機動戦士ガンダムSEED Pale Peace Makers 作:杉鋸
うれしい記憶。いつ頃までだっただろう、「できて当然」じゃなくて「よくできたね」。「できるはず」じゃなくて「またやってみよう」。純粋に褒めてもらえたあの日々は。
悲しい記憶。学校に通いだして、いくら頑張っても一番に手が届かない。いくらコーディネイターでも、コーディネイター同士でもっと特定の分野が得意な相手には勝てなかった。
絶望の記憶。中等部に入って、コーディネイターの数が更に増えて成績が落ちる。成績が落ちれば親の機嫌も落ちる。「目の色が違う、鼻も低いまま、背も小さい。その上成績だって落ちるばかり。コーディネイターにしたのにどうしてそんなにダメなのか」「失敗作だったんじゃないのか」「きっとそうだ、そうに違いない。そうじゃなきゃおかしい」私は認めてもらえない。
怒りの記憶。『コーディネイターとして子供を作るのは親のエゴ』何で見たのか、聞いたのだったか。それは私の怒りに火を着けた。私は自分の感情をようやく理解した。「私は親の人形じゃない」。だから
憎しみの記憶。
幸せの記憶。危険でも便利な道具、使い勝手のいいバケモノ、恐ろしかろうと必要な武器。そういったものとしてだとしても信じてもらえた。認めてもらえた。他のどこにいた時よりも認められて必要とされる日々。戦場での日々が一番幸せな日々であったと思う。
頭の中にフラッシュバックする記憶達。「走馬灯の様に思い出される」というのはこういうものなのだろうか。
コーディネイターとしての苦しみを、親のエゴを共有できたあの人と過ごした日々は楽しかった。分かってもらえる事の喜びがあった。それも彼の死と共に苦しみに変わった。
Nジャマーが降ってきてからの私の扱い。私は何もしちゃいないのに、コーディネイターというだけでプラントの悪魔と同じ扱いをされた。私はプラントとは一切かかわりが無いのに。
軍でザフトを殺す日々。利害の関わる相手として信頼してくれたのはここだけだった。必要としてくれたのは彼らだけだった。人間としては見られないとしても。
……戦場での日々、幸せな事ばかりだっただろうか? いいや、そんな事はない。
故郷の家族を守る為に戦場に出たと話していた
その戦いの後、偶然見かけてしまったそいつへの手紙に「妻の死」についてと「子供を田舎に預けた」という話が書いてあるのが見えた。……そこはつい最近戦場になってろくに生き残りも居ないと聞いていた辺りだった。
いつの戦場だったか、ひとまずザフトを撃退するのは成功したけども私はジンを失って、味方のリニアガンタンクも全滅――完全には破壊されてないヤツも駆動系がやられてるか、さもなきゃ擱座してるかで回収不能――で這々の体で逃げ出して、結局夜中にザフトのジンの追撃に遭った。
そのジンのパイロットはろくに装備も無い私達を見て踏み潰したり摘み上げては叩きつけたり遊びまくって、結局足場の悪い場所ですっ転んで気絶――ベルトかメットのどちらかだけでもちゃんと着けていればそんな馬鹿を晒す事も無かっただろう――して、私達はそいつを足にして撤退。後方で一息ついてふと見たら私達全員が血肉塗れで酷い事になっていた。
あの時私が踏み潰されたり、地面に叩きつけられたりしなかったのは運が良かったからだ。すぐ近くのヤツが踏み潰された事もあれば、隣のヤツが摘み上げられた事もあった。私じゃなかったのはただの偶然だ。
認めてもらえたのは嬉しくても、それまでの日々よりも危険も多くて、嫌な事だった多くあった日々。……本当に、嫌な事もいっぱいあった日々だった…………。
視界が戻る。状況……コックピットの中、戦闘中、体が痛い、機体は一応問題なし、眼前に敵あり。
……自身の状況を確認する間にフラッシュバックした光景はもう頭の中から消え去っていた。