シドニーside
あーあ、やっぱり、明日は雨なんだね。
まるでレティがいない悲しさを現しているみたいだよ。ハンマーヘッドから車を走らせて王都へと向かう道すがら、頭上を見上げればどんよりとした灰色の雲が広がっている。助手席に座りいつもの作業着から普段着に着替えたじいじは、気に入らなそうに鼻をふんと鳴らして窓から空を睨み付けるように見上げた。
「『また』雨か」
「そう、だね」
私は小さな声でそう返して、それっきり王都に着くまで私とじいじの間に会話はなかった。王都へと続くゲートを前に警備隊の入国審査を受ける為に車の列に並ぶ。私の番になった時に、事前に渡されてたパスを見せると、警備担当の男は畏まった口調で「お疲れ様です!」と敬礼付きで恭しく通してくれた。
うわ、なんかVIP対応で戸惑う。じいじはまったく動ぜずって感じで「ほら、開いたぞ」と急かして私は慌ててアクセルを踏む。ちょっと踏み込み過ぎてエンジンが唸っちゃった。あははは、緊張しちゃっただけだからそんな睨まないでよ。
ふぅ、安全運転、安全運転。
それにしても一気に都会的な風景が視界に飛び込んできて息を呑む光景だ。
ルシス国、王都インソムニア。
二年前の、あの日まではクリスタルの魔法障壁に守られていた金城湯池のような都。
けど、何もかもが180度変わったことにより一度ルシスは滅んだ。
そして今、新たな王の元に復興を遂げた。
すっかり元の活気を取り戻した王都は、二年前のシガイが蔓延っていた場所とは思えないくらい。それもこれも新国王陛下の元、統率された若い陣営の手腕によるものらしいね。それだけ皆が力を合わせて頑張ったって証拠だ。
王都から逃げていった人たちも徐々に戻ってきたりしてるって話は店でよく聞くよ。
レティが帝国軍と対抗するために集めたっていうレジスタンスのメンバーはそのまま重用したり、身分とか関係なく才能ある若者を育ててるってことも。
外交にだって以前よりも積極的に行っているらしい。ホント様変わりしたよ、インソムニアは。
王都の空もどんよりとした灰色の雲が大きくうねるように何処までも広がっている。
まるで飲み込まれてしまいそうなほどで、私はハッと運転に意識を集中させる。
暫くしてぽつぽつと空から滴が降ってきた。
私はワイパーのスイッチを入れる。機械的な音と共にワイパーが左右に振り子のようにスローテンポで動き出す。次第に雨脚は強くなっていき、大通りを歩く人達は手元の傘を開いたり、慌てて店の軒先に飛び込んだり駆け足で走ったりと忙しなく動く。
去年も、あの日は雨が降っていた。
忘れもしないよ。黒い傘が並ぶ中、皆口を噤んでそれぞれに花束を捧げていく中、イリスが耐え切れずに大声を上げてレティの名を呼びながら泣いてグラディオに縋りついてるの。もうほんと、見てられなかったよ。
胸が締め付けられそうで、私もじんわりと浮き上がる涙を止められなかった。
よく、レティは妃殿下の墓参りをしていたそうだよ。少しでも寂しくないようにって。でもレティの方が寂しかったんじゃないかって思った。あの子は、そういう感情を知られまいと笑顔を作りながら必死に隠していたから。
陛下と妃殿下の間に収まるように設置されたレティのお墓はどの王族の墓よりも小さかった。こんなとこにレティが埋まってるなんて信じられないくらいに。
レティーシア・ルシス・チェラム。
この墓はレティの死を象徴するもので、私に現実を突きつける逃れられない証拠だ。
……死んだってコル将軍から聞かされた時全身の力が抜けて立ってられなくてさ。地面に膝ついて呆然としちゃった。
嘘でしょって、嘘なんでしょ?って私、何度も弱弱しく笑いながら否定した。
冗談きついよ、コル将軍。だって、【あの】レティが死ぬなんて誰が予想できる?
きっとレティの偽者だよ、よくあるじゃない。替え玉って王族によくあるでしょ?
レティに似せた人形とか、それっぽい人とか。とにかくレティの偽者。
召喚獣を使役できるんだからそういうのだって用意してるかもしれないよ。あのレティだもん。そう、だからレティは生きてるんでしょ?
そう息継ぎなしで喋りまくった私に、コル将軍は静かに首を横に振った。
それだけ。たった、それだけで、レティの死亡は確定。
でも私は頑なに拒んだ。
レティの死を。だって、私が信じてしまったら、レティは帰ってこないような気がした。
誰か一人でも信じていなきゃ、あの子は迷子になって帰ってこれなくなる。
そんなの嫌だ。それにあの子はどんな辛いことがあったって、笑い飛ばして撥ね退けてしまいそうじゃない。だから、きっと何かの間違いなんだって自分に何度も言い聞かせた。
そしたら、じいじがね。
『もうやめろ』って悲しそうな顔で膝をついて私をそっと抱きしめた。
『否定してやるな』
『レティが報われないだろ』って。
『アイツは、……レティはルシスの為に死んだんだ』って。
じいじは、しっかりと受け止めてた。
レティの死を。でも私は受け止めることなんかできなかった。
だって、あのレティだよ?
召喚獣だってあの子をあんなに慕ってさ、死なせるわけないじゃない!?
クペだってあの子を守ろうと必死だった!
ニックスだってレティの為に王都から追いかけてた!
ノクトだってイグニスもグラディオもプロンプトも、皆、皆あの子を守ろうとしてた!
それなのに、誰も、守れなかったの?
誰もあの子を止められなかったの?
誰かを失う悲しみなんてもうこりごりだったのに。
また、私は失ってしまった。あの子の発するSOSに気づかずに、私はあの子を送り出してしまった。
レティと最後の電話のやり取りを思い出す。
『シドニー、私、ね……。ちゃんとやれてるかな』
「うん?どうしたの、急に」
『ううん、ちょっと弱気になっててさ。シドニーに喝、いれてもらおうかと思って』
「喝?そんなの必要ないよ。レティはちゃんとやれてる。ってか、レティなら【大丈夫】だよ!」
根拠なんかなかった。ただ、レティなら大丈夫だって漠然と思ってたから。励まそうとしたの。でも、私が大丈夫だという度に追い詰めていたのかもしれない。
『……そう、なのかな…』
「うん。私はレティを信じてるよ」
『……』
「まだ不安?」
『……うん、ありがとう…。もう、【大丈夫】』
大丈夫じゃなかったんだ。本当は辛かったはずなんだよ。
誰が好き好んで自分から死にたい人がいる?誰が悪役の仮面を被りたがる?
全部、全部レティは耐えて、耐えて耐えて!ノクトの為に実行したんだ。
汚名も罵倒も受ける覚悟で。
もっと早くレティの苦しみを知っていたら。
一人で頑張らないでって言えていたら、レティは、死ななかったかもしれない。
今も、何度も夢に魘される。最後の電話で私は何度も同じ言葉をレティに言うんだ。
『喝?そんなの必要ないよ。レティはちゃんとやれてる。ってか、レティなら【大丈夫】だよ!』
駄目、それはレティを追い詰めてしまう!ってもう一人の私を止めようとするけど、私の体はもう一人の自分をすり抜ける。結局止められないまま、繰り返す。
『うん。私はレティを信じてるよ』
何度も、何度も繰り返してしまう。そのたびに私はレティの名を叫びながらベッドから起きて目を覚ます。目からとめどなく涙を溢れさせながら、止められなかった自分を悔いる。
ううん、もしかしたら私が原因かもしれない。そうやって知らず知らずにレティを追い込んでたんだ。
じいじは考えすぎだって言ってくれるけど、私は自分が自分で許せない。
知っていて傷つけるよりも、知らずに傷つけていることの方が相手にとってどれほど苦痛であるか。相手に良かれと思っていっていた言葉なら尚更怒りをぶつけようがない。
だって、それは善意なのだから。最初から悪意だけならいくらでも怒りようがある。
なんて、私は残酷なことをしてしまったんだろう。
大通りの道路で出たところで、点滅する歩道の青信号に気づき、慌てて渡ろうとする傘を差した学生たちが目に映った。こっちはそんな急いでいなし、飛ばせば行けそうだけど、無理して事故っても仕方ない。黄色信号でブレーキをゆっくりと踏んで車は止まる。
元からルシスの民なのか、それとも新しく入ってきた住人なのかは知らないけど、元々ルシスのシンボル色であった黒を好んで着ている人は少ない。
自由になったって感じかな。心も、体も、解放されて自分が好きな色を纏っている。
ショーウインドーに飾られている流行もののドレスが目に留まった。等身大のマネキン人形がそれぞれ、ポーズを決めてドレスの魅力を引き出している。どれも高そう。
叩きつけるような雨の中、お互い無言だったけどじいじが先に口を開いた。それはもう、気に入ら無さそうにね。
「ごちゃごちゃしててオレはどうも好かねぇな」
「都会的って言いなよ」
「……ふん…」
まったくじいじはこういうごみごみしたところが苦手みたい。だから陰で偏屈ジジイって言われるんだよ。私はわざとらしく話題をさらっと流した。
「……さぁて、城までは結構かかるかな」
「どうせ時間はたっぷりある。観光でもしてくか」
思いがけない提案に、私も自然と頷いた。
「……それもいいかもね。……レティにあげる花、買いたいし」
じいじは少し間をあけて静かに言った。
「……ああ。そうしてやれ。レティも喜ぶだろうさ」
「…うん…」
じいじが、姫と呼ばずにレティと呼ぶようになったのは、いつだったけ。……確か、ノクトの武器をレベルアップする時だったかな。
必要な材料が足りなくて、しまった!って顔してたノクト達の横でレティが目をキラリンと光らせて何をするのかと見守ってたら、なんと!クペから出してもらった必要な材料が全部揃ってるじゃない。しかも全武器に必要な材料が全て。これにはノクト達だけじゃなくて私もじいじも脱帽するしかなかった。
驚かせてた張本人であるレティは、悪戯成功と言わんばかりににっこりと微笑んでじいじに擦り寄ると、
『これで武器とか全部鍛えて欲しいな~?お願い!』
とねだった。
最後の決め手は硬直してるじいじに擦り寄って甘えるような声で
『ね?じいじ』
って囁く悪魔のような手段。私であんな甘え方しないっていうかできない。それをしてやったレティは計算高いともいえるよね。けど、前々からじいじはレティのことノクト以上に気に掛けてたし、それなりに心砕いてたけどあの性格でしょ?
自分から近づくことは性に合わないっていうか職人気質が仇になってたからレティとは微妙な距離感で私ももっと話せばいいのにって何度も言ってたんだけどね。まさか、レティから意外なアプローチ掛けるとは予想外。まぁ、それが切っ掛けでじいじはレティっていう新たな孫娘にデレデレ状態に。
レティから電話があれば飛んでくるように傍にいるのが当たり前になってたり。
ほんとすごいよ、レティは。人の心を掴むのが上手くてさ。あ、嫌味じゃないよ?
レティだから相手も気を許してるし、それはひとつの才能でもあると思うから。たとえ話し方が上手くたってその人の気を引かせる魅力みたいなものがなくちゃそれまでだと思う。レティは本当に見ていて飽きないし、個性的?っていうのかな。
ああ、もっと話してみたい!もっと色々と知っていきたいっていう気になる。
当の本人はそういう気はまったくないみたいでぽやっとした顔してわかってないみたいだから呆れちゃった。でもそれもレティの魅力の一つだったよ。
信号が青に変わって私はまたアクセルを踏んで車をゆっくりと発進させた。しばらく通りを歩いているとふと、右側の歩道に視線が行く。一瞬のことだった。
カラフルな傘をさして歩道を歩く人込みの中に、白いドレス着た女の子の後ろ姿が目に入った。立ち止まっていて傘を持つ人の流れに逆らうように通行人はその人物を避けていく。
目立つ格好だった。
まるでその人物に気づいていないようだった。彼らは。
雨の中、傘も差さずに彼女は佇んでいて、フィッシュテイルスタイルのノースリーブでレースを何層も重ねたドレスに手足の細さがよく目立っていた。肌も白くて背中に揺れる異様に長い髪も、目を奪われるような銀髪…で……。
ぎん、ぱつ…?
「レティ……?」
思わず、その名を呟いた私。彼女がいるわけない。頭で認識して得る情報よりも本能で出た言葉。完全に意識をそちらに持っていかれていて、運転してる身としては最悪。すぐに前を向かなきゃいけないのに。私はそちらに視線が釘付けになった。
彼女は、ゆっくりと振り返り私を捉え、あの忘れられない笑顔を浮かべながら、
『シドニー』
と唇を動かした。
キィィーん!!
私は思いっきりブレーキを踏んで車を急停止させた。がごんと車体が大きく揺れてじいじが「うわ!」と驚きの声を上げる。シートベルトが作動してぐっと胸元を締めた。後ろの車も驚いて急停止してぶつかることは免れたようだった。
でも私はそんなこと構ってられなくて、締め付けるシートベルトを震える手で何とか外してドアの施錠を解除して車のドアを思いっきり開けて降りた。
「レティ!!」
土砂降りだろうと構わなかった。濡れることをいとわずに私は水たまりを蹴って走った。
対向車の車が何事かと止まったのを確認してから私はレティの名を叫びながら歩道へと向かってった。辺りは騒然となって私の行動に通行人は目を丸くして驚くばかり。
でもそんなのきにならなかった。ただ、レティがいた。
この事実だけで私は何度もレティの名を呼びながら辺りを闇雲に探しまくる。すぐにじいじが車を片側に避けて私の所で駆け寄ってきた。
「一体どうした!飛び出したりして」
そう言ってじいじは私の肩を乱暴に掴んだ。
それでも視線を彷徨わせてる私を無理やり視線を合わせてじいじは険しい顔でそう尋ねてきた。
いた、ここにいたんだ。
私は声にならない声で必死に訴えた。
「レティがいたの!ここに、立ってて私を呼んでた。白いドレス着て長くて綺麗な銀髪で……」
「シドニー」
私の言葉を遮るようにじいじは私の名を呼ぶ。でも私はそれには答えずにさらに言葉を重ねた。
「いたの!!ここにレティが、私を呼んで笑ってた」
だから探さなきゃ。私を呼んでた。私を、呼んで笑った。
「シドニー!」
「信じてっ!!レティが、いたの……ここに……」
ここにいた、はずなの。
でもいないの。
あの子が、あの子の姿が。何処にもいない。
「……わかってる。わかってるさ……」
私はそれ以上言葉にできずにじいじに縋りつくように膝をついた。じいじの力強く支えてくれる手が温かくて、どうしてか涙を零さずにはいられなかった。
じいじは、しわくちゃの手で私を抱きしめてくれた。
「レティが、……私を呼んだの……!」
幻を見るほどに私は追い詰めていたのだろうか。それとも何かの予兆なのか。
その時の私には、理解できなかった。
ただ、レティに会いたい。
そう心の中で何度も、何度も叫んでいたから。
お互い、ずぶ濡れるになるまで私達は身を寄せ合うように抱き合った。
【幻を見るほどに私は彼女を忘れられない。】