機動戦士ガンダムSEED Pale Peace Makers   作:杉鋸

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あとがきにかえて デスティニープランの不完全性についての話

1.コーディネイターとデスティニープランの類似性

 

 コーディネイターは遺伝子を調整する事で目的の才能・特性を持った(親の求める)子供を製造する技術です。

 デスティニープランは遺伝子情報を元にして人間の配置を調整する事で効率的かつ戦争の起きない(デュランダル議長の求める)社会を製造する技術です。

 

 個人単位と社会単位という違い、直接的・間接的という違いこそあれど、どちらも「遺伝子を調整」する事で目的を達成する技術です。

 しかしコーディネイターには設計した通りには生まれない事例が多々存在します。これは「母親の子宮に居る10ヶ月の間の影響」に遺伝子が発現するかどうかを左右される為です。

 デスティニープランで扱うのは母親の子宮に居る期間よりも長い時間を生き、より多くの要素の影響を受け続けた人間です。

 「遺伝子上は才能がある」という事は確かかもしれません。ですがコーディネイターが赤ちゃんとして生まれるまでですら制御し切れていない環境要素の影響をどれだけ制御できるでしょうか?

 

2.人工子宮に見るデスティニープランの問題点

 

 もちろんコーディネイターを作る側だって環境要素を制御しようとしました。人工子宮という安定的な環境で作るスーパーコーディネイターです。

「環境要素の影響を制御したコーディネイターが実現可能ならば、デスティニープランだって実現可能なのではないか」

 そう考えるかもしれませんが、この場合に問題になるのは「デスティニープランにおける人工子宮が何であるか」という問題です。

 

 スーパーコーディネイターにおける人工子宮とは「子宮の環境を安定させる事で遺伝子の発現を安定させる」という代物です。

 デスティニープランにおける人工子宮相当物とは「人生における判断を調整する事で遺伝子上の才能を発揮させやすくする」という代物でしょう。

 そうであるならばデスティニープランそのものがコーディネイターにとっての人工子宮となると思われます。

 「鶏が先か、卵が先か」デスティニープランが実行されていない世界においてはデスティニープランを開始しても莫大な環境要素の影響を拭い去れません。

 

3.デスティニープランの開始時におけるコンセプトの破綻

 

 もっとも社会という統計学で扱われるような群体においては一見問題が無い様に振舞うかもしれません。

 ですがそれは遺伝子を見るデスティニープランと実際の現状のミスマッチに悩む人を黙殺する事によって完成する『問題の無い世界』ではありませんか?

 才能があるからといって何の経験も無しに何かが出来る様になる訳ではありません。逆に少々才能が劣っている程度であれば経験を積みさえすればそれなりのところまでは行けるでしょう。あるいは才能があっても後天的な障害で無に帰すかもしれません。

 デスティニープランは「『自身への不当な評価や現状への不満』という争いの原因を解消する事で平和を作る」はずでした。しかし「不当な評価と現状への不満を生み出さない事にはそもそも始める事ができない」のがデスティニープランでしょう。

 争いの原因を解消する前に争いの原因を作ってしまうこの理論に従って戦争の起きない社会を作れるのでしょうか?

 

4.デスティニープランにおける根幹的なコンセプトへの疑問

 

 仮にデスティニープランが軌道に乗ったとして、本当に不当な評価や現状への不満が無くなるのでしょうか。

 もしも「最高のアイドルになれるスーパーコーディネイター」と「至高のアイドルになれるスーパーコーディネイター」が存在したとします。

 (この場合のスーパーコーディネイターとは「完全に設計通りに生まれたコーディネイター」という意味合いであり、実際にスーパーコーディネイターとして生まれる必要はありません)

 どちらも1番のアイドルになるべく生み出されたとして、その2人の路線が同じであったならば真に1番になれるのはどちらか片方と思われます。(この「片方」は実際には同様にして生まれたより多くの中の1人です)

 どちらかが1番になれなかった時、その親は「1番になれる様に作ったはずの子供」にどのような言葉を掛けるでしょうか? 掛ける言葉が「失敗作」などとなるかもしれません。「設計通りの性能を発揮したのだとしても、目的を果たせない限りは失敗じゃないか」と思う人はそれなりに出るのではありませんか?

 

 更にデスティニープランという形で将来への期待が高められてしまっています。「自分が向いている事をプラン通りにやって、プラン通り最高の結果を残してもなお1番には届かない」というのを不満に思うのが人情でしょう。

 「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ」という欲望は「自分に向いている」というお墨付きによって方向性を定められた上で増幅されてしまうのではないでしょうか?

 

 少なくとも自分はそんなデスティニープランでは本当に「『自身への不当な評価や現状への不満』という争いの原因を解消できる」とは思えません。

 

5.最後に

 

 シーラ・イノセというキャラクターはデスティニープラン施行下でも「こんなはずじゃなかった」と言われる・言うキャラクターをイメージして作りました。

 遺伝子と「どう生きるのか」を調整して人生と社会をコーディネイター化するのがデスティニープランなのですから、結局は誰かが「こんなはずじゃなかった(目の色が違うわ!)」と叫ぶ事になるのは宿命の様に思います。

 

 ところでデスティニープランを「社会に対して適用する形のスーパーコーディネイター製造技術」と捉えた場合、キラとデュランダルの対立は「キラとヒビキ博士の対立」としても捉えられる事になる訳ですが……

 

 

Q.つまり、どういう事だってばよ?

A.デスティニープランはSEED(無印)で出てきた情報を見返すと不可能なんじゃねぇの? あと、キラは自分の親父をぶん殴りに行った様な物なんじゃねぇの? (AA略)

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