君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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ここから先が君のターン。

 頭を回す。周りを見る。手を動かす。全部出来て始めて、自分の役目だ。息を吐く暇も無く動き続ける状況を、的確に判断して指示を飛ばす。下手すると熱でオーバーフローしかねないほど思考回路を加速させながらも、蒼は類い希な集中力でなんとか持ち堪えていた。冷えきった脳内とは裏腹に、第二生徒会室は先日までと比べものにならないほど騒がしい。会議の時間を最小限の報告と進行の確認にのみ割り振った結果、殆どが作業の方に回ったからである。

 

「委員長! ポスター各教室貼ってきました!」

「ありがとう。じゃあ次は看板の――」

「看板作成終わったぜ委員長! 次は何をすりゃあ良い?」

「早いな。うん。なら君ら合わせて飾り付けのお手伝いに行ってくれないか?」

「「はいっ」」

 

 大体の前準備を担当しているためか、実行委員は意外と体力仕事が多い。運動部に所属している一・二年の男子は単純な戦力だ。副委員長の彼もそれを承知しているのか、動く方が性に合っていると教室を飛びだして奮闘中。結果、時折各員が指示や作業確認に足を運びはするものの、第二生徒会室に残っているのは蒼を基本とした事務処理チームになる。無論一夏もそのうち、というより副委員長に回る筈だった仕事を引き受けているので、実質彼女が蒼の片腕になっていた。

 

「織斑先輩プログラム確認お願いします!」

「よし分かった、そこ置いといてくれ」

「上慧委員長。クラスの出し物がバッティングしてるんですけど……」

「提出日の早い方から優先で、クラスの人らには急いで伝えて。どうしてもって言うならクラス同士の代表で話し合ってもらって」

「はい、分かりましたっ」

 

 実行委員のトラブル対策書を何度か読んで、苦労しながら覚えた甲斐があった。すらすらと出てくる内容に我ながら驚きつつ、蒼も手元に残った仕事を消化する。他の生徒が自分たちのクラスごとの準備に取りかかる六限終了から最終下校時刻まで、同じく実行委員も動きっぱなしだ。躓いていた分だけ、休んでいる時間はない。

 

「一夏、有志の参加者集計終わったか?」

「今終わった! あとついでにプログラムだ、揃って見とけ」

「了解。ならもう一つ頼まれてくれ。文化祭当日の行動班を適当に組んでほしい」

「行動班? ……ああ、交代で見張りみたいなことするのか」

 

 昨夜五分で仕上げた、要点を纏めただけの適当なプリントに目を通した一夏が呟く。開催までの準備をしてハイ終わり、とはいかない。そも開会宣言は生徒会長、閉会宣言は実行委員長がすることになっている。最後の最後まで気は抜けなかった。しかも今年は全プログラム終了後、サプライズで何かやろうという提案を取り入れた結果として、終わった後も気の抜けない状態。当初は正直ギリギリのスケジュールではあったが、意外な事になんとか最低限の余裕を持てるほど皆が精力的に働いてくれている。

 

「本番は午前午後に分けて簡単な見回りをしてもらう。インカムの使用許可も取った。学校の備品にあるからそれを一班にひとつずつ貸し出す」

「本格的だなあ。……って、おい待て蒼。俺とお前で一班固定ってどういうことだ」

「委員長権限だ。ほら、君と一緒が一番やりやすい」

「職権乱用じゃねえか! くそっ、なんつうことを」

 

 ぎっと睨んでくる一夏の視線を華麗にスルーしつつ、有志の発表メンバーに目を通していく。大体はバンド、少ないところでダンス、中には書道パフォーマンスというのもあるが果たしてどうか。なんにせよ、時間的な問題もある。一通りは確認をしてみないと分からない。

 

「ああ、一応班ごとに固定の位置を担当してもらうけど、俺たちは順次人手が要る場所に対応する形で行くから」

「遊撃隊みたいなもんか、理解した」

「それなら良かった。……問題はこっちになるかな」

 

 参加者一覧をまとめた紙を睨みつけながら考える。当日の体育館使用許可は取るまでも無く降りるだろうが、その前にリハーサルや予選のようなものも含めて、一度場所を長時間貸して貰う必要があった。加えて判断も実行委員で決めなければならない。

 

「委員長ー! 校内案内図完成しましたー!」

「そっか、助かった。それと続けてごめん、体育館貸し切りたいんだけど、都合のいい日時とか聞いてきてくれないかな」

「お安いご用です! すぐ聞いて戻ってきますねー!」

「本当にありが……ってもう居ない」

 

 行動が早いのは素直に有り難いことだが、お礼を言われる前に居なくなられるのは何とも。まあ、状況が状況だけに落ち着いていられないのも事実。がしがしと頭をかきながら苦笑していると、隣に座る一夏からぴらりと一枚の紙を渡される。

 

「はい、班決め終わり。七班プラス俺らの計八班だけど良いか?」

「十分だと思う。昼過ぎは流石に落ち着くだろうし」

「あと残ってるのは……スローガンにパネルイラスト、有志ステージに最後のトリで行うことか……」

「大変だな。これから全部やっていくとなると」

 

 ふう、と短く息を吐いて、蒼は眉間を揉みほぐす。学校では授業に実行委員、帰宅してからも無理しない程度に書類整理という日々が続いている。肩こりや目の疲れをこの年で実感するぐらいには、あっという間に疲労が蓄積していた。それでも一度は倒れた身、普段よりも限界がはっきりと見えているのが幸いだ。感覚で大丈夫だと自信を持てる間は心配要らない。

 

「聞いてきました委員長! 明後日なら二時間とれますって!」

「分かった、ありがとう、明後日か。……どうにかなるだろうか」

「俺が見に行こうか? 有志の発表。お前はここで指示飛ばしてた方が良いだろ」

「……君が請け負ってるものも同じぐらい重要なんだよ」

 

 あーそうか、と彼女が参ったように頭を抱える。だが、悪い案ではない。多少の無茶は通してなんぼだ。元よりそのつもりというのもある、一夏なら不当な判断も下さないだろう信頼が蒼にはあった。人を動かすのは己の役目だ。自分でどうにかするのではなく、今居る人員でどうにかする事を考える。

 

「明後日は副委員長に戻って来てもらおう。大体のことは彼でも出来る筈だ。一夏は有志の視察を頼んだ。必要ならあと何人か用意するけど」

「おう。是非とも協力は欲しいな」

「なら適当に見繕っておこうか。あ、職員室に生徒貸し出し用のカメラがあるから、それで一応動画も撮っておいて」

「カメラな、オッケー」

 

 文化祭当日まで残り二週間。実行委員は毎日忙しい時間を送りつつも、依然と比べれば進捗は良好なままを保っている。残った課題の多くも直に解決するだろう。これならば問題ない。完璧には程遠くとも、成功は目の前、手が届く位置にまで近付いていた。あとはそれを、どれだけ大きいものに出来るか。肝心要は――最後に実行委員が用意する、特別イベントである。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「何かないか……」

 

 場所は夜の上慧邸、蒼はうんうんとパソコンの前で唸りながら、画面に移るページを下にスクロールしていく。長丁場になると踏んだ為、ブルーライトカットの眼鏡を着用。普段は使っていないからか、その姿が些か似合わない。一夏や弾がこの場に居ればからかいもしただろうが、生憎両親も留守の正真正銘一人っきり。かちかちと、マウスを叩く音だけが室内に響く。

 

「ベタに実行委員でバンド……は時間的にも無理か。俺、楽器とか弾けないし」

 

 元の世界で何かやっていれば変わっただろうが、そこは典型的な根暗人間。ゲームに読書、要らない知識は山ほどある。

 

「芝居、踊り……そもそも実行委員の皆で何かやること自体無理か。もっと他に……」

 

 ふと、蒼の手がぴたりと止まる。

 

「――そうか、これだ。うん。これなら時間の問題は大丈夫。あとは学校に許可の申請と安全面の考慮……よし、いける」

 

 彼らにとって最後の文化祭、その一番後ろを飾る演目。これしかない、と言うよりはこれぐらいしか思い付かないの方が正しいかもしれないが、何にせよ上等なモノだ。ぐっと拳を握って、蒼はにっと口の端を吊り上げた。

 




ついにオリ主くんのターン。なお結末まで含める模様。

ここまで来て残り三話とか本当にどうなってんだコレ……。

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