君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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告白。

 別の世界。別の場所。どれでも良いが、上慧蒼が生きていた世界は、そういった類いのものだ。ある程度の本筋は同じ。ただ、決定的な歴史や技術が圧倒的なまでの差を開けている。それもたった一人の天才(・・)によってのこと。言ってしまえば、篠ノ之束が生まれなかった世界。そうして、篠ノ之束が多くの一部の人間に認知(・・)された世界。

 

「生まれる前の記憶がある、のとはまた違うかな。記憶を持ったまま生まれてきた、ってのが正しいかもしれない」

「……どういう、ことだよ」

「つまり、俺は元々、そのまったく違う世界で生きていたんだ」

 

 ぼうっと虚空を見詰めながら、蒼は落ち着いた声音で言う。彼がまだ、上慧蒼では無かった頃の記憶。時間が経ち、古い記憶がうすぼんやりと掠れても、未だ明瞭に残る長い長い思い出。きっと一生忘れる事は無いだろう。自分が初めて歩み、終わりを迎えた十七年間。一人の何でもない、己という少年の短い生涯は、されど蒼の仲では鮮烈な一生だ。

 

「異星だとか、近未来って訳じゃない。むしろこっちの方がところどころ近未来だ。俺の元居た世界にISなんて無かったし、当然、篠ノ之束っていう開発者も、織斑千冬っていう操縦者も居なかった。ああ、でも、ISはあったし、篠ノ之束も織斑千冬も有名と言えば有名だったんだけど」

「……ちょっと待ってくれ。ワケが分からん。無いのにあったって……どっちだ?」

「うん。俺も言っていて変だとは思った。けど実際そうなんだから仕方ない。分かりやすいところで言うと、シャーロック・ホームズは実際に居ない人物だろう?」

「いや、それは小説の登場人物だし……」

 

 見事に答えが出ていた。蒼は苦笑しながら、それだよと続ける。

 

「君や千冬さん、箒ちゃんに鈴ちゃん。弾も数馬も、ある小説に出てくる架空のキャラクターだった。凄い話だろう? 俺からしてみれば、死んだ後に小説の世界に入り込むような体験だ。初めて一夏や千冬さんの顔を見た時は、素直に驚いたよ」

「……そんな、馬鹿な」

「本当にね。想像上の人物でしか無かった君たちが、目の前で動くんだ。しかも、意思を持った人として。……信じられるかい? 俺はちょっと、信じられなかった」

 

 現実になろうと変わらず、織斑一夏は織斑一夏であり、周りは当たり前のようにそれを受け入れていた。なにせ、この世界にとって彼が存在するのは必然だ。中心点とも言える重要人物である。違和感もおかしさも何一つ無い。むしろ、それら全てを請け負ったのはこちらの方。運命に導かれる、奇跡に手をかける、定めに従う。どれもハズレ。ただ偶然、恐らくは小数点以下の確立で引っ掛かっただけの、ちっぽけであまりにも無駄な異物。それこそが、この世界における上慧蒼の存在価値だ。

 

「ISも君たちも空想のモノでしかなくて、女尊男卑の意識も強くなく、まあ、割と比べたら殆ど変わらない世界の日本。地方都市、って言うほど人は多くない街だったけど、俺はそこで、普通の学生として暮らしてた」

「……つまり、お前が生まれる前の話、か?」

「なんだ、意外と理解が早いな。それで合ってる。俺の、一度目の人生だよ」

「……全部分かってる訳じゃないさ。ただ、会話の流れでそうかと思っただけで」

 

 だとしても、対応力の高さは見事。認知力は相応だが、姉譲りか直感は大したものである。おおよその人間が放り投げてもおかしくない事実の連続を、彼女は信じ切らないまでも受け止めていた。なにより相手が蒼であるということ、どこからどう見ても巫山戯ている様子がなかったこと。ダメ押しに、長年の付き合いから気付く事が出来た、彼がどこか懐かしむような目をしていたこと。一夏にとっては十分、否定を無くす材料だ。

 

「今でも覚えてる。今日と同じ日。十一月二十一日の、午前九時四十五分。土砂降りの雨と、少し早い本格的な寒さが来た日だったな」

 

 言いながら、蒼は「ああ」と納得した。どうりで卒倒する筈だ。日付、天候、気温、状況、おまけに精神が少し弱っていた部分もある。あまりにも揃った条件が最悪過ぎた。時間は大幅にズレていたが、慰めにもならない有様。トドメを刺すように傘を忘れて全身を濡らすという、普段なら絶対にしない愚行。あの時の映像がフラッシュバックしたのは何ら変なことではない。

 

「俺は交差点で信号を待ってる途中、勢いよく突っ込んできた車に轢かれて死んだんだ」

「……死ん、だ」

「そう、間違いなく死んだ。あれで生きている、なんて思えないぐらいには確実に」

「……でも、それならお前、車は……その、怖くない、のか?」

 

 詰まりながら一夏が訊いてくる。雨が苦手という理由は、これまでの説明で何となく理解できる。己が死んだ状況的な要素。連鎖的に思い出す可能性もあるそれを、好きになれという方が無茶な話だ。だが、直接的な原因である車両はどうなのか。彼女の抱いた純粋な疑問は、蒼にとって何でもないことで。

 

「そっちは平気なんだ。あいにく、車に撥ねられる衝撃は一瞬で、問題はその後だったから」

「その、あと……」

「うん。……ちょっとの間、意識が飛んでたんだと思う。気付いたら、ずぶ濡れで地面に横たわってた」

 

 それは、彼に起きた最後において最大の不幸。車とぶつかった衝撃で即死しなかった(・・・・・)という奇跡。その上で意識を取り戻してしまった。恐らくは、ずっと気を失っていた方が余程マシな終わりを迎えられただろう。

 

「痛い、というより熱かった。焼けるように熱くて、必死で瞼を持ち上げたら、片方の視界が真っ暗で、もう片方は不自然に赤いんだ」

「…………、」

「驚いて身動きを取ろうとしたんだけど、手が動かない、足も同じく、首も駄目。目だけは辛うじて言うことを聞いてくれて、よく見たら手足が曲がっちゃいけない方に向いてる。多分、内側もぐちゃぐちゃだったんだろうね。口の中は鉄の味が広がってて、息をするだけでもう気が狂いそうだった」

 

 ただでさえ重い瞼で半分ほどの景色に、フィルターをかけたような濁った赤。力の入らない壊れた四肢。掠れた呼吸は時折どこかに溜まった血を吐き出して、ちょうど良い位置に水溜まりがあったのもあり、不気味な音を奏でる。まさに瀕死の状態。耐えきれずに防衛本能で意識を落とす事柄すら、彼ははっきりと覚醒したままに体験してしまった。

 

「呼吸をしないと苦しいから息を吸うだろう。でも、吸った直後に途轍もない激痛が走るんだ。だから直ぐに息を吐く。するとまだ苦しさが残ってて、だからもう一度息を吸っての繰り返し。どうやって普段空気を取り込んでたっけ、なんて混乱までして」

「蒼……」

「勿論、そんな状態だから声なんて出せない。車に乗ってた人の方も不味かったんだろうね。結局、誰も居ない道の真ん中で、ただ死ぬのを待つだけだった」

 

 直前に、ふらふらと蛇行運転をしていたのもある。相手方もまともでは無かった。最悪彼と同じか、軽くは無い怪我はした筈だ。尤も、自分のことで精一杯だった蒼は知らない。知ることもできない。

 

「しばらくして、熱さが嘘のように消えて。おかしいなと思ったら、今度は凍えるほど寒くなるんだ。手足の先から、熱がどんどん逃げていくような。冬場の雨だから尚更寒く感じたのかな。震える力も無いのに、震えそうなほど冷たかった」

「……あ。それ、で……」

「まあ、理由だろうね。雨で濡れて冷える、って感覚がどうも。……その後はずっと寒くて寒くて。もう耐えきれないぐらいで。終いには息もまともに出来なくなった」

 

 正直、脳みそが動いていた事実に今更ながら愕然とする。

 

「それでふと、音も光もぱっと消えて、体の感覚もなくなるんだ。綺麗に、もう何もないって感じで。最後に残った“何か”も、文字通り消えるんだ。……思い出してもゾッとするよ、あれは。喪失感、っていうのかな。まあ、それを感じることも無い状態なんだろうけど、とにかくそういう感じで」

「…………」

「死ぬまで忘れないだろうな、あの時の感覚。まあ、死んでも忘れなかったんだけど」

 

 蒼は笑った。作り笑いか、自然な笑顔か。俯く一夏では見分けがつかない。ただ、声で笑っていることは分かった。心情は一切、理解出来なかったが。

 

「その後はなんでもない。気付いたら俺は赤ん坊で、母さんと父さんに囲まれてた。晴れて上慧蒼が生まれたってことだ。ちょうど死んだ日と同じ今日の、これまた全く同じ時間帯に。不思議だよね、繋がってる訳でも望んだことでもないのに」

 

 何かの声を聞いた、超常の存在に出会った、高次元の生命体と話をした。そんな特殊な経験はしていない。死んで、生まれ変わって、そこが偶然彼が生前に読んでいた『インフィニット・ストラトス』という小説をそのまま形にしたような世界だった。

 

「以上が、俺の話だよ。君にしか話してない(・・・・・)、大事な秘密だ」

「…………嘘じゃ無い、んだよな」

「ああ。……でも、信じるかどうかは一夏の勝手だ。俺の妄言だって切り捨ててくれても良い。実際、本当だろうが思い込みだろうが、俺がおかしな人間だってことに変わりはないだろう?」

「それ、は……」

 

 ――そんなことはない! 蒼は正しい! 全然おかしくなんかない! かける言葉なら幾らでもあった。けれども、口には出せなかった。

 

「……いきなりここで答えを出せ、なんて言わないよ。ちょっとだけ、ゆっくり考えてみてくれ。俺も少し疲れたんだ。……君がどういう受け取り方をしようと、俺はそれに従うよ」

 

 一方的に語った役目だ、と締めくくって蒼は瞼を閉じる。一夏はしばらくその場で黙ったまま居たが、彼の寝息が聞こえるのと同時にそっと席を立ち、病室を後にした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 そんな折の、帰り道。

 

「やあ」

「……っ!?」

 

 彼女はふらりと、一夏の目の前に現れた。

 

「……いきなり、ですね」

「久しぶりだね、いっくん。積もる話、というか私に言いたい事は一杯あるのは知ってるよ。でも、ちょっと今は優先事項があるのさ」

 

 珍しく真剣な表情をして、眼前の女性――篠ノ之束は。

 

「事情は把握しているよ。蒼くんから全部聞いたようだね。……少し、そこの公園に寄ろうか。私としても、君と蒼くんの関係は割と重要なものでね」

 

 いつもより静かに、声を落としたままそう告げたのだった。

  

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