「ま、負けた…」
「悔しい…何が起こったんだ…?」
騎馬戦終了後、グラウンドではA組の面々が集まって食堂へと向かっていた。
惜しくもラストで0ポイントとなった切島、瀬呂が唖然とした表情で呟く。
「……すまなかったな、隙をついて奪わせてもらった」
「ずっとタイミングを伺ってたんだよね。爆豪が単独で飛び上がった瞬間に奪おうとしてて」
爆豪チームのハチマキを奪った障子、耳郎が若干申し訳なさげに言う。一方青山と峰田はドヤ顔で踏ん反り返っていた。
青山のビームを利用した大移動は会場中の意表をついた。それだけに彼らも誇らしげだ。
「悔しいけど流石だお前ら! 同じ仲間として誇らしいぜ!」
「切島…お前も漢らしかったぞ」
切島と障子が力強く握手を交わす。
「お茶子ちゃん。お互い決勝に進めてよかったわね」
「私らはデクくんと常闇くんのおかげっていうか…梅雨ちゃん達も凄かったよ! こうバッときてぴゅーん! って感じだった!」
「一緒に騎馬を組んでくれた2人が凄かったのよ。とっても楽しかったわ」
ギリギリで決勝進出を決めた麗日も、大逆転の1位を取った蛙水も随分と嬉しそうだ。
A組のほとんどが決勝に進めたこともその嬉しさの理由だろう。
「梅雨ちゃんとこにいた普通科の男の子、あの子が作戦考えてくれたの?」
「そうね。彼と尾白ちゃんが私を誘いにきてくれたの」
「いやー、こないだ宣戦布告しにきただけあって凄いや! 1位取っちゃうんだもん!」
麗日が心操のことを褒めると、それを聞いていた尾白が嬉しそうに声をかけてくる。
「前に宣戦布告しにきた時はちょっと怖かったけどさ、めちゃくちゃいいやつだったよ」
「そうね、心操ちゃんともお友だちになりたいわ」
峰田チームにギリギリでポイントを取られた葉隠と芦戸が悔しがっていると、同じく決勝に進めなかった砂藤が声をかける。
「あー! めっちゃ悔しい! 最後耳郎ちゃんに取られてさえなければ緑谷くんたちに勝てたのに!」
「私らも耳郎に取られたクチだー。気づいて防げればよかったんだけど」
「悔しいけどさ、クラスの仲間たちが決勝行くってのは嬉しいもんだよな」
2人は砂藤の言葉に大きく頷いていた。それは隣にいる口田も同じだ。
決勝には進めなかったものの、ラストギリギリまで活躍はできた。それはそれでアピールになる。あとは指名がくるのを祈るばかりだ。
「決勝に行けるのは嬉しいのですが…とても複雑な気持ちですわ」
「あぁ、まさかあそこで1000万を取られるとはな…」
「それにしても飯田くん! あんな超必持ってたのズルいや!」
3位に甘んじたことを嘆く八百万と飯田に対し、麗日が声をかける。
「ズルとは何だ! あれはただの誤った使用法だ! ……どうにも緑谷くんとは張り合いたくてな」
「男のアレだな〜っていうか、そのデクくんは?」
辺りを見渡すも、その姿は見当たらない。
「ついでに轟さんと爆豪さんも見当たりませんわね」
「……どこ行っちゃったんだろ?」
緑谷たち3人を除いたA組面々は、グラウンド脇の通路を通って食堂へと向かう。
ちょうど控え室前を通り過ぎるタイミングで勢いよくドアが開き、中から人影が現れた。
「騎馬戦お疲れ様ー!」
現れたのは時任だ。騎馬戦が終わってすぐ、A組面々に会うためにここまでやって来ていたのだ。
「いやー、みんな凄かったよー! 決勝いけなかった子も凄かった! すごい成長してた……って、みんなどうしたの?」
時任がみなに声をかけるものの、誰一人として反応しない。目を見開き大きく口を開け、固まっている。
誰も何も言わない異様な状態に時任も口をつぐむ。
十数秒静寂が続いた後に、先頭にいた峰田が声をあげる。
「と、時任先生…?」
「……そうだよー?」
「ほ、ほほ本物?」
「やだなー、どう見たって本物でしょー」
その言葉に生徒たちが目に涙を浮かべさせ、勢いよく突進してくる。
「せんせぇえええ!!」
「時任ちゃあああん!」
「生きててよかった……!」
「ちょ、ま、あの俺体力が、うえっ」
17人の高校生たちにもみくちゃにされ、潰れていく時任。生徒たちはそれでも変わらずに泣きながら時任を潰しにかかる。
「何で意識戻ったの教えてくれなかったんすかー!」
「私たち、心配だったのに……!」
「さっき起きたんだよ。騎馬戦始まる前に」
「……何はともあれ、生きててよかったわ。時任先生」
「……ふふ、みんなありがとね」
生徒たち一人一人の頭を撫でていく。心配かけてごめん、と、ありがとうの意味を込めて。
「……せんせー、俺たち、まだ言われてないことがあるんすけど」
泣きはらした上鳴が照れくさそうに言う。
周りの生徒たちも追従するように頷いていた。
「…え? 何かあったっけ?」
「んもー! 寄せ書きに書いたじゃないですか!」
分からないと言う時任に対し、葉隠が大きな動作をつけて言う。
寄せ書き、という言葉で思い出したようで、時任は顔を赤く染めた。
「…もしかしてあれ? 言わないとダメかなぁ…」
「……俺たちはその言葉をかけて欲しいのだが」
クールであまりそういうことを言わない常闇の言葉に、時任はどこか覚悟を決めた様子だ。
一呼吸置いて口を開く。
「……みんな、ただいま」
おかえりなさい、その言葉を皮切りに生徒たちは再び時任へと押し寄せる。
今度は誰も泣いていない、とびきりの笑顔で。
–––––
「先生! 俺はどうでしたか!」
「飯田くんはそうだなぁ、先頭で牽制の役目を果たせてて良かったよ。あとあの超加速! あのタイミングを選んだのは英断だったねー」
「くっ…! 時任先生に直に褒められるとは……ノートの何倍も嬉しい!」
あれからA組のみんなに食堂へと連れてこられた俺は、一緒にごはんを食べながら騎馬戦の講評をさせられていた。
「はいあのノートの話題は禁止!」
「何でですか! とても嬉しかったんですよ!」
「そうですよー! あのおかげで自主練頑張れたんです!」
早速あのノートの話題を出されて思わず顏が熱くなる。あれは俺の指導用のもので、生徒に見られることは想定していなかった。
忘れかけていた羞恥心がぶり返す。
「俺だって恥ずかしいんですー、あとで回収するからね!」
「……写メ撮っとこ」
「それは反則だって…」
散々見られて今更、と思うかもしれないが、単純に恥ずかしいのだ。自分だけが見るものだからとあれこれ書いていたのにそれを見られてしまったらどうしようもない。先生としての威厳が着々と無くなっていくような気がした。
「時任せんせー! オイラのことも褒めろよ!」
「峰田くんはー、もぎもぎの投げる位置が絶妙だったね。単純に当てるだけじゃなくて、追い込むようにして敵のルートを狭めてたのが良かったかな」
「くっ、オイラが女だったら時任先生に惚れてたぜ……」
「あ、ありがとう?」
峰田くんに一応の感謝の意を述べつつ、うどんをすする。子どもだった3日間もご飯は食べていたが、消化器官に負担をかけないように消化にいいものを食べるようにしていた。しばらくはこの生活が続くだろう。
「先生、俺たちもコメントもらいたいんですけど…いいっすか?」
砂藤くんと口田くんが恥ずかしそうに近寄ってくる。体の大きな二人が縮こまって尋ねてくる姿は微笑ましくて、にやけそうになる口角を抑えながら答えた。
「もちろん! 2人とも個性が有効に使えない中で、葉隠さんが捕捉されにくいルートを移動してたり、逃げる時に隙が少なかったり、いい動きしてたよ!」
「せ、先生…! 口田、決勝は行けなかったけど良かったなぁ!」
口田くんが勢いよく頷いている。俺の言葉でそう思ってもらえるなんて嬉しい限りだ。
A組からは葉隠チームの3人、爆豪チームの切島くん、瀬呂くん、芦戸さんが決勝に進めなかった。それでも14人が決勝進出とはかなりの好成績だ。
B組は残念ながら決勝進出者はおらず、騎馬戦終了直後、ブラドキングが全速力で生徒たちの元へ向かっていた。彼は熱い人だからすぐに言葉をかけてあげたかったのだろう。
雄英高校体育祭で上に行くには様々な要素が絡む。単純な戦闘力のみで勝負がつくわけではないこの体育祭で、B組は実力的に劣っていたわけではない。A組生徒たちの運が良かったことは大きい。
ただ、努力していない人が上に行くことはできないから、A組のみんなが必死に頑張ってきたことがこうして結果に出たのだろう、とも思う。結果が全てではないが、努力をしないと結果は出ないのだ。
今はA組のみんなをとにかく褒めてあげたい気分だった。
「切島くん、爆豪くんって大丈夫だった?」
「あぁ、騎馬戦が終わった時はやばかったっすけど…アイツなりに悔しくて、反省してるみたいっす」
「そっか……後で会えたらいいなぁ」
本来16人が決勝に進出するところが、上位4チームが15人だったので、ラストギリギリまで上位に食い込んでいた爆豪チームから1人決勝に進出することになった。そのため爆豪くんは決勝には出られるのだが、本人としては複雑だろう。
天才型と言われる彼だが、人一倍努力している。努力なしにあそこまでの力を発揮することはできない。
努力を積み重ねてきたからこそ、悔しさもひとしおなのだ。
彼に声をかけてあげたかった。けれどそれは酷く難しいことのように感じる。人から、特に立場の違う教師からの言葉は強烈なトゲにもなりうるからだ。
自己満足のような形で彼に言葉をかけることだけはしてはいけない。
爆豪くんを始めとする三人にはまだ会えていないから、顔を見るだけでもしたいのだけれど。
考え事をしているうちに食事をとり終わったのか、蛙吹さんと尾白くんが近寄って来て言った。
「時任先生、心操ちゃんと知り合いだったのね」
「んぐっ!」
「……知ってるんですね」
蛙吹さんの口から心操くんのことが出てきて、うどんを喉に詰まらせそうになる。あからさまな反応に、尾白くんに呆れたような顔で見つめられた。
「アイツ、時任先生に会いたいって言ってましたよ。理由はよくわかりませんけど、すっとぼけるようなら"写真"って伝えるようにって言われました」
「何のことだろうなー」
「白々しいわ、時任先生」
2人の口ぶりからすると心操くんはあの少年が俺だということに気づいていそうだ。というか確実に気づいているのだろう。でなければ俺が秘匿したい小さい姿の写真を口に出すはずがない。
この姿で彼にまともに会える気はしなかった。もちろん羞恥心ゆえだ。
「時任先生のこと、恩人って言ってました」
「本当に嬉しそうに話していたのよ、心操ちゃん」
「……うー、後で探してみる」
そんなことを言われたら、行かないわけにはいかないじゃないか。
うどんを完食し、手を合わせる。決勝に行く子も行かない子もいるので、この後も楽しんでね、と声をかけて席を立った。
(さて、心操くんはどこかな)
何となく彼のいる場所のアテはついていた。
あの時は小さい姿だったけれど、今度はこの姿で、会いにいく。
–––––
「……クソッ!」
行き場のない怒りを拳に乗せて、爆豪は人気のない通路の壁を殴った。
ピリピリと痛む拳が、少しだけ頭を冷やしてくれるような気がした。
障害物競走で負けた。騎馬戦でも負けた。本来なら決勝トーナメントに進めない順位まで下がり、お情けのような形で次へと進んだ自分に嫌気がさす。馬鹿らしい、悔しい、様々な感情が混ざり合ってただただ叫びたかった。
俺は、俺は。
USJ襲撃事件から、ずっと考えていた。強さとは何か。ヒーローとは何か、と。
自己を投げ打ってまで爆豪たちを救けた副担任は強かった。それは戦闘能力というよりも、心の強さだ。そこを含めてヒーローとしての強さなのだと思った。
爆豪が求めているのは圧倒的な強さだ。強さがなければ誰も救けることはできない。ただただ力を求めていた。
副担任は彼にないものを持っている。そしてそれはオールマイトも、大嫌いな幼馴染も持っているものだ。
気持ち悪りぃ。一人ぼやく。
自分を犠牲にしてまで他者を救ける。憧れ続けたオールマイトのようなそんな男。他のクラスメイトのように慕ってはいないが、憎からず認めていた。
アイツらにあって、俺にないもの。
それが俺の強さであり、弱さなのだろう。
中途半端にそれを理解してしまった今の自分が酷く弱く感じて、もう一度壁を殴った。弱さ、大嫌いなものだった。
「……どうしろってんだよ、クソ」
強くなりたい。誰よりも強く。負けたくない。相手がオールマイトでさえ。
けれど俺には必要なのか、アイツらのような何かが。
『常に一番であろうとする爆豪くんは、すごく強い。
彼はもっともっと強くなる。だからそれを支えたい』
副担任の残したノートの言葉が脳裏をよぎった。
あぁそうだ、俺は、一番になるんだ。
だから止まれない。止まるわけにはいかない。誰に何を言われようと、これからも高みを目指す。
そのために今は、勝つしかない。俺は俺であり続ける。
彼らが持っているものは何と名付ければいいのだろう。自己犠牲の精神? 折れない心? 優しさ? どれもしっくり来ない。
分からないけれど、今はそれでいい。
俺はアイツらとは違う。だから強くて、弱い。
No.1ヒーローになるために、俺はもっと高いところは行く。
まずは決勝トーナメント、繰り上がり上等だ。一位になれば何の問題もない。堂々と戦って、堂々と勝つ。
そうして高みを目指していけば、いつか。
少年は一人、決意を新たに歩み続ける。
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体育祭 最終種目 決勝トーナメント
第1試合 緑谷VS心操
第2試合 青山VS轟
第3試合 尾白VS八百万
第4試合 飯田VS発目
第5試合 蛙吹VS耳郎
第6試合 上鳴VS峰田
第7試合 常闇VS障子
第8試合 麗日VS爆豪
決勝トーナメントを超ザックリダイジェストにしてしまいたいですね