起きたらレティがいなかった!と取り乱してた様子で男部屋に駆け込んできたイリスとクペによって飛び起きたノクト達。クペは一足先にレティが感じる方へと窓から飛んで出て行った。ベッドから転げ落ちるように急いで脱いだブーツを履いて一番先に廊下へ飛び出たのはノクトだった。
「またか!」
「またかって前にあったの?」
イリスが後に続きながらそう聞き返した。
「ああ!前にもな」
と苛立ちを隠せないノクトに対し、ご立腹な様子でイグニスが「ちなみに常習犯だ」と付け足した。その後ろに続く二人は慌てた様子もなくゆっくりと歩いていた。
「この町の治安はそんな警戒するものでもねぇと思うがなぁ、自警団も組織されているはずだ」
「へぇ~、そうなんだ」
グラディオとプロンプトは慣れた様子でゆっくりと階段を下りていく。
そして一階ではドタドタと騒がしく階段を駆け下りてくる三人にカウンターにいた受付が何事かと目を丸くして驚いた。
「あの」
ノクトがバッとカウンターに両手をついて身を乗り出して大声を出した。
「レティ!いや、あのオレの連れが目の前通らなかったか?!」
「お連れ様、ですか。……ああ、あの伝言を承っております」
「マジか!」
ノクトの勢いに受付の女性は反射的に仰け反ったが、急かすような眼差しに慌てて口を開いた。
「は、はい。少し散策してくるから心配しないようにと言って朝早く出ていかれました」
「はぁ~?」
顔を顰めるノクトに、女性は営業スマイルを崩さずにススッと後退して別の仕事に取り掛かった。つまり逃げた。ノクトは後ろにいたイリスとイグニスの方を向いて舌打ちしながら苛立ちのままに乱暴に頭を掻いた。
「散策って、何考えてんだよっ」
「イグニス、レティ迷ってないかな。私探してくる!」
イリスはそう言って玄関へと駆けだした。それに慌ててノクトも続いた。
「あ、オレもいくっ!」
「オレも行こう。ノクトだけじゃ不安だ」
一言余計なことを言っているイグニスは少々機嫌が悪いようだ。ノクトもさらに不機嫌状態に輪をかけて過敏にその言葉に反応するものだからなおの事悪い。
「なんだよ!そのいい方っ」
「正直に言ったまでだ」
ギャーギャーと喧しい二人はイリスに遅れないように器用に言い合いをしながら外へと出て行った。受付の女性は、嵐が過ぎ去ってほっと安堵のため息をついた。
※
傍観していた二人は複雑な表情で玄関を出て行った三人を見送った。プロンプトとしては、レティにのんびりとさせてあげたかったのだが、あの三人の剣幕にそう助言できるほど気概があるわけでもない。だが行かせた後でやっぱり一言でも声を挟めばよかったと後悔していた。だから彼の表情はどことなく暗いものになっている。
「姫も一人になりたかったんじゃないかな。ここの所疲れた顔してたし」
「かもな、少しくらい自由にさせてやりゃいいだろうに」
それに同意を示したのは、皆のお兄ちゃんグラディオである。その中でも一番じゃじゃ馬娘のレティには普段から一番手を焼いていたはずだ。だが意外な同意にプロンプトは目を丸くした。
「グラディオにしては珍しいこと言うね」
「……少し、羽根を伸ばさないと爆発するだろ。アイツ」
的を得た意見にプロンプトは神妙に頷いた。
「……確かに。爆発した姫は、手が付けられないから」
「だろう?」
主に体験した者だけが分かる真相である。
それにグラディオも束縛したくて行動を制限しているわけではないのだ。ただ彼女の複雑な出自と今の状態、そして帝国軍に狙われていることを考えればやはり常に傍に置いておきたい心境なのである。だがそれはレティに対して特別な感情があってやっているわけではない。手のかかる妹みたいなものとして、だ。その点、ノクトとイグニスは過敏にレティを縛ろうとする。それはレティに対する特別な感情も作用しているからかもしれない。敏いグラディオは出来るだけ平等に二人のレティに対するアプローチを見守っている、つもりだ。たとえ、ノクトが王として正当な伴侶を迎えるとしても、だ。
恋くらいは、自由にさせてやりたいと思っているのだ。それはイグニスに対しても然り。
友人として幼馴染として不器用な恋の応援くらいしてやりたい。
プロンプトもその考えは同じだった。つい、最近までは。
「……でもさ、ノクトもイグニスも心配なんだよ。姫が、もし消えちゃったらって考えちゃってるのかも……」
「……」
無意識に拳を握って、まるで二人の気持ちを代弁するかのように呟くプロンプトは自分の今の表情に気づいていない。グラディオは興味深そうにプロンプトの様子を見やった。
まるで、お前自身もそう思っているんじゃないか言いたくもなった。
それくらいにプロンプトの表情は真剣そのものだった。
「オレもさ、時々そんなこと考えるんだ。……怖い、滅茶苦茶。…でも姫にそんな弱いと見せたくないから。オレ、強くなりたい。姫に頼られるくらいに…って今のオレじゃまだ全然だめだけどさ!」
以前と明らかに違いを見せているプロンプトは自分の心境の変化に気づいていないのだろう。その横顔は、確かに【男】のものだった。
しっかりと自分の素直な気持ちを吐露していることに気づいていないプロンプトは最後におどけて言った。グラディオは顎に手を当てて面白いものをみたと口角を上げた。
「……ほぉ……、いや、ここ最近のお前はスゲェよ」
「イダっ!」
盛大に背中に景気よく張り手を喰らいプロンプトは勢いに負けて前につんのめった。すかさずグラディオが「うげっ!」と呻くプロンプトの首周りに腕を回して引き寄せる。
「そんな謙遜すんな。しっかり胸張ってノクトの隣に立てよ。じゃねぇとノクトの親友の名が泣くぜ?」
「グラディオ……」
励まされたことに気づいたプロンプトは背中がジンジンする痛みと感動から少し涙目になった。そんなプロンプトの頭に手をやってぐじゃぐじゃとかき回しながらグラディオは玄関を方を親指で示した。
「おら、行くぞ。アイツラだけじゃ暴走しちまうからな。イグニスもレティに関しちゃとことん素人同然だ」
「…うん!」
ゆるゆると表情を緩ませたプロンプトは深く頷いて駆けだしたグラディオに続いて玄関を飛び出た。
【伏兵現る】
※
一方その頃、レティは美味しいフレンチトーストをしっかりと食べ終えて満足したところ、そろそろ帰らないとマズいかも!と焦ってマスターにお礼を言ってお勘定を払い飛び出るように店を出ていた。すかさずユーリーが後から続いて「ホテルまで送るよ」とさり気なくエスコートを申し出た。レティは悪いからと断ったのだが、ユーリーは断る隙を与えずににこやかに「まだ君と話したりないんだよ」とキザな台詞を吐いてレティを困惑させた。
レティはどうしてここまで好かれるのか内心首を傾げていたが、じゃあホテルの前までと遠慮がちにお願いした。二人で並んで歩いていると、ユーリーの知り合いに冷やかしの声を受けたり、女性らがユーリーに気づいてフレンドリーに手を振るとそれに気軽に手を振り返したりと。とにかく知り合いが多いなという印象を受けた。
だから、少しユーリーの職業に興味をもったので尋ねてみることにした。
「あの、ユーリーって」「ユリでいいよ」
「いや、まだそんなあって間もないですから。それで」
質問しようとしたところ、愛称で呼べと言われたがレティは首を横に振って断った。ユーリーは少し残念そうな顔をしたがレティは気づかずに質問を続けた。
「それで、普段は何をしてるんですか?」
「俺?自警団のメンバー」
「自警団?それじゃあ町の治安を守っているんですね」
「そんなとこ。でもここもっぱら観光案内とか人手が足りないとこに駆り出されたりとかしっかりと地元に貢献してるよ」
苦笑しながら言うユーリーに、
「フフっ、いいことじゃないですか。平和は何よりだもの」
レティは可笑しそうに小さく微笑んだ。
「確かにね、あんな王都みたいなことあったらぞっとするよ」
「……」
レティは表情を見る見るうちに表情を曇らせた。沈んだ声で「そうですね」と言い返した。もうホテル前近くまでたどり着いていたが、レティの異変に気付いたユーリーは遠慮がちに「…、もしかして君って王都出身の子?」尋ねた。そしてレティが「……はい…」と頷いて歩みを止めた。途端に弱り切った表情になりユーリーも立ち止まった。
「ごめん。不躾ないい方だったね、言葉が足りなかった。本当にごめん」
「いえ、いいんです。本当のことだから。私の友達も王都からここに逃げてきたんです。私、彼女に会いにここにきて」
レティは気にしてないと頭を振った。だがユーリーは気がすまないらしい。
しばし思案顔で黙り込んだ後、こんな提案をしてきた。
「……そっか、…じゃあさ!俺がここを案内するよ」
「え?」
レティは突然の申し出に驚いてきょとんとした。ユーリーはまくし立てるようにやや早口でレティにずいっと顔を近づかせながらこう言った。
「詫びってわけじゃないけど、レティはここ初めてだろ?だから俺が案内する。伊達に観光案内してないよ」
「いやでも……その悪いし」
そっと身を引くレティにユーリーはさらに詰め寄った。
「いや俺の気がすまないんだって!」
「でも」
「いやいやここは素直に俺の誘いを」
なんてやり取りをしてる時にユーリーの頭上に向かって何かが急降下。
「レティに何してるクポ~~!」
「イダッ!?」
後頭部に頭突きかました何か。クペだった。正義の味方ならぬ、正義の召喚獣登場である。だがレティは顔を青ざめてつい叫んでしまった。
「クペ!」
なんでここに!?タイミングよすぎでしょ!
と混乱するレティをよそにクペは嫌がるレティに迫るナンパ男とだと思ったか標的をユーリーに定め可愛らしい攻撃を加えた。
「レティに何迫ってるクポ!この変態男~」
「イダダダっ!?なんだ、この変なのってアダダダ!?」
ユーリーは自分の頭の上でポコポコと叩いてくる何かから頭を庇いながら防御を取ろうとするがすばしっこいクペはひらりとユーリーの手から頭上に飛び上がって逃げてまた隙を見て追撃をする。さすが数々のダンジョンとノクト達と共に制覇してきただけはある華麗な動きだ。思わずパチパチと拍手を送っていたレティ。だがハッと我に返り、
「駄目止めて!違うのっ」
クペを止めさせようと声を張り上げた。だがレティを守るという勢いに乗ってクペにはその声は届かず。
「イダダダア―――!!」
「天誅クポ――!!」
ポコポコと可愛らしい効果音を発生させながらユーリーの頭を叩きまくるクペ。意外と痛いようでユーリーは頭を抱えて逃げ回る。奇怪な行動に一体何事かと行き交う人々が視線を注ぎ始めたことにレティは、これはすぐに捕まえないと事が大きくなると焦り、ユーリーが体を丸めて少し身を屈めた隙を狙ってばっとクペを後ろから捕まえて胸元に確保することができた。暴れるクペが飛び出さないように気を遣ってユーリーから離れた。彼は彼でポコポコ攻撃が止んだことにほっと息をついた。
「クペ、あの人は違うの。変態とかじゃないから。ただの女たらしなだけだから」
「女たらし?!だったらますますレティに近づけさせないクポっ!」
めきょっと普段一重の目を吊り上がらせて怒るクペに、ユーリーはノリよく突っ込んだ。
「全然フォローになってないんですけどっ!」
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝罪するレティにユーリーは頭をさすりながら近づいてきた。
「それよりそれ、何?喋るぬいぐるみ?王都じゃこんなのも売ってるの?」
喋るぬいぐるみと言われてクペは吠えるように言い返そうとした。が
「違うクポ!クペはもごっ!」
「アハハハ!そうそう。喋るぬいぐるみ~。すっごい流行ってたんですよ~」
咄嗟の判断でクペの口を塞ぐことに成功。だが訝しげな視線を注がれてレティは笑って誤魔化そうした。額にびっちりと冷や汗をかいて。
クペはもごもごと口元を動かしてレティに抗議した。
『何するクポ』
『しぃ~~!黙ってて』
レティは小声でそう言いかえしてすぐにユーリーに笑顔を店ながら「とにかくありがとうございました!それじゃあ~」と誤魔化しながらささっとホテルへと駆けた。その背にユーリーは「あ!」と手を伸ばして、
「今日のお昼にまたあの店で待ってるから!」
と一方的な約束を投げかけた。
※
ホテルに駆け込んだレティはその勢いのま二階へと駆けあげって部屋に飛び込むように入った。そして、バンと勢いよく閉めたドアの前で腰を抜かしたようにへたり込んだ。
「はぁ~、つ、疲れた……」
「それはこっちの台詞クポ!」
レティの腕の中からぐいぐいと身をよじらせて動いたクペはスポン!と飛び出た。
そしてレティの前でパタパタと羽を動かして「ちゃんと説明してもらうクポ」と迫った。レティは不満そうに「誰のせいだと思って」とブツブツと文句を言った。だがクペはしっかり聞き逃さずに「レティのせいクポ!」と一喝したのでしゅんと肩を項垂れた。
それから事細かく尋問され、ヘロヘロになったレティはベッドへにぼふん!と正面から倒れ伏した。クペが「はしたないクポ」という言葉は聞こえないふり。
「うーん、……そういえばイリスは?」
「レティが迷子になってるんじゃないかってノクト達と探しに行ったクポ」
「え!?なんでそれを早く言わないの!」
「言う暇なかったクポ」
しれっと答えるクペにレティはイラッときたがそれよりも連絡しなきゃ!とベッドの上で起き上がりスマホをポケットから取り出してタッチ操作してノクトのスマホに電話を掛けた。
耳元に当ててワンコール目ですぐにノクトが出た。レティが「ノク」と言葉を発するよりも先に
『今どこだよ!』
との怒鳴り声。レティはひぃ~と泣きそうになりながら弱弱しい声で
「ホテル……帰ってきてます」
と答えるだけで精一杯だった。電話口のノクトは
『はぁ~!?……ったく…』
と色々と言いたいことがある様子。だが何よりもレティが無事でいることに安心したのか
『今から帰るから部屋にいろよ』
と釘を指してレティの返事を待たずして電話を切った。レティはぷーぷーと途切れた通話を終了させて、力尽きたようにベッドにまた突っ伏した。
「怒られる」
「身から出た錆クポ」
レティのすぐ傍に座って当然と鼻を鳴らすクペにレティはのそりと顔を上げた。その表情は苦虫を噛み潰したようかのようだった。
「そうだったら、どんなにいいか……」
「レティ?」
「……なんでもない……」
レティはそういってまた顔をベッドに伏せた。
※
ノクトside
不意打ちのキスだった。多分オレを黙らせる為の策だと思うが、こっちにしてみればたまったもんじゃない。余裕なんかない。頭が真っ白になって気がついた時には形勢逆転だ。
家族として向こうは接してるんだろうが、こっちは好きな女にあんなことされちゃあ心臓がもたない。
馬鹿レティ。
いつもと立場が逆転したような気がした。
※
ホテルを飛び出てから20分ぐらいしてだ。 オレのスマホが突然鳴ったのは。全然レティの姿が見つからなくてイライラしてた時にポケットに手を突っ込んでスマホを見れば、ディスプレイに表示されているのはそのレティ本人からの電話。オレはすぐに通話ボタンを押して唾飛ばしながらどこにいるって怒鳴った。レティは恐縮した声でホテルにいると言ってきた。
なんだよ、入れ違いかよ…。
オレは見つかった安堵感とまた勝手にいなくなったレティに対する苛立ちから頭を掻きながら部屋から出るなよとキツク言いつけて通話ボタンを押した。傍で見守っていたイリスとイグニスにレティが見つかったことを伝えると、
「良かった!ホテルに戻ってたんだね」
「……ふぅ」
とレティの無事を素直にイリスは喜んでたしイグニスは安堵感からか軽く息をついた。
「あ、そういや電話しとかねーと……」
レティを探すためにオレ達とグラディオとプロンプトのペアで二手に分かれて探していたからすぐにスマホで連絡を入れおいてオレ達はすぐにホテルに回れ道して走って戻った。道中、すれ違いざまに若い男と肩をぶつけてしまったがオレは軽く「悪い!」と謝ってすぐに意識はホテルへと向けた。男は「いや、大丈夫だ」と言い返していたようだけどオレには聞こえていなかった。
「おい!ユーリー!さっきの女の子どうしたんだよ~?」
「うるさいな~」
「さては振られたな」
「違うっ!」
※
一番先にオレが部屋のドアを開けて中に入った。その時にノックするのを忘れてたのを目ざといイグニスが顔を顰めてた文句言おうとしてたが、無視した。
「レティ!」
「……おかえり…」
むくりとベッドから起き上がったレティはどっか不機嫌そうにオレ達を迎えた。イグニスが何か言いかけようとしたがそれよりも先にイリスはオレを押しのけて「レティ~!!」と嬉しそうにレティがいるベッドに飛び乗ってレティを押しつぶした。
「ぐえ!」
「レティ~~!心配したんだからね?」
抱きつかれた時に鳩尾に一発喰らったレティはカエルみたいな悲鳴をあげたがイリスは気づいてないみたいで甘えるように顔をこすりつけた。くそ、羨ましいとか思わない。イグニスは目を見張って、イリスの行動に驚いたみたいだったが軽く頭を振って「とにかく無事でよかった」と言った。何か言いかけてたな。大体説教だろう。
それにしても、あれが無事か?
今にも圧死しそうな顔してるぜ。
オレはねめつけるように二人を見て、ああそういや腹減った腹を抑えた。
「……そういやメシ食ってなかったな」
オレの呟きに傍に立っていたイグニスが壁にかかっている時計を見て相槌を打った。
「ああ、そうだな。時間も時間だしどこかいい店がないか……。イリス、少しいいか」
「うん?呼んだ?」
「ああ、朝食を食べるのにいい店を知っていないか?」
「ああ!そっか、うん。知ってるよ。案内する」
そう言ってイリスはレティの上から退いてベッドから降りた。レティはよれよれになりながら体を起こして気持ち悪そうに腹を抑えた。
「レティ、ご飯食べに行こ?」
「……ああ、シャワー浴びてから行くよ」
「わかった。ノクトは?」
「少し休んでから行くわ」
「オッケー」
イリスは先にお店に行って席とってるねとレティとオレに手を振ってクペとイグニスを伴って部屋を出て行った。パタンとドアを閉めた後で、廊下が賑やかになったからグラディオたちが戻ってきたとすぐに分かった。ほどなくして静かになる廊下。
レティはまだお腹を抑えていて、オレは「まだ気持ち悪いのか」と声を掛けてベッドに腰を落とす。
「さすがグラディオラスの妹だよ、無意識でいいとこ狙ってるんだから」
「ははっ、かもな」
オレは唐突にレティに手を伸ばしててその頬を抓んでやった。
「にゃにすんらい」
「…朝から心配させた罰」
そう言って、頬を抓んでいた手を離してレティの肩を抱き寄せた。鼻腔を擽るレティの匂い。オレはそれを吸い込んでやっと心から安堵できた。
レティはオレの首後ろに腕を回して子どもをあやすように頭を撫でてきた。
「……よしよし、ノクトは寂しかったんだね」
「ちげーし」
と言いつつ従順に甘えているオレ。絶対グラディオとかに見られなくないとこだ。なんでかって?冷やかされるにきまってる。
「でもちゃんと伝言は頼んだよ。聞かなかったの?」
「聞いたけど普通驚くだろ?」
「……過保護すぎなんだよ、皆は」
呆れたようにそう言うレティはオレは思わず本音を漏らした。
「……レティが放っておけないからだろ」
家族以上の気持ちを持ってるなんて面と向かって言えないけどよ。
好きな奴に怪我なんてさせてたくない。ましてや、帝国軍から狙われているレティだ。隙だらけすぎるんだ。普段から。…この町の男はなんか女に対して軽そうだしな。絶対ナンパされるのは分かりきってる。
「……それが……なんだけどな……」
ぽつりと呟いた言葉はオレには掠れて聞こえなかった。
「え」
「なんでもない!」
レティはオレの体を両手でそっと押しのけてベッドから降りた。
オレは思わずその腕をつかんだ。
「待てよ!」
「汗かいたからシャワー浴びたいんだけどノクトも一緒に浴びたいの?だったら脱がしてあげようか?」
ニマニマと笑みを浮かべるレティはオレの顎を指先でくいっと軽く持ち上げてみせた。
「何言って」
「黙って」
スッとお互いの顔が近くなる距離。ゆっくりと降ろされる瞼。オレはああ、単純に綺麗だなと見惚れた。
「……」
頬に軽く触れた唇とわざとらしいリップ音。
それは一瞬のことで頬に軽くキスされたと気付いた時には力が抜けた手から腕をするりと抜いていく後だった。弧を描く口元は桜色だった。
「なっ!」
「じゃ、また後で」
するりとレティは逃げるようにバスルームへと入って行った。
オレは呆然とキスされたところを抑えた。それからじわじわと顔が熱を帯びていくのが分かって恥ずかしさからベッドの上でゴロゴロと悶絶。
「反則だろ!?」
普段から家族のキスでさえ恥ずかしがるくせにあの余裕な態度。絶対やり返してやると心に決めて、とりあえず熱が逃げるまでベッドにゴロゴロと寝転んだ。
【んでもってベッドからはみ出て床に落ちるオレ】
※
レティーシアside
緑色のタイルが敷き詰められたバスルームは思ったよりも広くてそれなりに快適。服をポイポイと脱ぎ捨てて素っ裸になった私は手慣れ動きでゴムで軽くまとめてバスに入り込む。きゅっと回すタイプの栓を開けてるとすぐにお湯が出てこなくて冷たい水が出ることはすでに確認済み。なので少し後ろに下がって温かいお湯が出てくるのを辛抱強く待つ。
幸い、こちらの気候は暑いところなので肌寒い思いをすることもない。
昨日もシャワーだけ軽く済ませて上がったけど今日の夜はしっかりと湯船に浸かりたい。
足つきのちょっとレトロなくすんだ色のバスは長年大切に使われてきたようで、もしかしてこのホテルが建てられた当初からのかも。
昔からお風呂は大好きでクペに長湯しすぎって怒られることもある。でも昔からよく言うじゃない。お風呂は【命】の洗濯だって。まさに私にピッタリな言葉。
おっと、もういいみたい。足先から温かいお湯を感じて私は少し熱めのシャワーを全身に浴びた。ああ、気持ちいい。
「…ふぅ…」
口から熱い吐息が漏れた。
……ふと、先ほどノクトにした行動を振り返る。
なんて大胆な行動に出たんだろうか。私は。でもそれには理由がある。
あの時のノクトは私の呟きに過敏に反応した。つい口から滑った言葉だった。だから余計なことを突っ込まれると面倒で黙らせるつもりであの行動をとった。咄嗟的な判断だった。
頬にキス。頬にキス……。そう、家族なつもりでした。
だってその方が手っ取り早く黙らせられると思ったからだ。てっきり嫌がるかなと思ったけど意外と効果はあったようで、ノクトはまるでうぶな少年のように赤ら顔で口をパクパクとまるで魚のようにさせて可愛いとも思った。
……妹だと知っているはずなのにまるで異性として見てるみたいで新鮮だった。
こんな顔もするんだ、ノクトは。いつもはべったりな癖してこっちが甘えようとすると途端に取り乱したりして変なの。でも、ふと冷静になって考える。
あの表情は、いずれルナフレーナ嬢に向けられるんだと思うと、何か胸の奥でちりっと痛みが走った。僅かなそれに気づかないフリをして私はノクトの反応を楽しんでいる自分に嫌気を覚える。
「……嫌な女……」
自嘲的な笑みを浮かべる私がいることにノクトは気づかないだろう。
だって、こんな顔見せたくないもの。
私は、我儘だから自分でなんでも溜め込んでしまう癖は治らない。
死んでも治らないと思うな。
腹は決まらない。けど時間が迫っているんだ。冷静になれ。
今やるべきことを最優先させるんだ。
自分に言い聞かせることは決まっている。
ノクトの為に、ノクトの為に。
何度も繰り返し言い聞かせることで乱れた感情を抑える。
全部、ノクトの為にこなせば問題ない。
まずは今日、ジャレッドと話す機会を得る。アーデン・イズニアが直接接触してきた以上、ここがすでにバレていることは承知しておかねばならない。となると、人質としてイリス達が狙われる可能性が十分に高い。もしくはレスタレム全体を標的にするかも。
奴が約束の日にちを破る可能性は低いだろう。落ちそうになった私をわざわざ助けるくらいだ。私の機嫌を損ねる真似は最初のうちにしないはず。
だから期限はまだある。そのうちにやるべきことを済ませて、タイタンに会いに行く。
……祖父うんたらの話はまだ完全に信用していない。
とりあえず後回しにしよう。
私は瞼を閉じて上を向いた。
大丈夫、私はやれる。そう言い聞かせてお湯を止めた。バスから転ばないように気を付けながら出て、用意されていた白いもこもこのバスタオルに手を伸ばして体の水気を軽く吸い取った後、体に巻き付ける。
うん、やっぱり戦闘とかこなしてるからボディラインは崩れていない。それなりに見栄えする体だと思う。……胸はそうないような気がするけどノクトに言わせれば好みの胸らしい。別にノクトの好みの胸を目指しているわけじゃないから無視。
体重計は怖くて乗らない。これでも体重とか気にするタイプなのだ。
さて、私はそろりとドアに近寄って耳をそばだてる。
汗をかいたから新しい下着と着替えが欲しいところだけど、それはあいにくドアの向こう側だ。もしかしたらまだノクトがいるかもしれない。でも部屋はシンと静まり返っていて誰かの気配は感じ取れなかった。
ほっと息をついて私は安心しながらドアをガチャリと開ける。バスタオルがずり落ちないよう胸元を締めながら片手でドアを閉めた。
「着替え着替えっと~♪」
鼻歌交じりにベッドへと近づいて、そこであるものを目にした私は一瞬にして固まってしまった。
「あ、もう終わっ……」
私のベッドに寝転んで片手でスマホをいじっていたノクトがむくりと起き上がりながら声を出した。けど、硬直している私を見た瞬間途中で言葉を詰まらせた。
「………」
「………」
お互い、見つめ合うこと数秒間。私は胸元を締めていた手を緩ませてしまっていることに気づかなかった。
ごくりと、喉を鳴らせるノクト。見る見るうちに顔が茹で上がっていくように真っ赤になっていく。それは私も同じだ。
なぜここに?なぜこのタイミングで?
とにかく全ての事柄になぜ?という疑問を抱いてパニックになる私。
そして最悪なことに、体を巻いていたバスタオルが緩んでバサリと足元に落ちた。
男にとってはラッキースケベなイベント。
でも全身、素っ裸なところを見られた私が取る行動はひとつだけだ。
「あ」「ぶッ!?」
その瞬間、勢いよく噴き出すノクト。ついでに鼻血も。
「あ、ぅ…い、…イヤァァアアアアアアアア――――!!」
腹の底から全力で悲鳴を上げて自分の体を庇ってしゃがみ込んだ私は、同時にノクトに対して全力でサンダーを放った。
「サンダーぁぁあああああ―――!!!」
「うわぁぁああああ!!」
バリバリバリと部屋中に満ちたサンダーは部屋の電気関係を全てショートさせただけでなく宿中の電源を落とした。
※
喫茶サーゲナイトにての朝食時。
プロンプト「うわ!?ノクト!なんで真っ黒に焦げてんの!?しかも頬に立派な紅葉がまぁ……」
ノクト「……いや、ちょっとな……あの、レティ」
レティ「ふんっ!話しかけないでくれるっ」
イリス「レティ、なんか機嫌悪くない?」
レティ「全然!朝から絶好調ですわよ!わたくしサンダガぶっ飛ばしてもようございますわよっ!」
ノクト「ひっ!?」
イグニス「なぜ口調が変わっているんだ……?」
グラディオ「……聞かない方がいいぞ。レティがサンダーセットしてる」
イグニス&プロンプト「「!?」」
クペ「このスープ美味しいクポ~」
仲の良い賑やかな朝食風景でした。