入学試験、それは一年の中でも特に仕事が多い日。
入学試験付近の教師の仕事を考えてみてほしい。まず試験日までに試験問題の作成に会場準備がある。問題にミスなんてあれば大変なことだから、問題用紙も解答用紙も何回もチェックをする。
俺はまだまだひよっこなので特殊な仕事はやらないが、その分普段の仕事の負担が増える。全員平等に仕事漬けなのだ。
当日は筆記試験の監督をしなければならないし、実技試験では怪我をした子の治療がある。いわゆる出張保健室というやつだ。雄英の実技試験はヒーロー科のトップ校としてそれ相応にレベルが高い。大小問わず怪我は多い。
そして試験が終われば採点地獄である。採点ミスがないか何回も確認していく作業は終わりが見えない戦いのようなものだ。
一介の保健室の先生である俺は、その入学試験当日。実技試験を間近にして教員が待機するモニタールームへとやってきていた。
実技試験が終われば、7箇所にも渡る会場を師匠と分担して回ってけが人の治療をする予定だ。それまでの間は、試験中に重大な怪我が発生しないかここで確認するのが仕事だった。
モニタールームでは、ヒーロー科の教員たちが今か今かと試験の開始を待ち構えていた。新入生候補たちのポテンシャルを初めて目にするのがこの実技試験。毎年様々なイベントが起こり、教員にとっても待ち遠しいものだ。
「それじゃあそろそろ始めようか」
根津校長の指示で会場にいるプレゼントマイクが開始の準備をする。
試験のスタートは突然。まずはここの反応速度からふるいをかけていく。
「ハイスタートー!」
モニター越しに受験生を見る。突然のスタートの合図に、まだ何が起こっているのか分かっていないようだ。走り出す生徒は少なく、多くはあたりを見渡している。
「毎年ここから差がつきますね」
「ですねー。ここで抜けた子は大体いい成績ですから」
年齢としては同じだが、雄英教師としては先輩の13号とまったり試験を眺める。俺たちはどちらも災害救助メインのヒーローだから付き合いは長い。同じ現場で活動することも多いからか、同僚の中では親交が深い。
「どうしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ!」
プレゼントマイクにそこまで言われてようやく走り出す受験生たち。果たして今年はどうなるのか、この生徒たちのうちの一部が教え子になると思うと胸が膨らむ。
「いやぁ、今年も始まりましたね!」
「どんな子たちがいるのか、楽しみだな」
教師たちはモニターを見ながら、口々に感想を言い始める。
受験生達は各々個性を使って仮想敵に向かっていくが、中には逃げ回っているだけの子や、いきなりリタイアする子もいた。
ぱっと見目立つのは、爆破と思われる個性を使っている子、植物のツルを操っている少女あたりだろうか。見た目が派手で目を奪われる。
「あれ、オールマイトさん、どうしたんですか?」
ふと横を見ると、ナンバーワンヒーローのオールマイトがモニターを見ながら不安そうな顔をしている。彼は今年から雄英高校に赴任するので、こうして試験を見守っているというわけだ。
「あ、いやね……ちょっと心配になっちゃって」
「あぁ、結構怪我する人も多いですからね。ヒーローとしては助けに行きたくなっちゃいますよね」
「うーん……まぁそういうことだね!」
グッ、とオールマイトがサムズアップする。彼は根っからのヒーロー気質だから、逃げ惑う受験生たちを助けたくなってしまうのだろう。
倍率の高いヒーロー科、もちろん多くの受験生が不合格になる。毎年怪我をする受験生の対応が大変なのだ。
雄英がそんな試験を行えるのも俺の師匠のおかげである。彼女の個性がなければ、雄英は今頃クレームで潰れている。
俺の個性は治せる範囲に限りがあるし、このように大量の人がいる時には使いすぎるとどんどん子どもになってしまう。やはり師匠は偉大だ。
「お、あの子、体の硬度を上げる個性ですかね?」
「恐らく。個性もそうだけど、身体能力が高いね!」
黒髪の少年がバッタバタと敵を破壊していく。ふとした瞬間に周りのサポートをしていたりするから、救出ポイントも期待できそうだ。
行動不能にした敵に応じて敵ポイント、いかにヒーローらしい行動をしたかという救出ポイント。実技試験はこの二つで得点がつけられる。
ヒーローの素質というのは、単純に戦闘力のみで測れるものではない。そのための救出ポイントだ。
「あと6分2秒!」
そんなことを言っているうちに、着々と試験終了は近づいていく。少しずつ仮想敵の数も減っていき、受験生たちには焦りが見られた。
何ポイント取れば合格圏内なのか、彼らにはわからない。時間の許す限り戦わなければいけないのだ。
「この入試は敵の総数も配置も伝えていない…限られた時間と広大な敷地……そこからあぶり出されるのさ」
根津校長が口角を上げながら語り始める。
「状況をいち早く把握するための情報力、遅れて登場じゃ話にならない機動力、どんな状況でも冷静でいられるかの判断力、そして純然たる戦闘力…市井の平和を守るための基礎能力がP数という形でね」
教員だから知っているものの、改めて語る校長の言葉に雄英の厳しさを感じさせられる。
中学生でこれだけのことを要求されて応えられる人は中々いない。だからこそ、雄英は日本一と呼ばれるのだろうけれど。
「今年はなかなか豊作じゃない?」
「いやーまだわからんよ。真価が問われるのはこれからさ!」
ポチ、と音を立てて、モニタールームにある「YARUKI SWITCH」が押される。お邪魔ギミックである0ポイント敵の登場だ。
「圧倒的脅威、それを目の前にした人間の行動は正直さ……メリットは一切ない。だからこそ色濃く浮かび上がる時がある」
受験生は逃げの一択だ。あまりにも大きく、凶悪だ。本能的に投げることを選択するし、無論、この敵を倒したとしても敵ポイントは0ポイント。
しかし、それでも立ち向かってしまう人間がいる。誰かを救けるために。
モニターに、0ポイント敵に立ち向かう少年が映し出される。彼は勢いよく飛び上がった。
「ヒーローの大前提、自己犠牲の精神ってやつが!」
少年は大きく拳を引き、0ポイント敵に思いっきり叩きつけた。物凄い勢いで飛ばされた敵は動きを止めた。規格外だ。思わず声が漏れる。俺が教師になってからこんなことをした子を見たことがない。
今まで目立っていなかったが、とてつもないパワーの持ち主。誰かを救けるために動いてしまう精神。少年の姿にオールマイトの面影が重なった。
「あれ……あの子、落ちてる?」
「うわ、ほんとだ」
モニターの中の彼は勢いよく落下していた。このままじゃ命に関わるかもしれない。どうにかして落下を防げればいいが、どちらにせよ怪我は免れないだろう。
「師匠! 先にB会場に行ってきます!」
「わかったよ、対応できなさそうなら連絡しなさい」
師匠に声をかけて彼のいる会場まで急ぐ。道中試験終了の合図が響いた。
会場に着いてすぐ、先ほどの倒れた男の子が目に入る。急いで駆け寄りながら周囲の受験生に声をかけた。
「怪我をした子はこちらに来てくださいー! 些細な怪我でも大丈夫ですよー!」
倒れた彼を見ると、腕も脚もバッキバキに折れている。恐らく大きく飛んだ時、そして0ポイント敵に拳を叩き込んだ時。その時にこうなったのだろう。
それにしてもこの状態で手足以外に目立った怪我なく着地できるとは何があったのだろうか。
(個性が馴染んでないみたいだ……不思議な子だな)
「君ー、大丈夫かなー? 意識はないけど治しちゃおうか」
俺の個性は時間が経てば経つほど自分の身にふりかかるデメリットが大きくなる。早めに治療を済ませてしまいたいのが理想だ。
左手で彼の腕と脚にそれぞれ触り、時間を巻き戻す。おそらく5分で事足りる。
個性を使い終わると、彼の身体は怪我をする前の状態に戻っていた。これが俺の個性だ。
「あの個性、なんなんだ……?」
「彼はリカバリーガールと並ぶ雄英の養護教諭。時間を操作する個性の応用で怪我を治しているのさ」
あまり有名ではない俺だが、受験生の中にも俺のことを知ってくれている人がいると思うと少し嬉しい。
そんな言葉を耳に挟みつつ、怪我をした受験生達を一人ずつ診ていく。
「それじゃあ怪我を見ていきますねー!」
軽い怪我には普通の処置をし、重めの怪我は怪我をした部位の時間を巻き戻して治療していく。師匠とは別会場の担当だから、できうる限りの治療は俺がしなければいけない。
「この怪我、いつくらいにした?」
「10分前くらいですかね…」
「りょーかい、それじゃあ治すねー」
「……治った」
そりゃそういう個性ですからね。と思いながら治療を続ける。
「あれ、そこの子大丈夫? すっごい吐いてるけど」
「うぅ……大丈夫です……」
「うーん……しょうがない、筆記に響いたら可哀想だし」
壊れた敵の上で吐き散らかしている女の子に声をかける。顔が死んでいて見ていられない。
この後には筆記試験も残っているのだ。気分が悪くて本調子が出ないなんてことにはなって欲しくない。
「これ、いつ何して酔っちゃった?」
「10分くらい前に……浮いて……」
「浮いて……? まぁわかった。じゃあ戻すねー」
酔いを訴える器官の時間を10分戻す。これで吐き気はなくなるはずだ。
「うぇ……? スッキリしました! ありがとうございます!」
「いえいえー、筆記頑張ってねー」
(結構若返ってきたな……)
右手につけている腕時計型の機械を見る。雄英のサポート科に作ってもらったこれは、体の状態から今の身体年齢を表示してくれる便利機械なのだ。
(19歳……あとが心配だな)
まだ身長に影響が出る年齢ではないが、そろそろ身長が縮んで白衣がだぼだぼになってくるかもしれない。
仕事に支障が出なければいいのだけれども、子どもサイズになるのはできるだけ避けたい。
「もういないかなー? 何かあればいつでも教師に声をかけてくださいね!」
確認してから次の会場へ向かう。あと2会場。急がないとミニサイズになってしまう。
–––––
「それじゃ、筆記試験を始めますよー」
(子どもが入ってきた……?)
(え、白衣だぼだぼ……)
(なんで子ども?)
おいお前ら、俺が入ってきた途端に物凄い凝視してくるんじゃないよ。仕方ないだろ個性柄なんだから。
あれから2会場を回って受験生の怪我を治したあと、俺は8歳まで戻ってしまった。それから3時間経って11歳が今の身体年齢だ。
「見た目は子どもですが、雄英の教師なので安心してください。試験中に段々大きくなるので気にしないように」
(((いや気になるわ)))
生徒の心の声を想像しつつ、注意事項を説明して問題用紙を配る。試験開始の合図とともにものすごい勢いで問題を解く中学生たちを眺めていた。あまり言ってはいけないのだろうが、割と退屈だったりする。
不正がないか確認しながら、試験会場を見渡す。俺が受け持っている教室には実技試験で目立った活躍をしていた子は見当たらなかった。
五教科を問題なく無事に終え、受験生がクタクタになっている時には俺は17歳に戻っていた。若干見た目が若くなっているだけで、体格は28歳の今と変わらない。
「はい、お疲れ様でしたー。結果が届くまでドキドキワクワクして待っててくださいねー」
受験生を帰して職員室に向かう。俺やオールマイトのように実技試験の採点に参加しない教師は、先に筆記試験の採点を始めるのだ。
「オールマイトさん、お疲れ様です!」
「時任くん、お疲れ様! だいぶ年齢も戻ったね」
「あはは、昼は小学生でしたからね」
トゥルーフォームと呼ばれるガリガリの姿のオールマイトは、未だに慣れるものではない。けれどみなが憧れたヒーローであるこの人は、どんな姿でも瞳にあの凛々しさが秘められているように思えた。
たとえ活動限界があっても、ヒーローとしての本質は変わらない。やはり彼はNo.1ヒーローだ。
「いやー、これから採点地獄ですよ。オールマイトさん、覚悟しといたほうがいいです」
「そ、そんなにきついものなのかい……? 私は教師としてはからっきしだから……」
「大丈夫です! 俺たちは記号問題の採点と点数の確認だけでいいですから!」
俺はただの保健室の先生で、オールマイトは専門科目の教員免許は持っていない。時短のために簡単な採点を手伝うだけであって、俺たちはかなり楽な方なのだ。
「でも、何回も見直してもらうので! 今夜は長いですよ!」
「そ、そっか……」
ここから始まるのは地獄の時間だ。採点ミスを出さないようにひたすら確認し続け、期日までに間に合わせるために睡眠時間を削る。法律的にギリギリのラインを攻めていくのが教育業界の常だ。
さぁ、今年も戦いの始まりである。
エナジードリンクの缶をぐいっと飲み込んで、俺は解答用紙の山に向かった。
とても誤字が多いので、誤字報告してくださる方に事前に感謝を申し上げます…!