今回はそんなお話です。
長い、長い夢を見ていた。
孤児院にいた時のこと。師匠に拾われた時のこと。師匠と過ごした日々のこと。雄英で学んだ時のこと。サイドキックとして活動した時のこと。教師になった日のこと。初めてA組の生徒たちと出会った時のこと。
一つ一つに過去をなぞりながら、記憶の海を揺蕩う。
覚えている。赤く染まった視界も、涙の浮かんだその瞳も、全て。
記憶は泡のように次々と浮かび上がってきて、溶けていく。
「まだ、ねむってていいんだよ」
幼い自分の声が聞こえた。遠い昔に捨ててきてしまったあどけない自分だ。
"俺"が眠っていても、その間のことは全て見えていた。涙を流す旧友の姿も、迷い悩んでいた生徒の姿も。
(俺、こんな7歳じゃなかったんだけどなぁ)
7歳といえば、まだ独りきりだった。師匠とは出会っていなかったし、自分の半身ともいえる"個性"が本当に嫌いだった。
きっとあの時、優しさが欲しかった。優しさをもらえば自らも優しくなれるような気がしていた。
「もう少しだよ、まっててね」
声が聞こえる。柔らかい声が頭の中に反響して、どこかふわふわした気持ちになっていく。
少しずつ何かを取り戻しているような気がした。
ゆっくりと記憶が進み、今に近づいていく度に世界に光が差し込む。
「ばいばい、もう来ちゃだめだよ」
代わりになってくれた、存在しなかった自分が言った。
(さよなら、自分)
もう、起きなければいけない時間だ。
–––––
「……おはようございます、師匠」
「おはようじゃないよ、この馬鹿弟子が」
目が覚めて最初に見えたのは、見慣れた師匠の顔だった。
スパンと音を立てて頭を叩かれる。頭よりも心が痛い。愛のムチというやつだ。
「……ずっと寝てた気がします」
「1週間半意識不明、その後3日幼児退行、そして丸1日寝込む。随分と長いお休みだったね、まったく」
「うぇ、そんなに長かったんですか」
幼児退行、と言われると語弊がある気がする。アレは別人格のようなものだ。俺であるが俺ではない。よくわからないけど、7歳の頃の自分ではないのだ。
別人格、いわゆる"ぼく"だった時の記憶はある。ひたすら無邪気に行動していたその記憶は、今となっては黒歴史になりかねない恥ずかしさだ。
水島、相澤先生と接したこともそうなのだが、普通科の心操くんとのやり取りが一番恥ずかしかった。彼と顔を合わせられる自信がない。
「本当にあんたは…もう体育祭は始まってるよ」
師匠が呆れたように言う。体育祭当日であることは知っていたが、もうそんな時間だとは気づいていなかった。
「嘘でしょ…! どこまで行きました!」
「第1種目の障害物競走がもうじき終わるさね」
「い、行ってきます!」
急いで飛び出そうとする俺を師匠が制止する。
「待ちなさい。点滴は打ってるけど、ゆっくり食事も取るんだよ。体力は戻ってないんだから無理はしないこと。わかったかい?」
「…分かりました。ありがとうございます、師匠」
「……早く行ってきな」
寝かされていた出張保健室の扉を開けて、グラウンドの教員席へと向かう。
ふと自分の服装を確認すると、しっかり普段のコスチューム姿、すなわち白衣姿だった。
白衣のインナーは身体年齢に合わせて伸縮性する仕様だから、これを着ていないと身体が大きくなった時に服が破れてしまう。おそらく誰かがそれを考慮してくれていたのだろう。
目覚めていた3日間も、A組の生徒たちには会っていない。相澤先生もまだ目覚めたことを知らせていないと言っていた。
早く会いたい気持ちが募るが、競技中だ。集中を切らさないように昼あたりに会いに行こう。
(多分もう個性も使える、デメリットは完全に消化した感じかな…)
最後に丸一日寝込んだタイミングが、"ぼく"から"俺"へと切り替わった時であり、身体年齢が進んだ時なのだろう。体力はかなり落ちているが、個性の感覚的には全快していた。
建物内を駆け巡り、グラウンドへと出る。教員席にはオールマイトや13号を始めとする教員たちが控えていた。
「と、時任くん! もう大丈夫なのかい!」
「個性のデメリットは終わりました。2週間寝込んでたので体力面はキツイんですけど…」
「君、後でお説教だからね?」
「……体育祭が終わってからでお願いします」
オールマイトに釘を刺される。他の先生方にもお褒めの言葉とお小言をいただきながら、オールマイトの隣に座った。
グラウンドでは障害物競走の最後尾の生徒たちがゴールを迎えていた。ヒーロー科の子たちはとっくにゴールしたらしい。
「オールマイトさん、A組のみんなはどんな感じでした?」
「そろそろ順位がまとめられるけど…凄かったよ。みんな」
「ほんとですか! いやー、嬉しいなー」
「みんな君のノートを見て必死に特訓してたからね!」
「……え?」
俺が書いているノート、それは一つしかない。20人それぞれの日々の様子などを書き連ねたものである。彼らの指導に役に立つようありとあらゆることを書いていたが、それを生徒に見せたことはない。
「……あっ! これ言っちゃダメなやつか!」
「ちょ、どういうことですか!」
オールマイトがいっけね! と口を抑える。
彼を揺さぶりながら無理やり話を聞き出すと、どうやら俺が倒れた直後、相澤先生が独断で生徒たちにノートを渡したらしい。
「……めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「ははは! 役に立っていたようだし、良かったんじゃないかな?」
「そういう問題じゃないんですよー!」
感覚としては秘密の日記を親に見られたようなものである。見られていい悪いではなく、羞恥心の問題なのだ。
「まぁまぁ、ほら、もう結果が発表されるよ」
「……相澤先生、絶対に許さない」
俺自身も相澤先生を「おひげのおじさん」呼ばわりしているので、おあいこかもしれないが。
主審のミッドナイトの合図とともに、モニターに続々と結果が発表される。
まず1位2位3位をA組が独占、緑谷轟爆豪の順だ。正直轟くんか爆豪くんが1位だと思っていたのだが、緑谷くんもこの2週間で更なる成長をしたのだろう。
「緑谷くん、大躍進じゃないですか?」
「あぁ。フルカウルをある程度使いこなせるようになって機動力が抜群だったね。それに地雷を使った妨害が見事だった」
「なるほど、彼は判断力に優れてますからね…。轟くんと爆豪くんがこの位置にいるのは、まぁ順当でしょうね」
どうやら緑谷くんは特訓していたフルカウルの成果もあり、序盤からトップ争いをしていたらしい。轟くん、爆豪くんと膠着状態になりながらも、地雷エリアで1人飛び抜けたとか。
4位以下、途中にB組の実力者を挟み込みつつ、A組は全員30位以内に入ることに成功している。
障害物競走に不向きな個性の上鳴くんや葉隠さん、青山くんあたりは心配だったが、彼らも無事に中位に入り込んでいた。
上位に食い込んでいたのは、個性を使った機動力に優れている飯田くんに瀬呂くん、尾白くんだ。そこから少し順位を落として常闇くん、蛙吹さん。そして身体能力で挑んだ切島、砂藤、障子、芦戸らが続いている。
オールマイトによると、仮想敵エリアをA組面々がハイスピードで通過。その後も思考力と判断力に優れたA組優位でレースが進んだらしい。
(おそらく経験の差、B組より場数を踏んでる分、行動が早い)
特訓を通じて個性の活用力や地の身体能力を鍛えていたことも功を奏していたのだろう。様々なシーンで個性を使って障害物を超えていたらしい。
そして普通科の心操くん。ヒーロー向きの個性ではないと言っていた彼だったが、上位42人の中に入っており二回戦進出を決めている。
先日少し話した身としては、無事に通過していて嬉しい気持ちがある。
個人的には全員のレースを細かくチェックしたいところだが、それは後々。オールマイトによると全員が見せ場を作ってゴールしたらしいから、後で楽しみに見させてもらおう。
そして第2種目、騎馬戦だ。1年生の中でも限られた42人のみが進めるこのステージから、指名に向けたプロヒーローによる観戦も盛り上がってくる。
42人それぞれがポイントを割り振られ、2〜4人の組で騎馬を作って合計のポイント数を騎馬の持ち点とするこの競技。
他者と協力し、個性を組み合わせて戦わないと勝利への道は開けない。その中で自分の存在をアピールする必要がある。
「ほんと、ヒーロー社会の縮図みたいな競技ですよね」
「試されるのは戦闘力だけじゃない、ってわけだね…」
各々に割り振られるポイントは、42位から5ポイント、10ポイント、と言った形で5ポイントずつ増えていく。
そして1位の緑谷くんにのみ1000万点。上位ほど狙われる下克上方式というわけだ。
騎馬の組み合わせもそうだが、ここでは作戦が最も重要になってくる。誰がいつどう仕掛けてくるか…その戦局が読めた騎馬が勝つだろう。
(ま、緑谷くんはちょっとキツイだろうな…)
1000万点のハチマキを保持していれば確実に1位通過が決まる。それゆえにほぼ全員に狙われることになるだろう。
15分間のチーム決めタイムが始まる。勝負はここから始まっていた。
–––––
騎馬戦のチーム決め開始直後、心操人使はチームを作るべく、ある人物に声をかけていた。
「……そこのお前、ちょっといいか」
「ん? どうしたの?」
「……俺に作戦がある。普通科で信用ならないかもしれないが、話を聞いてくれ」
第2種目が騎馬戦だと発表されたとき、心操はまず「洗脳」を使って騎馬を組むことを考えた。
けれど、いくらヒーロー科編入のために上を目指すからと言っても、それをやるのは違うと感じた。
(優しい個性になれるって、言われたんだ)
朗らかな笑顔を浮かべる少年の姿を思い出す。騎馬戦はチームプレイだ。チームメイトを洗脳するのは違う。協力してくれる相手を探すべきなのだ。
心操には作戦がある。それを実行できる個性の持ち主は障害物競走の時に見つけていた。
その個性の持ち主––尾白猿夫は言った。
「んー、とりあえず話だけでも聞かせてもらおうかな」
「……ありがとう。俺の個性は"洗脳"だ。俺の問いかけに答えた人物を洗脳できる。衝撃で解除はされるが、一瞬隙を突くことはできる」
「…なるほど。君の個性を使えば、少しの間だけでも騎馬の動きを止められる。2回目は通じないかもしれないけど、使うタイミングによってはポイントを奪い取れる…」
尾白は一瞬で言いたいことを理解する。序盤からガンガン攻めていくタイプではないが、確実にポイントを奪い取る方針のようだ。
「そういうことだ。お前の個性は機動力があって汎用性が高い。とっさの回避もできる。他に遠距離攻撃の手段があるやつがいれば、万能な騎馬が作れる……そう思ったんだ」
「君の個性の弱点までバラしちゃったけど、俺がもし断ったらどうするの?」
尾白が笑いながら言う。心操はそれを考えておらず、顔を強張らせる。
ただ信用を得たかったのだ。騎馬戦を一緒に闘うためには、信用が必要だと思った。だから弱点まで話してしまったのである。
「はは、すごい顔してるよ……いいよ。乗ってあげる。俺は尾白猿夫。君は?」
「……心操人使だ。ありがとう」
尾白が手を差し出し、心操もそれに応える。
「それなら他に、うってつけの人材がいるんだ。一緒に誘いに行こう」
「…おう」
尾白はお人好しだ。心操はそう思う。断られたら、なんて言っていたが、俺には個性という最終手段がある。それなのにそれを全く気にしないでいた。
(……バカなやつ)
だけれども、本当にいいやつなのだと、そう思った。
–––––
「15分経ったわ。それじゃあいよいよ始めるわよ」
ミッドナイトの合図により、放送席のプレゼントマイクが実況を始める。
「さぁ起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!」
「……なかなか面白ぇ組が揃ったな」
「麗日さん! 発目さん! 常闇くん! よろしく!」
「っはい!」
「フフフ!」
「あぁ…」
緑谷チームは、発目のサポートアイテムに麗日の個性を組み合わせ、そこに常闇を加え。
「……これが最強の布陣だ。行くぞ」
轟チームは飯田で機動力を確保し、そこに八百万と上鳴を組み合わせ。
「狙うはただ一つ! 1000万ポイントだぁ!」
爆豪チームは爆豪の爆破に耐えうる切島に、汎用性の瀬呂。轟対策に芦戸を投入し。
「……二人とも、よろしく頼んだ」
「心操、蛙吹。頑張ろうね」
「ケロ、作戦勝ちを狙いましょう」
蛙水を騎手にしている蛙吹チームは、心操と尾白の3人で、巧みに練られた作戦を携えて。
「よっしゃあ! 障子艦隊、行くぞぉ!」
「僕の作戦は完璧さ…!」
「……作戦が良かったからあんたらと組んだけど、なんか後悔してるわ……」
「……俺もだ」
峰田チームは障子が峰田、青山、耳郎を覆い、更には一発逆転の作戦を考えて。
「よーし! 3人だけど頑張っちゃうぞ!」
「お、おう」
葉隠チームは、葉隠に照れる砂藤、口田を騎馬にして。
「3! 2! 1! スタート!」
今、波乱の騎馬戦が幕を開けた。
前話の突然の心操回は、このフラグだったのであった!