「ってぇ…両腕両脚撃たれた…完敗だ」
寂れたバーに黒霧のワープゲートが繋がり、死柄木が倒れ込んだ。
撤退間際に撃たれた手足から血が流れている。
「脳無もやられた…手下どもは瞬殺……生徒は想像以上に強かった…それに、タイムクロッカー。アイツのせいだ…」
散々時任を痛めつけたつもりだったのに、最終的にオールマイトの回復までされた。許せない、ラスボスを倒す間際に全快されたようなものだ。
「オールマイトもイレイザーヘッドも、アイツのせいで回復した。チートだろほんと……」
死柄木が恨み言を言うと、バーの中にあるモニターが光って音声が流れ始めた。
「今回は残念だったね、死柄木弔」
「聞いてないぞ先生……タイムクロッカーがあんなに邪魔だなんて」
「僕にも想定外だったんだ。今回は見通しが甘かったね」
「うむ…舐めすぎたな。敵連合なんちうチープな団体名でよかったわい」
"先生"の声がバーに響く。
「それにしても、あれ。生きてるのかなぁ……生きてたら、欲しいなぁ」
子どもがおもちゃを欲しがるような調子で言う。
悪意は止まらない。今回の雄英襲撃は序章に過ぎないのだ。
"先生"は考える。あの個性、奪うにも使い勝手が悪い。誰かに与えるにも使いこなせないだろう。
あのヒーローが持っているからこそ魅力的な個性なのだ。欲しい、欲しい。例えどんなに反抗されようともいくらでも洗脳できる。手中においてしまえばこちらのものだ。
あれさえあれば、5年前のことを無かったことにできる。本人の身に何が降りかかろうともあの個性なら"戻すことができる"のだ。
(欲しいなぁ……欲しい)
「死柄木弔……タイムクロッカー、僕のために回収してきてくれないかい? もちろん、準備が整ってからでいいんだ……」
社会の影で育まれた小さな悪意は、少しずつ闇を蓄えて大きく育つ。
このままでは終われない。物語はまだ始まったばかりなのだから。
–––––
「16.17.18…軽い怪我を負っている子はいるけど、生徒は全員無事、か」
ヴィラン連合の撤退したUSJにて、警察が生徒たちの無事を確認している。
生徒たちは戦いを乗り越えたものの、その表情は浮かない。
その惨状を見た生徒も、見ていない生徒も。脳無という怪人にボロボロにされた時任のことを考えていた。
「ねぇ、俺さ。時任先生のこと、見てないんだけど…何があったのかな」
一人で火災エリアで戦っていた尾白が周囲に尋ねた。聞かないほうがいいのかもしれない、と思いながらも、聞かずにはいられなかった。
黒霧によって転移させられなかった麗日を始めとする生徒たちや、水難、山岳エリアに飛ばされた6人は、ただただ嬲られ続けた時任の姿を思い出す。
折られ支えを失い垂れ下がった腕、血に塗れた顔、個性の使用により小さくなった体に、ダボついて真っ赤に染まった白衣。
あまりの惨さに麗日は地面にしゃがみこみ、目元を抑えて嗚咽を漏らす。それを支える芦戸の目も涙に濡れていた。
上鳴は行き場のない感情を抑えきれずに声を荒げた。
「おかしいだろ…っ! なんで、なんで先生があんな目に…っ!」
「……上鳴っ!」
瀬呂に宥められるものの、上鳴の感情は止まらない。
「あんなに、優しい人なのに…! 俺たちは何もできなかった、ただ見てることしかできなかったんだ…!」
ヒーローの卵たちは自らの力不足を嘆く。もっと力があれば、あの状況を変えうる何かが出来れば、と後悔は止まらなかった。
「時任先生、目をつけられてたんだ。回復役は真っ先に潰すとか、言ってて」
緑谷が声を震わせながら言った。
彼は時任と彼の個性について話したことがあった。度重なる治療の中で様々な質問をしていたのだ。
救う個性だと、誰かのためにある個性だと言っていた時任の笑顔を思い出す。
その個性が理由であんな目に合わされるなんて、到底許せることではなかった。
「相澤先生の個性のクールタイムも無くせて、怪我をしたとしても一瞬で治せる……だから、真っ先に狙われて、あんな風に」
「……脳無と呼ばれていたヴィランが、時任先生を集中的に攻撃したの。不意を突かれて逃げられなくて、誰も助けに行けなくて…」
「…生きてるかどうかすら分からなかったんだ。でもオールマイトが助けに来てくれた時は生きてた。なんとか自分で怪我を戻してたけど、体はものすごく小さくなってたし、血が足りないって言ってた。それで、それで……」
「……おい、緑谷。なんであの時時任先生のこと連れてったんだよ。死にかけてたのに!」
時任をオールマイトの元へ連れていった緑谷に対して、峰田が声を荒げた。
それに対して緑谷も反論する。彼だって時任の命を捨てるような真似を進んでしたかったわけではない。まだ15歳の少年には酷な選択だったのだ。
「君だって先生が言ってたこと、聞いてただろ!」
「聞いてたけど意味わかんねぇよ! 俺には理解できなかった…でもそれで時任先生が死んじゃったら、ダメだろうがよ…!」
「……峰田ちゃん。落ち着いて。時任先生にも何か考えがあったのよ……じゃなきゃあんなことはしないわ」
峰田を蛙水が宥める。蛙吹も峰田と同様に、緑谷と時任の会話を理解できていなかった。しかしそれでも、時任が考えて緑谷に頼んだということだけはわかっていた。
「轟、爆豪、切島。お前らは時任先生のこと運んだんだろ? 何があったのかわかんねぇのか?」
争い始める緑谷と峰田の話が分からず、瀬呂が爆豪たちに尋ねる。
「わからねぇ……オールマイトに治療してたんだと思う。でもオールマイトは焦ってた」
轟が口を開くが、不明瞭な答えに更に謎が深まる。
それを見かねて爆豪が言った。
「……個性の反動が無かったんだよ」
「それってどういうことだ?」
爆豪はそれに対しキレることもなく、静かに続ける。
「時間を戻せば体に負担があるって言ってただろ。でもあの時だけは、体が小さくなってなかった」
「よく見てたなお前……でも、それの何がアレなんだ? デメリットが無かったっていいことなんじゃ」
「違いますわ……おそらく、体の限界を超えて時間を戻したんですの…」
「デメリットが無かったんじゃなくて、デメリットが体の限界を超えたかもしれない、ってこと…?」
恐らく、と八百万が言う。爆豪もそう考えているようだった。
時任の持つデメリットは、自分の身体年齢がどんどん若くなること。本人も赤ん坊にまではなったことがないと言っていた。
その限界を超える、と言うと、死の可能性が頭の中に浮かんでくる。命の灯火が消えたために若返らなかったのではないか? その考えが捨てきれなかった。
「……俺たちが運んだ時、意識は失ってたけど死んではなかった、と思う。心臓は間違いなく動いてた」
轟が静かに口を開く。その言葉に少し安心しつつも、依然として心配な気持ちは変わらなかった。
「君たち! 一旦教室で待機していてくれ!」
「あの、刑事さん…時任先生はどうなっているの?」
教室へ誘導するためにやってきた刑事に、蛙吹が尋ねた。
「……分からないんだ。怪我は自力で直していたし輸血もした。心臓も動いている。けどいつまで経っても体が大きくならないし、意識が戻らないんだ」
いつ目覚めるのかは分からない、そう刑事は言った。
相澤、オールマイト、13号の無事。生徒たちにも目立った怪我はない。その事実は確かに喜ぶべきことだった。
それでも、自分たちを支えてくれていた副担任の状況を考えてしまうと、後悔しか感じられなかった。
–––––
その日の午後は事情聴取を受けて帰宅、翌日は臨時休校になった。
休みと言っても気分は晴れない。A組の生徒たちは重い気持ちのまま鍛錬に励んだ。もう目の前で大切な人たちが傷つく姿は見たくなかった。
そして翌日、学校が再開した。
「皆ー! 朝のホームルームが始まるー! 席につけー!」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」
朝から絶好調の飯田に瀬呂が突っ込む。1日休みを挟んで、A組にはいつもの空気が戻りつつあった。
ガラ、と音を立てて教室のドアが開く、
「お早う」
「相澤先生! 元気そうで良かった!」
脳無から重い一発をくらい意識を失っていた相澤だったが、時任が勝手に治療を施したおかげで怪我は完治。すぐに意識を取り戻して教職に復帰していた。
相澤の普段通りの様子に喜ぶ生徒たちだが、普段なら彼の後ろについているはずの時任の不在に肩を落とす。
「生憎と体調は万全だよ…ホームルームの前に、時任のことを伝えておこうと思う」
自らを顧みずに相澤の怪我を治した時任のことを考え、相澤は生憎と表現した。
気になっていた時任の話が出てきて、生徒たちが息を飲む。
「未だに意識不明で入院中だ。身体年齢も戻ってないらしい。しばらくは休職扱いになる。見舞いに行きたいやつは声をかけろ」
意識不明、入院中。重い現状に生徒たちは顔を暗くする。
しかし相澤から見舞いという単語が出た瞬間に誰からともなく「行こう!」と言い始めた。
「今週の日曜! 絶対みんなで行こう!」
「ったりまえだろ!」
「……騒がしくするなよ」
相澤からチクリと釘を刺されるが、生徒たちは見舞い品に何を買うかで騒いでいる。
ひとつため息をつくと、ホームルームの話へと切り替えた。
「……戦いはまだ終わってねぇぞ」
戦い、という言葉にクラスの空気が変わった。
「雄英体育祭が迫ってる!」
「「クソ学校っぽいの来たぁああ!」」
「待って待って! 敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか⁉︎」
体育祭に心を躍らせるものの、先日の事件のこともあり不安な気持ちもある。
相澤はそんな生徒の声にこう返した。
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだ。何より雄英の体育祭は……最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」
「いや、そこは中止しよう?」
峰田が困惑した顔で言う。いくらなんでも体育の祭りなのだ。危険を冒してまでやるものではない。
「えっ…? 峰田くん、雄英の体育祭見たことないの?」
「あるに決まってんだろ。いやそういうことじゃなくてよー…」
「雄英体育祭は日本のビッグイベントの一つ。多くのヒーロー事務所がスカウト目的で観ているぞ」
そう、体育祭はヒーロー志望にとっての最大のチャンス。名のあるヒーロー事務所に入れれば経験値も話題性も高くなるし、年に1度、計3回しかない体育祭はとても重要なのだ。
プロに見込まれるチャンス、捨てるわけにはいかない。
「開催は2週間後だ。時任と俺で見ていたトレーニングは一旦中断するが、いつでも相談には乗る。個々で体育祭に向けて準備しろ。……それで、だ」
相澤が少しもったいぶって話を続ける。
「本人が意識不明の状態で拝借するのはちょっとアレなんだが……時任がお前らのトレーニングや授業を見ながら、毎日課題や進捗をまとめ続けたノートがある。俺の独断でそれを渡すから、時任に教えてもらってると思いながら頑張れ」
相澤が寝袋から大量のノートを取り出す。生徒20人分しっかりあるそれは、時任が日頃から生徒たちについてまとめ続け、これからのプランニングをしていたものだった。
相澤は一人一人にノートを手渡す。緑谷がクラスメイトの個性をまとめているものとはまた違った切り口で書かれているそれは、ただ反省点が書かれているだけではなかった。
訓練で見せていた良かった点、少しずつ成長している点、次会った時に褒めてあげたいと思ったことが書かれていたり、とにかく先生から生徒への愛情に詰まったものだった。
「あいつもよくやるよ……初めての副担任で、嬉しがってた。毎日お前らのことを考えてた」
相澤の言葉に、女子や涙腺の緩い緑谷などが嗚咽を漏らし始める。
爆豪は苛立たしげに窓の外を見つめ、轟は静かに視線を下げた。
(時任…こいつらは、強くなるぞ)
誰もが決意を固めていた。誰かを救けられるプロヒーローになる。そのために、体育祭で全力を尽くすことを。
–––––
「……ほんとバカだよ、お前」
真っ白な病室の中、ひたすら眠り続ける時任。水島はその頬をそっと撫でながら呟いた。
時任が入院してから1週間半が経つ。彼の周りには生徒からの大きな見舞い花とクマのぬいぐるみ、そして寄せ書きが置かれていた。
『時任先生、大好きです。早く良くなりますように』
『戻ってきたらただいまって言ってください。俺たちみんなでおかえりって言いたいです』
『守ってくれてありがとうございます。俺たちもっと強くなります』
生徒たちのメッセージを彼はまだ見ていない。いや、見ることはできない。
彼の体は依然として小学生ほどの大きさのままだった。怪我は治っているはずなのに、彼の意識は戻らない。
先日会ったときはあれだけ元気そうだったのに、誰かを救けるために自分を犠牲にしてしまった友人。同じヒーローとしては、ヒーローの鑑だと思いながらも、その自分を捨てるような行動を許せない友人としての自分がいた。
死ぬような真似はするなと言ったのに、笑ってそんなことはしないと言ったのに、こうして長い間眠りについている。本当にバカだ。見守る周りの身にもなってほしい。
生徒からあれだけ愛されているのなら、ありがとうと言われるのなら。俺だけはふざけるなと怒ってやろう。自分を大切にしろと言ってやろう。
だから、だから。
「早く、起きろよ…っ!」
思わず涙が溢れ、眠る時任の顔へと落ちる。
拭うものを持ってこなければ、と水島が席を立った。
その時、眠り続けていた時任の瞳がうっすらと開く。
水島はまだ、それに気づいていなかった。