの馬鹿が体を壊したので手伝って欲しい、と」

 

 こくりと一夏が頷く。先の愚痴は置いておくとして、当初に想定していたものよりかは遙かに好感触だ。初日の蒼に対する態度からもっと苦戦すると思っていたのだが、これならばいけるか。ごくりと生唾を飲み込みながら、顎に手を当てて考え込む生徒会長の返答を待つ。

 

「肝心の文実だけど、大体どこまで行ってるの?」

「それが、その……まだ、全然」

「…………あと三週間もないのはご存じで?」

「はい、知ってます……」

 

 知ってはいるが、昨日も今日もどうにもならなかったのである。そも、順調に進んでいたのなら蒼が無理して倒れることはない。なんとかしようと張り切って無理をした結果だ。

 

「……了解、手伝えばいいのね?」

「手伝ってくれる、んだよな?」

「ええ。まあ、色々問題抱えてそうだし。……なんなら一つやってやるのもありね」

「? それってどういう……」

「なんでもないから気にしないで」

 

 ひらひらと手を振って、彼女はにこりと笑った。どことなくそれが蒼のものと重なる。やっぱり似るものなのか、と口に出せば必ず地雷を踏み抜くと直感した一夏は、黙って立ち去る事にした。鈴と過ごした数年間で鍛え上げられた直感だ。尤も、機能する割合はおおよそ二割にもいかないが。

 

「あ、そうそう織斑さん」

「――っと、ん?」

「上慧は向こうから来るような男じゃないし、自分から行く勇気が無いならやめることをオススメするわ」

「……俺と蒼は別に変な関係じゃないぞ!?」

 

 あら、と最後にとぼけたような顔をしたのを見届けながら、一夏は勢いよく後ろ手に扉を閉めた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 一方その頃、熱を出して寝込んでいる蒼はというと。

 

「はい、あーん」

「ストップ。父さんストップ。なんだそれ」

「お粥、だけど?」

「違うよ。それ、その行動。良いからそれ、自分で食べられる」

「……久々の我が子とのスキンシップなのに」

 

 反抗期かな、と肩を落とす父親からお椀とレンゲを受け取って、黙々と口に運ぶ。良いか悪いかで言えば、文句が出ないほど良いタイミングだった。廊下で気を失った蒼を発見し、彼の自室にあるベッドまで運んだその人は、なんと都合の良い事に本日特別休暇を貰ってきたらしい。

 

「もう大丈夫だから、父さん。あとは一人でなんとかなる」

「本当に? 蒼は小さい頃にも倒れて。その時はお父さんもう心配で心配で」

「……それは昔の話だろう。もうずっと強くなってる」

「今日だって倒れてたのに?」

 

 うっ、と蒼が言葉に詰まった。直接的な原因としては生来の貧弱さなど関係無いのだが、やはり無理をして熱を出すということの根本的な原因がそれにあたる。言い訳は出来ない。倒れるほどの無茶をしてしまったのは自分だ。

 

「……ごめん。ありがとう、助かったよ父さん」

「うん。えらい、ちゃんとお礼が言えた」

「俺を幼稚園児かなにかと勘違いしてないか?」

「そんなことはない」

 

 いやあ大きくなったねえ、と呟きながら頭を撫でてくる父親になんとも言えない不安を覚えつつ、蒼はもぐもぐとお粥を咀嚼して窓から空を見上げた。どうしても頭を過るのは実行委員のことだ。一夏にはああ行って引き受けてもらったものの、本当に大丈夫だろうか。よもや更に酷い状態にはならないと思うが、かと言って前に進むかというと正直望み薄。

 

「……さっきの電話。文化際の準備、上手くいってないのかい?」

「まあ、ちょっと。仕切り役が俺だから、本当はもっと頑張らないといけないんだ」

「そうなのか。うん」

 

 頷いて、蒼の父親はにこりと笑顔を向けながら。

 

「――相談に乗ろっか。その話、父さんに聞かせてくれない?」

「……面白くないけど」

「良いから、ほら」

 

 促されるがままに、彼は父親へ昨日までの流れを全て隠さず話した。文化祭実行委員の委員長になったこと、初日から一向に上手くいっていないこと、開催まで時間に余裕がないこと、そうして己の無理が祟って今のようになったこと。抱えたものを吐かせてすっきりさせる、ぐらいのものだろうか。なんて考えていた蒼にとって予想外。話を聞き終えた父親はゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げて、真剣な顔のままに口を開き――

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 洗面台の前に立って腰を曲げ、ばしゃばしゃと顔を洗う。ひんやりとした冷水が眠気覚ましにちょうど良い。置いていたタオルで水気を拭い、鏡の中の自分とご対面。

 

「……顔色は割かし良いな。隈も大分薄い」

 

 一日しっかり休んだお陰か、体の調子はすこぶる良好だった。今朝の時点で熱はもう治まっている。外から鳥の鳴き声が聞こえてくる早朝、久々の軽い肉体にほんの僅かな感動を覚えながら、蒼は「よし」と独りごちる。

 

「迷惑かけた分、取り戻さないと」

 

 たかが一日、されど一日。軽く捉えているようではいけない。今一度気を引き締めながら、蒼は瞼にかかるほど伸びた前髪を持ち上げる。目も充血はしていない。ここ数日の中では間違いなくトップクラスに健康的な状態だ。

 

「……あ、そうだ」

 

 ふと思い出して、ごそごそとズボンのポケットを漁る。こつんと爪に固いものが当たる感触。これも忙しさを象徴するものだ。自宅での作業時のみ、前髪を留めるために使っていたヘアピン。

 

「……まあ、どうせ見えないだろうし」

 

 集中、気持ちの切り替え、意味は色々あれど、言わば願掛けのようなもの。ついでに前髪をさっと整えて、目立つ位置は嫌なので横側――耳の上あたりでうまく留める。蒼自身としては付けている感覚さえあれば十分。ちょうど彼の長い準備が終わったところで、来客を告げるチャイムが鳴った。いつも通りにはいと返事をしながら、玄関まで向かい扉を開ける。

 

「よっ、元気になったかそ……う……?」

「? おはよう、一夏。もう元気だけど、どうかした?」

「……なんか、雰囲気が変わった?」

「そうか? まあ、それならそれで」

 

 くすりと笑って、彼ははっきりと。

 

「今日から忙しくなる。絶対成功させるぞ、文化際」

 

 自信に満ち溢れた様子で、明るく宣言した。

 




お前(文化際パート)長いんだよぉ!

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