君が可愛く見えるまで。   作:4kibou

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その体、一夜にして女。

「……大体事情は把握した。いや、把握したくも無かったがな」

 

 耳元から携帯を離して、千冬がこめかみを抑えながら言った。玄関から移動した恒例の上慧家リビング。なぜか正座で座る蒼と一夏の前に立つ千冬。鬼神ここに現る、といった様子で束に電話をかけた彼女は、無駄に付き合いが長いために二人よりも現状をしっかりと理解してしまった。主に天災のせいで。嘘だ夢だ幻だ、なんて言えるのなら言いたいが、千冬としてはそうすることもできない。なにせ被害に遭ったのは唯一の家族である弟だ。目を逸らすという選択肢は端から消えている。

 

「とりあえずあの馬鹿は今度会った時に原形が無くなるまで殴るとして、だ」

 

 冗談のつもりか本気の発言か、どちらでもおかしくないあたり、織斑千冬という人間の規格外っぷりがうかがえる。一夏は恐らく知らずとも、蒼は記憶で知っていた。目の前に居るこの人が、実際にISを生身でどうにか出来てしまうということを。

 

「一夏」

「お、おう」

「…………本当に、一夏なんだな」

「あ、ああ。その、信じられないだろうけど」

 

 というか俺も信じたくない、と一夏はぼそりとこぼした。心は落ち着いていても気持ちが変化したワケではない。一刻も早く男に戻れるのなら戻りたいが、それに関しての答えはもう提示されている。それがこうして現在の精神安定に繋がっていると同時に、これから先の未来を確定させたことに、一夏は複雑な気分だ。

 

「――蒼」

「……はい」

「…………本当に上慧 蒼だな? お前までどうにかしていたら次は私がどうにかなるぞ」

「安心してください、正真正銘の俺です」

「なら良い」

 

 ふう、と千冬が大きく息をついた。久々の休暇に心身を休めようと実家に帰れば、待ち受けていたのは最愛の家族の性別が変わるという悲劇。実に頭の痛くなるような事態に、休むどころか疲れが増す。ここに来て千冬は、本日の休みが完全に休みでは無くなったことを悟った。あれもこれも全部人騒がせな天災のせいだ。無事で居られると思うなよ、と千冬はより一層殺意を高めた。

 

「まあ、とにかく、だ。束は馬鹿で傍迷惑でそのくせ頭は良いという厄介極まりないヤツだが、そうそう嘘をつくような奴ではない。あいつが態々語ったのだから、本当なのだろうな。……っ、嘘の方がマシじゃないか」

 

 軽く舌打ちをして、千冬は苦い顔をした。身体能力的な面から見て、織斑千冬は間違いなく篠ノ之束と肩を並べるどころか下手をすると超えるレベルの天才だ。その実力はISの公式戦で無敗記録を保持していた、ということからも凄まじく高いのが分かるだろう。だがまあ、当然と言えば当然のように、頭脳面では束の方に軍配が上がる。なにせ向こうは脳の構造からして違うのでは、と思わせるぐらいの化け物だ。ISを殆ど一人で作り上げた、という実績は普通に考えてもありえない。

 

 ――つまり、何が言いたいのかというと。織斑千冬は戦闘面でこそ完璧であるが、普通に考える事に関してはあまり桁外れてはいなかった。

 

「お前らはどこまで現状を理解している?」

「えっと、一年経たないと男に戻れないってこと、か?」

「大体は篠ノ之さんから聞かされたので、一通り」

「なら二人とも、分かってはいるのか」

 

 ふむ、と顎に手をあてながら、千冬はさてどうするか、と考え込もうとして。

 

「――おい、一夏」

「ん? なんだ千冬姉」

「お前……、」

 

 何か言おうとして、ため息と共に小さく首を振る。伊達に姉弟をやってきた訳ではない。一緒に過ごしてきた家族だからこそ、分かる事もあるのだ。千冬は一夏の些細な仕草から、いつもとの微妙な差異を見抜いていた。彼女はゆっくりと近付いて、座る一夏に視線を合わせるよう屈み込み。

 

「いいか、動くな」

「あ、ちょっ、ま、そこは――」

 

 ツンと、ジャージ越しに二の腕のあたりを押した。

 

「いっ――て、ええぇぇぇぇ……!!」

「……一夏?」

「やはりな、馬鹿者」

 

 呆れるように、千冬が吐き捨てる。ごろごろと、一夏は悶絶するかのように呻きながら転がる。理解できないのは蒼だ。見るからに触られただけの友人が、いきなり苦しみのたうち回るという光景。よもや千冬はなんたら神拳の伝承者かと思った直後。千冬は上まであげられた一夏のジャージのファスナーを掴み、それを一気に下までおろした。……ちなみにではあるが、一夏は雨に濡れてここまで来た訳で、起きたばかりに着ていた服はおろか下着も脱いでいる。正真正銘体の上にジャージの上下一枚ずつ。それが意味する事と言えば。

 

「うおおおおおおおお!?」

「――――、」

 

 はらりと、生地の下から、たわわなものが二つ顔を覗かせる。

 

「たかが脱がされたぐらいで騒ぐな、たわけ」

「いや騒ぐだろ普通! なにするんだ千冬姉!!」

「それとそこの男子、鼻血が出てるぞ」

「え……。あ、本当だ」

「蒼!?」

 

 正気かお前!? と一夏が吠える。あいにく、蒼は間違いなく正気であり正常だ。というのもこの男、前世今世含めて女性経験ゼロ、生きている年数=彼女いない歴という終身名誉童貞男子であった。元が男であろうが友人であろうが一夏であろうがなんだろうが、初めて直に目撃したおっぱいの破壊力は絶大である。思わず、彼の情熱の赤い薔薇が咲いてしまう程には。

 

「初心なやつだな。今ならガン見してもこいつのことだ。文句は言わんだろう」

「すいません、刺激が強くて。……あと、恥ずかしいですし」

「いや文句も言うし蒼だけじゃなくて俺も恥ずかしいからな!? むしろ脱がされた分俺の方が羞恥心やばいんだぞ!?」

 

 最早一夏の顔は真っ赤である。が、しかし、千冬はそんなこと気にした様子も無く、すっと前の開いたジャージの端に手を伸ばす。

 

「それよりだ、馬鹿一夏。さっさと上着を全部脱げ」

「やっ、待て千冬姉! 流石にその発言は家族としても抵抗が――」

「脱げ」

「うわああああああああああ!!??」

 

 ばさりと、一夏の上半身から服が剥ぎ取られる。露わになる白い肌、細いくびれ、鎖骨から胸、ヘソにかけての扇情的なライン。蒼はすっかり見とれて、今一度熱いモノが鼻孔に溜まるのを感じながら、ふと、その体に奇妙な色があることに気付いた。

 

「……痣?」

「ああ、しかも見た目からして新しい。大方、今朝に家でぶつけたんだろう。どうだ?」

「うっ……、ごもっともです」

 

 当たりか、と千冬は眉間に皺を寄せる。

 

「なにやってるんだ。割と本気で体が動かせて無いじゃないか」

「……そうだよ。あんまり覚えてないけど、起きてこんなんだから混乱してて、多分、家中あちこちにぶつけたんだと思う。……我慢できるから隠してたワケで、別に無理はしてないぞ?」

「……これだから馬鹿者と言うんだ」

 

 千冬はジャージをそこらに置きながら、蒼の方へと振り向く。

 

「すまんが湿布はあるか。馬鹿につける薬はないが、怪我にはつけておいて良いだろう」

「ありますよ、少し待っててください」

「ああ、それと、また出てるからな。色々耐えられんのなら見ない方がいい」

「…………部屋の外で待機してます」

 

 そうか、と千冬はにやりと笑みを浮かべながら言った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 リビングと廊下を遮る扉に背中を預けて座りながら、蒼は聞こえてくる声に耳を傾けていた。

 

「あっ、いて、いててててて! ちょっ、痛いって千冬姉!」

「我慢しろ、男だろう。……いや、今は女か」

「言い直すぐらいなら男でいてててて!! 痛い痛い!!」

「まったく。……それにしても、随分と華奢になったじゃないか」

 

 ――無だ、心を無にしろ、上慧 蒼。これはただの治療行為だ。変な事は考えるな。

 

「……俺だって好きでこんな姿になったんじゃないよ」

「分かっているさ、そのくらい。……ふむ、だが良い機会だ。これを切っ掛けに女のことを知ってみてはどうだ?」

「そんな簡単に割り切れねえよ……」

「まあ、どちらにせよ一年の辛抱だ。少しは遊んでみるのも一興とは思うがな」

 

 無心、無心、無心――

 

「ああ、それと先ず真っ先にやる事として、下着は最低限必要だな」

「下着? なんの……いや、ちょっと待ってくれ。嫌な予感が」

「元は男のくせにこんな大層なものをぶらさげているからだろう」

「わぁぁあぁぁっ! ちょっ、やめっ、どこ触ってんだっ!?」

 

 無だ、無だ――。蒼はひとり、千冬が入って良いと言うまで、廊下で心を落ち着かせ続けた。

 


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