レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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ゆっくりと休養する彼らに忍び寄る黒き影。

彼らはつかの間の平穏に浸るだろう。その裏で一人動く白き姫の葛藤など知らずに。
だがそれでいい。少しづつずれていく溝がいずれ、元に戻らないほどの歪に繋がるのだから。


苦心惨憺~くしんさんたん~

イグニスside

 

額に浮かんでくる汗を拭いたい。だがそれは叶わず。此方の気候は王都にいた頃よりも暑くすぐに汗をかいてしまい服に纏わりつく感覚が気持ち悪いことこの上ない。

ホテルから出発したオレとグラディオはイリスの荷物持ちとなっている。ノクトとプロンプトはこうなることを見越してか、男二人だからこそやることがある!とか力強く宣言して逃げて行った。

 

市場にきたオレたちはルンルンと気分よさそうに鼻歌交じりで店先の品物を取っては品定めをするイリスとその肩に乗っているクペ、そしてイリスを守ると宣言したタルコットの後を黙々と続く。すでにこれで四件目。オレの両腕はすでに店の紙袋で塞がっている。さすがに子供のタルコットに大荷物を持たせることはできずに紙袋のみを持たせているが、本人は不服と言わんばかりに「もっと持つ!オレはイリスを守るんだ!」と強く言ったものの、序盤でくたびれたようだ。

 

「イグニス~、これ持って」

「ああ」

「まだ買い物するのかよ~」

 

タルコットのぼやきなどイリスに届かずか。

子供ながら舐めていた。女性の買い物は恐ろしいというがまさにその言葉通り。

まだ持たせる気のようだ、イリスは。仕方なく腕に引っ掛けるしかなかった。さらに別の店で買い物を終えたイリスはグラディオにも荷物を持てと頼んでくる。甘え声なのは戦略だろうか?断らせまい為の。その仮説が正しいのならオレは策に見事はまっているということか。

 

「お兄ちゃんもコレお願い」

「お前な~、少しは遠慮ってもんを」

 

だがグラディオはそう言いつつ受け取っているから効果はあるらしい。

 

「何言ってるの!?せっかく荷物持ちが来てくれたんだからここぞって時に買わないと!それにまだ旅続けるんでしょ?それなりのもの揃えて置かないと」

「そうクポ!レティの服とかもクペが選んでるクポ。変装用の服も買っておかないとクポ」

 

同調するようにクペが頷く。心なしか興奮しているようにも見える。普段は薄めなのに今はパッチリと目が開いている。

 

「ねー!私も服欲しいしー。逃げてくる時なんて身近な物持ってくるしかできなかったからさ。女だもん。もっとオシャレな服ほしー!下着とかもさ、クペも一緒に選んでよ!」

「いいクポ!レティの下着もクペが選んでるクポ。清純派もえろっちぃのもスケスケのも小悪魔系のも任せるクポ」

「えースゴイスゴイ!楽しみ~!」

 

何も聞こえない。オレは何も聞いていない。レティの下着がどうたらと聞いていないぞ。

げんなりとグラディオがそう呟いた。

 

「……女の買い物にトラウマなりそうだぜ」

「ああ」

「お前、大丈夫か?さっきから『ああ』しか言ってないぞ」

「ああ」

「ダメだこりゃ」

 

確かに駄目だな、今のオレは余裕がない。

どうもあの一件以来、レティに関して過敏になりすぎている。言わずもがな、アレだ。

口に出すのも躊躇ってしまう。それくらいにオレに衝撃を与えた事件だ。

その所為で朝、レティがいなくなったと騒いだノクトと同調して同レベルの言い合いをしてしまったくらいだ。

…臣下として己が情けなく思う。だがノクトに向けたレティ本人からの電話にオレはほっと胸を撫で下ろしたものだ。一言言わずにはいられなかったがイリスに出鼻を挫かれて機会を逃したまま今に至る。

 

無事で良かった。

だが無理だけはしないで欲しい。

 

様々な感情がオレの心を渦巻いていたが、まず伝えたかったのはこの言葉だった。

女性の扱いに慣れているグラディオのように気軽な感じでそう伝えられたら良かったのだが、あいにくオレには無理なようだ。女性経験が乏しいという意味ではない。レティ相手だからこそ口下手となってしまうオレにとって、気持ちを伝えるだけでもモルボルの臭い息にノーマル装備で挑むようなものなのだ。……喩えが悪かったか。だがそれらに匹敵するという意味ととらえてほしい。

不味い、オレは一体誰に向けて語っているんだ?

 

少し休む必要があるか。

 

「そろそろ休まないか?」

 

オレが休みたいという雰囲気を与えずにそう進言してみた。イリスたちは疑う様子もなく

 

「そうだね、冷たいジュース飲みたいし。クペとタルコットはどう?」

「いいクポ。だったらさっきいい店があったクポ」

「オレもさんせ~!」

「いいねそこ行こうよ!」

 

うまく誘導することができたようだ。女子二人はと少年一人は身軽な動きで(何も持ってないから確かに身軽だろう)颯爽と歩いていく。

オレとグラディオは深いため息をついて二人の後を続いて歩いた。

 

 

さて、無事にイリスの買い物地獄から逃げることができた健全な年頃の男子二人は、やっぱ新しい町来たらナンパでしょ!と意気込むプロンプトに無理やり連れまわされて色々な女性に声を掛けたりしたものの、まったく釣れる様子はなくしょぼんと肩を落とす始末。それはプロンプトだけのようだ。ノクトは嫌々付き合っていたが、やはり気になるのはレティらしい。どこか落ち着きなくスマホをいじってはそわそわとしていてプロンプトは、適当な店で休もうとノクトを促して店先で座れるテーブル席にだらしなくへたり込むように座った。それに続いてノクトも座り、やっぱりスマホをいじる。

 

店員が「ご注文は?」と尋ねに来るとプロンプトが手で指を二つ作ってあげて「コーラ二つ!氷沢山でお願いしま~す!」と頼んだ。店員は「少々お待ちください」と営業用スマイルで軽く頭を下げて店内へと入っていく。

【産まれも育ちも】王都生まれの二人にはこちらの気候にすぐ慣れろというのは無理な話である。グラディオが共にいたのなら、軟弱だなと皮肉りそうなものだが。

幸いにイリスの買い物地獄にはまってしまっているので、その心配はない。

 

だが、別の小さな問題はあるだろうか。

それが、落ち着きないノクトである。

 

少し手元を覗き見ると、レティのアドレスは表示されているものの通話ボタンが押せないらしい。あーだの、うーだの鬱陶しく髪を掻きながら呻いては結局スマホをテーブルに置く。

しばし、スマホをじっと見つめてついに覚悟決めたかばっとスマホを再び持つとレティへ電話を掛けた。耳元に持ってきて音を訊けばしばらくして肩を落としスマホをゆっくりとテーブルに置く。そして項垂れるようにテーブルに突っ伏した。

……どうやらレティは電源を落としているらしい。それほどに電話も出たくないという意思表示と受け取るしかなかった。ほどなくしてキンキンに冷えた透明なグラスに入ったコーラが二つ店員によって運ばれてくる。縞々模様の色違いのストロー付き。たとえ角砂糖何個分?という代物でも今の状況ではカロリーoffなんて野暮である。飛びつくようにプロンプトはそれを受け取り、もう片方を突っ伏したままのノクトの傍に置いた。

 

「ノクト―。コーラ来たよ」

「……」

 

生ける屍と化しているようだ。プロンプトはおもむろにノクト用のグラスを持ってノクトの頭に一瞬だけ乗せた。

 

「ツメテっ!」

「ほら、ぬるくなっちゃうから」

 

急激な冷たさから起き上がったノクトに差し出すと、「ありがとよ」とぶっきらぼうに礼を言ってストローを口に銜えた。プロンプトは椅子に背中を預けるようにして同じようにストローを銜えて喉の渇きを癒す。刺激的な炭酸とカロリーたっぷりな味が一気に広がり脳天まで爽やかになる、ような気がする。

 

「ノクトさー、姫と何、あったの?」

「……」

「真っ黒焦げになってくるし、姫は機嫌悪いし」

「………」

「ちょっとは姫も疲れが取れてるといいけどなー。一緒に来たかったけどなー」

「ああもう!オレが悪かったよっ」

 

それとない嫌味に耐えかねてノクトは降参するように叫んだ。

プロンプトはコトンと音を立てて半分まで飲んだグラスをテーブルに置くと偉そうないい方をして尋ねた。

 

「してノクト君。何があったのかね」

「何だよそのいい方。……腹立つ」

 

ズズッと最後にストローで音を立ててすでに飲み終えたグラスをドン!と音を立ててテーブルに置いた。不機嫌に頬肘ついて今にもファントムソード出しそうな勢いにプロンプトは大慌てで椅子から仰け反りそうになって椅子が後ろに倒れそうになるのを鍛えぬいた腹筋で何とか元に戻す。

 

「いやいやいや!?まずは理由を訊かせてから怒ってよ」

 

ノクトは躊躇ったのち、釘を指してきた。

 

「……イグニスに言うなよ」

「うん」

 

小声で囁くように顔を近づけて言うノクトにつられてプロンプトも同じようにした。

はたからみれば、男二人顔を近づけて何してるの?っていう風に他人から見られているのだが、彼らは気づいていない。そういう世界もあるんだとこの町の人々は寛容だった。

 

「……オレが悪いわけじゃないからな。レティがミスっただけだからな」

「うん。分かったからその先続けて」

 

そう促すとノクトは「あー」だの「うぅー」だの呻いて、ついに口を開いた。

 

「……見た……」

「?何を?」

「……そ、の……レティ……の」

「姫の?何?」

 

そこでノクトはなぜか口元を手で押さえて視線を逸らした。

まるで、思い出すのも恥ずかしいように。実際、これからいう台詞も相当恥ずかしいものなのだろう。

 

「……は、だか……」

 

はだか。レティのはだか。

 

何度もリフレインするその言葉。

一度理解すれば分かる言葉。だが健全なる男子諸君よ。女子の裸を見るなんていうイベントが早々あるものだろうか?否、どこぞのエロゲでもなし、ここはしっかりとした現実世界。そりゃ、プロンプトだって若い女子に興味津々だ。だからと言って、そんな稀なイベントいまだ二十年生きてきて、まったくない。

 

ここは大げさに驚くところなのだろうが、プロンプトの心情としてはどうしてもそういう気になれなかった。

 

それ(スケベイベント)は彼の普段抑え込んでいる何かに触れたのだ。俗にいう気に障るという奴である。どうしてかわからないが、ノクトのその発言そのものが気に入らなかった。いや、その場面を思い出しながら恥ずかしがる横顔もムカッとくるものがある。ましてや、その言い訳が何とも男らしくない。

 

「………」

「……好きでみたわけじゃねーし。いや、好きだけどさ!レティのことは。…でも、その見たくて見たわけじゃねぇし可抗力ってやつなんだけどよ」

 

とか言いつつそのにやけた面はなんだと言いたかった。

 

見たくて見たわけじゃない?見られた方はどんなに傷ついたか。

ああ、だから部屋に閉じこもってしまったんだ。本人たちは兄妹と思い込んでいるかもしれないが、ノクトとレティの関係を知っている身としては、なんだかチリチリと胸が焦げつく。

 

普段から鬱陶しそうなレティをいいことにべったりとくっ付いては、イグニスから嫉妬の視線を注がれていることも無視してまるでオレの物扱いして、それだけならまだしも今回のことも休みなくレティが心血注いでノクト達を鍛え上げようとしてくれているというに、本人はレティのたまに一人になりたいと思う時でさえ独占力激しく何処に行った!?と騒ぎ立てる。ノクトの気持ちもわからないでもなかった。

たった一人の家族となってしまったから、何が何でも守りたいと思う気持ちも分かる。

けど、それと恋愛感情では別だ。

まるで鳥籠に閉じ込めるかのように束縛してしまっては、きっとレティは気持ち的に余裕がなくなる。縛られることが嫌だと言っていた本人にそれを強いていることにノクトは気づいていないのだろうかとさえ疑ってしまう。

 

それが、気に入らなかった。

それが、ムカついた。

 

プロンプトは。いつもなら『マジで!?ノクトのエロ~』などとからかったりするだろうがそんな気すら起きない。いや、茶化して終わらせる自分がいないのだ。

 

「…っておい。なんで銃出してんだよ?」

 

しれっと答えたプロンプトはいつになく爽やかな笑顔だった。

そう、親友と信じて疑わない彼の手には、身を守るための武器、愛銃がセットされていた。

 

「……いや、なんとなく」

「なんとなくって顔してねーぞ!」

 

仰け反るようにガタン!と椅子からひっくり返ったノクトは、そう怒鳴りながら退け腰になった。別にノクトに銃口を向けているわけではない。対してプロンプトはノクトの動揺など気にした様子もないようで足を組んで銃を持て余ししているように、クルクルっと華麗に指に引っ掛けて回したり汚れがないかチェックしたりとする。

 

「ノクトってたまーに、オレに目がけて狙ったかのように攻撃してくること、あるよね?」

「いや、それは…」

 

今関係ないだろうと言いかけたが、ふいにプロンプトがノクトの方を向いたことで言葉を詰まらせてしまった。いつもより何かが違う、と本能的に悟ったからだ。

 

「オレもさ、たまに手元が狂っちゃうことも、あるんだよね。……今とか」

「ああ!?」

 

プロンプトは決して銃口をノクトに向けることはなかった。だが言葉の銃で確実にノクトの痛いところを突いた。貫くような視線をノクトに向ける。

 

それは、一瞬ではあるが気圧されてしまうほどの凄みある瞳だった。

ゆっくりと椅子から立ち上がりノクトを見下ろすプロンプト。

 

「姫は、前にオレに言ってた。城から出たことで自分がまったくの世間知らずだってことが分かった。だからオレ達に教えてもらえることが嬉しいって。そうやっていくことが今の自分にとって必要なことだからって。……今のノクトは何だよ。姫姫姫って四六時中姫のことばかり気にしてる!そりゃたった一人の家族なのは分かるさ。好きな人だからってのも理解できるよ。でもそれで姫の自由まで奪うことないだろ?それじゃあ監視と同じだ!そんな縛り付ける好きなんて姫は嫌がるに決まってる!」

「…おい。いくらお前でもどうこう言われる筋合いねぇぞ」

「……オレは間違ったこと、言ってないと思うよ」

 

にらみ合う二人。

まったく彼らの会話が聞こえていない周りの人間にしてみれば喧嘩と色々複雑な喧嘩?と疑念にかられてしまうかもしれない。

 

「……」

「……」

 

そんな険呑な雰囲気の所へ何一つ荷物を持たないイリスが登場。手をぶんぶんと振って二人の元へスカートをはためかせながら軽快な走りで寄ってくる。その後をタルコットが追いかける。

 

「あれ、ノクトー!プロンプト―!」

「ノクテ、あて!」

 

ノクティスと名前を呼ぼうとしたタルコットにすかさずグラディオの待ったが入った。

 

「タルコット、その名前はここで叫ぶな」

「…あ、そうだった。すいません」

「……オレ先にホテル帰る」

 

ノクトは立ち上がってプロンプトの脇を通り抜けてホテルへと向かっていった。

 

「……」

「プロンプト?ノクトはどうしちゃったの?」

「……なんでもないよ」

 

弱弱しい笑みを浮かべてプロンプトはそう言った。だが何か違和感を感じたイリスは尋ねようとしたものの、突如頭の上にどすっと何か軽いものが乗せられ思わず悲鳴をあげる。

 

「きゃ!」

「男にはぶつからなきゃならないときもあるってもんだ」

 

抱えきれないほどの荷物を持っていても余裕そうなグラディオがまるで一部始終でも見ていたかのようにそう答えた。

 

「グラディオ」「お兄ちゃん!ちょっと重たいっ!」

「プロンプト、ノクトはどうした?」

 

同じく、両腕に紙袋などをぶら下げた多少くたびれた様子のイグニスが目ざとく一緒に居ないノクトについて尋ねた。頭にはクペが鎮座している。飛ぶのが面倒くさいらしい。

ノクトとはすれ違ったらしいが声を掛けるも不機嫌そうに無視されたらしい。だからプロンプトに事情を尋ねた、というわけだ。

作り笑みに指先で困ったように頬をかきながらプロンプトが答えた。

 

「ああ、ちょっと喧嘩しちゃった……」

「喧嘩?……何が原因だ」

 

途端に眉を顰める。予想通りの反応にプロンプトは苦笑して

 

「……ゴメン。言えない。オレ、しばらくその辺ぶらぶらしてくるよ。まだ姫へのお土産買ってないから」

 

と、まるで探られるのを拒否するかのようにそう言ってプロンプトは市場の方へかけて行ってしまった。

 

「これは一波乱ありそうクポね」

「だろ?」

 

ピカリンと目を光らせたクペにグラディオはにやりと笑って返した。

 

「何が?」

「さぁ?」

「…わからない」

 

イリスが首を少し傾げながらタルコットを見やっても、タルコットは分からずにイグニスを見上げるとさすがの軍師もさっぱりらしい。

 

「あのー、お代金もらってないですが…」

 

遠慮がちにイグニスに話しかけてくる店員は代金の支払いを頼んできた。イグニスははぁ~と重いため息をついて「連れが失礼なことをした。幾らだろうか?」と荷物を地面に置いてジャケットの内ポケットから財布を取り出した。だがイグニスの腕に飛びついたイリスは

 

「丁度いいじゃない。ここで休もうよ!」

 

と上目遣いにお願いをしてきた。イグニスもどうせ会計を済ませるなら同じかと納得して、店員の方を向くと、

 

「すまない。追加でオーダー頼めるか。連れの分も払おう」

 

と財布をしまって荷物を持ち上げた。店員は「勿論構いません」と新たな客確保に営業スマイルで答えた。そこでしばしイリス達は疲れをいやすために休憩することにした。

 

【一月往ぬる二月逃げる三月去る 】

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