君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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恋文は冬の空に消えて。

『ん?』

 

 その日、朝の学校で事件は起きた。

 

『なんだろう、コレ……手紙?』

 

 登校した蒼が下駄箱を開けてみれば、中には一枚の白い封筒。取り出してぺらりと裏返すと、可愛らしいシールで閉じられている。差出人は女子だろう。厚みは無い。精々が中に一枚紙が入っているかどうか。蒼はうん? と顎に手を当てながら、じっとその封筒を見詰める。

 

「蒼? どうしたんだ固まって……って、なんだそれ」

「いや、なんか入ってて。手紙……だと思うけど」

「手紙」

 

 横から声をかけてきた一夏が繰り返すように呟く。十二月も後半に差し掛かった本日、学校はめでたく二学期の終業式を迎える予定だ。詰まるところ明日からは冬休み。約二週間の長期休暇が生徒全員に平等に与えられる。尤も使い方は人それぞれ、自分次第。一・二年生は肩の力を抜けるものだが、三年生の殆どにそのような余裕は無い。勉強尽くしの学力パラダイス。クリスマスにサンタさんがくれたのは一足早い赤本でした、なんて笑い話にもならないのだ。閑話休題。

 

「……な、なあ、まさかとは思うが」

「? どうしたんだ一夏。そんな震えて」

「そ、それってさ……ら、ラブレターとかじゃ、ないよ、な……?」

 

 恐る恐る、といった様子で一夏が訊ねた。ふむ、と蒼はもう一度手元の封筒に目を向ける。汚れも無く綺麗な状態を保たれた白さ、柄のない無地により目立つ封代わりのシール、中身は開けてみないと分からないが、光にかざしてみればうっすらと文字が見えた。そうしてなにより、これが下駄箱に入っていたという事実。

 

「ああ、かもしれない」

「――ま、マジか」

「とは言っても、まだ何も分からないけど。取りあえずは中を見ないと」

「……い、意外と落ち着いてるな蒼。もしかしてこういう経験よくあるのか?」

「ううん、初めてだ。正直ちょっと困惑してる」

 

 どこからどう見ても平常時の彼なのだが、一夏としては焦りに焦る。なにせ彼女にとって今の彼はばっちりとそういう(・・・・)対象で、若干距離が離れている現状に頭を抱えるぐらいにはぞっこんだ。どうしようかとバレないようにあたふたしていたところへまさかの唐突な展開。気になるか気にならないかで言えば、最早受験勉強を放り出すレベルで気になる。

 

「本当にラブレターだったらお前……どうする?」

「どうって、まあ、なるようになるんじゃない?」

「なッ、なる(・・)ようになる(・・)のか!?」

「? なにかおかしいのか?」

 

 そんなこんなで盛大に混乱する一夏とは裏腹に、蒼は大して変な態度も見せずに鞄へ封筒を仕舞った。いつも通りの落ち着いた様子。理由としてはあまり難しいものでもなく、彼は今更恋愛事情に踊らされる人間では無かったということ。ただ、ほんの少しだけ、思うところはあったのだが。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「なにぃ!? 蒼がラブレターを貰っただぁ!?」

「いや、だからまだ分からないって」

「ええいならさっさと確認しろ! 内容次第によっちゃあ俺は修羅になるぜッ!」

 

 ごごご、と弾の背中から殺意と怒気のオーラが放たれた。男というのは単純なもので、時に獣であり、時に狼であり、とくれば時に修羅ともなる。自分がモテないのに他のヤツがモテるのは何とも悔しい。恨めしい。妬ましい。可愛らしい女子ならともかく、むさ苦しい男の歪んだ感情は実に醜かった。残念イケメンの極致である。

 

「分かった、分かったから、落ち着いてくれ。今開ける」

「おう。早くしろ。命が惜しくなかったらな」

「……でも内容次第では爆発するんだろう?」

「ああ。無論だ。この世に無償の幸福が存在すると思うなよ」

 

 割と共感出来る考えだった。たしかに幸せな思いがタダで味わえるワケがない。多少の苦しみはあってしかるべきもの。ならば、自分の人生も強ちおかしなものではないのだろう。苦しみが多いのはご愛敬。あいにくと、彼はそのことを重要視するどころか気に掛けてすらいなかった。

 

「…………、」

 

 ぺりっとシールを剥がして封筒を開ける。予想通り、中には一枚だけ紙が入っていた。なんの変哲も無い長方形で、同じく無地。そっとつまんで上に引き、弾や一夏に見られないよう注意して確認する。

 

 ――“上慧センパイへ。今日、授業が終わったら校舎裏に来てください。待ってます。”

 

「……ど、どうだった? 蒼」

「なんか、あれだ。校舎裏に来てくれ、ってだけ」

「おいおいテメエそれはよぉ……」

 

 ぐっ、と話を聞いた弾が蒼の胸ぐらを掴む。

 

「典型的な告白のシチュエーションじゃねえか、あぁん!? クソが! なんッでよりにもよってお前なんだよ! あれか? ゆるふわ草食系男子が人気だとでも言うのか? 俺だって野菜めっちゃ食ってるぞ馬鹿野郎ーーーー!!」

「草食系は多分そういう意味じゃ無いと思うけど」

「うあああ本当にラブレターだった……ッ」

「……一夏、君もか」

 

 大体男の頃は引く手数多だったろうに、と蒼が冷めた目で言う。勿論彼女に関しては別で、そもそもの感情が違っている。手紙に拒絶反応を起こしているという点では全くもって弾と一緒だったが。

 

「……おい、なんだこの地獄絵図は」

「数馬」

「聞いてくれよ数馬ァ! 蒼がラブレターなんてもらいやがってよぉ!」

「――なにぃ!? おいお前ふざけんなよどういうことだ説明しろ!!」

 

 助け船かと期待した友人が一瞬で敵に回った瞬間である。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 寒さに満ちた外気、人の声さえ遠くに聞こえる静けさ、佇む気配はたったひとつだけ。

 

「――あ」

 

 ざりっと地面を踏みしめて、目の前に立つ。ぱっと向こうの表情が明るくなった。随分と前から待たせてしまっていたのか、うっすらと鼻の先が赤い。

 

「来て、くれたんですね。上慧センパイ」

「……来ない訳にはいかないから」

「いえ、その……迷惑でしたら別に、構わなかったですよ?」

 

 きゅっとスカートの端を掴みながら、俯きがちに女子生徒が言う。後ろで一纏めに括った茶髪と、赤縁の眼鏡。蒼は彼女の顔に見覚えがあった。二ヶ月前の文化祭実行委員、記憶がたしかであれば事務処理全般を手伝ってくれていた二年生だ。

 

「……ごめん。言い方が悪かった。迷惑じゃ無い」

「そ、そうっ、ですか。……よ、よかった」

「…………、」

 

 クセ、だろうか。頬をほんのりと赤く染めながら、彼女はくるくると耳の横に伸ばされた髪の毛を弄る。呼ばれたこと自体は、迷惑でもなければ面倒なものでもない。けれども恐らくの“理由”に関しては少々、難しい部分があった。

 

「……文化祭以来だね。あの時はありがとう」

「い、いえっ! そんな、お、お礼を言うのは私の方でっ。……最後の最後、センパイに、助けてもらいましたから……」

「……最後?」

「えと、あの、私が、スローガンのこと忘れちゃってて……」

 

 ああ、と蒼は納得する。当日発表枠として会長に頼み込み、無理矢理ねじ込んだ文化祭のスローガン。なんとかなったものだからそこまで重く捉えていなかったが、失敗した本人は気にしていても当然だ。が、そもそも彼女一人の責任ではない。気に病む必要なんてないとこっそり彼も伝えていたのだが。

 

「……単純、ですかね」

「…………、」

「私、センパイに助けられたんです。あの時、みんな頑張って、もう少しで本番って時に、やっちゃって。どうしようって、混乱しかけたんですよ? ……それを、なんでもないように解決しちゃうんですから、上慧センパイは凄いですね」

「……委員長だったんだから、そのぐらいは当たり前だって」

「はい。分かってます。それにセンパイ、頑張ってましたもんね。ずっと同じ部屋で作業してたから、知ってます」

 

 すっと、顔を上げる。真っ直ぐと射貫くような瞳。決して曲がらない意思の表れか。ぶつかった視線が想っていた以上の衝撃をもたらせた。

 

「――私、そんなセンパイのことが好きです。あれからずっと、好きなんです。……だから、もし良かったら、私と付き合ってください」

 

 頭を下げて、女子生徒は飾らない気持ちを伝えた。冗談の類いでないことは見れば分かる。これを本気と受け取らないのは無理があった。なにより、失礼だ。

 

「……、」

 

 蒼は目を閉じてふと考えた。きっと、目の前の相手は嫌いな人物ではない。真面目で、素直で、恐らくは相当な努力家。一月にも渡る実行委員を共に乗り切った仲間だった。大雑把に覚えているだけでもそのような感じ。悪い人間では無い。

 

「…………、」

 

 己が抱える歪なコレ(・・)もある。目の前の彼女を選ぶという選択肢は、たしかに存在していた。好きになる相手が移り変ってしまえば、あとは無問題だ。普段通りに過ごして、受験を乗り切れば良い。だからこそ、告白を受け入れた未来は至って普通の幸せで。

 

「ごめん」

 

 結論を思い浮かべるまでも無く、断った。

 

「……ッ」

 

「君の好意は嬉しい。けど」

 

 簡単な話。そう、結局己には、誰かを幸せにする権利などありはしなかったのだと。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「断った……のか」

 

「うん。まあ、色々と考えた結果」

 

「そ、そか。で、色々ってなんだよ」

 

「色々は色々。……一番は、幸せにできないから」

 

「は? なんだそりゃ」

 

「俺にそんな贅沢はできないってことだよ」

 

「……よく分かんねえな」

 

「分からなくても良いよ」

 

 

 

 

 

「……本当に、贅沢すぎて、手を伸ばしちゃいけないものだから」

 


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