「あの、時任くん…この通りだ! 今日も通勤時間に活動限界ギリギリまで働いてしまって……あの…できれば……」
「……オールマイトさん、何回目ですか? これ」
「えぇっと……今年度に入ってから…3回目……です」
「そうです。分かってるんですね」
はぁ、とため息をつきながらオールマイトを見る。
懲りずに毎日通勤時間に人救けをしている彼は、自分の身体の限界ギリギリまで活動していた。
保健室にやってきて、4時間分巻き戻してほしいとお願いしてくるオールマイトに対し、俺は師匠にどうすればいいか助けを求めた。
「師匠、今日はどうしますか?」
「懲りないバカは放っておけばいいさね」
「そ、そんなぁ! トゥルーフォームで授業に出るわけには…!」
「……あんたも懲りないね」
明日はないからね、と師匠が言うと、オールマイトが血を吐きながら大きく土下座をした。
貧血にならないか心配である、まったく。
「4時間巻き戻すと、俺は8歳も若返っちゃうんですよ! 不便なんですからねー」
「ありがとう時任くん! 君がいなければ私は生徒からの信頼を失っているところだった…」
「いーえ。緑谷くんの面倒も見てもらってますし」
大げさな感謝を示してくるオールマイトに触れ、4時間分身体の時間を戻す。
見た目に変化はないが、これで今日の活動限界はリセットされているはずだ。
「ふぅ、朝から生徒に言われちゃうなぁ」
「まだ身長は縮んでないから、いいんじゃないのかね」
「見た目に出るんですよ…威厳が…」
ただでさえない威厳がもっと無くなってしまう。親しみ深く思ってもらえるのはいいことだが、舐められるのはダメなのだ。
「それじゃ、教室行ってきますね」
「今日も頑張ってくるんだよ」
師匠に手を振って、保健室を出る。今日の午後はオールマイトが行うヒーロー基礎学で、戦闘訓練が行われる予定だ。
生徒のコスチュームの最終確認に、演習場とモニタールームの許可が取れているか確認するなど、やらなければいけないことは多い。オールマイトはまだ不慣れなので俺が代わりにやっているのだ。
やることの多さにため息をついていると、見慣れたA組の看板が見えてくる。まだ相澤先生は来ていないだろうが、緑谷くんに用事があるため早めにくる必要があった。
「おはようございまーす」
「時任先生! おはようございます!」
「あはは、飯田くん朝からいい動きしてるね」
飯田くんの手の動きは不思議で、面白い。思わず口角が上がった。
次々と挨拶してくれる生徒たちと軽く話しながら、窓際の緑谷くんのもとに向かう。
「お、耳郎さん昨日と髪型変えた?」
「分かります? そういう先生も朝から若々しいっすね。今は6歳くらい戻ってますか?」
「8歳若返ってまーす」
「お、結構惜しい」
生徒たちは入学翌日にも関わらず、フレンドリーに接してくれている。
この調子だと小学生くらいの身体年齢になった時、ものすごく弄られそうだ。仲良くしてくれるのはありがたいのだけど。
「緑谷くん、おはよう」
「時任先生! おはようございます!」
緑谷くんとは昨日いきなり、放課後に個性のトレーニングを行った。
オールマイトの考えたトレーニングを、俺がサポートしながら行う。怪我をした瞬間に時間を戻せば、俺の体にもほとんど負担はない。
個性の使用に関する具体的なアドバイスは俺にはできなかった。正直あそこまでパワーのある増強型個性はオールマイトくらいしか持っていない。俺にできるのは治すことだけだ。
緑谷くんの怪我の状態も、最初はバッキバキにも程があったが、少しずつ自分の中で出力の調整ができるようになっていて怪我の程度が少しだけマシになっている……ような気がする。まだ1日目だから、劇的な進化はない。
彼は個性を腕や指など一部にしか使っていない、というよりは使えないのだが、オールマイトの提案で、ほんの少しずつ体全体に纏わせることも練習している。どうやら「フルカウル」と名付けたらしいが、首尾はよくない。といっても初日だからまだまだこれからである。
しかし治るとは言っても、自分から激痛に飛び込むのはものすごい勇気だ。彼は中々いいメンタルをしていた。
「今日の放課後は無しって言ってたけど師匠の出張が無くなったから特訓できることになったよ。どうしよっか、やる?」
「やります! 体育館γですか?」
「そのつもり。変わったらまた連絡するね」
それじゃ…と教室の隅に移動しようとすると、瀬呂くんが緑谷くんに声をかけた。
「おい緑谷! お前時任先生に面倒見てもらってんのか? 羨ましいな!」
「放課後に訓練にお付き合い頂いているなんて、とてもいい経験ですわね」
「だからデクくん昨日の放課後残ってたんだ! 教えてくれればよかったのにー」
「あ、別に隠してたわけじゃなくて……言うタイミングがなかったというか」
盛り上がる生徒たちに、申し訳なさそうな顔をする緑谷くん。真面目そうな彼のことだから、自分一人が目をかけてもらっているようで罪悪感があるのだろう。
どうにかフォローを、と口を開く。
「あー、もし良ければみんなの分も手伝うけど…」
「ほ、本当ですか!」
「プロヒーローに課外授業なんて、めっちゃ贅沢!」
せっかくだから、とみんなにも声をかけると、概ね好意的な反応だ。
結局爆豪くんと轟くん以外は来れる時に来る、という形で落ち着いた。
まだこの二人には、プロヒーローとしての実力を認められていないのかな、と思う。保健室の先生だし、見るからに俺は強そうではない。彼らはどちらかというとツンケンしているタイプだからな。仕方ない。
「……ホームルーム始めるぞ」
のそっと寝袋の相澤先生が入ってきてホームルームを始める。俺は話を切り上げて、そそくさと前に移動した。
軽々しく手伝う、と言ってしまったものの、18人の面倒を見るのは中々大変かもしれない。後で相澤先生に相談しよう。
(それよりまず、今日の午後だ…)
オールマイトとの戦闘訓練を思い出し、ため息をつく。
昨日打ち合わせた授業内容は、屋内での対人戦闘訓練だ。ヒーロー側とヴィラン側に分かれ、核を模したハリボテを使った駆け引きを行ってもらう。
(あ、クジ使うって言ってたな……あとは何だ、小型無線と見取り図か)
教師って忙しい。4年目にして改めて実感するものがある。
去年まではたまに実技のお手伝い、保健室での仕事くらいしか無かった。それなのに今年は目が回りそうだ。
–––––
ホームルーム、保健室での書類仕事、午後の実技の準備。それぞれ終わらせた後、俺は職員室で相澤先生と向かい合っていた。
「うえ、相澤先生またゼリー飲料なんですか?」
「……食事に時間がかかるのは合理的じゃない」
「ヒーローにとって体は資本なんですー。しっかりご飯は食べてください」
相澤先生は今日もゼリー飲料。髪もヒゲも大変なことになってるし、そろそろまともな格好をして欲しいものである。
俺は師匠直伝のレシピをフル活用したお弁当である。栄養バランスはもちろんバッチリ。
このくらいは養護教諭として当然である。
「それはそうと相澤先生、俺って緑谷くんのお手伝いをすることになったじゃないですか」
「……そうだな」
「他の子たちのお手伝いもすることになっちゃって……どうすればいいと思いますか?」
「そうだな……各々にあったトレーニングをしつつ、お前がタイマンで戦闘訓練。これでどうだ?」
「いーやいやいや、俺って戦闘は得意じゃないんですって」
「……タイマンならいけるだろ?」
何言ってんだ、とでも言いたげな目をした相澤先生を軽く睨む。俺はあくまで人命救助メインのヒーローなんですけど。
「否定はしませんけど、俺のやり方でタイマンしても、みんなの力になりませんって」
「まぁ、タイマンで勝てるやつはそうそういないだろうな」
「そういう相澤先生は俺の天敵ですからねー? 俺、相澤先生に勝てるビジョンが見えませんもん」
俺の戦い方は、個性を使った反則技のようなものだ。個性を消してくる相澤先生は天敵としかいいようがない。
「それは置いておいてだな……それでも、"両手"を使わなければ生徒たちといい組み手はできると思うぞ」
「……確かに。それならそういうのもありなのかなぁ」
両手を使う、つまり、両手で相手に触れて時間を完全に止めることだ。
それさえ無ければ、俺は移動が素早いだけの並の戦闘能力の持ち主である。
「…ま、とりあえずやってみろ」
「手詰まりになったらまた相談しますからねー」
担任である相澤先生はとにかく忙しいが、いざとなったら巻き込まれてもらおう。
今後予定されている林間合宿はとにかく一日中個性を使い限界を超えることが目的だが、放課後特訓は違う。普段の授業を行いつつピンポイントで彼らを伸ばしていかなければならない。
授業のカリキュラムの内容も考えながら決めていかなければならないだろう。
「あ、そういや個性把握テスト後の課題、全員分採点終わりました。先生からもお願いします」
「……了解」
個性把握テストの後に出した課題は、みんなすぐに提出してきた。流石ヒーロー科。みんな真面目である。
内容はかなり綿密で、みんな考えたんだなぁ、と思わずしみじみさせられた。
特に葉隠さん、峰田くん、上鳴くんあたりは、結果が振るわなかっただけにいい反省をしていた。彼らの個性はあのテストには不向きだったけれど、今後に期待だ。
「今日の戦闘訓練が終わったら、また同じタイプの課題を出すつもりです。先生はVで確認しますよね?」
「そのつもりだ。そっちの課題も集まったら回してくれ」
「了解です。それじゃそろそろ行ってきますね!」
相澤先生と別れ、デスクに座っているオールマイトの元へ向かう。
今朝活動限界は戻したが、中々疲れているようだった。
「オールマイトさん、そろそろ行きませんか?」
「お、そうだね!」
話しかけた途端にマッスルフォームに変わった。改めてその変貌ぶりに驚く。
「そうそう時任くん! せっかく戦闘訓練をやるんだ。我々教師がデモンストレーションをやる、というのはどうだろうか!」
「俺のこと、ミンチにでもするつもりですかー? オールマイトさんとタイマンなんて嫌ですよ」
「うーん、名案だと思ったんだけどなぁ…」
いくら怪我で力が衰えているからと言っても、彼はナンバーワンヒーローだ。俺が戦ったら一瞬でミンチの出来上がりである。
条件によってはある程度張り合えるだろうが、ガチのタイマンは本当にダメだ。
「そもそもオールマイトさん、俺に活動限界誤魔化してもらってるんですからね? その体で俺をボコボコにしようだなんてひどいですよ」
「うぐっ! それは……正論なのだが……」
「はい、ってことで今回は無しで!」
オールマイトは泣き崩れていた。そんなに戦いたかったのか。
やっと職員室を出てA組に向かう。オールマイトはしょんぼりしているが無視だ、無視。
さぁ、みんなお楽しみの戦闘訓練、始まりだ。
–––––
「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!!」
「俺もいまーす」
「オールマイトだ…!すげぇや、本当に先生やってるんだな…!」
「銀時代のコスチュームだ…!画風違いすぎて鳥肌が…」
オールマイトが銀時代のコスチュームで高らかに笑いながら教室に入る。
生オールマイトに有名なコスチューム、みな興奮していた。
午後に行われる実技的な授業の中でも最も単位数が多い授業、ヒーロー基礎学。初回はオールマイトと俺の担当だ。
「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!」
"BATTLE"と書かれたプレートを掲げながら、オールマイトは力強く宣言する。
入学早々実践的な訓練を行えることに生徒たちは沸き立っていた。
相澤先生の時とはみんなの反応が大違いだ。オールマイトだからな、仕方ない。
「そしてそいつに伴って…こちら!」
オールマイトが手元のリモコンを操作すると、ハイテクなロッカーが壁から出てくる。中には生徒たちが入学前に提出した"個性届け"と要望に従って作られたコスチュームが入っていた。
「うおおおお! コスチューム!」
生徒たちはみな自分の憧れが詰まったコスチュームに心を躍らせている。
自分が初めてコスチュームをもらったときのことを思い出す、懐かしいものだ。
「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!」
生徒たちにコスチュームを渡し、オールマイトとグラウンドβで待機する。少し経つと、続々とコスチュームを身にまとった生徒たちが現れた。
「お、上鳴くんはいい感じにチャラいね。見た目重視?」
「へへ、あんましっかりコスチュームの要望書かなくて、機能面は全然なんすけど……今日の訓練終わったら、考えて改良していきます!」
「偉い偉い、まずは今日頑張ろうね」
生徒たちのコスチュームは様々なタイプが存在していた。まさにヒーローらしいコスチュームの子から、私服に近いシンプルなものまで多岐にわたる。
緑谷くんのものなんか、完全にオールマイトリスペクトだった。好きなんだな、オールマイト。
(まだまだ性能的に微妙な子も多いけど……一発目だしね。改良していけばいいか)
「始めようか! 有精卵ども!」
全員揃ったことを確認したオールマイトは、高らかに宣言する。
戦闘訓練の概要はこうだ。五階建てのビルに、二人組のヴィランが核を持って立てこもった。彼らはヒーローを捕縛するか、15分間核を守りきれば勝利である。
同じく二人組のヒーローは、15分以内にヴィランを捕縛するか、核に触れれば勝利、となる。
捕縛には確保テープが使われて、それを巻きつければ行動不能にできる。戦闘訓練とは言っても、ハリボテを使っていたり確保テープがあったりなど実戦より甘い部分も多い。
(個性について知ることもそうだけど、今回の目的はヴィランについて知ること……みんな、大丈夫かな?)
オールマイトに大量の質問をしている生徒たちを見て、少し不安に思う。この訓練の本質を理解してくれないと、中々甘い訓練になってしまう。
「……オールマイトさん。やっぱりデモンストレーション、しましょうか」
「おおっ!? 本当かい! 是非やろうじゃないか!」
正直あまり乗り気ではないが、生徒たちがあまり状況を理解していない今、いきなり訓練を行ってもいい結果は得られないだろう。
先生としての苦渋の決断というやつである。
「俺にもちゃんと考えがあって言ってるんですからねー? そこんとこ、よろしくお願いしますよ」
「もちろんさっ! いやぁ、時任くんと戦えるなんて嬉しいなぁ。気になってたんだよね、君の個性」
「……オールマイトさんに気にかけてもらうような戦闘向きの個性じゃないですよ」
まったく、何を期待してるんだか。
「それじゃあみんなー、今から俺とオールマイトさんとでお手本を見せます。意識してほしいポイントは2つ!」
指を立てながら大げさに言う。
「1つ! ヒーロー側にいかにたくさんの制約があるか!」
ヒーローは守るための職業だ。街への被害、建物の被害を意識するのはもちろんのこと、ヴィランをむやみやたらに痛めつけてはいけない。
「2つ! ヴィラン側の目的、それに伴った思考回路!」
ヴィランとは"なんでもあり"な存在だ。どんな下劣な手段を取ってもいいし、目的を達成するためには何をしてもおかしくないのだ。
「これらが理解できれば、きっといい訓練にできるよ。それじゃあオールマイトさん。どっちがどっちやります?」
「ううん……ヒーローとしての後輩に、ヴィラン側を譲ろうじゃないか!」
「了解でーす。音声は垂れ流しにしておきます?」
「そうしておこう、解説を交えながらやろうじゃないか」
生徒をモニタールームに連れていってから、建物内にスタンバイする。
俺はヴィラン側、どんな姑息な手段を取ってもいい。完全にヴィラン側の方が有利だ。オールマイトはそこを踏まえて俺に譲ってくれたのだろう。
「みんなー、今から5分間、俺はヴィランとしてヒーローの迎撃準備をするよー」
モニタールームに連絡をして、核の場所を次々に移動させる。5階の部屋を一つ一つ回った後、最終的に5階中央に核を置いた。
「なぁ、時任先生は何してんのかな…?」
「……想像もつきませんわ。ただ無闇矢鱈に核を移動させているようにしか……」
モニタールームの反応が聞こえてくる。今の行動の理由は俺の個性をしっかり理解していないと想像つかないだろう。
実はこの行動が、後々に響いてくるのだ。
その後は2階から順番にオールマイトが通りそうな床の時間を崩壊ギリギリまで進めておく。大きな衝撃があっても崩れるし、踏んでも崩れる。微妙なラインだ。床は無生物だから、時間を進める分にはほとんど負担はない。
各所にこの罠を仕掛け5階に待機していると、オールマイトから開始の合図が聞こえてくる。
彼はシンプルな増強型個性。しらみつぶしに1階から探索するしかないだろう。
「モニタールームのみんなー、聞こえるかな?」
聞こえまーすという反応を聞いて、俺は少しずつ解説を始める。
「ヒーロー側は核の場所がわからないから、索敵型の個性がない限りしらみつぶしに探索するしかない。だからオールマイトさんは俺のいる5階にはしばらく来ない、と予想されるんだ。実際は俺にはわからないけどね」
この訓練でヒーロー側が圧倒的不利なことを説明していると、階下から「うおっ!?」という声が聞こえてくる。罠に落ちたようだ。
「こうやってヴィラン側は、罠でもなんでも用意しているのが当たり前。敵の陣地に踏み込むということはそういうことだから、警戒は怠らないようにね!」
話しながら次々とオールマイトの叫び声が聞こえてくる。落とし穴の位置はぱっと見わからない。落ちては上がっての繰り返しだ。
「オールマイトさんは"戦う"という土俵では物凄く強い。けれど一人きりでこういった状況だと追い込まれてしまう。何故だかわかるかな?」
「はい! 時任先生!」
「えーと、その声は八百万さんかな?」
「そうですわ。……こういう状況では核に下手な刺激を与えられません。オールマイト先生の持つパワーを放てば建物にも核にも影響が出る……迂闊に個性も使えませんわ」
「そういうこと! 核に刺激を与えたら最悪だからね。索敵能力のない増強型個性は、ただただ翻弄されるだけになることが多い。でもタイマンに持ち込まれたら大変なことになっちゃうから、ヴィランとしても胡座をかいてはいられないんだよね」
そんなことを話しているうちに、オールマイトの声が近づいてきている。5階には罠は仕掛けていない。ここに来られたら戦うしかないのだ。
「と、時任くん……随分苦労させてくれたじゃないか」
「落とし穴地獄、大変でしたよね! ……それじゃ、やりますか?」
残り5分、オールマイトと相対する。
耳元からは「タイマンはヤベぇよ、時任先生も流石に敵わねぇって」「大丈夫かな…」という声が聞こえてくる。
ここは屋内、彼のパワーはフルに使えない。そこが俺が勝つためのミソだ。
俺の真後ろには核があり、オールマイトとは一直線上に並んでいた。
「核は渡してもらおうか!」
勢いよくオールマイトが突っ込んでくる。俺を無力化して核に触る算段だろう。
「突っ込んでくるなら、逃げるまでです」
「んなっ…!?」
左手で核に触れ「核の場所」の時間軸を操作する。事前に5階の全部屋に核を移動させていたのは、こうしてテレポートもどきをさせるつもりだったからだ。
俺の個性では物の状態だけじゃなく、物の座標の時間軸も操作することができる。「五分前の場所」に移動させようと座標の時間を戻せば、擬似テレポートが可能というわけだ。
これはあくまでも、俺がいつどこに核を移動させていたが覚えているから何とかできることで、いつでもできるわけじゃない。かなり頭を使う。
それに加えて移動先に何もないのを確認していないと、物の座標が被って大変なことになる。もしも人なんかいた時には死の危険があるのだ。今までそれをやらかしたことはないが。
一瞬で消えた核に戸惑ったのかオールマイトは一瞬動きを止めたが、そのままこちらへ突っ込んでくる。俺を確保する算段だろうか。
「屋内なら、認識できないほどの速さじゃあないですね」
「そりゃ避けるよね…!」
オールマイトの拳をいなす。本来は拳圧で暴風が起こるその拳も、屋内で建物に大きな傷をつけられないという状況では弱体化している。それでも直撃したらヤバいということに変わりはないのだが。
体勢が整っていないオールマイトに向けて確保テープを伸ばす。当然のように避けられるが、その隙に部屋から脱出する。
「ちょ、待つんだ!」
廊下にまきびしをばら撒いた後、核を移動させた方へと向かう。オールマイトが部屋を出てまきびしに気づいたその瞬間、一瞬の隙にくないを投げつけた。
「うおっ! 本当に容赦ないなぁ!」
「ヴィラン役ですから、ねっ!」
続けて2本、3本とくないを投げつける。ことごとく避けられるがそれも想定内だ。
(本来なら両手で触りに行きたいけど……あの反応速度は異常だ。一瞬で迎撃される)
俺には裏技のような移動方法があるが、それを使用してもまだ迎撃されかねないオールマイトの反射神経、恐るべしだ。
両手で触れてさえしまえば動きを止められてこちらの勝ちだが、それを狙うにはリスクが大きすぎる。ここは逃げ一択。
「いつまで逃げてるつもりかなっ!」
「時間切れになるまでですけど!」
一直線の廊下上、逃げようとした俺に向けて、オールマイトが渾身の一撃を入れようとしてくる。
「いいんですか? このすぐ近くに核がありますけど!」
「くっ…!? ほんと君、ヒーローらしくないよねっ!」
「今はヴィラン役って言ってますよね!」
そう、俺を本気で無力化しようとすると、その拳は周囲にも影響を及ぼす。近くに核があると言われてしまえば彼はそれを打てない。核に刺激を与えたら大変なことになるからだ。
「本当か嘘かは知らないけど…それなら核を探すまで!」
オールマイトがそう言って突っ込んだ部屋は、不運なことに先ほど核を移動させた部屋だ。
(やっば…!)
「ははは! 時任くん、詰めが甘いんじゃないのかなぁ!」
煽ってくるオールマイトを無視し、右手で自分に触れる。今からやるのは、自分の行動の結果を早送りすることだ。
頭の中で思い浮かんだ移動ルートに向けて体を動かす。大体何秒でたどり着くかを計算して、その分だけ「移動の時間を進める」
これで計算さえ合っていれば望み通りの場所へ移動できる。移動先に物があると悲惨なことになるが、それは事前に確認済み。
事前に空間の状況を把握していて、ある程度の計算を脳内でできる時にしか移動できないという制約はあるものの、それさえできればかなり強力な移動方法だと思っている。ほぼ瞬間移動だからね。
それでも自分を移動させるというのは難しく、何よりデメリットがある。進める時間は大したことがないから多用しなければあまり酔わないが、積極的に使うものではない。
今はオールマイトが核からある程度離れていて考える時間があったからこそ試すことができた。特別なものなのだ。
オールマイトを越えて核の真横へと擬似テレポートをする。無事に成功だ。
「んなっ…! どうやって移動してるんだよ!」
「敵に教えるわけないでしょうが!」
そのまま核に触れてまた転移させる。何分か戻せば問題ないはずだ。
核を移動させ一安心、と思いきや、俺の眼前に確保テープが迫っていた。オールマイトが核へ触れることから目的を切り替えたということに今更ながら気づく。
(うわ、終わった)
迫り来る確保テープをなんとか避けようと体をひねった瞬間、耳元から「15分経ちました!」との声が聞こえた。
「うは……負けるかと思いました」
「んんん!! 後少しだったのに!」
悔しがるオールマイトに対し、ホッと胸をなでおろす。有利だと言っていたヴィラン側で負けるわけにはいかない。
正直あと少しで負けるところだった。危ない危ない。
息も絶え絶え、の状況で、生徒たちの待つモニタールームへと帰る。オールマイトからは「あれどうやったの!?」とか「あそこの移動は反則!」とか色々文句を言われるが、全て受け流した。
「先生たちー! お疲れ様でしたー!」
「プロってすげぇな! 間近で見れて感動だよ!」
「時任先生の個性は時間操作だから……瞬間移動して見えたのは自分の時間をいじった? いやそれにしても物の状態じゃなくて座標の時間操作までできるのか……? それなら一瞬で回り込んで触れてしまえば相手を無効化できるのでは……戦闘しているところは初めて見たけどタイマンならかなり強いんじゃ……」
「緑谷ちゃん、怖いわ」
明るく迎えてくれる生徒たち、そして緑谷くんはブツブツ考察をしていて、蛙水さんに止められている。
「いやー! 負けてしまったよ!」
「屋内であったこと、俺がヴィランでかなり有利だったこと、基本的に妨害と逃げに徹していたこと、それを踏まえてギリギリ15分粘れたというだけで、かなり厳しかったですね」
「あと3秒あれば勝ててたんだけどなー!」
「そうですねー、ほんとギリギリでした」
それから軽く戦闘に補足を加えながら、ポイントを再び説明していく。
シチュエーションを理解すること、これがこの訓練の最も大事なところだ。それを分かってもらえたなら頑張った甲斐がある。
それから行われた生徒たちの戦闘訓練はとてもいいものとなった––と言いたいところだったが、初戦から建物は大損害。核の扱いもぞんざいと、大変な試合になった。特に初戦は爆豪くんと緑谷くんの因縁も関係しているのかもしれないが、デモンストレーションの意味は…と気が遠くなった。
訓練だからね、上手くいかないよね……と思いつつ、多少複雑な気持ちが拭えなかった。今日も緑谷くんの腕はバッキバキになった。