「緑谷くんー? 個性を使う度にこんなに怪我されちゃうと、こっちも困っちゃうんだけどなー?」
個性把握テスト後、保健室まで緑谷くんを連れていきながら釘を刺す。
機転をきかせて指先だけで個性を発動させた彼は、指をパンパンに腫れあがらせていた。
「す、すみません……まだ調整できなくて」
「あそこで指先だけ、っていう発想が出たのはよかったけどなー。体育祭も近いし、時間の余裕はないからね」
「体育祭! そうだ、あと3週間後ぐらいなんだ……」
緑谷くんはいまのままじゃ、どういう競技にしろ早々に腕や指をバッキバキにして上手く活躍できないだろう。
少なくとも、個性を発動するだけで怪我をするという状況は変えなければならない。
「君の今後の人生もかかってる最大のチャンスなんだから、一緒に頑張ろうね。俺も一応副担任だし」
「時任先生……! あの、気になってたんですけど、先生って災害現場や事故現場での人命救助を専門に活躍してる、時間ヒーロー タイムクロッカーですよね……!」
「うわぁ、よくご存知で……」
時間ヒーロー タイムクロッカー。それが俺のヒーローネームだ。特にヒーローネームが思いつかなかった高校時代、周りのクラスメイトたちに勝手に決められたのがこの名前、絶妙なダサさがあると思っているのだが、何だかんだ気に入ってたりはする。
俺は派手な戦闘はしないし、地道な人命救助が主だから知名度は低い。それなのに知っている、ということは、やはり緑谷くんはかなりのヒーローマニアなのだろう。相澤先生のことも知っていたし。
「先生の個性はリカバリーガールとは違うけど、時間さえ間に合えばどんな怪我でも治すことができる……先生のおかげで救われた命は数知れず、もちろん知ってますよ!」
「褒めてもなんにも出ないよー? でも、ありがとね」
メディアに取り上げられることが少ない俺としては、こうして知っていてくれる存在がいるのは素直に嬉しい。
「あ、保健室に行ったらうちの師匠……リカバリーガールからお説教されるだろうから、覚悟しといてね」
「うえっ、やっぱりこんな怪我、怒られちゃいますよね……」
「俺の個性なら怪我を無かったことにできるけど、師匠の個性で治そうとすれば相当体力も使う。授業の度に骨折、なんて話になったら、途中から治せなくなるよ。君が死ぬ」
「し、死ぬ…っ!?」
「師匠と俺は同じ養護教諭だけど、対応できる怪我の範囲はかなり違う。俺は1日前の骨折はもう治せない。師匠は治せるけど患者の体力を使う。万能な個性はないってことだね」
自己治癒力を高める師匠の個性と、時間を巻き戻して怪我そのものを無かったことにする俺の個性。全く違うものだ。
もし1日前の怪我を戻せ、となれば、48歳若返ることになる。そうなれば問答無用で俺が死んでしまう。試したことはないからわからないけども。
「あの、先生は普段から時間を戻して怪我を治してるって聞いたことがあるんですけど、なんで時間を進めての治療はしないんですか? リカバリーガールと似たような治し方が出来そうですけど」
緑谷くんがそっとこちらを伺いながら尋ねる。
確かに俺の個性でも時間を進めて怪我を治すことは可能だが、それをしない理由があった。
「えっとさ、時間を進めるってことはさ、簡単に言えば寿命を削るってことなんだ」
「それって、10時間で治る怪我を一瞬で治しても、実際は10時間かかったのと同じだってことですか?」
その通りだ。体の年齢は進めた分だけ老いる。命を削っているに等しい。
思った以上に彼の理解が早いことに驚きながら続ける。
「そういうことかな。怪我が治っても寿命が縮んじゃ困るでしょ? だから俺は戻して治す……それに、もう一つ理由があるんだよね」
それは俺の個性のデメリット、"時間酔い"に関わるものだ。
「もう一つ、ですか?」
「そう、命のある生物の時間を進めると酔うんだよね。俺は"時間酔い"って呼んでるんだけど…時間を戻すと俺の身体も縮んで、生物の時間を進めると酔う。怪我をした瞬間に時間を戻せばデメリットはほとんどないけど、時間を進めて治すのは嘔吐必須って感じなんだ」
「それでも、無生物ならある程度時間を進められるのは強みですね…! 先生の個性って使い道が多そうで、想像すると楽しくなるんです!」
緑谷くんがキラキラした瞳で話す。どうやら個性の考察をするのが好きみたいだ。
そんな話をしているうちに、保健室へとたどり着く。
「さ、保健室に入って。まず師匠に診てもらってから、俺が治すか、師匠が治すか決める。君はうちの常連になりそうだから特例ね」
「は、はい……」
保健室に緑谷くんを突っ込んで、俺も後から続く。入学式も終わった頃合いなので、師匠は保健室でお茶を飲んでいた。
師匠は緑谷くんを見ると、湯呑みを置いて話し始めた。
「おや、あんたは入試の時の子じゃあないか。またこんな怪我をして……やはり個性と身体が馴染んでいないんだね」
モニター越しに彼の勇姿を見ていた師匠は言う。緑谷くんの怪我を一瞥した師匠はすぐに彼の怪我の原因が分かったようだった。
「使うと問答無用で骨折、みたいになっちゃって……」
「慣れるまでは個性を使う度にこの状態になると思われます。しばらくは俺が戻した方が体の負担がないと思いますが……」
師匠の個性は、患者の自己治癒能力を高める能力だ。怪我を治すときに体力も使うし、乱用はできない。
緑谷くんの場合はまだまだ怪我をすることが予想されるから、俺が戻した方がいい、と思う。
「確かにあんたが治した方がいいだろうが……自身にノーリスクで治してもらえるからって、遠慮なく怪我をされちゃあ困るからね。あんたの場合は怪我をしないよう個性の訓練をするところからじゃないかい」
まったく、常連になるのはやめてもらいたいんだけどねぇ。と師匠がぼやく。
緑谷くんは慌てて口を開いた。
「め、めちゃくちゃ痛いし今すぐにでも使いこなしたいんです! でも感覚が掴めなくて、しばらくはお世話になるかと…」
「……時任。それならあんた、この子の個性訓練に付き合ってやりな」
「俺、ですか?」
どうやら、彼が怪我をする度に個性使用前の体に戻し、短期間で個性を鍛え上げられるようにするらしい。
そうすれば結果的に個性が馴染んで怪我が減る。それを狙っているのだろう。うまくいくかは分からないが。
個性に慣れるための一番の手段は使うことだ。しかし彼の場合はそこに怪我がつきまとう。確かに俺が付き合って訓練した方がいいだろう。
怪我をしないための訓練で怪我を重ねるなんて本末転倒だ。
「分かりました。保健室は空けられないので、師匠が保健室に滞在できる放課後あたりにでも。それでいいかな? 緑谷くん」
「え、うええ! 本当に先生が直々に指導してくれるんですか!」
「俺は戦闘向きじゃないから、指導っていうよりお手伝いだけど……それでもよければ」
「いやいやいや! ありがたいを通り越して崇めたいです…!」
「えーと、やるってことかな? じゃあやる日は事前に連絡するから、準備しといてね。早速今日からどう?」
「大丈夫です! よろしくお願いします!」
緑谷くんとの特訓の予定が立ったところで、師匠が思い出したかのように言った。
「ともかく、あんたの怪我を治してやらないとね」
先ほどの話の流れもあり、彼の治療は基本的に俺が担うことになった。緑谷くんの体力のことも考えて、だ。
緑谷くんを椅子に座らせ、軽く怪我の状態を確認する。
「はい、それじゃあ治すよー」
左手で緑谷くんの指に触れる。戻すのは大体1時間半だ。3歳分若返るが、そこは気にしない。
「うわ……本当に治った」
「入学試験でも君のことは治してるんだよねー」
「あ、あの時も! 気絶してたから覚えてなくて…ありがとうございます!」
なんだか彼とは長い付き合いになりそうだ。放課後の予定を今一度確認した後、緑谷くんは教室に向かった。
二人して後ろ姿を見守っていると、師匠が口を開く。
「……体育祭までだよ、つきっきりになるのは。それまでにある程度まで仕上げてやりなさい」
「……分かりました」
ただただ治してあげることが彼の成長に繋がるわけではないのだ。
師匠も俺も、それを分かっている。だからそそ、条件付きでのトレーニングだ。
彼の個性そのものを伸ばすことに関しては、相澤先生やオールマイトに相談してみればいいだろう。緑谷くんの個性はどこかオールマイトに似ているところがある。きっとあの人ならいいトレーニング方法がわかるだろう。
師匠と別れ、俺も教室へと向かう。そろそろみんな着替え終わって教室に戻っている頃合いだろう。
ホームルームを始める前に、俺からカリキュラムなどの説明を行う必要があるのだ。本来は相澤先生の仕事だが、全て俺に投げられた。
更に俺から特別なプレゼントがある。入学初日から個性把握テストを受けたA組面々、ただ受けただけで立ち止まっていられちゃあ困る。ということで、一歩先へ進んでもらうために、課題をやってもらう予定だ。
1-Aと大きく書かれた扉を開け、中に入る。教室内は先ほどの個性把握テストの結果やら何やらで盛り上がりを見せていた。
「みんなー、個性把握テストお疲れ様!」
俺の姿を確認した生徒たちはそそくさと席に座り、お疲れ様です、と口々に応えた。
「相澤先生が来て帰りのホームルームを始める前に、今年のカリキュラムの説明や課題の説明、他に何かあれば質疑応答も受け付けます。相澤先生は自分で考えろタイプだから、場合によっちゃ俺に聞いた方がいいよー」
「先生! 早速質問よろしいでしょうか!」
「えーと、飯田くんだったよね。いいよー」
「先程より幾分か若く見えるのですが、何があったのでしょうか!」
「えっ、そこ?」
いきなり飛び出した「さっきより若くなってない?」という質問に、思わず軽いリアクションを返してしまう。
彼は天然なのか……? 生真面目そうだけど、真面目が一周回っているのかもしれない。
「あ、それ私も気になってました!」
「さっきまでは20代前半、って見た目してたけど、今は10代後半って見た目してるよね」
まだ身体年齢は20代前半なんだけど……と思いながら、質問に答える。それにしてもみんな観察眼に優れている。
「さっき個性で緑谷くんの怪我を治したから、3歳若いです」
「「なんだそれ!」」
説明が簡素すぎたようで、生徒からツッコミを受ける。俺の個性について知らなければ意味がわからないだろう。
「あーとね、時間ヒーロー タイムクロッカーって言えば知ってる人いないかな? あんまり有名じゃないんだけど」
「俺、名前だけ知ってます」
「ケロ、確か人命救助を主にしたヒーローよね」
尾白くん、蛙吹さんと、他数人は知っているようだった。嬉しいな。
「それが俺なんだけど、名前の通り時間を操る個性を持ってるんだよね。物の時間を戻すと、戻した時間に応じて俺の体が若返っちゃうわけでありまして。段々元に戻るんだけどね」
「なるほど……! 緑谷君の怪我を治した反動のようなものなのですね! わかりました、ありがとうございます!」
「はいはーい! 私も質問いいですかー!」
機敏な動きで飯田くんが座ると、透明人間の葉隠さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら声をかけてくる。制服が動いているのは中々面白い光景だ。
「どうぞー、葉隠さん」
「先生の自己紹介、お願いします!」
「いいねそれー! 俺も気になるー!」
「先生彼女はー? 彼女いるのー?」
雄英についての質問じゃなく俺に対する質問が来ることに戸惑いつつ、学生らしさに思わず笑みがこぼれた
何を言えばいいのかわからないけど……ざっくりしたプロフィールでいいだろう。
「んじゃー改めまして。雄英高校の保健室の先生、兼1-Aの副担任をやらせていただきます。時任秀です。見ての通り男で、この白衣がヒーローコスチュームだったりします」
俺のコスチュームは非常に簡素だ。個性による体格の変化に対応できるインナーに、特殊な繊維を織り込んだ白衣。そして身体年齢を計測する腕の装置。フル装備となるともう少し増えるのだが、基本はこのスタイルである。
「養護教諭の資格を取ってから五年間サイドキックとして働いた後、三年前にここの先生になりました。基本的に災害での人命救助が主で、武闘派のヒーローじゃないんだ」
ヴィランと戦うことがないわけではない。俺の「時間操作」の個性が有用視される現場に呼ばれることもあるのだが、基本は災害救助や戦闘のサポートである。適材適所というわけだ。
「授業としては、君たちの午後のヒーロー学系統のサポートしか受け持ってないです。基本的に職員室か保健室にいるので、用があったら探してください!好きな食べ物は甘い物、かな。彼女は秘密です」
そこは教えろよー! とか、峰田くんの声にならない悲鳴が聞こえたりするが、総スルー。こういうのは秘密って言っておけばなんとかなるのだ。
「あのー、そろそろ本格的な説明に入っていいかな?」
みんなが渋々頷いたところで、カリキュラムや行事についての説明をしていく。雄英は午前は一般科目。午後はヒーローを目指す上での特別科目だ。実技もたくさん盛り込まれる。
目新しい行事は3週間後の体育祭、その後の中間試験。成績が悪いと大変なことになる、と脅しをかけておいた。
「と、大体こんなもんかな。各教科については初回授業でガイダンスがあると思います。それじゃあ入学後初めての課題! 説明するからよーく聞いといてね!」
個性把握テストが終わったタイミングでも言った、自分の個性を見つめ直す課題だ。
「B5のレポート用紙に、個性把握テストを踏まえて自分が感じ取った"個性の強み"や"弱み"に"現状の課題"なんかをまとめてきてください。枚数は指定しないけど、たくさん書けばいいってわけじゃあないからね!」
「シンプルだけれど奥が深い課題……これが雄英か」
「俺こういうの考えるの苦手なんだよなぁ」
「明日から一週間以内に提出してね。だんだん忙しくなるから、早めにやることをおすすめします」
そういうと、各々早速先ほどのテストの様子を思い返して反省し始めていた。それが大事なのだ。次に生かしていってほしい。
「個性は自分の身体の一部、そう言われているのはみんな知ってると思います。個性について理解を深めることは、自分の弱点を知ることでもある。ヒーローを目指す上で欠かせないこと! 初日から大変だと思うけど、かっこいいヒーローになるために頑張りましょう!」
生徒たちの顔が変わる。プロヒーローを目指す真剣な顔つきだ。こうして本気の彼らを、できるだけ高みに連れて行ってあげたい。
その時、教室のドアが開いた。
「帰りのホームルーム始めるぞー」
「相澤先生! 今ちょうど終わりました!」
「分かった、プリントの配布手伝ってくれ」
いいタイミングで教室に入ってきた相澤先生とホームルームを進める。
初めて受け持ったヒーローの卵たちはまだまだ幼いけれど、必死に成長しようとしている。
A組の生徒たちが立派なヒーローになるその日が楽しみだ、心からそう思えた。