新しく着任した時雨は仲間に恵まれ、充実した日々を過ごします。
しかし少しずつある疑問が膨らんできます。抑えきれなくなった時雨は、それを確かめようしますが・・。




*他に掲載している作品とは全く別の物です。
違う世界の話ぐらいに考えていただければ幸いです。

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第1話

「駆逐艦時雨、着任しました」

「ようこそ時雨。歓迎するわ」

 僕が申告すると、そう言って微笑んだのは山城だった。提督はというと、椅子を反対側に向けて空を眺めている、多分。多分というのは、こちらからは背もたれの上に覗く帽子しか見えなかったからだ。

「久しぶりだね、山城」

 僕も山城に微笑み返した。あの海戦をともに戦った仲間には、艦娘の中でも特別な絆がある。山城がこの鎮守府にいてくれたのは心強い。何しろ僕は、生まれたての子供も同然なのだ。

 

 僕は海の上にたゆたっていた。いつからそうしていたのか、全く覚えはない。わかるのは、自分は人類とともに深海棲艦と戦う艦娘という存在であるということだけ。気がつくとぼやけた視界の中で、山城が微笑みながら手を伸ばしていた。初対面のはずだけど、彼女が山城であるということは、ずっと前から知っていたような気がした。僕は彼女の手を取り、この鎮守府の仲間になった。正式な着任挨拶の上鎮守府の中に部屋をもらい、僕の艦娘としての生活が始まった。

 

 

「おはよう、時雨」

 鎮守府に来て暫くたった日の朝、最上が声をかけてきた。僕のことを何かと気にしてくれる。

「最上、おはよう」

「ちょっとぼーっとしてない?夕べ夜更かしした?」

 最上はそう言って朗らかに笑った。

「それはいかんな。戦場では一瞬の油断すら命取りになりかねんぞ」

 通りがかった日向も声をかけてきた。

「大丈夫だよ。海に出ればしゃっきりするから」

「そいつは頼もしい」

 はっはっは、と一笑いした後日向が尋ねてきた。

「今日は予定はないのか?演習でもするか?」

「あ、ボクもやる!」

 最上が目を輝かせた。

「よし。何人か集められるな?許可は私が取っておく。演習形式はどうする?」

「ボクと日向と時雨でしょ。決戦部隊に対する水雷戦隊の夜襲って想定でどう?」

「昼間から夜戦か?そいつは難易度が高いな」

「いいい、いいじゃん!ちょっと間違えただけじゃん!やりたかったんだもん、最近ご無沙汰だし!」

「夜戦!?」

 最上と日向と、目を輝かせて飛び込んできた川内が打ち合わせをしながら、近くにいた艦娘に手を振って呼び集める。次々と環に参加した艦娘たちが想定状況を議論し始めた。演習も勿論楽しみだったが、いきいきと会話する彼女たちを見るのが幸せだった。結局、皆が川内を説得して、演習は昼戦ということになった。

 

 

 

 演習が無事終わった数日後。僕は大波を駆け上っていた。その頂点に立つ。束の間稲光が見えるが、すぐに水平線の向こうに隠れてしまう。波を駆け下りたので、目の前の海しか見えなくなり、今度は間近で起こった稲光が海を白く染める。一拍おいて重い雷鳴が鼓膜どころか全身を打つ。

「時雨、大丈夫っぽい!?」

麻痺しかけた耳でも聞き取れるよう、ありったけの大声で会話する。

「こっちは大丈夫!輸送隊は!?」

「大丈夫っぽい!ぽいっ!?」

 元気に返事をした夕立が大波を被って悲鳴を上げた。夕立なら何の問題もないだろうけど。案の定、波を突き抜けてきた夕立は全く体勢を崩していなかった。

「ったく、何なんだよ、この嵐はよお!」

 天龍が上手く波に乗りながら大声でぼやいていた。目を回してしまったらしい速吸の手を引いている。

「2つに1つも予報が当たるたぁ思ってねえが、こいつは外れすぎってなもんだ」

 隣にいた谷風もぼやいたが、こちらは大声を出す元気はなくなってしまったらしい。それでもドラム缶をつなぐロープはしっかりと握っている。

 僕たちは輸送任務に就いていた。速吸や谷風などが燃料などの荷物を運ぶ。僕たちはその護衛ということになる。事前説明では天候は何の問題もないということだったのだが、先方の妖精さんに荷物を引き渡し、替わりの荷物を受けとって出航した後、天候が急変してしまった。一晩くらいはこの状況が続いている。

「ぽーいぽーいぽーーいっ!」

 夕立は波を被ってから更に楽しそうだ。いるよね、台風が来るとテンションが上がる艦娘()

体の何倍もあるような波を笑顔で乗り越えつつ、後方へ戻り、すぐに戻ってきた。

「天龍さん、みんないるっぽい!でも皐月と神威が遅れ始めてる!龍田さんと不知火が付き添って最後尾!」

 皐月も神威も輸送隊に参加している。龍田と不知火は護衛隊だ。

「後方は二人に任せろ!この状況じゃ陣形が間延びするのは仕方ねえ」

 ここで潜水艦の攻撃を受けたら対応に時間がかかってしまうが、天龍の判断は正しい。何しろこの波高では魚雷が飛び出してしまう。

 全く弱らない嵐をものともせず、夕立が海図を広げて妖精さんたちと会話をしている。みんな夕立レベルの練度だったら、この任務もあっさり終わったんだろうなあ・・・・・・。

「進路が少し南にずれてるっぽい!取舵15度、速度このままで1時間!」

「おう!取舵!」

 天龍の声の届くかぎりの艦娘が命令を復唱しながら転舵し、それより遠くには夕立が牧羊犬のように駆け回って命令を伝え、隊形を整えていく。進路どころか目の前もまともに見えない中、いつになったら嵐を抜け出せるのか、まったく見通せなかった。

 その日の日没直前(雨が酷くて日没なんて関係なかったけど)に鎮守府にたどり着いたとき、もう誰も立ち上がる気力は残っていなかった。横殴りの雨の中、埠頭で大の字に寝っ転がって、みんな笑っていた。心配した山城が見に来て「早く建物に入らないと、雷に打たれるわよ」と腰に手を当てて言った瞬間、ガントリークレーンに雷が落ちた。びっくりして全員鎮守府に駆け込んだけれど、一息ついて、また笑い転げた。山城も口に手をあてて笑っている。任務を達成したという充実感が、みんなを笑い上戸にしていた。

 輸送任務から帰還した翌々日のこと。

「時雨~!」

 不意に後から白露が飛びついてきた。そのまま首に巻き付くような形で僕にぶら下がる

「白っ!、苦しっ!」

 体を揺すり、白露を振り落とすようにして着地させると、距離を取りながら向き合おうとした。だけど白露が間合いを詰める方が速かった。伸ばした僕の手をすり抜けて正面から抱きついてくる。

 

「夕立から聞いたよ!遠征たいへんだったね!」

 自分の頬と僕の頬をすりあわせる。視界が開けたことで、村雨、夕立、春雨、それに江風が立っているのに気付いた。

「白露の姉貴、さっき遠征から帰ってきたンだが、夕立姉から話を聞いて食堂から飛び出して行っちまってな。止める暇もなかったってもンさ」

「夕立・・・・・・」

 多少の恨みを込めて夕立を見る。あんまり強く頬ずりされているので、夕立の姿が視界から度々外れそうになる。

「ぽいぽーい」

 夕立はこちらに笑顔を向けているが、どこなくぎこちない。話を盛って喋ったんじゃないだろうね?

「凄い嵐で何度も沈みそうになったって夕立から聞いたよ?ドラム缶だって幾つも失くしたって」

 ドラム缶は一本も沈んでないし、皆くたくたになったけど大破した艦はいない。

「ぽ、ぽぽぽいぽーい・・・・・・」

 夕立はこわばった笑顔のまま、窓の外を眺め始めた。

「お姉ちゃんは心配したんだからね。だから今日は白露型パーティー!」

「何ンだそれは」

「決まってんじゃない!お菓子持ち込んで夜通しおしゃべりよ!!」

 一人一品以上!と白露は僕たちに厳命する。夕立には、二品!と鼻先に指を突きつけて念を押していた。

 元々お喋りしたかったのに理由をこじつけただけじゃないか、全然脈絡がないと思ったけれど、「心配したんだからね!」と言われると何も言えなかった。夕立もだ。

 その夜、白露の部屋に集まってみんなでお喋りした。僕は妖精さんに工面してもらったお菓子を持参し、夕立はお菓子三つにお茶を持ってきた。話を盛りすぎた、と反省はしているのだろう。お喋りの内容は、もちろん他愛もないことだ。皆で笑い転げることもあったし、2人や3人でそれぞれ全然違う話で盛り上がることもあった。盛り上がりすぎて「いつから5,500トン級になった!?」と部屋に踏み込んできた夕張さんに怒られたりしたけれど、彼女がドアを閉めて出て行った後、皆で声を殺してまた笑い転げた。春雨の提案で電気を消してテラスに出て、夜空に見入ったりもした。うっすらと地上に影が出来るくらいに天の川が輝いていて、天球に張り付くようにして海の向こうに流れ落ちていた。まる で天の川が滝で、周りの星々が水しぶきのようだった。

 何故だろう、僕の心がちくりと痛んだ。

 

 朝日が顔に当たって目が覚めたときには、みんな思い思いの姿勢で熟睡していた。白露は夕立の足が頬に押しつけられていて、顔と体が明後日の方向に向いてしまっている。非常に寝苦しそうだ。僕が目を醒めたのは、夜に部屋に戻る時にカーテンがきちんと閉じられておらず、日差しが漏れていたからだった。顔をずらせばいいかとも思ったけれど、このままでは白露や江風の顔にも日光が当たってしまう。皆を起こさないように気をつけながらベッドを離れ、カーテンを閉めようとすると、外の風景が目に入った。朝日に照らされる森や遠くに見える住宅は奇麗だったけど、不思議なくらい人気が感じられなかった。少し見つめてカーテンを閉じ、僕は自分の寝場所に戻る。

 結局みんな寝坊して演習予定をすっぽかし、提督執務室に呼び出されて山城から大目玉を食らった。朝ご飯抜きで済んだのは、提督が終始我関せずと、こちらに椅子の背を向けて空を見てたからかも知れない。帽子のつばが先っぽだけ、背もたれ越しに見て取れた。

 

 

「あら時雨さん、おはようございます」

「おはよう、赤城。ってもう昼だけど」

「あら、私としたことが。今日は朝が遅かったものですから」

 すこし顔を赤らめながら、サンドイッチに食べる手は緩めない。こちらを見やって微笑むが、サンドイッチはその笑みの中に消えていった。

「随分とおいたをしたようですね?」

 流石に耳が早い。今度は僕の方が顔を赤らめた。

「演習をすっぽかしちゃって・・・・・。白露達と徹夜でお喋りしてて」

「それは怒られますね」

 笑いを含んだ目で軽く睨まれた。サンドイッチはカツカレーに替わり、それもすでに半分以上消えている。

「ごめんなさい」

「謝る相手は私じゃないですよ。・・・・・・楽しかったですか?」

 カツカレーの次に手を付けた小籠包は、すでに湯気だけしか残っていない。

「はい」

 僕の答えに、赤城は満足そうにうなずいた。あるいは白米を飲み込んだだけかも知れないけど。・・・・・・わんこランチ?もしかして赤城がいなかったら、補給任務がかなり楽になるんじゃないかな。尊敬すべき先達に対して、僕はかなり失礼な感想を抱いた。

「良かった」

 お茶を美味しそうに飲み干して一息ついた赤城は、笑みを残したまま僕を見つめた。

「楽しいという感情があるかぎり、私たちは艦娘です。ただの兵器じゃない」

 微笑みが慈しみに満ちたものに変わった。

「生きていこうと、これからも頑張っていこうと思えるんですよ」

 

 

 赤城と話してから数日後。白露や夕立と装備の整備をしていた。暖かな昼下がり、単調な波の音が眠気を誘う。船を漕いでいた白露が、がごん!と音を立てて艤装に頭をぶつけた。これでしばらくは眠気も飛ぶだろう。夕立と二人で笑っていたら、警報が鳴り響いた。僕たちも眠気なんか吹き飛んでしまう。

「瑞鳳、白露、夕立、時雨は埠頭前に直ちに集合」

 埠頭に駆けつけた僕らを、山城が待っていた。

「輸送部隊が深海棲艦の襲撃を受けました。直ちに出動してください。優先順位は第一に輸送部隊の安全な帰投。第二に深海棲艦の撃滅です」

 輸送艦隊の現在地など、いくつか説明があった後、僕らは直ちに出撃した。埠頭から海に降りる前に、僕は鎮守府の建物を見た。この緊急事態に姿も見せないなんて、提督は上級司令部との折衝にでも追われているのだろうか。

考えてみれば、状況説明も作戦指示もいつも扶桑か山城だった。提督から直接指示を受けたことはない。それは扶桑達を尊重してのことだと思っていた。しかしこんな事態でも顔を出さないのでは提督がいる意味がない。そもそも僕は提督と話したことがない。椅子の背もたれを向けて帽子の上が覗くだ

「時雨、ぽーっとしない!」

 任務に集中していないのをあっさりと見抜かれて、白露に怒られてしまった。あわてて海に降りる。これから起こるであろう戦闘に集中しようとしたけれど、提督に抱いた疑問はどうしても振り払えなかった。

 結局、深海棲艦は撃退できた。輸送船を運転していた妖精さんが、笑顔で手を振ってくれていた。

 

 

 

 

「あれ、時雨どうしたの?」

 最上に声をかけられて、僕は自分が立ち止まっていたことに気がついた。彼女の方に顔を向けて、えへっ、という感じに笑顔を作る。

「忘れ物してきたみたいだ。先に行ってて」

「早く来ないと間宮さんのぜんざい、全部食べちゃうからね」

 そう言って最上は日向や扶桑の方に向かって駆けていく。夕立達はもう影も見えない。たまたま居合わせた艦娘で甘味を食べようと鎮守府本部棟の脇を通った時、提督執務室の窓が開いているのを見た僕は、少し魔が差したのかも知れない。

 

 人気のいない廊下を歩いていく。絨毯が敷かれているのに、足音が構内に響いているような気がして、落ち着かなかった。執務室の前まで来て深呼吸を一度。扉をノックした音は思ったよりも大きく聞こえて鼓動が速くなる。返事はなく、もう一度ノックをして僕は扉を開いて入室した。

「司令官、失礼します」

司令官に、というよりは椅子の背もたれに声をかけたが、反応はなかった。少し戸惑ったが、執務机を回り込みながら、司令官に話しかける。椅子は微動だにしない。

「司令官?」

 だんだんと司令官そのものの姿が視界に入ってくる。

 ひ、と声が漏れた。一種軍装の詰め襟に乗せられ帽子を乗せられた髑髏が、青空を見上げていた。夏の入道雲よりも真っ白な髑髏だった。

 

「時雨?」

 どれだけ時間が経ったのだろう。唐突に声をかけられ、僕は心臓と肺が握りつぶされたように感じた。震える足に必死に力を込めてしゃがみ込まないように注意しながら扉の方に向き直ると、山城が立っていた。手にしたお盆の上には、おしぼりがのせられている。

「あら、提督に会ったのね」

 山城は曖昧な笑みを浮かべるとこちらに近づいてくる。思わず身を固くする僕の脇を通り過ぎて、執務机の上にお盆を置いた。山城は帽子を机に置き、おしぼりで髑髏を拭き始めた。

「びっくりした?」

 思いの外柔らかな声に戸惑いつつ、僕はうなずいた。返事をしようとしたのだが、声が出なかったのだ。

「やっ」

 声がうわずった。息を整える。

「山城、この・・・・・・、この人は提督なの?」

「ええ。正真正銘の提督よ。私たちはずっとこの人の元で戦ってきたの」

 まるで恋人を愛おしむように、山城は髑髏を磨いている。

「今も、ね」

「・・・・・・提督はいつこの姿に?」

 死んだ、とは言えなかった。

「そうね、・・・・・・いつだったかしら。大分前のことなのは確かなのだけれど」

 山城は首をかしげて考えこんだ。はぐらかしているようには見えなかったから、本当に遠い昔のことなのかもしれない。 

「深海棲艦や、この世界のことをずっと気に病んでいて、苦しそうだったわ。気がついた時にはこの椅子に座ったまま」

 そこで言葉を切り、手も止めた。

「穏やかな顔でね。ああ、この人も苦痛から解放されたんだなあ、ってほっとしたのを覚えてるわ」

「でも、山城達をおいてっちゃった」

「そりゃあ寂しかったわ。もっと一緒にいて欲しかった」

 くすりと山城は笑った。

「だから今も、一緒にいてもらってるの」

 

 僕はもう一つの疑問を口にした。

「じゃあ、今の世界はどうなってるの。」

 おしぼりを自分のほほに当てるようにして、山城は考え込んだ。窓の外の青空を見る。

「そうね。直接見た方がいいかしら。もう日も傾きかけてるから急いだ方がいいわ。とりあえず簡単に説明しておくわね」

 

 

 

 

 -僕は一人で歩いていた。車で送ってくれた妖精さんたちは向こうで待っていてくれている。申し訳ないと思ったのだけど、勤務中にのんびり出来るのは滅多にないことだから、と言ってくれた。道の所々からはアスファルトを割って木々が生えてきている。街灯のほとんどが根元から倒れている。建ち並ぶビルには蔦が絡まり、もとのデザインすらわかりにくくい。所々崩れているのは朽ちたのか、砲撃でもあったのだろうか。元は何階建てだったのかすら、周りに散らばっているがれきからは判断しにくかった。

 

 

 

 

「少し遠くまで観に行った方がいいわね。鎮守府から見えるところは妖精さんたちが整備してるから」

 そう言った山城は僕の外出許可状を作りながら語り始めた。

「今の世界についてよね。確かな証拠はないのだけれど」

 作成していた書類から顔を上げて僕に告げた。

「人類は滅亡したわ」

 

 

 

 

 -建物の脇、大通りだったとおぼしきところには錆の浮いた車が幾台も止まっているが、歩道に乗り上げていたりして、ちゃんと停められている車は一台もなかった。どの車もタイヤがパンクしていたりフロントガラスが割れていたり、ボンネットが開いていたりと、まともに動きそうなものは1つもなさそうだ。

 

 

 

 

「この鎮守府に着任してから、貴女も人間を見ていないでしょう?私たちもどんなに遠くへ遠征や戦闘に出ても生きた人間に会うこともないし、その痕跡も見つからない。電波傍受を担当している妖精も、人間からの通信は永い間受けてないの」

 確かに輸送の受け渡しや、輸送船の操艦ですら妖精が行っていた。人は一人も見ていない。そして唐突にパジャマパーティの時の違和感の理由に気付いた。星があまりにも綺麗だったのだ。周りに誰も住む人がいないのかと思うほどに。朝見た建物に人気が感じられなかったのも肯ける。本当に人がいなかったのだから。

 

 

 

 

 -僕は崩れかけた建物に入った。特に理由があったわけではない。ベランダがあるからマンションだったのだろうか。エレベーターのドアは半開きになり、中は空洞だった。適当に階段を上がり、最寄りの部屋に入ってみる。極力埃を立てないように気をつけながら部屋の奥に進むと、隅に骨が積まれていた。一番上には頭蓋骨が乗っている。

 

 

 

 

「深海棲艦の目的は、人類を滅亡させることだったの?」

「違うと思うわ。多分だけど、彼女達ははこれ以上海を汚して欲しくなかっただけよ。人類が滅亡、あるいはその寸前まで追い込まれたのは彼ら自身の責任ね」

 温暖化、異常気象、人口爆発、そして食料不足が引き起こす生存戦争。人類は深海棲艦と戦いながら人類自身と、そして地球そのものと戦うことになった。その結果は言うまでもない。結局、深海棲艦は人類の真の脅威ではなかったし、艦娘も人類の救世主にはなれなかった。

 

 

 

 

 -骨の山に違和感があったのは、本数が明らかに多すぎたからだ。近づいてみるとその理由が分かった。積まれた骨を透かしてみると、もう一つ小さな頭蓋骨が見える。父親か母親かが、子供を守るように抱き抱え、そのまま朽ちていったのだった。

 

 

 

 

「僕たちは艦娘だよ?世界を護り深海棲艦と戦うための存在なんだよ!僕たちは人類を守るために生まれた存在じゃなかったの?それじゃあ僕達が生きてる意味ってなんなのさ。何にも無いじゃないか!」

 現実に耐えかねた僕の言葉は、最後は詰問するようになってしまったし、泣き声になっていた。そんな僕を見て、山城は微笑んだ。

「生きる意味が無ければ、生きてちゃ駄目かしら。存在意義が達成出来なかったら、生きている艦娘は、生きることをやめなきゃいけないの?」

 予期しない反問に、僕は答えに詰まった。

 

 

 

 -大きい方の頭蓋骨に触れながら、僕は呟いた。

「ごめんね」

 何故か片方の目だけから、涙がこぼれ落ちた。

「ごめんね」

 小さい方の頭蓋骨にも触れようとしたけれど、周りの骨に手があたり、からり、からからと音を立てて骨の山が崩れた。親が子供に触れさせまいとしているようだった。

 

 

 

 

「嵐のなか輸送任務を遂行してくれた時、時雨は笑ってたわよね。白露達との夜更かしも楽しかったでしょう?」

 山城は僕の方に屈んで、書類を持ったままぽん、と肩に両手を置いた。幼子を諭す慈母のようだった。

「充実している生活を送れていること自体が、生きる理由にならないかしら。よしんば生きる意味が他に必要だったとしても、これから見つければいいんじゃないかしら?」

 

 

 

 

 -骨からそっと手を離して、僕は立ち上がった。部屋を出て階段を降りていく。これ以上この町を歩く意味は無かった。もう暗くなっていたが、往きよりも遠くが見えた。きっと胸を張って歩けていたのだろう。地上に瞬く星が見えた。よく見ると妖精さんのつけた煙草の火だった。向こうもこちらに気付いてくれて、笑顔で手を振ってくれる。乗り込んだ車の中から見上げた空は星の光が少しずつ増えていき、宝石の欠片をひとつひとつ、黒羅紗の上に蒔いていくような美しさだった。

 

 

 

 

「生きる理由が消えたからって生を棄てることは、正しいのかしら」

 僕に外出許可証を握らせて、山城は執務室の扉の方に体を向けさせた。

「今、私たちは不幸なのかしらね?そうは思わないのだけど」

 ぽんと僕の腰を叩く。今度は少し勢いをつけて押し出すようだった。

「ほら、世界をよく見てきてらっしゃい」

 

 

 

 

 -本格的に夜の帳も降りた頃、僕は執務室の扉をノックした。山城の柔らかな声が入室を促した。

「時雨、戻りました」

 今までで一番綺麗な敬礼が出来たと思う。山城の答礼も待たずに言葉を繰り出した。

「山城、もう一つ教えて」

 山城は首をかすかに傾げて、先を促した。

「なぜ提督を、このままにしておくの?」

「私たちには提督が必要だからよ。提督がいなくなったら、自分の生きる意味を見失ってしまう艦娘が出てしまうかもしれない、時雨みたいに。提督は私たちにとって、人類の象徴なのよ。実際に人類と連絡が取れなくなっていった時、苦しんでいた艦娘がいたわ。彼女たちには少しずつ、理解していって貰いたいの」

自分を例に出されて、顔が熱くなるのが分かったが、無視して問うた。

「理解?」

「人類のために生きているのではない。自分たちのために生きていくのだということをよ」

 そうか。このまま生きていたって良いじゃないか。納得と言うよりは安堵に近い感情だったかもしれない。

「・・・・・・すこしは吹っ切れたかしら」

「完全には、まだ。でも少しずつ自分の中で折り合いをつけていくよ」

「ゆっくりでいいのよ。時間はたっぷりあるのだから」

 そう言って山城は見事な答礼をしてくれた。  

「お帰りなさい、時雨」

 

 

 

 

 前庭を通った時、僕はなんとなく執務室を見上げていた。

「時雨さーん、おはようございます」

 声をかけてくれた海風に視線を移した。この鎮守府では僕より後に入ってきた数少ない艦娘だ。

「執務室、ですか」

 海風は執務室を見上げ、また僕の方に視線を戻した。

「提督ってどんな人なんでしょう?わたし、実は声を聴いたことも無くて。いつも背を向けられちゃって・・・・・・」

「いい人だと思うよ。極端な無口だけどね」

 恥ずかしがり屋だから、あまり気にしないでと僕は微笑んで見せた。僕も、少しはこの鎮守府に馴染んできたのかもしれない。

 提督は、今でも空を眺めている。




一言でも感想残していただければ幸いです。
内容から文体まで参考にしていこうと思います。


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