道化と紡ぐ世界   作:雪夏

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リハビリ中。


十四節 御心のままに

 

 

 

 

 

 

 瑠里たち三人が真名を告げ、それに横島が応える。その際、横島がご主人様呼びに予想以上に戸惑っていたことに気づくが、改めるつもりのない三人は続いて風と真名を交換する。

 その後、朱里と雛里の二人は澪と華琳とも真名を交換するが、この時が二人と初対面の瑠里は流石に交換しようとはしない。華琳もそれは同じであったが、澪は忠夫が真名を告げるのならと瑠里にも真名を告げる。そのことに驚く瑠里に、澪が説明する。

 

「確かに私は元直様とは初対面。元直様が驚かれる理由は十分に理解できます。事実、以前までの私なら真名を明かすのは相応の信頼関係の構築が完了した後でしょうから。しかし、今の私は忠夫様の従僕。私が忠夫様に隷属する者である以上、忠夫様と真名を交換した貴方様に我が真名を明かさない理由は見当たりません」

 

「えっと……?」

 

「瑠里ちゃん、澪ちゃんはご、ご主人しゃまへの隷属を魂に誓ってるから……」

 

 戸惑う瑠里に、雛里が説明するがその説明を聞いてますます混乱する瑠里。朱里や風にも視線を向けてみるが、彼女たちは静かに首を横に振るだけ。どうやら、それで納得するしかないようだと瑠里は悟るのであった。

 

 

 

「では、瑠里ちゃん。貴女が見た洛陽の現在と……幽州で見たことについて報告をお願いします」

 

 澪のことには慣れてもらうしかないと判断した風は、瑠里にこれまでのことを尋ねる。それにより、真名交換の時とは別の緊張感が、その場を満たしていく。澪に戸惑っていた瑠里は、全員の注目を浴びたことで一瞬たじろいだが、意を決して口を開く。

 

 

「……洛陽に関しては、書簡で伝えた通りです。民に多少の不満は見られましたが、地方に比べれば裕福なこともあり声高に不満を訴える者はいません。予言に関しては噂話程度。内容も他の街などで広まっている予言に比べると、かなり薄い内容ですね。なので、”天の御使い”に期待を寄せる民も危機感を持つ役人も私が探った範囲ではいませんでした。ただ、”天の御使い”の話を表立って口にしていないだけなのか、情報が操作された結果なのか……内容が内容なのであまり探れませんでした。申し訳ありません」

 

「それは仕方ないですね。瑠里ちゃんの目的地は””が現れる幽州。洛陽に関しては、現状確認で十分だと風も思っていましたし」

 

 風と同意見だと朱里、雛里の二人も頷く。瑠里としても予言に関しては事前に予測していた通りの結果ではあったのだが、いざ報告するとなるとそれなりに不安に感じていたらしい。肩から力が抜けていくのを自覚する瑠里であった。

 そこで瑠里の情報を捕捉するように、澪が今まで集めた情報と自身の考えを語りだす。

 

 

「私が集めさせた情報も、元直様と同じようなものです。商家、役人、兵たちは余程頭の足りない者でない限り、表立って不満を口にしません。現体制に思うところがあると受けとられれば、それを口実に今の立場から追われる。洛陽とはそういう場所ですから。ただ、洛陽に暮らす民は別です。そちらは情報操作の結果……首謀者は姉でしょうね。本来の予言が広まる前に、大幅に内容を削ったものを広めたのでしょう。その方が早く多数の民に認識されますし、くだらない噂だと一度認識したものにそれ以上興味を持つことは少ないですからね。予言に関してはそれで情報を操れます」

 

 澪の言葉に頷く瑠里。澪の姉である司馬伯達とは洛陽に来てすぐに話をしたが、その程度は難無くこなすだろうと見ていた。

 

「私は彼女と街中で会い、短い時間ではありましたが意見を交わす機会を得ました。その中で私は彼女が私たちと同じ予測をしていると確信しました」

 

「予測? それって、瑠里ちゃんたちが乱世が来るって言ってたやつ?」

 

「は、はい。ご、ご主人しゃま! あ、いえ、正確にはその先で……」

 

 今まで冷静に淡々と言葉を紡いでいた瑠里であったが、横島に対しては緊張したのか言葉を噛んでしまい、恥ずかしさから顔を両手で覆ってしまう。そんな親友を朱里と雛里が気持ちは分かると落ち着かせようとする。

 

「大丈夫、落ち着いて瑠里ちゃん。まだ、ご……主人しゃまって呼び方に慣れてないんだよね」

 

「雛里ちゃんもそこだけ声小さいし、詰まっているよ……。ご主人様ってとこ」

 

「朱里ちゃんも声が裏返っているよ……。でも、二人ともありがとう。ご、ご主人様ってあんなに呼ぶ練習したんだから、次はきっと大丈夫」

 

 見た目幼い彼女たちが肩を寄せ合って、励ましあう姿は微笑ましいものがあるが、今はそれを愛でる場ではないと華琳が続きを促す。

 

「ほら、忠夫に説明しないの? 元直」

 

「あ、はい。今ご説明します。ご主人様が言われた乱世の到来が近いという点も当然そうなのですが、この場合はその先も同じ予測を立てていると確信したのです」

 

「予測?」

 

「はい。私たちはこう予測しています。今の漢には乱世を防ぐ術も、乗り切る体力も無い……と。つまり、漢という国の崩壊は近く、それを防ぐ術が無いに等しいという予測です」

 

「無いに等しい?」

 

 瑠里の言い回しが気になった横島が質問すると、少し嬉しそうな顔をする瑠里。彼女が最後に横島と話をしたのは数ヶ月前。行動を共にした日々より長い期間であるが、すべては主である横島とのこの瞬間の為にと行動してきたのである。

 

「はい。皆無ではありませんが、それを為すのは極めて厳しい。そういう状態です。様々な要因がありますが……それについては、後ほど興味がありましたらご主人様の……寝所で

 

「それで、確信した後はどうしたのですか? 瑠里ちゃん」

 

 風が瑠里の言葉に被せるように問いかける。そのせいで横島には瑠里の言葉の最後の方が聞こえていなかったが、瑠里が何でもないとすぐに話し始めたので横島が追求することなく話は再開された。

 

「私は彼女が今後どうするつもりなのかを尋ねました。今の漢臣という立場は何れ失われます。それは彼女も自覚している。それなら彼女を勧誘できるかと思ったのですが……」

 

 そこで一度言葉を切る瑠里。踏み込みすぎたかと恐々としていた自身に対し、穏やかに微笑みながら答える彼女の姿を強く思い浮かべながら、彼女の言葉を瑠里は告げる。

 

 

 

 

 

『今後ですか……そうですね。仕官した時はもしかしたら再び太陽を昇らせることが出来るかもと思いましたが……結局、私一人では太陽の沈む刻を僅かに遅らせることしか出来ませんでした。まぁ、自然の摂理に逆らうに等しい難事ですからね。予想はしていましたが、我が才ではそれを為すには至らなかった。そんな私に出来ることなど高が知れています。そう思った時にこう考えたのです。……日没は避けられない。それならば、洛陽に暮らす民が穏やかに日没を迎えることが出来るように努めるのも一興ですね……と』

 

 

『それもあと少しで終わりそうですし……その後は、そうですね……』

 

 

『数多の火が生まれ消えていく様を眺めましょうか。新たな太陽が生まれ天頂へと昇り往く……その道程を。本当は太陽を導く大役を果たせるといいのですが……それを為せる能力が今の私にあると自惚れてはいません。何せ、今の私では何処の方角から太陽が昇るかすら見当がついていませんから。ただ、己を照らす太陽が定まったその時は……その陽光を民に届ける手伝いくらいはしたいですね』

 

 

 

 

 

「彼女は終始穏やかな表情でそう言いました。僅かな交流ではありましたが、彼女をその場で勧誘しても意味がないと理解するにはその表情だけで十分でした。その後、仲達さ……澪ちゃんを推挙する書簡を預けて彼女は去って行きました。もしも妹を得ることが出来たなら、天頂に輝くのは私……いえ、私たちの太陽になるだろうと添えて」

 

 瑠里が語る司馬朗の言葉。それを聞いて横島と澪以外の面々が抱いた彼女の印象は様々であったが、共通していることもあった。それを口に出したのは、筆頭軍師(予定)の風であった。

 

「情報操作の手腕を考えると厄介であり、面倒。ですが、瑠里ちゃんのお話を聞く限りは無害……今のところは……ですが。無害な内に対処したいですねー」

 

「えっと、私も風ちゃんに同意です。無害でいてくれる間に彼女と接触すべきでしょう」

 

「そうだね、雛里ちゃん。瑠里ちゃんが勧誘をしなかった理由は分かるし、それは正しかったとは思うけど……今はその時と決定的に違うことがあるからね」

 

「そうね。出来れば私のとこに欲しいところだけど……敵に回らないのなら忠夫のとこでも構わないわ。今なら澪を使えば接触は容易でしょうし」

 

 華琳の言葉で澪に視線が集中する。視線を受けた澪は、常に浮かべている微笑みを珍しく曇らせながら言う。

 

「分かりました。実家経由で話を持ちかけてみましょう。ただ、私が知るままの姉であるならば、当分の間は返事も返さない可能性が高いですし、少なくとも乱世がある程度落ち着くまでは放って置いても問題はないと思います。姉は我が道を定めるとそれを完遂することに集中する気質です。元直様に語られたことから考えても、今の洛陽で為すと決めたことを終えるまでは、次のことなど考えもしないでしょう」

 

「私も彼女と話しているときにそれは感じました……だからこそ、その場での勧誘は諦めました。ですが同時に、妹さんたち……中でも澪ちゃんを高く評価していることもよく分かりました。その澪ちゃんの薦めならば、応じる可能性はあると思いますが?」

 

 澪に視線でどうなのだと問い掛ける瑠里。それに少し考える仕草をして、澪は答える。

 

「やはり変わらないと思います。姉が私たちを評価しているのは確かでしょう。ですが、家族の誰が話を持っていったとしても、何れはということならともかく、今すぐ仕官するという可能性は非常に低いと思います。姉は家族を大事にしていますし、私たちからの話ならば他の者よりも重視はするでしょうが……。私や皆様と同じく、姉も自らの意思を何よりも重視する人間」

 

 そこまで言うと澪は、横島、華琳と順に視線を向ける。

 

「私が忠夫様に隷属するよりも前の話になりますが、”司馬家”を求める方々から仕官の話と言うのは絶えずありました。母に対してのものが主でしたが、次に多かったのは当然長女である姉に対してです。華琳様のように一家全員に声を掛けるという方もいました。その中から姉が自分で選んだのです。数多ある仕官先から、漢という最も苦難多く実り少ない場所を。その様な姉ですから家族の薦めだけでは、例え次の太陽を見定める為であっても今の場所でなすと決めていることを終えずに、こちらに赴くことはないでしょう」

 

 無論、こちらの情報は優先的に集めていることでしょうが、と澪は結ぶ。

 その澪の言葉に面白そうな表情を浮かべる華琳。水鏡女学院出身の三人はどう扱うべきか頭を悩ませ、横島は相槌を打ってはいるが何処まで理解しているのかは怪しい。

 そんな横島の様子を見た澪は、横島に問い掛ける。

 

「何処か分かりにくいところがありましたでしょうか、忠夫様」

 

「えっと、澪のお姉さんを今は勧誘しても難しいってのは分かったんだけどさ。さっきからちょくちょく出てくる太陽ってのは……? 流石に比喩ってことは分かってるけどさ」

 

 その横島の言葉にしまったという顔をしたのは瑠里である。司馬防の言葉をそのまま伝えたのだが、太陽が何を意味するかは大陸に住む者ならば予測がつくだろうと補足せず話を続けてしまった。他の皆の見解を気にする余り、空気を読んで尋ねなかった横島を無視する形になってしまったことに気づいたからである。

 そんな落ち込む瑠里を朱里たちが自分たちも気を回せなかったとフォローしているのを横目に、澪は横島へと説明する。

 

「申し訳ありません、忠夫様。姉の言葉をそのまま使っておりました。この場合の太陽と言うのは、大陸の支配者を意味します。今の支配者は漢の皇帝。遠からずその立場を失することは明らかですが、漢の臣という立場ではそれを口に出来る筈もありません」

 

 視界の端で”今はまだ”漢臣である華琳が苦笑しているのが見えるが、既に彼女も同意見であることは聞いているし、咎める気もないことは知っている。澪は言葉を続ける。

 

「故に、太陽と例えて元直様に話したのです。日没とは支配者がいなくなること、乱世から群雄割拠の時代へと移ることを意味し、太陽が昇るというのは新たな支配者が君臨するということです。そして、太陽の方角云々というのは、候補となる勢力が複数あるということになります。姉は、どの勢力が一番力があるのか現状では判断できないと考えているのでしょう」

 

 そこで改めて横島を見る澪。横島の顔に納得の表情が浮かんでいるのを確認すると、先程までの話へと戻る。

 

「先も申しましたが、姉を今すぐこちらにという可能性は低い。ですが、いずれこちらに……という話なら簡単です。私からの書が姉の手にあるのなら、姉の性格からして日没を見届けた後、最初に訪れるのは此処です。その時、姉がどう判断するかまでは分かりませんが、次の太陽が決まるまで敵対しないように説得することは可能でしょう」

 

「それが可能なのであれば、やはり澪ちゃんに頼みましょうかね」

 

 そう軽く言いながら風は、周囲の面々に視線を向ける。全員が反対しないことを確認した風は、横島にどうぞと促すように彼の背中を押し澪の前に移動させる。

 一瞬、皆の視線を集めていることに戸惑った様子を見せる横島であったが、先程までの流れから澪に何を言うべきかは分かっていた。一度、小さく息を吐くと、いつの間にか跪いていた澪を真っ直ぐ見据え横島は彼女に告げる。

 

 

「彼女――司馬伯達殿の勧誘を頼む」

 

 

「御心のままに」

 

 

 横島の言葉に、澪ははっきりと答えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その頃の彼 その2――

 

 劉元徳――真名を桃香という少女は、ご主人様と呼ぶ男が幕舎の前で手にしている枝で、地面に何かを描いている様子に首を傾げる。

 

「あれ? ご主人様だけ? 愛紗ちゃんや鈴々ちゃんは?」

 

「ああ、桃香か。二人なら……調練に向かった筈だよ」

 

 義勇兵として、幽州太守公孫賛の下から独立した”白の御使い”一行は、未だ州都に程近い平原に幕舎を張り留まっていた。劉元徳――桃香――のカリスマと、先の勝利で得た名声を最大限利用して募った新たな仲間との訓練を優先したから――というのが表向きの理由である。

 その真の理由は、予想以上に早い独立となった為に次に向かうべき場所が定まっていなかった為である。

 

「なぁ、桃香は何処へ向かうべきだと思う?」

 

 地面に描いた大陸の地図のようなものを枝で指しながら言う”白の御使い”――北郷一刀の言葉に、桃香は少し悩み答える。

 

「う~ん。今のところ幽州は大丈夫なんだよね?」

 

「そうだな。幽州の黄巾賊がこの前ので最後ってことはないだろうけど、趙雲と公孫賛がいるんだ。大した賊の目撃情報もないようだし、ここは任せてもいいと思う」

 

「だったら、冀州か并州のどっちの方に行くかってことだね?」

 

 ”幽”と書かれた四角に接するように描かれている”冀”と”并”を見ながら、一刀に問い掛ける桃香。

 

「ご主人様はどっちがいいと思うの?」

 

「幽州の現状から考えると、黄巾賊が入ってくるなら冀州からってことなんだと思う。接している州境の長さで言えば并州より長いからね。それを食い止めながら、どう進むか。連戦する体力は今のオレたちにはない。道々仲間を増やし、訓練を重ねないとダメなんだ」

 

「そうだね。となると、冀州の州都から遠いとこを回るのはどうかな? 州都から遠いとこなら、官軍の手が届き難いから困っている民も多そうだし、私たちの仲間になってくれる人も多いと思う」

 

 その桃香の提案に頷く一刀。一先ず幽州と冀州の州境を目指し、冀州に入ったあとは州都を迂回するように海沿いを進むことに決定する。

 それを仲間たちに知らせてくると走っていく桃香の後ろ姿を見送る一刀。その後、地面に描いた略地図に目を落とす。

 

「冀州と兗州の境……平原。進行の早いこの世界で、平原に行くことに何処まで意味があるかは分からないけど……。一時でも拠点に出来れば、後々役立つ筈」

 

 そう呟いた後、両頬を軽く叩き背伸びをする一刀。頑張ろうと、自分に言い聞かせ彼も桃香の後を追っていく。

 

 

 白は徐々に碧へと近づいていく。

 

 碧が白を塗りつぶすのか。白が碧を塗りつぶすのか。

 

 結果を知る者は一人もいない。ただ、二色が邂逅する時は近い。

 

 

 

 




あとがき
 長らく更新出来ず申し訳ありませんでした。当初の予定から遅れに遅れましたが、ようやく更新出来ました。
 気づけばほぼ司馬朗さんの話題に。彼女に関してはさらっと流す筈だったのに、どうしてこうなったしまったのか。
 次話こそは、瑠里ちゃんの報告幽州編の筈。

 横島の偽名。司馬朗関連。
 これらは拙作内設定です。

 ご意見、ご感想お待ちしております。感想いただけるとモチベーションあがります。
 活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。

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