君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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展開的にぐだって申し訳ない。


その人の名は織斑千冬。

「…………、」

 

 ぱらぱらと傘をうつ雨の音を聞きながら、蒼は独り歩いていた。向かう先は自宅から少し離れたとある家。今朝の事件により、いまや無人の状態で放置された織斑家である。結局のところ、一夏の記憶を頼りに思い出すのは無理だということで、家に置きっ放しの携帯を取りに帰ろうという話になり。さて、ここで問題が一つ。

 

「仕方ない、傘が一本しかないんだし」

 

 基本的に蒼の独り暮らしとなっている上慧家には、安物のビニール傘たったの一本しか置いていない。蒼自身傘にこだわりを持っているワケではないし、壊れても買い換えれば良いだろうという考えからスペアも無かった。傘は一つ、けれど人数は二人。どちらか一方が行くのは明白だった。厳正なるじゃんけんの結果、見事蒼はその役目を勝ち取ったのだが。

 

「……素直に一夏に任せればよかったかもしれない」

 

 開始僅か数十秒で変な意地を張った自分を恨みたくなるぐらいには、彼も相当参っていた。朝から一連の事件、いつもと違った起き抜けの行動、おまけにこの雨とくれば、愚痴の一つも言いたくなる。

 

「でも、流石にあの一夏を今外に歩かせるのは……どうなんだろう」

 

 鈍感だとか、唐変木だとか言われる一夏のことだ。案外、自分に対する“いつもとは違った”慣れない視線も気にしないだろうか。自分だったら恐らく、視線のあるなしに関わらず外出しなくなる。そう考えると、現状にしっかり馴染み始めている一夏はやはり凄まじい。

 

「……にしても、雨、止まないな」

 

 透明なビニール傘ごしに空を見上げて、ぽつりと呟く。雨は苦手だ。どんよりとした曇りでさえ気分が下がるというのに、雨まで降り出したらもう最悪と言っていい。一年中晴れてればいい、とは流石に色々な理由で思わないが、それでも理性的な考えとは別にして、雨は降らないで欲しいというのが蒼の感情だ。必要なのは百も承知。雨が降らなければ困るのは当たり前。それでも飲み込めないモノが、彼にはあったというだけで。

 

「……っと、ここだ」

 

 足を止めて、目の前にそびえ立つ家屋を見る。表札を見て間違いないことを確認。記憶とも相違ない、久しく訪れていなかった織斑宅である。しばらくぼんやりと眺めたあとに、少し悩んでドアノブに手をかけた。インターホンを押したとしても、人が居ないのだから意味が無い。がちゃりと回せば、扉はぎいと音を立てながら開く。

 

「……本当に忘れてる、鍵。いやまあ、仕方ないだろうけど――」

「なにが、仕方ないんだ?」

 

 不意に、返ってくるはずの無い独り言が、会話となっていた。理由は単純。今まさに、誰も居ないと思われる織斑宅で声をかけられたからだ。声の発生源は恐らく正面。タイミングの悪いことに扉を開ききる途中で、視線はななめ下を向いている。姿の確認はできない。低めだが、多分女性。それに当てはまるこの家の関連人物は――ひとり、居た。まさかと思いながら、蒼は顔を上げる。そこに。

 

「……千冬さん」

「久しぶりだな、蒼」

 

 彼らが今もっとも必要としている人物、織斑千冬は立っていた。

 

「さて、一先ずだ。言いたいことは色々あるが」

 

 そうして、割と、本気な感じで。

 

「うちの愚弟はどこだ? 休みだからと帰ってみればこの有様だ。正直、灸の一つでも据えてやろうかと思うんだが」

「……それは」

 

 正直に話すべきかどうか、蒼は迷う。そもそも迷う必要も無いのだが、彼とていきなりの邂逅に正直テンパっていた。誰もいないと思い込んで扉を開ければ推定世界最強クラスのIS操縦者。こんなの誰が予想できるか、と胸中で叫びつつ。

 

「あの、一つだけ、言っておきますけど」

「なんだ」

「……できれば、信じてください」

 

 その言葉に首をかしげながら、千冬はこっちですと歩き出す蒼の後ろを追っていった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……ただいま」

「お、帰ってきたか」

 

 玄関を開けて一声かければ、すたすたと一夏がリビングから出てきた。

 

「洗い物はしておいたぞ。あと、軽く掃除も」

「なにしてるんだ……」

「いや、だって、蒼だけに取りに行かせたみたいで、なんか悪いだろ?」

 

 だからサービスだサービス、と言って一夏は笑った。すっかりと調子を取り戻している様子にほっと息をつきながら、この分だともう安心だろうな、なんてこちらも少し笑い返す。流石は織斑一夏、とでも言うべきだろうか。蒼自身からすると、まさか一夏の復帰に自分が起因しているとは夢にも思っていなかった。

 

「なんだ、蒼。お前、彼女ができたのか」

「……いや、違いますよ。というか、なんでそんなニヤニヤしてるんですか」

「ほうほう。なるほど、昔から女子に弱かったお前が、なあ」

「……勘違い、勘違いですって。そもそも、実は……」

「え、その声って――」

 

 少し遅れて、千冬が蒼の後ろから入ってきた。つい数分前までの真面目な雰囲気はどこへやら。まるでからかう相手を見つけたと言わんばかりの楽しげな表情で、彼女は蒼を背後から小突く。無論、盛大な誤解だ。なんせ相手は目の前の美少女、もとい。

 

「…………千冬、姉」

「ん? その呼び方は一夏から聞いたのか? という事は、そうか、あいつとも知り合いなのか」

「違います、千冬さん」

「なんだ、まったく。お前はさっきから違う違うと何が――」

「それ、一夏です」

 

 ぴしりと、空気が固まる。

 

「――いや阿呆かお前は。大体一夏は男だろう」

 

 当たり前の反応だった。

 

「まあ、そうなんです、けど」

「そうでしかないだろう。何がどうなればお前の脳内で女になるんだ」

 

 何がどうなってかは知らないが、実際に女になっているのである。

 

「本当なんです、千冬さん」

「何が本当なんだ」

「本当にこれが一夏なんですよ」

「いやだからありえんだろう」

 

 そりゃあ先ず、誰が信じるのかという話だ。世界的に見ても男が突然女になったという報告は耳にしない。ましてや自分の近辺でそんな摩訶不思議大事件が起こるなどと想定しないのが大半の人間だ。素直に受け入れた蒼の方がおかしいのである。

 

「まずいぞ、一夏。全然信じてもらえない」

「普通だ、俺だってこんなこと信じたくない」

「で、本当の一夏はどこに居る」

 

 貴女の目の前に居ます、というストレートな答えが通じないのに、一体どうやって説明すれば良いのか。蒼はどうしようも無さに肩を落とした。駄目だ、千冬さんに信じてもらえるビジョンが見えない。この事態をどうにかするためにも、学生二人ではやれる事は酷く限られる。なんとしても、理解のある大人の味方は欲しかった。

 

「……千冬姉。本当に俺なんだ。信じてくれ」

「私から見て、君は間違いなく女性に見えるが」

「うんそうだよなそうでしかないよな……」

 

 辛い、と一夏は内心で泣いた。気持ち視界が潤んでいるような気もするが、内心と言えば内心なのだ。こうなると蒼も一夏も諦めムード。誰か代わりに説明できるなら説明してくれと、そう切に思った瞬間。

 

『ふふ、君たちがちーちゃんを頼るであろう事は分かりきっていたさ』

 

 奇妙な音を立てて、それは――その人は現れた。

 

『なんせいっくんがターゲットだ。少なからず関わる事は猿でも分かる。だから事前にいっくんの家と蒼くんの家に計二百五十個の立体ホログラム投影装置を密かに付けさせてもらった! ちーちゃんの出現と同時に私が起動させる手間があるけどね! あ、コレ記録だから話し掛けても無駄だよー』

「束……?」

 

 よりにもよって一番現れたら駄目な人だった。というか、機械はカメラだけじゃなかったのか、と勝手に色々と置かれつつある我が家に危機感を覚えながら、蒼はなんとなく嫌な予感を覚えて。

 

『そうしてそうしてぇ! 彼らの言葉は事実現実絶対の真実。そこに居る美少女が今のいっくんなのさ』

「……蒼、これはどういうことだ」

「いや、俺にもちょっと」

 

 見事、それが的中した。

 

『聞いて驚くが良いよちーちゃん! 君の弟を女にしたのはだれでもない。――この天才、篠ノ之束だあ!!』

「――――、」

「まずいぞ蒼」

「まずいな一夏」

 

 千冬が無言で携帯を取り出したのを見て、二人は頷き合った。

 

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