ニックスside
突然の七神を名乗る女の来訪にオレは戸惑うことはなかった。もとより彼女が召喚獣から懇意にされていたのは知っていたし、エルという召喚獣に助けられたのだ。畏怖すら抱かなかったな。感覚がマヒしてるのか、レティの影響を受けたか知らねぇが。
彼女の為に、全てを投げうつ覚悟があるかと問われた。
「ある」
オレは、即答する。
氷のような美しさを持つ女は表情変えずに「嘘偽りではないの?」と言い返すがオレは一も二もなく「ない」と強く言い切る。
この命は一度あの時に全て失った。全てを捧げて歴代の王たちに喧嘩振ったんだ。今さら惜しいなどと思うほど愚かじゃない。レティの為に使えるのなら本望だ。
いや、レティの為にこそ使いたい。
オレを救ってくれたのは彼女だ。彼女がいたからここまで来た。
理由などそれだけで十分だ。
女は満足したように微笑を口元に浮かべた。
「ならば、『仮契約』を」
「『仮契約』?なんだ、それは」
訝しむオレに女は両目を細めてオレに向かって、一本一本滑らかな動きで指を広げきふぅーと軽く息を吹いた。すると、瞬く間に小さな光の結晶の様なものがいくつも浮かび上がりオレの周りを囲むようにぐるぐると回り始める。女、ゲンティアナがスッと一歩一歩オレに近づいてくる。
「完全な契約を済ませてしまえば、お前は人間ではなくなるわ。それでは色々と都合が悪いのよ。それに最後にはレティの許しをもらわなくてはならないでしょう。自分の守護者を選ぶのだから」
「その守護者ってのは何なんだ?いまいち意味が分からないぜ」
どうも神の言葉ってのはオレ達人間といまいちずれてる感じがしやがる。こう堅苦しいってか、小難しいというか。
ゲンティアナはオレの質問ににべなく答えた。
「守護者は守護者。お前たちが言うところの、騎士みたいなものよ」
「騎士?古い言い方しやがる」
「それでは、英雄と言えば?だがそれは私が求めるものではないわ。あくまで、私が欲しいのは、レティだけに心を砕きその身を守る盾であり剣。私達に過剰な介入が不可能な分、お前がレティを支え御守りするのよ」
まるでレティに心酔している口ぶりで多少違和感を覚えてたが、長々と説明だけ聞いていてもらちが明かない。何より、オレは急いでいる身だ。もらえる力ならさっさともらって一分一秒でも早くレティに会いたい気持ちが今のでより一層強まった。
オレは降参という意味で両手を軽く上げて見せた。
「わかったよ。アンタの言いたいことは分かった。難しい話はパスだがレティを守るってとこは同じ意見だ」
「それでいいわ。ならば、この証を」
そういうな否や、ゲンティアナが分かりやすく指をパチン!と鳴らすとオレの周りに回っていた光の結晶がオレの右手に集まりだす。目が眩みそうなほどの光源がオレを飲み込む勢いで広がっていく。それと同時に右手に焼き印でも押し当てられたような鋭い痛みと焼けそうな熱さが生じオレは一瞬気が遠くなりそうになった。
「……っ」
だが何とか歯を食いしばって耐え抜くと、光が消え去る頃にはどっと全身の毛穴から汗が溢れ出していくのと同時に疲労感に襲われ立っていることすらできずに、右手を庇いながら地面に膝をつく。頭上から感情込められぬ声がオレの耳に届く。
「その模様が私とお前との契約の証よ」
「も、よう?」
息を乱しながら、視線を痛みがあった右手にやれば確かに見たこともない模様がオレの右手の甲に刻まれていた。複雑に編み込まれた形の意味なんて到底オレには理解できないものだった。レティなら読み取れるかもしれないな。
「少しでも私との約束を反故するなら、模様からツタの様に広がりお前の体を蹂躙するでしょう。徐々に体温を奪い血を冷たくさせいずれ心臓を氷で覆いつくすわ」
「……首輪みたいなもんか」
仮契約と抜かしておきながら圧倒的にこちらの方が不利に近い。
だが納得するといえば納得できる。
高尚な奴らは縛りがお得意みたいだからな。前回の体験を踏まえての感想だが。
「けれど逆に言えばそれは私がお前を認めた証になる。他の七神も迂闊に手が出せないでしょう。一時的ではあるけれどお前はこれでレティと繋がったわ。だから彼女の魔力のパスがほんの少し指の先程度に使えるということ。試しにファイアを使ってみなさい」
「……レティと繋がる?オレはもう魔法は使えないぞ」
「それは以前のお前。今は違うわ、早く試しなさい」
きゅっと眉が吊り上がり語気を強くして言われれば、素直に従うしかない。
「……わかったよ。……ファイア!」
半信半疑。オレは促されるまま、膝に力を入れて立ち上がり渋々と呪文を唱えた。
するとオレの手から想像を絶するものが現れた。
以前使っていたものよりも強力な炎がオレの手からあふれ出たのだ。しかもその勢いはこちらが熱くて退いてしまうほどで、圧倒されちまった。自分で出したファイアだとは到底受け入れがたい事実にオレは情けなくもゲンティアナに視線をやり説明を求めた。
「どういうことだ。どうして………」
魔法が使える――?
最後まで言葉に出すことができなかったオレの問いかけに、ゲンティアナは動じた様子もなく淡々とした口調で説明をした。
「レティの魔力は底がないわ。そしてその威力も計り知れないもの。無意識に制御しているレティと違ってお前は蛇口の水を思いっきり捻ったようなもの。だからファイア程度のレベルでそのように威力あるものが出たのよ」
つまり、分かりやすく言うならオレはレティの魔力という供給源から細いパイプを繋いで仮の蛇口を作った。だがその蛇口からどのくらいの水が出るのか予想できないオレが多く蛇口を回しすぎた結果、大量の水が溢れた。
オレが以前使っていたファイアよりも桁違い、いや、根本から違うな。
消そうと思っても消せない意志ある炎。そういった方が正しいか。オレの使い方次第で自分にも被害が及ぶ。元々魔法のセンスにもよるが、やはり天才と努力は違うってことだ。
幾ら努力を積み重ねたとしても生まれ持った天才の一瞬には叶わないこともある。
「……これを、レティは普段から使ってたってことか?」
これで指の先程度の力って大元であるレティにはどれだけの魔力があるというんだ。
以前の記憶の中に何気なく魔法の話題になった時に得意げにレティは胸を張って、
『魔法の勉強って楽しいのよ。ニックスにも教えてあげるわ』
嬉々として勉強を勧められたがオレは苦笑いしながら『やめとく』と断った。あくまでオレは戦うための力として使っているだけでレティのように普段から生活の中で使うことは考えてなかった。しょんぼりと残念そうな顔をしたレティの頭を撫でながら『悪いな』と謝ると彼女は、『ううん、周りにこういう話をする人はいなかったから。ちょっとはしゃいじゃったの。ゴメンね』とバツが悪そうに謝っていたことが思い出せる。
レティは、幼い頃から身の丈に余る魔力をうまく付き合いながら御する力を習得していった。王がレティの為にと思い閉じ込めた城での生活は奇しくも彼女の魔力センスを一級品に鍛え上げる結果になるなどレギス王本人も予測できなかっただろう。
本人の望む望まないに関わらずレティは卓抜とした知識と誰もが想像を絶するような大きな力を手に入れた。
なんて、皮肉な運命だろうな。
「そうよ。あの子は生れながらにして備わった力に溺れていたわけじゃないわ。彼女なりに制御しようと毎日毎日夜も惜しまずに本を読み漁って育ったわ。年頃の子供のように同世代との付き合いもなく自分よりも年の離れた大人と接する息苦しい鳥籠の中の毎日。あの子の逃げ場所は図書室だった。そして、お前と出会った時はお前こそがレティの逃げ場所だった。……人間であろうとあの子は努力したわ」
悲痛な表情でそう語るゲンティアナの言葉一つ一つがオレの胸に響いてならない。
オレがレティの逃げ場所だった。それはアイツが日常の中で助けを求めていたということだ。心の拠り所であったと普段のオレならぬか喜びしてるが、レティのことを想うと怒りがこみ上げてきそうだ。どれだけレティが辛い想いをため込んでオレの元へ通ったか。オレはただレティと会えることだけに喜びを感じていたが、レティは声にならないSOSを発していたというのにオレは自分のことばかりでレティの気持ちを汲んでやることさえしなかった。己の愚かさに度し難い憤りを覚える。
「行きなさい、ニックス・ウリック。優しいあの子はその身を犠牲にしてでも王子を救うつもりでいるわ」
「……どういうことだ?王子を救うことにどんな代償があるって言うんだ」
ゲンティアナはさっと顔を隠すようにオレから顔を背けた。
だがその横顔からは白い肌がより一層血の気が引いたほど白く見えるほど怯えと恐怖が読み取れた。七神であるゲンティアナにも心底恐れるものがあるということか。
「………私の口からはとても悍ましくて言えないわ。けれどお前が成すべきことを見せなさい。でなければ、お前に待つのは、【死】のみよ」
宣戦布告されているにも関わらず、オレは口元をあげにやりと笑った。
「上等だ。一度死すら体験したんだ。二度目に臆するオレじゃない」
むしろこの命、レティの為に尽くせる機会を与えられたことに感謝するくらいだ。
仮守護者という役目をもらったオレはレティと合流すべく一刻も早くコル将軍と合流せねばという想いに駆られ、仲間二人の元へ向かった。
だがオレはこの時知らなかった。
レティに会うという目標に到達するまで、とことん自分はついてないことに。
【とんと上手く進まないこともある】