機動戦士ガンダムSEED Pale Peace Makers   作:杉鋸

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蛇足編 隊長の帰還

 俺が目を覚ました時、最初に目に入ったのは画面に映る明らかに画質の低い映像だった。メインカメラが壊れて自動的に切り替わったのだろう。他のサブカメラも大半が壊れていたが、周囲に敵は居ない様だった。

 ……居ないのは敵だけではなく、味方の姿も一切無かった。焦り、通信を試みるも発信できている様子は無いし、受信もしない。周囲に敵が居ない以上Nジャマーによる電波妨害と考えるよりは機体の通信機器が破損したと考えるのが妥当だろう。

 

 そもそも、どうしてこんな状況に置かれているのか。……少しずつ思い出してくる。

 俺はヤキン・ドゥーエ攻略戦に参加していたはずだ。しかし今居る場所がどこなのかが分からない。気を失っている間に大きく流されたのだろうか。

 

 慣性航法装置は機能していないらしくプラントの真っ只中の座標が表示されている。そんな場所に居るならあえて座標を見たりしなくてもどこに居るのかくらいは分かるはずだ。……それとも連合はプラントやヤキンを消滅させたとでもいうのか。

 サブカメラを使って周囲を観察するも映る範囲の都合もあっておおよその位置すら分からない。リアクションホイールで機体ごとカメラの向きを変えて更に観察を続ける。

 

 リアクションホイールもダメージを受けているのだろう。ホイールが異音を立てながらなんとか回転し、恐ろしくゆっくりと機体の向きが変わり始める。

 機体の向きが十分に変わるまでの間に軽く機体の状態を調べる。……四肢と頭部は反応途絶、推進剤は大半が流出、冷却系は部分的に機能停止、電力だけはそれなりにあり。無動力の救命ポッドと大差ない状態と考えてよさそうだ。

 

 角度の変わった映像に映る多くの残骸。MS、MA、艦船。あるいは損傷したミサイルやMSの手持ち武装らしき物もある。様々な理由で散らばったそれらが視線を遮るが、それでもいくつもの特徴的な物が映る。

 月が見えた。プラントも見えた。地球も見えた。しかしプラントや連合の居る場所からは大きく跳ばされたらしい。回収はあまり期待できないかもしれない。

 少しでも連合に拾ってもらえる確率が増える様にスラスターでいくらか移動する方向を変えようとする……がスラスターはウンともスンとも言わない。壊れているようだ。

 

「くそったれめ!」

 

 水や食料は一応積んであるとはいえそれが持つ間に助けが来るとは限らない。自身の位置を周囲に知らせる手段が無い上に、軍から距離が出てしまっている。ジャンク屋に拾ってもらえる可能性は0でもないだろうが、そこまで大きく期待できるものではなかった。

 さりとて機動ユニットを装着したパイロットスーツ1つで移動できる範囲で好転するとも思えないが、せめて機体の状況にしろ、周囲の状況にしろもう少し情報が欲しいところだ。機動ユニットを装着し、コックピットのハッチを開こうとする。

 

 ……コックピットのハッチは微動だにしなかった。

 

「っ!」

 

 予想外の事態に怒りが込み上げてきて思わずわめき散らしそうになる。待て、落ち着け。落ち着くんだ。……電源は入っている、ハッチを動かすモーターの駆動音はする。少なくともハッチの内側に変形は見られない。外側で何か引っかかってるのか?

 ハッチが開かないならどうすればいい。どうにもできない? ……違う。ハッチは爆裂ボルトで止められているはずだ。起爆すれば気密性を取り戻す事はできなくなるかもしれないが脱出自体は不可能ではないはずだ。

 酸素と水と食料がある限りは、よっぽどの危険が迫るか、逆によっぽどいい環境が見つかるまではこのコックピットに居続ける方が生存率は高くなる。むやみに飛び出してスーツ内の酸素だけ、水も食料も取れないままではすぐに死んでしまう。

 

 ひとまずは周囲の状況を見つつ、ゆっくりと。そう、ゆっくりと休暇を楽しめば良い。蒼白(ペイル)隊の連中には悪いが優雅に休暇を過ごさせて貰えると思えばいい。変な気を起こしたりせずにゆっくりと待ち続ければきっと助けは来るのだから。

 

◇◇◇◇◇

 

 さて、このせまっくるしいダガーのコックピットの中でとはいえ休暇を過ごすというのに何もしないというのも辛い。コックピットの中にあるのは水と食料と拳銃くらいのもの。どう過ごしたものか。

 いや、一応コックピットにはキーボードとコンピューターもある。ついでにそのコンピューターにはある程度の文字データ――本来の用途はプログラムやらなんやらだったはず――が残せる。状況を整理しつつ日記でも書いていく事にしようか。

 

 

 そもそもどうして俺はデブリに混じって漂流しているのか。CE71年9月26日に始まった第二次ヤキン・ドゥーエ攻略戦で蒼白隊の隊長として出撃した俺は、敵機に追いすがられて交戦している間に回避機動で背面を見せた隙を突かれたのだろう。より後方の敵が撃ってきたビームをバックパックに浴びたのだと思う。被害状況――エールストライカーパックが損傷・ダガー本体のスラスターも全滅――と現在位置から推測すると推進剤の誘爆で弾き飛ばされたのはまず間違いない。

 ビームと考えたのは誘爆を引き起こしやすい武器だからでそれ以上の根拠は無い。……実体弾だとすれば弾速が遅い――ビームと比べてだ――からデカいドジを踏んだ事になってしまうのでそれは無いと思いたいのも入ってはいるが。

 

 機体の状態は最悪だ。酸素と水・食料はあるとはいえ推進器も通信機器も全滅。どの程度持つかはともかく俺が死ぬまでに助けは来るのか、あるいは助けが来るまでに正気を失わないか。それがとても心配だった。

 食料なり酸素なりが不足するのであれば脱出も考えてはいるがハッチを破壊しなければ外に出られない現状、一度外に出ればこの機体に残されている空気は全て外に流出してしまう。この機体からの脱出はそれはそれでリスクが大きいものであるし、しばらくはデブリの中のせまっ苦しいコックピットでバカンスだ。

 ……蒼白隊の連中が今も頑張っているだろう事を思えば十分に優雅な休暇と言えるだろうし、休みすぎてカビが生える前に切り上げたいところだ。

 

 

 こんな感じでいいだろう。……仮にも日記なら日付も入れておくべきか。「CE71/09/27」これでいい。

 

◇◇◇◇◇

 

 俺の居る宙域はヤキン戦で出たジャンクがゴロゴロしている。大半は推進剤の誘爆で吹っ飛ばされた機の様だった。だから俺のダガーに関して言えばとても幸運だったのだろうと思う。……目に付くMSは大体コックピットがなくなっていた。

 コックピットをビームで焼かれたであろう機、コックピットの辺りで真っ二つにされている機、何かとの衝突でコックピットが潰れている機。俺がそうなっていなかったのは幸運としか言い様が無い。

 MAや艦船も気密性が残っていそうな代物は流れ着いていないし、俺の居るコックピットがこの宙域で一番人間の過ごしやすい環境の様だった。

 しかしジャンクだらけで遠くの状況がろくに見えないのはいただけない。味方が見えたならハッチをパージして飛び出して助けを求められるかもしれないが、そもそもよっぽど近くにでも来てもらえない限りは認識すらできそうに無い。

 

 そして酸素と住居と水・食料があるのはいいが、サバイバルキットの食料はお世辞にもおいしいなどとは言えない代物だった。Nジャマーによる被害や戦乱で食料供給が不安定になっている現状食べられるだけでも喜ぶべきだろうがマズいものはマズい。早速ピュロスの食堂――ここだってそんなにおいしい訳ではない――が懐かしくなってきた。

 CE71/09/28 バカンス先の一等地にて

 

◇◇◇◇◇

 

 今日も今日とて優雅なバカンス。俺のダガーはデブリ帯でもゆっくりと移動を続けているらしい。少しずつデブリが視界を遮らない領域に向かっている様だった。

 俺がどうにかなる前に見つけ出して拾ってもらえるとうれしいがジャンク屋も連合もこの辺りでは見かけていない。

 

 何も書く事も無いし、少し思い出話でも書く事にしよう。

 俺の部隊は細かい来歴はともかくコーディネイターを殺したくてしょうがない奴らの坩堝だった。俺もその1人だ。

 部隊の立ち上げの時にはブルーコスモスからの支援もあったとはいえ、その時から残っているのは俺ともう1人……シーラというコーディネイターの少女だけになっていた。

 コーディネイターがブルーコスモスの支援を受けたり、コーディネイターを殺したいと思っていると書くと驚くかもしれないが何のことはない。プラントやザフトは同類のコーディネイターからすらも嫌われているというだけの話だ。

 

 味方としては頼もしいコーディネイターの少女。最初から受け入れられていた訳でもないが、圧倒的な実績とコーディネイターに対する殺意が俺たちに彼女を仲間として認めさせた。

 できる事なら彼女には生き残って欲しいと思うのはその見た目――それだって遺伝子調整の賜物だろうが――の影響だろうか? 彼女をコーディネイターとして排斥するような人間は少なくともピュロス――俺たちの母艦――には居なかった。

 

 アイツの声が聞きたい。馬鹿にされるだろうし怖気付いたのかと笑われるかもしれないが、蒼白隊の連中で一番長い付き合いで、一番信頼している彼女の声が聞きたい。

 死線を共に潜り抜けたからだろうか、それともそういう声として作られたのか、あの声を聞いていると大体の事が何とかなる様な気がしてくるのだ。

 アイツの声が聞こえたところで本当に何とかなると決まる訳じゃないとはいえ、そんなのにでも縋りたい。ダガーのコックピットを棺にしてゆっくりと死んでいくのは死が飛び交う戦場に飛び出すよりも恐ろしく感じた。

 CE71/09/29

 

◇◇◇◇◇

 

 恐ろしく代わり映えのしない宇宙に俺の体は睡眠欲で対抗するつもりだろうか。寝て寝て起きて飯食って寝た。

 今日と言う日がほとんど無かった気がする。

 CE71/09/30

 

◇◇◇◇◇

 

 デブリの数が減ってきて遠くの様子が伺える。

 雑に白い塗装がされているジン――おそらくは鹵獲機――がデブリを回収しているのが見えた。主にダガー系列機やメビウスを回収している様だった。

 俺の事も回収して欲しいが、方向や距離の都合上回収してはもらえないだろう。

 

 昨日寝すぎたせいでか妙に目が冴えて眠れない……いやそれだけではなくコックピットの気温が上がっている様だった。

 ……冷却材が尽きたのだろうか。蒸し焼きになって死ぬのはゴメンだが、飛び出しても酸欠で死ぬ。もうしばらくはここに居るべきだろう。

 

 CE71/10/01

 

◇◇◇◇◇

 

 恐ろしく暑い。デブリ帯から外れ始めて太陽光線をまともに喰らっているせいだろう。冷却系も死んでいる様だった。ラミネート装甲用の冷却材もとっくに蒸発済みだったみたいで、冷却に利用できるんじゃないかとぬか喜びした分暑くなった気がする。

 これ以上は耐え難い、と服にくくりつけたりして持ち運べるだけの水と食料を持って、持ちきれない分もできるだけ食べたり飲んだりしてからハッチをパージしようとした。

 ハッチを固定するボルトは爆裂したのだろう。機体が揺れた。でもそれだけでハッチは外れなかった。……ビームに被弾したせいでハッチが溶けてくっついているのだろうか?

 俺は蒸し焼きになって死ぬ運命だったのだろうか。

 

 シーラの頼もしい声が聞きたい。ピュロスのマズい飯が食いたい。戦死したっていい、こんなところで無駄死にするのは嫌だ。

 せめて銃弾1発でも、推進剤いくらかでもいい、ザフトの奴らに被害を与えたい。ただただ太陽に熱されて無意味に死ぬのは嫌だ。

 

 俺は何の為にこんなところに居るんだ。

 

 CE71/10/02

 

◇◇◇◇◇

 

 お前達に話すべき事があったんだ、俺は半分はコーディネイターなんだ。

 でもコーディネイター至上主義に走った親は俺をロクに扱ってやくれなかったし、そんなコーディネイターを好きになんてなる訳が無かったんだよ。

 だから俺はコーディネイターが嫌いだし、半分だけでもコーディネイターだなんて事は自分自身でも許せやしなかった。

 ハーフコーディネイターだと知られるのは怖かったし、ブルーコスモス色の強い蒼白隊で告白するのなんて考えられなかったんだ。

 

 だけどシーラの奴は自分がコーディネイターだと明かしてそれでも受け入れられたし、俺も受け入れた。

 俺だけ隠す、ってのはお前に対する裏切りの様な気がして明かしたくなったんだ。

 結局明かせないままこんなところで死んでいく俺だけども、明かしたくなったんだよ。

 

◇◇◇◇◇

 

 ――人の気配がする。目を開ける。見る。見えた。蒼白隊だ。MS定数15機、パイロットの定数は36人、栄えある蒼白隊のパイロット80余人(・・・・)

 ――懐かしい声がする。そして何より頼もしい声が聞こえる。「遅かったじゃないか、パーティはもう終わったぞ?」……シーラの声だ。

 

◇◇◇◇◇

 

「おい、このダガー中に人が居るぞ!」

「こんなクソ暑い場所に閉じ込められててまだ生きているのか!?」

「そんな事より治療だ治療!」

 

◇◇◇◇◇

 

 ジャンク屋が拾ったダガーに残されていたという手記と、母艦に残されていたという日記を元にした本が刊行された。

 その本は「C.E.のアンクル・トムが書いた手記」とも「捏造だらけの偽書」とも言われる事があった。しかしコーディネイターとナチュラルの問題に一石を投じた事は誰もが認めていた。

 書いたとされる『彼』は本の中で『CE71年10月05日に治療の甲斐なく死亡』とされているが偽装であるとする説が根強い。これはある種の同情心から「生きていて欲しい」と願われた事と、この本の内容を捏造であった事にしたい人々が居たからと考えられている。

 

 その本のタイトルは……

 

 隊長の帰還 了




プロフィール
年齢:33歳(CE38年生まれ・CE71年10月時点)
性別:男性
所属:地球連合軍
特記事項:ブルーコスモス所属・ハーフコーディネイター

 コーディネイター至上主義者の母を持つハーフコーディネイター。
 ハーフコーディネイターである事を理由に母から虐待を受けており、幼少期に施設へと引き取られた。
 引き取られた施設がブルーコスモス系であった事、母への反感もあってブルーコスモスの一員となる。

 蒼白隊ではハーフコーディネイターである事を隠していた為ナチュラルと思われていた。
 シーラがそれなりに受け入れられているのには思うところもあった模様。

 ハーフコーディネイターではあるがモビルスーツへの適正を含め大半の能力はナチュラルと同程度であり免疫系の強化くらいしか顕在化していなかったが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に回収された105ダガーの環境から熱耐性が高かった事が判明している。

 なお生存説の中でも特に突飛な説として「地球連合軍の秘密部隊のネオ大佐である」という物があった。
 (あまりに突飛、秘密部隊だなんだと陰謀論が過ぎた為に妄言の類として無視された)

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