きっと彼らは、似た者同士。
決勝トーナメント発表後、午後のレクリエーション競技が行われる。トーナメント出場者はレクリエーションに参加しなくてもよく、好きなことをして次へと備えていた。
(レクリエーションに心操くんはいない、と)
薄々分かってはいたが、彼はグラウンドのどこにもいない。きっと人のいない何処かで精神を落ち着けているのだろう。
きっといるならあの場所だ、俺と心操くんが初めて会った校舎裏。彼はあそこが随分と気に入っているようだったから。
人気のない校舎を通り過ぎ、校舎裏へと向かう。道中で缶のオレンジジュースを2本買った。決勝トーナメント進出祝いというやつだ。
校舎の角を曲がると、景色の中に見覚えのある紫色が映り込む。真相くんはあの日と同じ場所に座り込んで木々を眺めていた。
「最終種目進出、おめでとう」
「……ありがとうございます、時任先生」
足音でこちらに気づいた心操くんにジュースの缶を渡し、隣に座る。
寄りかかった校舎の壁は冷んやりとしていて、心地いい。
「どこから話せばいいかなぁ」
プルタブを開け、ジュースを喉に流し込む。
「……何も言わなくていいんです。ただあんたに感謝してる、それだけです」
「…そっか。俺のことは相澤先生から聞いたの?」
「あんたを連れて行った時に。あんたは寝てたんで聞いてなかったと思いますけど」
そういえば、彼に職員室へ連れていかれた途中で夢の世界は旅立ってしまったな、と思い出す。
小さかった俺が先生であることも、特殊な状況にいたことも。彼は全て聞いたのだろう。
「ごめんね。あの時の俺に会えなくて」
「変わりませんよ。そりゃ年は違うけど……中身は一緒です。それに写真、大切にしてるんで」
俺は彼に何か言葉をかけにきたかったはずなのに、逆に彼に励まされているような気がした。
あの時無邪気に撮った写真を思い出し顔が熱くなるが、それが彼にとって大切なものになってくれていたら俺も嬉しい。そう思えた。
「それは、嬉しいなぁ」
「……俺も、会えて嬉しいです。あなたのおかげで前に進めた」
「俺もきっとそうなんだ。心操くんがちっちゃい俺にしてくれたことは、本当に嬉しいことだったから」
あの時の俺は、今まで生きてきた全てをごちゃまぜにして詰め込んだようなものだった。7歳の精神に過去のトラウマも、今の希望も全て混ぜ込んでいた、歪な形をしていた。
そのときの俺にとって、心操くんは随分と自分にかぶって見えたのだろう。表面的なものではなくて、心の奥底の何かが。
だから声をかけてしまった。だから嬉しかった。傷の舐め合いみたいだけれど、それでよかった。
「あんたの話を聞いた時、優しいを通り越してバカだと思いました」
「あはは…あんな寝込んじゃ仕方ないよね」
「でも、間違いなくあんたはヒーローだった」
心操くんがジュースを一気に飲み干した。缶を地面に置いて、こちらを見てくる。
「俺もあんたみたいになります。優しいヒーローになりますから」
「……俺みたいに怪我しちゃダメだよ?」
彼の言葉が嬉しい反面、心配な気持ちも募る。俺はとてもじゃないがヒーローとしてお手本になる姿ではない。
彼は俺の言葉を聞くと、少しだけ笑みを浮かべた。
「ずっとヒーローに憧れてました。何があってもその憧れは消せなかった」
「……うん」
「迷ったんです、A組を見た時に。こういうやつらがヒーローになるんだって。俺にはなれないんじゃないかって思った」
心操くんが一息ついて、さらに続ける。
「そんな時俺を導いてくれたのはあんただった。それが全てです」
「心操くんは、優しいね」
立派なヒーローになれるよ、そんな言葉はかけられなかった。
一緒に立派なヒーローになろう。少し遅れてしまっても、必ず。
少しずつ第1試合が近づいてくる。ヒーローに焦がれた少年たちの戦いだ。
2人の思いをこの身に感じているだけに、俺にはただただ祈るしかできなかった。
–––––
「心操の個性、かぁ。悪いけど俺からは言えないな」
「私も言えないわ。どちらかに肩入れするなんて出来そうもないの」
「そ、そうだよね…ありがとう!」
決勝トーナメント開始前、緑谷は対戦相手の情報を集めようとしていた。
心操と騎馬を組んでいた蛙吹、尾白は口をつぐむ。どちらもいい人間だと知っているからこそ、軽々しく個性については言えない。
「俺からは言えないけど…葉隠さんたちとは騎馬戦でやり合ったからわかることがあるかも。ごめんね、これくらいしか協力できなくて」
「いや、いいんだ。尾白くんたちの気持ちもわかるし…」
決勝トーナメント頑張ろうね、と声をかけてその場を離れる。緑谷は障害物競走でも騎馬戦でも彼の姿は見ていない。彼がどういった戦い方をするのか、全く予想がつかなかった。
(葉隠さんチームは、砂藤くんと口田くんか)
決勝トーナメントに進出できなかった彼らはレクリエーション競技に参加している。彼らがいるであろうグラウンドに行くと、ちょうど競技が終わった葉隠を見つけることができた。
「あ、葉隠さん! ちょっと話いいかな?」
「緑谷だー! どうしたのー?」
チアガール姿で飛び跳ねる葉隠に顔を赤くしながら、緑谷は心操のことをたずねる。
「葉隠さん、騎馬戦の時に心操くんと対峙したと思うんだ。彼の個性について何か情報はないかな、って…」
「あー、参考になるかわかんないんだけど、気づいたらボーっとしてたんだ」
「意識を奪われた、みたいな?」
葉隠の不明瞭な答えに緑谷は首をかしげる。
「騎馬戦の途中で、葉隠! って呼ばれたのは覚えてるんだー。気づけばぼんやりしてて、ハチマキも取られてた」
「名前を呼ばれた…? 名前を呼ぶことが発動条件なのかな」
「それはわかんないやー。砂藤と口田がめっちゃ揺さぶってくれたみたいで、意識が戻った感じ。時間で解けたのかそれで解けたのかはわかんないけどね!」
「何かしらのトリガーで人の意識を奪い行動不能にする個性なのか…? 名前を呼ぶことなのか、名前を呼んで反応することなのかはわからないけど無条件で意識を奪うことはできないみたいだ。永続的に続くものでもなさそうだし、葉隠さんのいう通り案外簡単に解除される可能性はある…だけど1対1という状況下で個性をかけられたら解除できるか……意識を奪われて投げられたら終わりだ。いやでも揺さぶられて意識が覚醒したなら投げることも同じか…?」
「み、緑谷、大丈夫ー?」
心操の個性についての情報を手にした緑谷はブツブツと個性の考察を始める。葉隠はそれに引きつつも、更に続けた。
「確か名前を呼ばれて、反射的に返事しちゃったんだ。個性にかかったのは私だけだったから、そこに何かはあると思うよー!」
「あ、ありがとう! 葉隠さん!」
「私らも決勝行けなくて悔しいからさ、応援してるよ!」
それじゃ次の競技があるから、と駆け出す葉隠を見送って緑谷は考察を続けた。
(名前を呼ぶ……反応する……意識がぼんやりとして……揺さぶられて戻った)
これだけの情報を得ても、個性の全貌が見えてこない。心操の個性の可能性を考えれば考えるほど勝ち筋が見えなくなる。
それでも、プロヒーローになったら知らない個性のヴィランと戦うことはザラだ。そんな状況でどう戦っていくかが大事なのだ。
(負けない、勝って期待に応えるんだ)
未来の平和を担うものとしての決意を固めて、緑谷は戦いに挑む。
–––––
『1回戦! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科緑谷出久! 対 騎馬戦ではまさかの1位! 普通科心操人使!』
プレゼントマイクの選手紹介が始まり、緑谷と心操がステージに向かい合う。
2人の覚悟を決めた表情に、出張保健室にいる時任もまた、真剣な顔をしていた。
どちらも応援したい、負けて欲しくない。そんな複雑な感情が胸に渦巻く。
(心操くんの個性は初見殺し……緑谷くんは対応できるかな)
個性がかかれば心操の勝利、かからなければ緑谷の勝利。わかりやすい図式だ。
心操は肉弾戦では緑谷には敵わない。入学当初の個性が馴染んでいない状態でも怪しいのに、少しずつ個性を使いこなしてきている今は尚更のことだ。
緑谷も個性について情報は集めているだろうが、尾白と蛙吹が簡単に漏らすようには思えない。彼らは真面目で義理堅い人間だ。
「緑谷出久、あの子は成長したね」
「師匠から見てもそう思いますか?」
「初めは体育祭までに芽が出なかったら諦めさせるつもりだったのにね。あんたも先生らしいことが出来たじゃないか」
珍しくリカバリーガールに褒められ照れる時任。元々はリカバリーガールの勧めで彼の稽古をつけ始め、それがA組全体に広がったのだった。
時任自身は1週間ほどしか彼の稽古をつけていないが、時任のノートや、オールマイトのアドバイスによって彼は劇的に成長していた。
時任の治療によって個性の調節が進歩がしたことが功を奏したのだろう。一度掴んだ感覚を、彼はオールマイトとの鍛錬で自身の物にしていた。
「ただ、かなり気負ってるところがあるね。期待に応えようとしているのか何なのか……無理はさせるんじゃないよ」
「気をつけて見てみます。緑谷くんって何かに焦ってるような気がするんですよね…」
「……変なプレッシャーをかけるバカがいるからね」
あんたのことじゃあないよ、と注釈を入れるリカバリーガールの目はどこか影を落としていた。
『そんじゃ早速始めよか!』
(挑発するようなことを、言える気がしない)
心操は勝つためにはなりふり構わず相手の気に触ることを言うつもりだった。この間までは。
優しいヒーローになると決意した。そのために勝つ。自分が納得できる言葉で、相手に反応させる。
「なぁ緑谷出久。俺はあんたが羨ましいよ」
(なんだ…? 何を言い始めてるんだ…?)
スタートを間近に控えて語り出す心操に怯える緑谷。葉隠から聞いた情報で名前を呼ばれたらまずいのではと考えていたが、特に変化は訪れない。
『レディィィィィイ』
「どんな気持ちだ? 恵まれた個性で。ヒーロー向きの個性を持っててさ」
(彼の……彼の個性がわからないっ!)
不安な気持ちが募る中、速攻を決めることを決意する緑谷。一刻も早く勝負を終わらせたかった。
『スタート!!』
「俺なんて生まれた時点で遅れてるんだよ!」
「そんなこと…っ!」
プレゼントマイクの開始の合図とともに、緑谷が勢いよく心操へと殴りかかる。しかし心操の叫びに思わず声が漏れた途端、意識がぼんやりとまとまらなくなる。
スタートラインで遅れていた、そう叫ぶ心操のことが他人事のように思えなかったのだ。彼を救けたいと、身勝手ながら思ってしまった。自身は無個性で、ヒーローになれる立ち位置にいなかったから。
「俺の、勝ちだ」
(身体が、動かない…!)
「緑谷…!」
「緑谷ちゃん…心操ちゃん…」
個性にかけられて動きを止めた緑谷を、尾白と蛙吹が辛そうな目で見ている。大事なクラスメイト、共に戦った仲間、どちらも負けて欲しくなかった。
『おいおいどうした大事な緒戦だ! 盛り上げてくれよ⁉︎ 緑谷開始早々、完全停止!』
プレゼントマイクの実況に、麗日たちクラスメイトは不安そうに緑谷を眺める。緑谷はピクリとも動かず、完全にその動きを止めていた。
「デクくん…」
「あー! あの情報だけじゃ避けられないかぁ…」
「葉隠はアイツの個性、知ってんのか?」
悔しそうに話す葉隠に峰田が声をかける。
「いや、個性を使われただけで詳しくはわかんないんだー」
「……何にせよ、緑谷を一瞬で無力化するとは強力な個性だな」
A組生徒達の席で試合を見ている常闇が呟く。
ステージで動かず固まる緑谷に、心操は語り続けた。
「俺はヒーローみたいな御誂え向きの個性は持ってない。けど、この『優しい個性』でヒーローになる。絶対に、だ」
(解くには、振動? 衝撃…? だめだ、考えが、まとまらない)
緑谷は必死に考えるも、個性の影響もあって考えがまとまらない。
「悪いな、緑谷。振り返ってそのまま場外まで歩いていけ」
心操の言葉に、緑谷の体は成すすべもなく従う。
ゆっくりと、けれど着実に緑谷は場外へと歩いていく。
(ダメだ、止まらない…!)
「俺のために、負けてくれ」
その瞬間、緑谷の視界に何かが映った。
オールマイトの待つステージ裏、その暗闇に光る9人の目。受け継がれてきた力の名残が、彼の体を動かす。
(何っっっっだこれ!)
わずかな個性の情報から、緑谷はこの状況の打開策を導き出す。
(衝撃を……っ! 動いた!)
久しくしていなかった個性の暴発で体に衝撃を与え、緑谷は洗脳を解く。
(当たった…! 衝撃で解除される!)
「何だよそれっ! おかしいだろ」
心操が焦る中、緑谷は口を押さえながらゆっくりと振り返る。さっき見た景色のことが頭から離れない。
『緑谷! とどまったああ!』
「緑谷くん…! 2人とも、最後まで…!」
時任はモニター越しに固唾を飲んで見守っている。
緑谷の起死回生にクラスメイト達は沸き立っていた。
「どういうことだよ…何とか言えよっ!」
心操が口を開かせようとするものの、緑谷は何も返さない。強い意志の秘められた瞳で心操を見つめている。
「指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ!」
(僕もソレ、昔思ってた)
「恵まれた人間にはわかんねぇよなぁ!」
(僕は、恵まれた)
「俺だってそんな風に!」
(人に、恵まれた!)
緑谷が勢いよく心操へと飛び込んでくる。そのまま彼を吹き飛ばす最低限の威力で、鳩尾に一撃を入れた。
「か、はっ…っ!」
成すすべもなく場外へと飛ばされる心操に、主審のミッドナイトは判定を告げる。
「心操くん場外! 緑谷くん、2回戦進出!」
会場に歓声が響き渡る。
今ここで、ヒーローに憧れた少年たちの、一つの戦いが終わった。
ヒロアカ3期始まりましたね。A組みんなかわいくて辛いです。ちなみに尾白くんを推してます。
今回は似た者同士2組でお送りしました。
次回、多分トーナメントを順当に…やると…思います…