君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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彼が持っているモノ。

「大変です委員長!」

 

 文化祭も間近に迫った平日の午後。いつも通りの書類整理に精を出していた蒼の下へ、一人の男子生徒が息を荒くしながら駆けつけた。見ればどことなく教室内がざわついている。この時期まで来れば準備も粗方終わり、残るは本番前の軽い確認と打ち合わせのみだ。本来なら緩くも真剣な雰囲気が感じられる時間の筈なのだが、一体なんだというのか。怪訝な表情で、蒼は訊ねる。

 

「どうしたんだ?」

「文化祭のスローガンが決まってません!」

「……は?」

 

 ぺきん、と握っていたシャーペンの芯が折れた。彼はぽかんと口を開けて、呆然と室内の生徒群を見詰める。そも、目の前の人物が何を言ったのか理解できない。したくもない。案内図、有志のステージ、各教室の出し物をまとめたプログラムは既に配布済みだ。イメージイラストもその二日前に仕上がっている。――が、思い返せばたしかに、スローガンを入れた記憶がない。それもその筈、当時の彼らは苦肉の策であたかも正式ですよと言わんばかりに“っぽい”ことを書いて誤魔化した結果、終わらせた気分になっていた。

 

「一大事じゃないか。どうりで騒がしいと」

「どうします委員長!? ここまで来てスローガン無しとか生徒の熱があわわわ」

「落ち着け、大丈夫。当日発表のサプライズで開会式にねじ込めばなんとかなる。会長には後で俺から頼み込むよ」

「か、上慧委員長……っ!」

 

 ジブン一生ついて行くッス! と言い出しそうなほど目を潤ませた男子生徒をスルーしながら、蒼は集まりの中心に向かって歩みを進める。と、試しに一声かければ綺麗にずばっと人並みが割れた。さながらモーセの海渡りである。若干複雑な気分だ。けれどもまあ、これはこれで、やりやすくもあるし、なんて軽く捉えてスタスタと足を運ぶ。

 

「スローガンだって?」

「はい、ごめんなさい。私がうっかり忘れて放置しちゃってて……」

「良いよ、気にしないでくれ。それを言えばみんな忘れてたんだし」

「委員長……っ本当、ごめんなさいっ!」

 

 がばりと頭を下げたのは、ここ数日間ずっと籠もりっきりで事務処理を手伝っていた一人の女子生徒である。蒼は肩を優しく叩いて宥めつつ、ちらりと室内を見回して仕方ないかと息を吐いた。今となっては大半がすっきりしているが、ほんの一週間も前はどの机も紙の束でごちゃごちゃの酷い有様。辛うじて原形を保っているのが中央の会議机のみ、というもの。おまけに仕事量は圧倒的で修羅場に近い。正直、現在ゆっくり出来ているだけでも凄まじい奇跡だ。

 

「とにかく、大したミスじゃないからそう引き摺らない。簡単に決めようか。生徒から応募した分の集計は出してるんだろう?」

「ああ、出てるぞ。ネタ枠から厨二枠まで豊富なレパートリーを揃えてる」

「……一夏。君はさらっとトラブルの中心に居るな」

「俺をとてつもない問題児みたいに言うなよ……」

 

 実際問題、なにか余計なものを抱えてくるのは大体彼女なので、強ち蒼の言い分も間違いでは無かった。ただ一夏としてはあまり面白くないワケで、否定だけはしておく。一夏が呼び、周りが煽り、蒼を含めた弾や数馬は一方的に振り回される。過去数年間続いた流れを易々と忘れる筈もない。

 

「で、どんな案があるんだ?」

「えっと……“最高の文化祭 ~エンディングまで、泣くんじゃない~”とか」

「却下。モロ過ぎて自殺行為だ」

「あと“繋ぐ文化祭 ~絆 ネクサス~”とか」

「絆までは良かったけどその後が隠せてない、却下で」

「“俺らの文化祭がこんなに盛り上がるわけがない ~俺文~”とか」

「ただのタイトルじゃないか。それも却下」

「じゃあ“人 ~よく見たら片方楽してる――」

「却下、却下、却下。ライトノベルの読み過ぎだ。まともな案は無いのか」

 

 頭を手で押さえながら溜め息をつく。先ずもってして、ネタ枠から厨二枠というのは全部含めて殆どネタ枠だ。少なくとも無難な選択肢ではない。スローガンの募集を真面目に書く人間が少ないのは周知の事実だが、それでも幾つかはきちんとしたものがあるのだ。強烈なネタでインパクトを吹き飛ばされる可能性は少なくないが。

 

「まとも……“文化祭、それは君が見た光 ~僕たちの希望~”か」

「うん。CMでよく聞くフレーズだね、却下」

「“輝き満ちる神無月、人よ、今こそ歴史の鼓動を聴け”……なんかそれっぽいな」

「厨二にブレすぎてる、却下」

「“今年の文化祭はひと味違う! これぞ祭り、江戸の華”」

「意味不明な上に時代が違うから……」

 

 もしかしなくてもこんなものしかないのか、と蒼が諦めかけた瞬間だった。

 

「“今日を最高の思い出に、みんなで笑おう文化祭”……ってのは?」

「ああ、ようやくまともなのが一つ目だ……」

「ってこれ会長のやつだ。あの人がこんな」

 

 へえ、と一夏が驚いたように呟く。あの生徒会長が書いた内容、というだけで他の生徒も関心を持ったのか、室内が一気にざわめいた。マジかよ、意外、といった声が立て続けに聞こえてくる。蒼としては何ら不思議なことでも無いのだが、あまり接点の無かった彼らでは見え方も違うということか。彼は首を傾げながら、さっと一夏の持つ投票用紙を引ったくる。

 

「うん。良いんじゃないか? 本人に宣言してもらうんだし、これでも」

「……決まりか? スローガン」

「今のところは、だけど。あとは会長に話をつけて――」

「あら、私がどうかした?」

 

 がらりと第二生徒会室の扉が開いて、堂々としたよく通る声が投げ掛けられる。直後に誰もが正体を悟った。委員一同はぎろんと目を輝かせながらぐるりと首を回し、入り口に立つその少女を激しく睨みつける。たった二人、一夏と蒼だけはゆっくりと自然な動作で振り向いた。そこには勿論、長い黒髪を靡かせて仁王立ちする学校のトップ。

 

「……会長、ここは第二生徒会室だよ」

「はっ、そんなの上慧(あんた)に言われなくても分かってるわよ。ただちょっと声が聞こえたから覗いただけじゃない」

「そうなのか。うん、なら、ちょうど良い」

「は……?」

 

 一人でこくりと頷いて、蒼が扉の方へ足を向ける。――前に、一度皆の方を見て。

 

「ごめん、ちょっと会長とデートしてくる」

「なッ……」

「「「……ええぇえぇええぇぇッ!?」」」

 

 盛大に勘違いさせる内容のセリフを吐いて、驚く彼女と共に廊下へ出て行った。

 

「……上慧先輩でもあんな冗談言うんすね」

「あれで結構言うぞ。ただ、物凄く分かり難いうえに、タイミング的に空気読めてない場合が殆どだけどな」

「あー……まさにその通りッすね」

 

 一夏の説明を聞いて、冷静に状況を整理していた副委員長はがっくりと肩を落とした。この後の騒乱を鎮めた彼の活躍は、言うまでも無い。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……巫山戯たコト抜かして、どういうことかしら?」

「ごめん。悪気は無かったんだ。ちょっと話があって」

「あっそ、どうせそういうことだろうと思ったわよ。ええ、思ってましたとも」

 

 不機嫌なオーラを隠そうともしない目の前の少女に苦笑しながら、蒼は首裏に手を当てた。どうにも己はまた知らぬうちに地雷を踏んでいたらしい。規則性でも分かれば気を付けるのだが、彼の観察眼では今のところ一切不明なままである。

 

「……怒ってる?」

「怒ってないわよっ」

「ほら、怒ってるじゃないか。……我慢はいけない、吐き出すモノは吐き出さないと」

「くっ……こ、のぉ……あんたって、ヤツはぁ……!」

 

 ――不味い、これは怒り心頭だ。新党生徒の会の長だ。つうっと蒼の頬を一筋の汗が伝う。生徒会長の顔は真っ赤だ。赤すぎてよもや茹で上がるのではと心配になるぐらいである。だが、もし口に出そうものなら間違いなく怒りゲージが振り切れるのは目に見えていた。蒼は用件だけ済まそうと思考を切り替えて、ふうと一つ息を吐く。

 

「それはともかく、ありがとう。今回は助かった」

「……はあ。別に。私、何にもしてないから」

「一夏から聞いたんだ。委員のみんなを焚きつけたって」

「あれは単純に進まない実行委員にイラついて言っただけよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして実につまらなさそうに彼女は吐き捨てる。

 

「大体、勘違いしないでもらえるかしら。私は私の好きに動いたのであって、全く、一ミリも、これっぽっちでさえあんたに手は貸していないつもりだから」

「うん。でも、君の行動で俺が助けられたのは事実だろう? だから、ありがとう」

「……あんたのそういうところ、鳥肌が立つぐらい嫌いよ」

 

 心底気色悪い、と言うような表情で生徒会長が距離をとる。従姉妹としてどうなのかと思わないでも無いが、近い部分ならではの対応と思えば悪くは無い。うっすらと微笑んで、蒼はがりがりと後頭部をかく。

 

「……ねえ」

「ん?」

「なんで、実行委員なんてやったのよ。私はてっきり、その……生徒会の誘いを蹴った時から、そういう役職に就くのが嫌いなのかと」

「ああ、それは合ってる。ちょっと嫌なのは否定しない。ただ今回は、気が向いたんだ」

「……ふぅん。気が向いた、ね」

 

 じとっとした半目の視線、それだけでは無いだろうと言外に問い掛けていた。しかし、蒼にとっては本当に鈴からの助言で気が向いただけなのだから、他に言い様も無い。

 

「でも、大変だな、まとめ役って。正直、生まれてから最高に苦労した」

「当然。そもそも、あんたはどちらかと言うと“副”の方よ“副”の方。だから私がわざわざ、あんたのトコに出向いてまで、持ちかけたのに」

「いや、俺の力なんて君には必要ないだろう? 全部が全部勝ち目もないっていうのに」

「どの口がほざくか、学年一位」

 

 それもズルなので、まあ、純粋な学力ではお察しか。

 

「――真面目な話、俺は結構どうしようもない人間なんだ。きっと会長の役には立てない。この先なら尚更、本当に……何も持ってないから」

「はあ? そんなこと」

「ああ、ごめん、変な話になった。俺のコトはどうでも良いんだ。本題を言うと、開会式の時にスローガンの発表をしてほしいってだけで。……後からメールで詳しい内容は送るよ。じゃあ、これで」

「あっ、ちょっ、待ちなさい上慧っ――」

 

 ――蒼! と大きく名前を呼ばれる。彼は振り返らない。声が聞こえていない筈は無かった。他者からの評価と自己評価は、必ずしも同じでは無い。自分ではよく出来ていると感じても、他の誰かから見れば全くもってなってないということもある。であれば、逆もまた然り。異物、別物、特殊な経歴。彼の心は複雑で、難しく、矛盾だらけの欠陥品。身体だって貧弱だ。

 

『……どうでも良い、どうでも。俺は今、生きてるんだから』

 

 がたがたと窓が揺れる。隙間からびゅおう、と寒さを携えた風が吹き込んできた。蒼は目を細めて外を見る。各地では紅葉が見頃、場所によっては落ち葉さえ舞い始める十月の終わり。肌にはいやに、空気の冷たさが残っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

そうして遂に、その日がやってくる。二度目の祭り、文化祭。その結末や如何に。




割とブレッブレなオリ主くん(なお親友に対する態度は鉄壁)

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