君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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上慧蒼という存在。

 一向に止まない雨と、晴れない空模様。それらを見上げながら、一夏はなんとなく彼の話を思い返した。曰く、似て非なる別世界。こことは違う歴史を辿った、もう一つの地球。遠い遠い目にも見えない世界で、蒼は一度死んだという。たしかに人生二度目と言われても信じられるぐらい頭の良い彼だが、まさか本当にそんな事態を経験しているとは思わない。少なくとも、当たり前のように受け入れられるものでは無かった。

 

「で、いっくん。いっくんは蒼くんの話を聞いて、どう思った?」

 

 束が器用にブランコの上で傘をさしながら声をかける。彼女にしては似合わない、透明で如何にも安物といったビニール傘。服装がメルヘンチックなのもあって、余計に違和感を掻き立てていた。

 

「……正直、よく、分からないっていうか。あいつの言ってるコトの半分も理解できてない、というか……」

「ふむ。まあ、そんな感じになっちゃうのかな?」

「大体、違う世界とか、そこでは俺たちが小説の登場人物だとか、ワケが分かんないですよ。ISも何もない、ってのも」

「いや、そこは当然だよ。何せ現実に“私”という才能を持った人間が居ない。ならISはこの世に生まれないだろうさ。例え、なんの偶然か空想のモノとして完成していたとしてもね」

 

 インフィニット・ストラトス。それが人類史に登場してから、はや数年が経つ。しかしながら今でも尚、ISのコアを開発出来るのは生みの親である篠ノ之束のみだ。そのブラックボックスは多くの謎に包まれたまま、されど解明のしようも無いままに使われている。コアの数は有限な以上、下手なことは出来ない。故にこそ世界各国は絶賛逃亡中となっている、一夏の目の前でブランコを揺らす人物を追い求めているのだが。

 

「尤も、それらは大した問題じゃない。私としては彼の記憶における、オマケ程度の付属品だ」

「オマケ、って……」

「パラレルワールドや酷く似通った環境じゃあない。彼が居た世界は根本から別の“異世界”なんだよいっくん。触れるどころか見る事も叶わない。ただそういうモノがあるって知れたのはちょっとした収穫だったかな。勿論、それでもオマケの域は出ないけど」

 

 くすりと笑って、束はぱっとブランコから手を離し、ばしゃりと水飛沫を上げて着地する。彼女にとって蒼の世界云々など、重要なことではない。精々が昔に考えた時もあるか、といったもので、結局事実として明確な証拠が無いまま確認できただけ。蒼の心情を考えると決して無視出来ないのだが、興味の無いものは仕方ない。

 

「大事なのは、彼が一度死んでいるという部分だ」

「……というか、束さんが知ってるって事は、あいつ、俺にしか言ってないとかいうの、嘘だったか」

「いやいや、嘘なんて吐いてないよ彼は。正しく言ったのは君にだけだ」

「……じゃあ、どうして束さんがそれを」

 

 当然の疑問。束は、ふっと口の端を僅かに吊り上げて、さも人間らしい表情で答えた。

 

「告白すると、私は彼を殺そうとしたことがある」

「それって……ああ、前に蒼が、言ってたな……」

「おや、聞いていたのかい。なら話が早い。当時の私はおかしな事に、途轍もなく彼を嫌悪していてね。君や箒ちゃんの側に居る蒼くんが目障りで仕方なかった」

 

 特にこれといった理由はない。そも、篠ノ之束が人間を石礫のように思う事はあれど、嫌うのは稀だ。ただ居るだけで邪魔だった。視界に入るだけで妙に苛ついた。ようはらしくもない感情論。何かを感じ取っていたのか、通常なら有り得ないマイナス方面の認識。後になんとなく、それを悟った。

 

「本気と言えば本気、遊びと言えば遊びだったのかもね。その時から蒼くんが何かを知っている、ということに感付いていた私は、彼の記憶を全て覗いた後に殺そうと思った。どうせつまらないものだろうし、覚えているのが私ならむしろ良い方だろうってね」

「記憶、を……?」

「ああ。無論、私だからね(・・・・・)。成功したよ。彼の全部を私は実際に“見たように”覚えている。……そうなると、見終わった時にはもう殺せなかった」

 

 きっとその瞬間、彼は上慧蒼として彼女に認識された。

 

「死の瞬間、感覚、記憶。全部蒼くんは持ってきていた。それは生物として大きな欠陥を抱えるのと同じだ。なにせ本来は想像の範疇でおさまる終わりを明確に知ってしまっている。生きているのに、死ぬ事を覚えている」

 

 “死”は絶対だ。生き物はひとつの例外も無く、死ぬ事によって終わりを迎える。抗う術も逃れる方法もない。蒼は世界でたった一人、死ぬという状態を記憶に持つ人間であり、“死”を本能的に理解せざるを得なかった生物だ。ともすれば、彼以上に“生きる”という感覚を持って過ごす存在など居ないかもしれないまでに。

 

「でも、それでもね、いっくん。彼は――蒼くんは、自分の意思でそのまま生きる事を選んだんだよ」

「…………、」

「死ぬことの辛さを知ってる。怖さを知ってる。いつか絶対来る事も分かってる。でも、彼は決して生きる事から目を背けなかった。産まれたのなら仕方ないと、呆れるほど簡単な理由で、死を乗り越えたんだ。あの子は」

 

 ――死ぬ事は怖い。とても怖い。生きるということは死ぬ事で、だから生きる事もほんのちょっとだけ怖い。明日死ぬかも知れない。明日を生きられても、明後日死ぬかも知れない。明後日を生きられても、一年後、数年後、ずっとずっと先か後か、恐らく己は同じ苦しみを味わって同じ感覚のもとに死ぬ。でも、それが生きるっていうものなんだから、立ち止まって悩んでいても意味が無い。せめて後悔だけはしないように、受け入れて、飲み込んで、いつも通りの態度で暮らす。それが蒼の割り切り方。明らかに常人離れした精神性。狂うような状況で、蒼は笑い、悲しみ、些細な事で悩む。それこそ、自分が世界にとっての異物だという根拠の無い自覚すら抱えたまま。

 

「そんなものを理解させられた。信じられるかい? 私ですら薄ら寒く感じたソレを実際に体験しておきながら、彼は生きていたんだ」

「……やっぱり、全部本当、ってことですか」

「嘘にここまで心揺れ動かされる束さんじゃないんだよ。尤も、真実にもそこまで揺れないけどねえ。……ただ彼には、小さくない衝撃を受けた。こんなにもちっぽけな器に、よもやそこまでのモノが背負えるのかとね。見ていて悲しくなったよ。ああ、そうとも。この天才ともあろう私が、なんでもないヒトに心を奪われた」

 

 蒼が抱えるものは“死”の感覚だけではない。たった一人転生という体験をした孤独感。同時に上記の通り、己が本来居るはずの者ではないという異物感。周りの人間はともかく、世界から祝福などされてはいないのが常。苦しむ事は正常だと無意識のうちに認識し、一定以上に恵まれるのをどこか諦めている。それについては彼自身も、あまり気付いていないのだが。

 

「だから私は心に決めたんだ。蒼くんは必ず、やりきれない形で死なせはしないってね。無論、彼の自由意志が一番大事だから、無理矢理ってのは避けたい。私なら絶対不幸にはしないんだけど、まあ、過去の出来事もあって束さんに靡いてくれないのがちょっとショック」

「…………、」

「いっくんにはその点で頑張って貰いたかったんだけどね。彼の異性に対する僅かな苦手意識を取り除くのと、一緒に過ごすという状態に馴染んでもらうこと。まさか、君が彼にやられるなんて予想外だった。やっぱり蒼くんは不思議だ」

「……俺がやられた?」

 

 一体何にだろう。首を傾げながらぼんやりと考える一夏に、天災はにやりと笑みを濃くして。

 

「いっくんはニブチンだねえ、自分の事も、相手の事も。だって君は蒼くんに惚れてるだろう? 恋愛感情を向ける相手として」

「…………え?」

 

 その、彼女自身を悩ませていた原因を、容赦なく、的確に突き刺した。

 




面倒くさいオリ主ですねこれは……。

某Aさん「俺、実は転生者なんだッ(迫真)」
某Iさん「はいはい嘘乙嘘乙」

で終わる前作オリ主くんを見習って貰いたい(白目)

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