レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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chapter05
雲外蒼天~うんがいそうてん~


レティーシアside

 

 

私が彼を王にするのと、彼女が彼を王にするのとは、何が違うか。それは意思か、強制か、それだけの違いである。

彼女の行いを否定することはできない。それも一つの選択なのだから。でもそれじゃあ王は幸せにならない。知ってる?物語の中じゃハッピーエンドで物語は必ず終わっているんだよ。

 

【苦難を乗り越えて本物の愛を得ることができた王子様とお姫様は幸せに暮らしました。】

 

でももしそれがこんな結末だったら?

 

【苦難を乗り越えて本物の愛を得ることができた王子様とお姫様は夢の中で幸せに眠りにつきました。】

 

何が違うかすぐわかる。それは現実と夢という舞台ということ。現実では二人は結ばれることはなかった。でも夢の中なら一緒にいられる。そんな結末。誰が幸せだって思う?

ごく一部の人間にしてみればこれもハッピーエンドっていうかもしれない。そういう見方もあると思う。けど私は違うわ。

 

私は生ある今だからこそ勝ち取ることができるチャンスだと思ってる。悔やんで何もせずに後悔するよりも、全部やり遂げてから思いっきり後悔したい。それに代償がつきものだってのも理解してる。でも舞台から役者を引きずり下ろす真似はしないわ。そのまま演技を続けてもらう。最後の最後まで。必要なことは全て私が引き受ける。それが裏方の私の仕事だもの。

 

運命を捻じ曲げる。昔からの風習なんて蹴とばしてやるわ。犠牲を出してまで得られる世界の平和なんてくそくらえよ。誰も、死なせない。

 

王は、死なせない。クリスタルの解放は、私がやる。

 

 

レスタルムで感動の再会をした私たちは、思いっきり泣きまくって通行人の注目の的となってしまった。その視線に居た堪れなくなったノクトたちによって無理やり裏路地へ連れて行かれて、とりあえずそこで落ち着くまで待つことになった。

 

「ったく、目立つとこで泣くなよ、お前ら」

「だって、嬉しくて涙が出てくるんだもの。仕方ないじゃない」

「レティ、これで涙を拭うといい」

「…ありがと…」

 

私はノクトに手を引かれて鼻をグスンと鳴らしながらイグニスから差し出された清潔なハンカチで目元の涙を拭った。ヤバイ、マスカラ落ちた。化粧落ちてる!?

慌ててノクトに化粧崩れているかどうかぐいぐい服を引っ張って尋ねた。

 

「ノクト!私ヒドイ顔してるっ!?」

「……ぷっ」

 

途端にこらえ切れないように噴き出すノクト。なおさら私はノクトに詰め寄った。

 

「なぜに笑う?!」

「いや、だい、大丈夫大丈夫!全然イケるから」

「怪しい!」

 

ジト目で睨むとノクトは私から離れてイグニスの首後ろに腕を回して会話に巻き込む形で無理やり同意を求めた。

 

「な、イグニス!大丈夫だよな?」

「……ノクト、嘘はブッ!」

 

けど何か言いかけたイグニスの口元をバチッと手で塞いで慌ててノクトは笑いながら私に言った。

 

「ほら!イグニスも完璧だってさ」

「…なら、いいけど…」

 

どうにも怪しいのだ、あの笑い方。イグニスはもごもごさせて抵抗してるし。

イリスは久しぶりの兄妹のふれあいをしてるから邪魔しちゃ悪いので見てるだけにしておいた。

 

「ぐす、兄さんたちもちゃんと生きてるね」

「いうことがそれか……」

「でも無事でよかった」

「ああ、まーな」

 

ポンと優しい眼差しでイリスの頭に手を置いたグラディオラス。お兄ちゃんですなー。

和やかな雰囲気が発生している側でプロンプトとクペは、予想通りのやり取りをしていた。

 

「あー、感動の再会シーン、最高だったね!」

「ここぞとばかりに写真撮ってばっかりだったクポね」

 

満面の笑みで感無量と言わんばかりにご満悦のプロンプトは肩に乗っているクペからの冷ややかな視線などまったくきにする素振りもなかった。むしろ、

 

「だって男が泣くとこ撮ってもなんか、ねぇ~?」

 

と同意を求めていた。クペは「知らないクポ」とそっぽを向いて知らんぶり。

あとで選別して可愛くない顔のは削除しようと思った。ふとイリスが私の方を見ると、「ぶっ!」と勢いよく噴き出した。おまけにグラディオラスも「ブッハハハハ―――ー!!」笑い出した。それにつられてプロンプトやクペも私の顔に注目した途端、「ぐはっ!?」など「ぷっ!」とか口元抑えて噴き出した。一体何事!?とイリスに尋ねようとすると、イリスが笑うのをやめてこう言った。

 

「レティ、マスカラ落ちてんじゃん。すっごい顔……」

「……やっぱマジか!?ノクトの嘘つきぃぃぃいい」

「いでっ!」

 

八つ当たりにノクトにヘッドロックかけてやった。思いっきり!数秒も経たぬうちに沈黙ノクトの出来上がり。そして急いでクペに化粧落としのシート出してもらって速攻手鏡見ながら落とした。イグニスが教えられなかったことを「すまない」と謝ってくれたので多少は恥ずかしさも緩和できたけど。ノクトは許さん!沈黙ノクトから復活を果たした後で謝ってきても無視してやった。

 

 

数分かけて落ち着いた私たちはイリスの案内でぞろぞろとホテルへと向かった。二階の部屋を取ってあるということで階段を上がりその部屋に入ると見知らぬ人物が二人、私達を出迎えてくれた。お年を召しているようだがどこか品の良さを感じさせる服装で杖を突いたご老人と少年。老人はグラディオラスが歩み寄ると深々と頭を下げた。

 

「グラディオラス様、御無事で何よりでございます」

「ジャレッド、タルコット!お前たちも無事で何よりだ」

「ノクティス様!」

 

対して少年はノクトを見て歓喜に満ちた声でノクトの名を叫んだ。ノクトが「よっ!」と気軽な挨拶をしたので顔見知りらしい。イグニスの背に隠れてコソコソと盗みみている私の姿はさぞシュールに見えるだろう。でも仕方ない。私今すっぴんで酷い顔ですから。

イグニスが少し顔を私の方に向けて

 

「レティ、恥ずかしがり屋なのはわかるが、挨拶くらいしろ」

 

と窘めてきた。でもいい方がおかしい。恥ずかしがり屋じゃなくてすっぴんで酷い顔だから出ないのだ。だから「でも、今顔が」と言い訳した。イグニスはくるっと完全に体を私の方に向けて深くフードを被っている状態の私の顔を覗き込んだ。

 

「っ!」

 

ぐっと近くなる距離に驚いて目を瞬かせた。でもイグニスは気にしてないみたいだし私も気にしないようにしよう。平常心平常心と自分に言い聞かせてじっとイグニスのチェックが終わるのを待つ。

 

「……大丈夫だ。綺麗になってる」

「……嘘じゃないよね」

「ああ。今度は本当だ」

 

疑り深い私にイグニスは可笑しそうに口元を緩ませてそういった。

私は安心してフードを脱いで降ろして完全に顔を彼らの前に出した。すると一番先に老人が息を呑んで驚愕の声を上げた。

 

「その御方は…!」

「……初めまして私は」

 

私が挨拶をしようとすると、老人、名をジャレッドと言っていただろうか。

 

「存じております。レティーシア様。よくぞ、…よくぞ御無事でおられました…!」

 

と恭しく挨拶をしてきた。少年はぼうっと私を見つめていたけどジャレッドに「これ、姫様の御前だぞ」と窘められてハッと我に返ったようで、緊張のせいか声を裏返らせて挨拶をしてきた。

 

「は、初めまして!オレ、ア違った。ボクはタルコット・ハスタです!お会いできて光栄です!姫様!」

「タルコット、というの。そう、レティーシアよ。よろしくね」

 

あえて、フルネームを名乗らなかったけど不審には思われなかった。

本当は、名乗りたくないだけなんだけどね。

 

「は、はい!」

 

微笑んで挨拶をするとタルコットは頬をピンク色に染めて照れてしまったようだ。猶更可愛らしくて口元が緩んでしまう。するとイリスが意地悪そうに茶々を入れてきた。

 

「さっすがレティ~。さっそく男たぶらかしてる」

「ちょっといい方に気をつけなさいよ、イリス?」

 

じろりと軽く睨むと「ゴメンゴメン」と軽く舌を出して謝ってきた。

 

「ん、許す」

「はは~、ありがたき幸せ~。なんてね」

「フフッ」

 

和やかな雰囲気のまま、ジャレッドとタルコットは退出していき私達はイリスからこれまでの詳しい経緯を聞くことになった。ソファにそれぞれ腰かけて、イリスは先ほどとはうって変わって暗い表情で語り始めた。

 

王都襲撃の直後、どうやって逃げてきたか、インソムニアの状況などイリスが見聞きした話を沈痛な面持ちで私たちは聞いた。

時折、声を震わせて涙ぐむイリスに隣に座る私はそっと肩を抱き寄せて身を寄せ合って頭を撫でて慰めた。どれだけ恐ろしかったことか。突然に平和を奪われた者の気持ちは、体験したものでしかわからない。

きっと、この傷は一生癒えることはない。

ルシスは一度王を失った時点で崩壊してしまったのだから。

 

ノクトたちにとって、帰る国がないというのは心にぽっかりと穴が開いているのと同じこと。この体験をニックスたちもしてきたのかと思うと、胸が痛い。

復讐、なんて生易しい言葉で簡単にこの想いは消せない。皆、普段は平気な顔してるけどそんなの無理やり忘れようとしてるだけで現実は変わらないもの。失った人は、二度と取り戻せないし蘇らせたりもできない。二度と。

 

そして他にもイリスが話した中にはルナフレーナ嬢の生存もあった。

これにはノクトたちの驚きを隠せなかったようだ。私は黙って聞いているだけだったけど私の様子が怪しまれることはなかった。むしろそう警戒しなくてもよかったかもしれない。皆、期待の神薙が生きているという朗報に安堵せずにはいられなかっただろうから。この中で唯一、彼女の動向を知っているという裏切りを行っている私。後ろめたさを感じないと言ったら嘘になる。けど、出来れば言わずにいたい。

今必要なのは、彼女が生きているということだけでいい。余計な情報はノクト達を混乱させるだけだから。安堵の表情を浮かべるノクトに私は声を掛けた。

 

「そっか、ルーナが…」

「良かったね、ノクト」

「あ、ああ」

 

ノクトは一瞬言葉に詰まったけど嬉しそうに相槌を打った。ちくっと、胸がなぜか痛く感じたけどきっと疲れからくるものだと思う。話は大体終わったのでイリスは「じゃあ、行くね」と声をあげてソファから立ち上がった。

 

「……、とりあえず今日はゆっくり休んで。また明日」

「わかった。ありがとな」

「うん。レティ、行こう」

 

呼ばれて私も立ち上がってクペを肩に乗せてイリスの後を追った。ドア前で皆の方に振り返って手を軽くあげた。

 

「うん。それじゃあね。おやすみ」

「「「「おやすみ」」」」

 

イリスが借りた部屋はノクト達が泊まる部屋のすぐ隣だった。

部屋に戻った私たちは早速仲良くじゃれ合い出した。勢いよく抱き着いてきたイリスを受け止める為に何とか踏ん張りをきかせたけど、加減してないないな。

 

「レティ~!もうマジ会いたかったよ!」

「それ何回目?」

 

思わず尋ねちゃうくらいに繰り返すイリス。

会えて嬉しいのは分かるけどここまで全力で表現する子だとは思わなかった。分かりやすくて好感もてるタイプではあるけどね。イリスはむぅと口元を尖らせて言ってきた。

 

「何回でも言えるっていう幸せに浸ってるの!だって今まで会えなかったんだよ?いいじゃない」

「まぁ、確かに」

 

確かに正論。かれこれ十年くらいの付き合いになるのに会うのが今日が初めてってあまりない友人関係だ。それだけ私が特殊だって考えると少し複雑な気持ちになった。

少々勢いに負けている気もするけど同意するとイリスの目が一瞬キラっと光った気がした。抱き着いてくる腕にさらに力が篭って甘えん坊さん発動。

 

「ね?だからむぎゅってして?」

「はいはい。むぎゅう~」

「きゃ~!」

 

まったく可愛すぎ。男ばっかりだったから余計に新鮮でならないこの反応。

クペは甲斐甲斐しく寝る準備をしてくれている。一緒に混ざればいいのにと愚痴を零すと「クペは忙しいクポ。お子様とは違うクポ~」だって。お子様と言われてそういえばと思い出し私の腕の中にいるイリスに尋ねてみた。

 

「イリスってよく考えたら私より年下なのよね」

「うん、今年で15だよ」

 

ということはさきほどクペが言ったお子様という意味は私も含まれている、ということか?

 

「うーん、私って同レベル?」

「何それ?」

 

コテンと首傾げるイリスには私の言葉の意味は伝わらなかったらしい。慌てて誤魔化した。分からないならわからないままでいいんだ。

 

「いや別に。それより本当ゴメンね、来るのが遅くなって。その、色々、あったからさ」

「……何かあったの?」

 

苦笑いしながらそう説明すると、イリスは表情を曇らせて何かを悟ったらしい。私から体を離して少し距離を取るとそう遠慮がちに尋ねてきた。私は、イリスから視線を外し小さな声で「……話してると長くなるよ。今日はもう、寝た方が……」と拒絶するように言い返す。するとイリスは私の手に自身の両手をそっと添えて握りしめてきた。私は反射的にイリスを見つめた。

 

「いいよ、今日は夜更かしする気満々だったから!」

「…イリス…」

 

わざと明るい調子で言う彼女の瞳は、僅かに揺れているように見えた。

お互いに、吐き出す必要があるのかもしれない。私よりも年下の少女に気を遣わせてしまうなんて、大人失格だなと心内で自嘲しながら、表情では笑みを作りイリスの調子に合わせて明るく振舞った。

 

「……そっか。なら、まずはシャワー浴びてからね」

「あ、そうだね。先いいよ。疲れてるでしょ?」

「うん、ありがとう」

 

私は礼を言ってクペが準備して置いてくれた着替えを持ってバスルームへ向かった。

 

 

それから色々と準備を済ませて私とイリス、そしてクペは狭いけど同じベッドにもぐりこみ肩をつきあわせて色々と長い話をした。お互いに色々あったこと。辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、色々教え合い共有しあった。

今までの距離を埋めるように。

 

それはどこか癒えない傷を舐め合っているだけの空しいようなものにも感じて冷めた私がいたのは事実。でも、そうでなくては私達は生きていけないんだ。

 

それが、【人】ってものだもの。自分ひとりで世界が回るならいくらでも行動すればいい。一人語りでもなんでもすればいい。でもそれは世間でいうところの独り善がりということを頭の隅に入れておかなければ迷惑な道化と同じだ。

 

演じるならもっと美しく、スマートに、徹底的にミスなしで先の先まで計算しつくさなければ。私は、まだそこまで器用に生きれないから中途半端なまま。

 

気がつけばあっという間に壁に掛けられた時計の針は夜中を回って朝方4時頃になっていた。

 

「いっぱい話したね」

「ね、眠いよ……ぐぅ……」

 

ぽすりと枕に顔を突っ伏して動かなくなるイリス。

 

「クペはもう寝てたわ」

 

私とイリスとの間に体を丸まらせて眠っているクペ。彼女を起こさないように優しく頭を撫でてあげた。こんな小さな体で私の為に色々をやってくれているクペに、苦労かけてるなぁ、としみじみ思ってしまう。

 

「……イリス、寝てなよ。まだ起きるには早いし」

「うぅ、そうする……」

 

と返事したのもつかの間、あっという間にイリスはすやすやと眠りについた。

ここら辺はまだ子供っぽさが残っていて可愛らしい。

 

「……」

 

私は、イリスとクペを起こさないようにそっとベッドから抜け出た。

昨日ブーツは脱ぎ捨てて床に投げてあったはずだけどしっかりとイリスの分も揃えてベッド下に置いてあった。きっとクペが直してくれてたんだと思い、こっそり「ありがと」とお礼を伝えてた。

 

どうにも目が冴えてしまって眠る気にもなれない。ささっと着替えて帽子はフードがあるから部屋に置いておいた。しっかりと鏡で髪の毛が出てないか確認しスマホと私のお小遣いが入ったお財布をポケットに入れてオッケー。

 

そろりそろりと足音忍ばせてドアを開いて廊下へと出た。廊下は明かりがついているもののシンと静まりかえっていてまだ隣のノクト達も起きていないようだった。これは好都合と私は忍び足で目の前を通り過ぎて階段へと向かった。そこから手すりを伝いながら階段を下りて1階ロビーへ。受付の人が降りてきた私に気づいて「おはようございます」とにこやかに挨拶をしてくれた。私も「おはようございます」と挨拶を返した。カウンターまでいきお姉さんに伝言を頼んだ。一言言っておかないと心配するだろうから。

 

「あの、ちょっと出てくるんで、もし連れが私がいないとかで騒いでたら伝言をお願いできますか?少し散策してくるから心配するなって」

「承知いたしました。お気をつけて」

「ありがとうございます。それじゃあお願いします」

 

私は軽く会釈をして玄関を出た。

朝日は既に上がっていた。

 

 

外に出てまずやること。

 

「うん~、今日もいい天気になりそう~」

 

ぐーんと腕を伸ばして伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす。背中からコキっと音が鳴った。シングルベッドにイリスと無理やりくっ付いて横になってたから体中が痛いのでちょっとその場で軽く準備体操をした。

 

「うー、やっぱ動かさないとなー」

 

全身の筋肉をゆっくりと解きほぐしていく。

ちらほら人はいるけど仕事に向かう人とか市場の方に行くのかはわからないけどそんなに注目浴びるほどでもない。

一目は気にしなくていいので思う存分できた。準備運動をしている間、そういえばクレイとの練習とかでも必ずこれだけはやっておけってキツク言われたことを思い出す。

何事も体が基本だって。柔軟な体は敵の攻撃も避けやすいし何よりフットワークが軽くなる。戦闘でいち早く敵の元へ駆け抜ける時だってダッシュがものをいうし逃げる時も別の人が抱え上げて逃げてくれるわけじゃない。自分の足で逃げるんだって。

 

そう、私の為に厳しく接してくれた。私の、師匠。

 

「クレイ…」

 

鍛錬とか以外は表情ガラッと変えて優しくしてくれたり、あの人が私を見ない分親代わりみたいなこともしてくれた。少し、クレイのことを思い出して少ししんみりとしてしまった。もう少し状況が落ち着いたらちゃんと弔ってあげたい。クレイも、…ほかに皆も、あの人も。

 

「あ、だめだめ。気持ちが暗くなっちゃう!」

 

私は気持ちを切り替えるため自分の頬をパシッと両手で軽く叩いた。

 

「市場でも行ってみようかな…」

 

これと言って目的もない。ぶらりと行ってみようと足を踏み出した、その時。

脳内に直接語り掛けてくる『声』がした。

 

『――-』

 

通常の言語ではない。遠くから私に飛ばして伝えてくるメッセージ。

自然と歩みは止まった。

 

「え」

 

私を呼んでいる。この声は――。タイタン?

読み取れない羅列した音がただ延々と頭に響いてくる。けど不快なものではない。そのメッセージには私に対する思いやりが何となく伝わってくるものだから。

 

「タイタン?」

 

声が遠すぎてなんといっているのかわからない。けど何かを伝えようとしているのは分かった。何度も語り掛けてくる声に導かれるように、私はふらりと歩き出した。

 

導かれてやってきた場所は町の目の前に広がるペゴラー展望公園。観光客用に何台か望遠鏡が設置されていて辺りには屋台もあった。けど今は店は閉まっているし朝から景色眺めに来る物好きもいないので人気はあまりない。

 

『――-』

 

私だけに聞こえる声。

それは遥か遠くに見えるカーテンの大皿から届けられているようだ。私は手すりにつかまりながら食い入るように景色を見つめた。

 

やっぱり、あそこにタイタンがいる。

けどノイズが混じっているのか、聞き取れない。

 

「……タイタン…、なんて、言ってるの?」

『――-』

 

駄目だ。声が遠すぎて具体的になんて言ってるのかわからない。

けど、私を呼んでいる。来てほしいの?

 

行かなきゃ、あそこに。

意識が一点に集中して周りが見えなくなる。

 

私は手すりの向こう側が崖であることも忘れて手すりから身を乗り出そうとした。

そこにタイミングよく声を掛けられていることも知らずに。

 

「おはよう、可愛いお嬢さん。こんなところで会うなんて偶然だねぇ~」

「………」

「あれ、聞こえてるオレの声?」

「……」

「おーい!もしもし。それ以上身を乗り出すと落ちちゃうよ」

 

耳元で男の声にようやく誰かが傍にいることに気づいた私は飛び上がってそちらの方を向こうとした。

 

赤髪がチラッと見えた。

 

けど自分の今の状況を忘れていた。半分以上身を乗り出していて私の重心はぐらりと傾いてしまう。

 

「ひゃっ!?な、なに!…ってきゃぁああ!」

「おっと!」

 

だが寸前の所で腕を掴まれ間一髪真下に落ちることは免れた。私は心臓が凍りつきそうになりながら力強い男の力に引っ張られて無事に地面に足をつけることができて、思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「……し、死ぬかと思った……」

 

ぎゅっと胸元の服を握りしめて感じるバクバクと心臓が鼓動打つ音。

 

あそこで声を掛けられていなければ私は確実に死んでいた。まさかの事故で死ぬとかありえないと私は背筋をぞっとさせながら現実に引き戻してくれた恩人に礼を言わなければと震える足腰に力を入れて立ち上がろうとした。その時に迷惑そうな声音で「朝から飛び降り自殺は観光名所に打撃与えるからやめておいたほうがいいと思うよ~」と辛辣な言葉を投げかけれ、まさにその通りと真摯に受け止めた。私はまくし立てるように謝罪の言葉を述べながら相手の靴元からずずっと視線を上げて行って真正面を見やった。

 

「し、失礼をいたしました!あの、ありがとうございま……」

 

言いかけた言葉は途中で途切れた。

したくてしたわけじゃない。思考も何もかもが瞬時に凍り付いてしまったからだ。目の前の相手を視界に入れた途端に。

よくドラマでやりそうなパターンだ。想像にもしなかった相手と鉢合わせした瞬間の役者の目玉が転げ落ちてしまいそうな迫真の演技。息を呑むその表情。今、まさにその役者の立場になったかのような状況に私は陥っている。

お互いに名も知らぬ間柄だが、確実にわかるのは、私は獲物で、相手は狩人ということ。

 

「どうも、お久しぶり、かな」

「…どう、して…」

 

ガーディナ渡船場で接触して以来の変わらぬ出で立ちで佇む男は、まるで旧友にでも再会したかのような挨拶をしてきた。だがそれは見かけだけ。

 

名も知らぬが、本能で分かる。

 

この男は内に何か恐ろしいものを棲まわせている。召喚獣であるクペに恐れを抱かせるくらいだ。それは、きっと人間が抱えるものではない、恐ろしいもの。

 

私は本能的に恐れを抱いて一歩、一歩ゆっくりと男から後退していく。

 

「なぜここにいるの」

 

最も警戒すべき男を目の前にして無防備だったことに後から心底後悔しながら、逃げれる状況を必死に作ろうとする。けど、奴は私を牽制するように一歩進んだ。

 

「君に用があってきたからねぇ」

「私は、ないわ」

 

怯えていることを悟られまいと咬みそうになる唇を動かしてそう言い返したけど、「ふぅん…」と小馬鹿にするように男は少し口元を上げた。

印象に残る目を引く赤髪に、黒い翼を装飾としてつけている黒ずくめの男。

出会った時から飄々とした態度で、腹の底が見えない奴だと思ったけど、今も変わっちゃいない。

 

「そんなにタイタンの声が聞こえずらかったかい?」

「……」

「いやいや、一人でフラフラと出歩いちゃ危ないでしょ。ルシスのお姫様。危機感ってものを持たないと、悪い奴に攫われちゃうよ」

 

それとなくサラッとルシスの姫だと断定してきた辺り、やはり狙いは私か。

いつでも魔法は発動できるように無言呪文で準備して置いて私は「……人違いよ、失礼するわ」と否定し急いでホテルへと向かおうと歩き出した。けど数歩歩いたところで私の背中に投げかけてきたアイツの言葉が私の歩みを止めさせた。

 

「君の『たった一人のおじいさん』が孫娘の君に会いたがってる」

「…?」

「って言ったら、どうする?」

 

私がその言葉で立ち止まることを分かっていたかのように、振り返ると奴は、狙いが当たったかのように悪戯めいたいい方をして口角を上げた。

私は、言葉の意味をそのまま理解できずに声を震わせた。

 

「何、を、言って」

「オレね、帝国の宰相。アーデン・イズニア。自己紹介しよう。ルシスのお姫様」

 

帽子を取って奴はまるで舞台役者のように仰々しく胸に手を当てて一礼をした。

 

「ほら、挨拶は?君、仮にも王族だろ?」

「……」

 

ニフルハイムの宰相。なんて大物が来てしまったのかと頭抱えたくなった。

しかも、こうも自らの情報を惜しげもなく暴露するなんて、やっぱり何考えてるかわからない男となお一層警戒を強めた。もう逃げるチャンスはない。

 

「ねぇ、レティーシア・ルシス・チェラム殿下?」

 

私に向かってまるで友好を結ぼうとでもいうように手を差し出したイズニア。だがそんな姑息な手に乗るものかと私はヤツに向かって左手を翳し瞬時にブリザラで複数の氷の刃を空中に出現しイズニアの周りを固めて身動きを封じさせる。少しでも動く真似をすれば、勝手に反応して串刺し状態となる。それと同時に右手に双剣の一対を出現させ、構える。

 

もう身分を隠す必要もない。相手は私が誰であるかをもう掴んでいる。

自己紹介など皆無。奴がすでにフルネーム言ってくださいましたし。

目の前の奴は敵と改め、意識を集中させる。隙など作らせるものか。

 

「……一つ、聞くわ。レギス王を殺したのは、誰」

 

私の問いにアーデン・イズニアは利口に口だけを動かした。

 

「オレじゃない」

 

と。私は鼻先でふっと笑い飛ばした。指先をくるりと回して複数ある内の一つの氷の刃を奴の喉元に動かす。鋭利に尖った切っ先が皮膚に突き刺さる寸前で止めた。

 

「信じると思ってるの?」

「それは君の判断だ。オレが決めることじゃない」

「……言葉遊びがお好きなようね」

 

この男、やはり宰相と名乗るだけあって度胸はあるようだ。命の危機にあるというのにビビる態度すら見せない。脅しだと思っているのか、それとも虫も殺せないか弱いプリンセスとでも侮られているのか。どちらにせよ、とさかにきそうだが怒りを無理やり抑え、冷静に振舞わねばと自分に言い聞かせ、詳細を吐かせる。

 

「証拠は」

「証拠って言われても犯人はもう死んでるはずだからオレじゃあどうしようもないなぁ。……うーん、じゃあこうしよう。君をタイタンがいる場所まで連れて行ってあげよう。オレにはその許可が出せる。今ゲートは閉められていて中には入れないからねぇ。……王子に啓示を渡さなくちゃいけないんだろう?あ、違った。渡したくないんだっけ?じゃあ、なおさら君がタイタンに話をつけなくちゃねぇ。啓示を渡されてしまう前に」

「……」

 

やはり、油断ならない奴。啓示のことまで探り当てているとは……。でもただの宰相にそこまでの知識が身に着くもの?もしかして、六神についてかなり詳しいの…?

 

立場ではこちらが圧倒的に優勢なはずなのに、迫られているのは私のようだ。あの見透かすかのような瞳が私を追い立てる。イズニアは両目を細めて「さぁ、どうする?」と私に尋ねた。

 

私は小刻みに顔を振って奴の言葉を否定した。

 

いない、私に家族などいない。ノクトだって所詮他人だ。ルナフレーナ嬢の元に帰るんだから。私の家族じゃない。

 

「……私に祖父などいないわ」

 

私の否定に奴はすぐに言葉を被せてきた。

 

「でもいる。ああ、母方じゃなくて君の父方の祖父だ。君に一目お会いしたいと、君が産まれた時からレギス国王陛下から引き取ろうとしていたんだよ。なんて泣ける話だろうねぇ。君の御父上は相当君を溺愛していたようだ。手放したくなかったんだからねぇ」

 

芝居がかった口調で語る奴はどこか面白がって私見ている。なんてゲスイ奴だと冷静な私だったら罵っているだろう。だがそんなものは私の耳に入ることはなかった。奴の存在すらない。

だって、私の瞳にはあの人が、映っていたから。

 

【レティーシア】

 

別れる時のあの人がすぐそこにいる。

 

溺愛していただ?手放したくなかっただ?嘘だ、狂言だ幻だ、まやかしだ。もういないのに、わかっているのに。あの人は私を呼ぶ。

感情込めぬ冷ややかな瞳で。私をいらない癖に。必要としないくせに。

 

【レティーシア】

 

私の名を呼ぶあの人はいつも無関心だった。その背をいつも目で追っていた私。いつか、いつか私を見てくれると思っていた。時が経てばと、何度も言い聞かせてきた。反抗心剥きだして関わろうとしなかった。けど私を見て欲しかったからだ。

でもあの人は振り返らずに逝ってしまった。ノクトの為に、その身を犠牲にして。国の民すら見捨てて。親子ですらないとあの人は言ったんだ。私に私の娘ではないって!

幼い私に突きつけたんだ!事実を。だから私は我武者羅にここまできたっ!全部全部色々消化して無理やり飲み込んで承知のつもりでっ!

なのにどうして私から消えてくれないのっ?最初から手放せば私はここにいないのに。

アンタが、私をここ、まで追い込んだのにっ!!

 

「……私に、親なんていないっ!!」

 

私は悲鳴に近い声で叫んだ。剣が手から零れ落ちて地面に落ちしばらくしてから消えた。

私はその場に崩れ落ちて瞼をぎゅっと握って頭を抱え込んで全てを遮断させたかった。いや実際そう、全てを拒んだ。

 

「ははっ」

 

だがイズニアのせせら笑う声がした。

身動きできないように追い込んでいたはずなのに、私はヤツに追い込まれていた。精神的に。喉元に見えない刃を突きつけられて奴は言葉という刃をさらに私に突きつける。数ミリ皮に食い込ませ、トラウマ【心的外傷】を私の心に引き戻させる。

 

「けどさぁ、レティーシア姫。君が今ここにいるのはこの世に産み落とされたからだ。その意思関係なく、ね。……抗いようのないものだ、それは。六神、いや七神でさえ君の誕生は知らなかった。……だからオレとおいで。君のおじいさんは帝国領で君が来るのを首を長~くして待ってるよ」

 

知らない。何も聞きたくない!それ以上不快な音を発しないで!!

 

「何、ちょっと顔出してまた戻ってくればいいじゃない。オレが送ってあげてもいいし。それとも、君が『お友達』に頼んでこちらに送ってもらってもいいし。君の『お友達』なら喜んで君の願いを叶えてくれるだろう。なんせ、君は彼らに愛されている」

 

違う違う!!私は、ただのレティなの……。特別なんかじゃない!

ミラなんかじゃない!私は、ただのレティでただの自由を望んでいるだけなの。

私はただ、檻から解放されたいだけなのよぉ…。

 

「オレこんなんでも一応『昔から』知ってるよ。特に王家については、ね。まぁ、考えておいて。期限は……そうだなぁ、君を迎えるための準備もあるし、今日を含めて三日。三日したらこっちに戻ってくるよ。そうだね、約束の時間は、10時頃にしようか。出発するのにちょうどいいし。それじゃあその時まで……ごきげんよう。お姫様」

 

アーデン・イズニアはそんな言葉を残して去っていた。奴がどうやって私の魔法から逃れたのか、何処に向かったのか私に知る術はなかった。

 

それからしばらく時間が経過していたと思う。

 

気が付けば、「大丈夫かい?」としゃがみ込んでいる私の肩を誰かが叩いて、私は「触るなっ!」と声を荒げた。反射的防衛本能が働き、目にも止まらぬ動きで肩に触れる手首を掴み、「うわっ!」と驚く声など気にせずに背後に立つ相手に足払いを掛け体制を崩す相手の勢いをそのまま利用し腕を捻り上げながら地面に叩きつけるようにうつ伏せ崩れる相手の背中に全体重をかけて動きを封じる。

 

全てが一瞬のことで私に触れた相手は痛みと衝撃で混乱していた。

 

「うぐっ!!」

「アンタ何してんのよっ!」

 

連れの女だろうかヒステリックに私に突っかかろうとしてきたがすぐに女は「ヒっ!」と情けない悲鳴をあげた。すぐ女の喉元に剣先が突きつけられていたからだ。私の片方の手に出現させた剣により。険呑を含んだ私の睨みに女はただ恐怖に身を竦ませた。

 

「……っ!」

 

周りの人間たちが騒めきだして、ここでようやく私は事態に気づいた。

一般人らしき男女に攻撃を仕掛けていたことを。

 

「……ご、ゴメンナサイ!?」

 

私は慌てて剣を消して涙すら浮かべている女性と私の下に呻いている男性を解放した。思いっきり頭を下げて二人に謝罪した。

 

「本当にゴメンナサイ!すいませんでした!私てっきりまたアイツが来たのかと思って……」

 

情けないことに私は謝ることしかできなかった。

男性に手を貸そうとしたが我に返った女性が私をドン!と突き飛ばして男性を助け起こそうとした。

 

「邪魔よ!」

「っ!」

 

私は小さく呻いてよろりと体制を崩してそのまま地面に尻餅ついてしまう。痛みに顔を歪めさせている間に、女性の手を借りて起き上がる男性。

 

「……イテテ…」

「…アンタ、一体何して!」

 

私に向かって怒鳴り声をあげて近づいてきた女性は怒りの形相で睨み付けながら、ぬっと左手を伸ばしてきて乱暴に引っ張り上げた。締め上げられ私は苦痛に顔を歪める。

 

「このっ!」

 

そして女性は勢いのまま右手を思いっきり振りかざそうとした。

 

ぶたれる!と私は覚悟して瞼をぎゅっと瞑った。

 

けど、一向に痛みがないことに恐る恐る瞼を開くと、そこには男性が叩く寸前で女性の手を止めていた。

 

「なんで止めて!?」

「やめろよ!わかんないか?彼女、泣いてるだろ」

「ハァ!?意味わかんないしっ」

 

男性は私から女性を引き離し腕を掴んでとにかく別の場所へ連れて行った。そこでしばし言い合いを続けている時に仲間だろうか別の人にその女性を託してまた私の所へ戻ってきた。キーキーと女性が興奮冷めやらぬように私に向かって怒鳴っているが、仲間が宥めているようだ。

私はただ罪悪感と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

かなり人も多くなってきて私達の騒動にギャラリーも増えてきた。

このままでは目立ち過ぎてヤバイと焦りつつ、ちゃんと謝らないといけないという気持ちがせめぎ合う中、男性が私の目の前にやってき好奇の視線にさらされている中、私の腕を掴んで「ちょっと移動しよう」と早口で言いながら有無を言わさず引っ張って町の方へ向かった。私は戸惑いながらその手を振り払うことできずに男性に引っ張られるまま歩くことに。男性に伴われて連れて行かれた先は通りに面したカフェらしき場所。常連なのか、ためらわずに店内に入ってカウンター向かいにいる老齢のマスターらしき人に「なんだ?今度は若い子だな」との冷やかしに男性は一切無視して「うるさいジジイ。それより温かいミルクとおしぼり、大至急で。オレはいつもの」と言い切って奥のテーブル先に向かった。戸惑う私に優しい声で「座って」とテーブル席に座らせて自分は向かい側に座った。

 

「あ、あの」

「ゴメン」

 

男性はいきなりテーブルに頭が付くくらいに下げてきた。

 

「え!いやあのっ頭を上げてくださいっ!?そんなことしないでっ」

 

慌てふためいて席から腰をあげた私に男性は、スッと頭を上げるとこちらが驚くくらいの澄んだ瞳でこういってきた。

 

「君、誰かになんかされたんだよね。さっきアイツって言ってしあんなとこで蹲ってたから。……大丈夫だった?急いで連れてくればよかったけど君の立ち回りが見事だったからこっちも驚いちゃってさ」

「……!なんで、」

 

私はそれ以上言葉にできなかった。ストン、と情けなくも全身から力が抜けてまた席に着いた。

 

なぜ、あんなことをした私にそんな心配をしてくれるのか。間違ったとはいえ力でねじ伏せてしまったのだ。大の男を。連れの女性にだって怖い思いをさせてしまった。謝りだおさなきゃいけないのは私なのに。なのに、この人は私を心配してくれている。親身になってさえ、好奇の人の目にさらされている私をここまで連れてきてくれて。今も気を遣ってくれている。

 

「よっぽど怖いことあったんだね。ゴメン、俺の連れが乱暴な真似するとこだった」

「ちがっ!それは私が」

 

貴方にひどいことをしてしまったからと言い募ろうとした。けど

 

「何かされると思ったんだろ。仕方ないよ」

 

私の気持ちを見透かすかのようにそういってくれた彼。

 

「!」

 

次から次へと私を労わっての言葉が彼の口から出てくる。

駄目だ。じんわりと何かがあふれてきて、こぼれそうになって思わず口元を両手で覆った。

 

「ああ、『また』泣いて!?マスター!」

「急かすな、持ってきてやってんだから。ほれ、温かいミルクとおしぼりとタオル」

 

トレイに乗せてやってきたマスターから柔らかなタオルを奪い取るように取ると男性は身を乗り出して私の頬にそれを優しくあてがった。それとなく口元を覆っている手を外させてタオルで何かを吸い取るようにあててくれる。

 

「わた、わたし……」

 

声を震わせてまともに言葉にならない私に、彼は柔和に安心させるよぅに微笑んだ。

 

「ここは安全だから。昔なじみのちょっとぼろい店だけど君を傷つける者はいないよ。だから、今は……思う存分泣けばいい」

 

泣いていいと言われた。見も知らぬ他人から。でも、それは引き金になるには十分だった。

 

「ぁあ……」

 

ぽろりと、私の瞳から涙がこぼれまるでたかが外れるように私はボロボロと両目から涙を零して声を上げて泣いた。彼とマスターに見守られながら、気がすむまで。

 

色々といっぱいいっぱいだった。

頑張らなきゃノクトを救えないって、ルナフレーナ嬢よりも先に先にって、急がなきゃいけないって。皆に無理させるのが辛かった。文句とか不平不満とか言われるのも怖かった。でも皆黙ってファントムソード集めを頑張ってくれてだから余計に私も頑張らなきゃって。それでもルナフレーナ嬢は次々と召喚獣たちにノクトへの啓示を渡すために動いてる。間に合わない!もっと急がないと頑張らないと!って焦った。夜も眠れなくてもっと確実にファントムソードを入手するための策を練った。でもゲートを封じられているところは帝国軍の監視が行き届いていて危険だった。強行突破できるとかのレベルじゃない!タイタンに会いに行きたくっても行く手を遮られているんだもの。派手に動けばこちらの動きを悟られる。ノクトたちだって危険な目にあう。私の浅はかな考えだけで決められることじゃなかった。

クリスタルを、解放させることだって本当は怖かった。

世界の為なんて知らない。ただノクトを死なせたくないから!それだけなのに、怖いって気持ちはなくならなかったの。だからとにかく考えないように考えないようにって自分を誤魔化してた。ただ前だけを進めば気も紛れるって。

 

でもアーデン・イズニアが現れた。

 

私に祖父がいるって。父方の名も知らぬ人が私が産まれた時から引き取ろうとレギス王と交渉していたって。ずっと幽閉されたままの私はあの人の愛情を求めていた。向けられる眼差しは全てノクトへいき、私はスルーされてドンドン卑屈になっていった。

だからイズニアからあの話を聞かされて、もし、その祖父が本当に私を求めていてくれてその人の所へ行っていたなら今の私はいないって思っちゃった。嘘かもしれないのに、信じてしまった。

 

それぐらい、私は、いっぱいいっぱいだったの。

 

そんな時に彼が声を掛けてくれた。私が蹲って震えていたから。

見かねてだと思うけど。今、初めて彼の容姿に気づいた。

 

ああ、ニックスに似てるって。

少し色黒で髪は黒くて均整の取れた体格。私よりも身長が高くて低い声。でもニックスよりは物腰は柔らかで紳士的でとっつきにくくなさそう。彼と同じ瞳を持つ青年。

 

何処となくニックスと似た雰囲気を持つ彼は、ただ私が泣き終えるのをじっと待っていてくれている。時折、マスターと絡んでいたりするけどそれが笑いを誘って気づけば私は悲しくて泣いていたのに可笑しくて笑って泣いていた。それぐらい私はこのお店の雰囲気に居心地の良さを感じて頬を緩ませた。

 

「俺はユーリー・ウリック。長いからユリって気軽に呼んで」

 

とウインク付きで言われてどことなく女慣れしてそうだったから鼻をぐすっと鳴らしながら言った。

 

「これが女ったらしって言うんだ」

 

そしたらマスターが「正解だ!」と爆笑して腹抱えて笑い、ユーリーは目を瞬かせてから、「……参ったな」と苦笑しながら髪をかき上げた。すっかり冷めてしまったミルクを温めなおしてくれたマスターに礼を言って両手でカップを落とさないように持って口元に持っていく。丁度良い温かさとミルクに初蜜でも入っているのかくどくない甘さが口いっぱいに広がった。身に染みるってこんな感じなんだ。

 

「気は済んだ?」

 

にっこりと微笑まれそういわれて私はコクンと頷いた。目元がヒリヒリして痛かったけど、彼が何も言わずに温かいおしぼりを広げて私に差し出した。なんて至れり尽くせりなのか。私はお礼をいってそれを受け取りそっと目元にあてがった。そうしている間、ユーリーは辺りを見回してマスターに「他の客は?」と不思議そうに尋ねていた。そういえば私達以外に客がいないなんて。マスターは「お前らで貸し切りだ」って気のよさそうな笑みを浮かべた。

その意味が最初は理解できなかったけど、すぐに顔を青ざめてしまった私。

 

「ご、ごめんなさい!まさかお店閉めてしまったんですか!?」

「ああ、いいんだよ。そんな畏まらなくて。ここ、いつも客少ないし」

 

ユーリーが手をパタパタとふって気にするなというけれど、マスターはムッとした顔で文句を飛ばしてきた。

 

「うるせぇ」

「ほんとのことだろ」

「可愛らしいお嬢さんの前で鼻の下伸ばしてんじゃねーぞ」

「そっちこそうるさい!」

 

彼とマスターの仲の良さに、私はこらえきれず「ぷっ!」と吹いて笑った。

 

「はははっ!ほんと、二人って仲がいいんですね」

「いやそんなんじゃないから」

「まったくその通り」

「息ピッタリ」

 

と釘を指せば二人はぐっと黙り込んだ。そこも一緒で猶更笑いを誘う。

 

「「……」」

「はははっ!」

 

一通り笑い終わった後、私は姿勢を正して二人に礼を伝えた。

 

「本当にありがとうございました。見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれて感謝の言葉だけじゃ足りません。お礼をと言いたいところなんですが、今その、手持ちもちょっと少なくて…」

「別にそんなものいらないよ」

「そうそう。女が泣いてるんだ。助けなきゃ男が廃るだろう?」

 

二人はそろって真面目くさった顔をしてそういった。本当根っからのお人よしらしい。ううん、女好き?これは失礼か。

 

「それよりマスター、腹減った。なんか食わせろ」

「あぁ?オメェはダメだ。ツケ払いばっかしやがっていい加減溜まった代金払え。育ててやった恩も忘れたか。お嬢さんは何がいい?思いっきり泣けば腹も空いたろ」

 

ユーリーの言葉にはバッサリと切り捨てて、コロッと表情を変えて私には優しくそう言ってくれるマスターに私は大丈夫だと言おうとしたが、ちょうどタイミングよく私のお腹がぐぅぅう~と盛大になりバッとお腹を抑えた。恥ずかしくて顔を俯かせるとユーリーが

 

「マスターの機嫌がいいときに甘えときな」

 

と言ってくれた。マスターも「遠慮しなくていいぜ」と言ってくれたので遠慮がちに

「その、フレンチトーストがいいです」と伝えた。マスターは「おう、待ってな」と準備に取り掛かった。鼻歌交じりに調理を開始するマスターを見ながらユーリーは背もたれに寄りかかり呆れたような声を出した。

 

「あんな浮かれてるマスターなんて久しぶりだぜ」

「そうなん、ですか?」

「ああ。機嫌悪かったら速攻店からたたき出される時もあるしな。だからここひねくれ爺の店って有名なんだよ」

 

そう言って自分の分のカップに口を付けた。その時マスターが「聞こえてんぞ」と釘を指したのでぐっと呻いて変な所に入ったのか、ユーリーはゴホゴホと咳き込んだ。

 

「地獄、みみが……」

「大丈夫ですか?」

 

背中をさすろうと立ち上がろうとしたが、手で制され大丈夫だからと言われ私は座りなおした。彼がなんとか落ち着いた頃、そういえば名乗っていなかったことを今さらながらに思い出した。

 

「あの、私レティって言います。すぐに名乗らなくてごめんなさい」

「そっか。レティ……可愛い名前だね」

「……ありがとうございます……」

 

あえて愛称を名乗った。別に、理由なんてない。なんとなく、レティーシアが嫌になっただけだ。

 

「ところでフードを被っているのって理由があったりするの」

「これは!?そ、の……」

 

ズバリ指摘されて私は反射的にフードを掴んでしまった。この髪を見られたらおしまいになってしまうと怖くなったからだ。

 

「これは、その…先天的なもので、髪が…どうしてもその…、目立ってしまうから」

「……」

 

ユーリーはテーブルに肘をついて縮こまる私を興味深そうにじっと見つめてきた。

 

「だから……御免なさい。取りたく、ないんです」

「ふぅん、そっか。ゴメン、変なとこツッコんだりして」

「いえあの、私の方こそ御免なさい……」

 

さっきから謝ってばかりだ、私。

 

先ほどの和やかな空気から重い雰囲気になってしまった私達。ユーリーは気になったから聞いてきただけなんだろうけど、私の答え方がマズかったのかもしれない。

どうしよう、何か言わなきゃと焦るけど何を言えばいいのかわからない。半分パニックになりかけている私に、ユーリーは突然わざとらしく大きな欠伸をした。

 

「ふあぁぁあああ~~~。すっげぇ、眠い」

「え?」

「俺今すっごい眠くてさ、ちょっと寝るね」

「え?あ、あの?」

「眠たいときにはすぐ寝る。これに限るよ。ってなわけでおやすみ~」

 

私の戸惑いなどお構いなしに彼はテーブルに腕枕をして頭を突っ伏した。そして数秒も経たずして大きないびきをかきだした。

呆気に取られて何も言えない私にマスターが「気にすんな、下手くそな奴だから」と声を掛けてくれた。それで、ああこれって彼なりの空気の壊し方なんだって思った。私が困っていることを勘付いて何気ない風を装ってくれた。ちょっと強引だったけど。

 

どこまでも彼の気遣いに救われている私。

体の緊張感がふにゃりと抜けていく感じだ。

 

ほどなくしてマスターが作ってくれた出来立てのフレンチトーストを頂いてほっこりとしている様を覗きみられていたと知るのは、ちょうど食べ終わった頃に知ることになる。

 

ニックスと似ている彼は、自分をユーリーだと名乗った。

【甘い囁き】




ようやっとchapter05までやってきました。
お気づきでしょうが、既存のキャラクターの一人称は【オレ】。オリジナルキャラ【俺】と一応分けてあります。
別に意味があってしたわけじゃないんですが、私が視点を切り替えて書く上での見分けの意味もありました。
その辺このキャラ何?と思った方は見分けるポイントとして読まれるといいかなぁと思います。

このサイト自体私は初めてなので色々と試行錯誤してはいるんですが、皆様読みにくくないでしょうか?
視点が色々切り替わってごちゃごちゃになってないか心配です。まぁ、でも大体最後までこんな形なので直しようがないんですが、その辺の感想などもいただけると助かります。
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