レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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舐犢之愛~しとくのあい~

レティーシアside

 

 

あの日の誓いは忘れていない。

 

冷たく打ち付ける天から恵みの雨が降り注ぐ中、私とクペは母上の墓前の前で共に泣きながら互いを抱きしめ合って誓った。

 

『いつか、一緒に世界を見るクポ』

『うん』

『そうすれば、いつか、レティはレティだけの家族に会えるかもしれないクポ』

『わたしだけの、家族』

『レティだけを愛してくれる人間クポ』

『……クペも一緒だよ』

『当たり前クポ!』

 

いつか、いつか、クペと共に世界に出る。

そして、私だけの家族を見つける。そうすれば、悲しい気持ちも辛い気持ちも苦しい気持ちも無くなる。私を必要としてくれて私を家族だと受け入れてくれる存在がきっとどこかにいる。そう望みを賭けた幼い私。

外に出るということがどういうことなのか、知らなかったある意味純粋な子供だった。

正直に寂しいと訴えればよかった。私も家族だとあの人に訴えればよかった。

全てを隠さないで打ち明けて欲しいと言えばよかった。でも子供な私にはそんなこと伝えられる勇気はなくて、大人になった今ではもっとそんなことはできないと畏縮している。

ノクトのことだって、彼は私を家族だと受け入れてくれていた。私を妹として大切に守ろうとしてくれた。でも馬鹿な私は意地張ってノクトは家族じゃない、ノクトはルシスの大切な人だから私とは関係ないって。

 

そう思い込むことで自分を追い込んで追い込んで知識を貪りつくすように書物室に篭った。でもそこは私の居場所じゃなかった。ただ、知識だけを頭に詰め込んだって実践しなきゃ意味がない。だから私はクレイと生きるための方法を鍛錬して学んだ。クレイは幼子の私にも容赦なくその技を教えようとしてくれた。生き残る術を与えてくれた。でもそれだけじゃあ足りない。だから私は魔法を極めることにした。外の世界にはモンスターがいるからきっと戦わなきゃいけない。でもクレイに学んだことだけじゃもしかしたら死んでしまうかもしれない。だから限られた者しか扱うことができない魔法を習得しようとした。本来魔法は、ルシスの王族のみ使えるもの。その理は天地がひっくり返ることがあろうと変わるものではない。魔法というのはホイホイ誰でも扱える力ではない、ということだ。この力を使うということは、すなわち責任を負うということだ。

 

正しき想いで魔法を使わなければいずれ、それは自分に跳ね返ってくる。もしくは自分の大切な人に牙を向くかもしれない。その責任を持って初めて魔法が使えるのだ。

 

誰でも出来るわけじゃない。

 

けど私には問題なく使えた。しかも枯渇しない魔力という喜ばしいものまで。

私は、レギス王の娘ではない。王女ではない。

けれど魔法が使える。……分かってた。頑なに拒んでたけど魔法が使えるってことは私の産みの存在どちらかがルシス王族の流れを組む血筋にあったことを。けどそれは今さら関係ないこと。きっとどちらかの身分高い方が下賤相手につくらせた赤子が私だろう。王族に出るという特徴を出していた私を外に出すわけにはいかないと仕方なく引き取って育てたとかそんな感じか。頑なに城から出すまいとしていたくせに私をノクト達と共に出したのは帝国にこの力を奪われまいとしてのことだろう。当て馬でも使い捨てにでもさせればよかっただろうに、そうしなかったのは情けのつもりなのだろうか………。

 

私が魔法を使えるのは必死に勉強をして必死に練習をして得たものだ。

枯渇しない魔力を所持していたのは、『たまたま運が良かった』だけだろう。

様々な努力をした結果、私は大半の魔法を会得した。ただ実践で使うということは城の中では難しく、怪我人がいると聞けばすぐに走って実験台代わりに傷を治させて!とお願いしたものだ。相当変な姫に思われただろうに、彼らはたいそう喜んでくれた。健気に魔法を使う姫は臣下想いの優しい姫だとも褒めちぎられた。

ちゃんと実験だと言っているにも関わらず彼らは(にこにこと笑みを絶やすことはなかった。なんて人が良いのだろうかと呆れると共にきっとこの人達は私を心の何処かで見下しているんだろうと醒めた気持ちで見ていた。歪んだ子供だと自分でも思う。

でもそうでもしないと私は自分の心を保てなかった。

ずっと閉じ込められていると閉鎖的な考えになっちゃうもので、典型的な私はズバリドンピシャ。王女としての仮面とノクト達に見せる仮面と、召喚獣たちに見せる仮面。

上手く使いこなしながらここまでやってきた。けど、たまに考えるの。

 

一体、どれが本当の私なのかって。

レティーシア・ルシス・チェラムという人物は作られた者で私じゃない。

かといって、レティーシアという人物が私かというとそうとも言い切れない。

 

ただのレティだったら、素の私と言えるのだろうか。

 

色々と考えても答えは出ない。それどころか、新たな仮面がまた作られてしまった。

 

少なからず期待を込めていた、祖父との面会によって。

また、私は新たなレティーシアの仮面を与えられることになる。

 

イドラ・エルダーキャプト自らによって。

 

 

アーデンside

 

 

キャンキャンとよく吠える麗しいレティーシア姫は華麗に変身あそばされた。侍女たちが傍で並んで静かに控えている中、オレは顎に手を当て合って素直に感想を口にしてみた。

 

「うーん、馬子にも衣裳だねぇ」

「誰も褒めてくれなんて言ってないわ!」

 

せっかく化粧を施され、鏡の前で椅子に座る彼女は其れなりに姫らしく見えるというのにオレの褒め言葉に目を吊り上げて怒るから全てが台無しなっている。

慇懃無礼に感じたかな?一応ちゃんと王族に対して敬意を払って言葉にしてるんだけどな。だがそれもフンと静かに鼻を鳴らして居心地悪そうに召喚獣サマを胸に抱きしめて黙るとやはり一瞬にして目を奪われる美しさがある。

元々の容姿が整ってるから口さえ開かなきゃ深窓の儚い姫君と言えるだろうに、勿体ない。

 

胸元から肩そして背中にかけて大胆に露出している白のロングドレスを見事着こなし、銀色の髪を上部で分けて編み込んでロールアップされ、残された髪はそのまま背中に緩やかに広がっている。

装飾品を胸元にも宝石をあしらったネックレスを付けさせようとしていたらしいが、頑なに拒否されせめてものワンポイントとして手首に銀の装飾と一部にアメシストが使われたバングルが彼女の右手首に目立った主張もなく収まっている。

鏡に写る彼女は不満を露わに幼い子供のように頬を膨らませた。これは彼女の癖かな?見た目に似合わず子供のような行動や仕草が時々見受けられる。

 

「どうして謁見するだけで小奇麗にしなくちゃいけないわけ?敵国の娘に随分と変わった趣味をお持ちだこと」

「それだけ君が大切な御客人というわけだ」

 

オレの説明に途端に表情を冷たくさせ鏡越しにオレを睨む。

 

「………私を子飼いでもしようって魂胆だったら残念ながらひねくれすぎて使い物にならないわよ」

 

それは随分身をもって体験したからわかっているつもりだ。

人の手を借りて身支度を整えることなど慣れているはずだろうに、くたびれた顔をしているのはどうしてだろうか。カーテスの大皿で汚れた体を侍女自らの手で洗われたらしいが、外に出ていたオレでさえ彼女の情けない悲鳴が耳に届くくらいだ。相当、侍女たちは手を焼いたらしい。だがこの出来上がりには満足そうに笑みを浮かべているくらいだ。

相当磨きがいはあったことだろう。

 

「そうむくれないでくれよ、君の為に用意された部屋もあるわけだし。ゆっくりしていけばいいさ」

「………こんなこと頼んでないわ」

 

困惑するのもむりはないか。

なんせ、ずっと昔から姫の為にと用意されていた部屋だとは言えないな、今は。あの陛下が気もそぞろに落ち着かなくオレを急かして彼女を迎えに行かせるくらいだ。当初の予定だって無理矢理早められたんだ。オレの所為だと彼女は勘違いをしている点はいずれ誤解を解こう。この部屋の主がようやく戻ってきたことに彼らも感無量といったところか。

 

白を好むという彼女の為に装飾全てが白を基調としたエレガントな室内に揃えられている。皇帝陛下の溺愛ぶりが窺い知れる証拠だ。

それだけじゃない。姫の為にと用意された部屋に備え付けられた専用のクローゼットには贅の限りを尽くした様々なドレスや装飾品、宝石をあしらったティアラなどこれまた目が眩みそうになるくらいに集められていた。そこから姫に似合うドレスや装飾品など選んだのは、姫付きの侍女に任命された皇宮内で女官長を務める貫禄ある婦人テレーゼと、歳が近いということで新人女官のシシィ。彼女らもレティーシア姫の境遇は前もって聞かされていることから彼女の帰還を手を叩いて大仰に喜んだらしい。テレーゼに至ってはしっかりと皇女に相応しい教育をなんて意気込んでいるとか。シシィはレティーシア姫との初めての顔合わせで緊張のあまりガチガチに固まって肘先でテレーゼに小突かれたハッと我に返って慌ててレティーシア姫の世話を始めた。

………彼女も色々と訳ありだからねぇ。あのじーさんも可愛がっているのは周知の事実だ。その理由が罪滅ぼしなのか、それともただ単に可愛いだけなのか。それは本人のみぞ知る、か。

 

さて意中の彼女は甲斐甲斐しく女官たちに世話を焼かれて、顔を青ざめて「こんな高価なもの着られません!」などと情けない悲鳴を上げていたが、「まぁ!姫様とんでもございません!全て姫様の為にとご用意されたものにございます!」と言い返され有無を言わさず女官の手により身ぐるみはがされ今に至る。オレはしっかりと部屋から追い出されたけど。

 

「祖父に会わせてくれるのではなかったの?」

「これから会わせるさ。そう焦らなくても逃げやしないよ」

「アンタの言動には信憑性が感じられないのよ」

 

ねめつけるようにオレを睨む彼女だが、その効力は別の意味で効果抜群だ。

人に安らぎを与える深緑の瞳がオレを捉え、久しく忘れていた鼓動が跳ねる音がした。

 

飛空艇から不機嫌を露わにして見る者全てに対して憎悪をぶつけまくって、召喚獣サマ……クペだっけ?変な名前だが彼女に対しては「クペ、周りは敵だらけだけどいざとなったら私と心中してくれる?」と物騒なお願いしているものだから、流石にオレも慌てて止めた。

 

「そう睨まないでくれ。思わず惚れそうだ」

「やめて!!」

 

両手を上げて降参を意思を示すと、彼女は露骨に顔を歪めて嫌そうに拒否をした。

 

なんて分かりやすい姫だろうか。思わず苦笑してしまうと「何笑ってるのよ」とまた睨まれる。オレは、口元に片手を当てがって視線を逸らして

 

「いや、なんでもないよ」

 

と誤魔化す。レティーシア姫は呆れたように軽く頭を振った。

 

「アーデン、貴方ね……」

 

鈴が転がるような耳に心地よい声でアーデンと名を呼ばれるのは非常に気持ちがいい。たとえ当の本人がそう考えていなくとも。

 

ほとほと、自分が知る王族とはかけ離れすぎている人だと思う。オレが知る王族に彼女のような者はいなかった。だからこそ、面白くて目が離せない。とりあえず、オレが知る姫は自分の靴を脱いで遠慮なく男の顔に投げつけたりはしない。そしてはしたなく「よっしゃ!」とガッツポーズかましたりはしない。

 

初めて彼女を目にしたのは自殺寸前の現場だった。まぁ、タイタンに声に集中するあまり周りが見えてなかっただけなんだけどね。オレの希望が自殺志願者だったとは思わなかったよ。……だが彼女こそがオレが長年求め続けた希望であることはすでに身をもって体験した。オレが居眠りをするなんて今までで一度としてなかったからね。期待が大きい分、精神的に脆い彼女がこの場で潰れてしまわないかいささか気になる。

だがそこはあえて見守りの立場でいないといけないな。ここで潰れるようじゃ自分の使命を受け入れることも無理だろう。それまでの者だったと諦めて当初の予定通りに行くしかない。

だが、オレは少なからず彼女に期待している。

自分の運命に潰れるような女ではないと。

 

「さぁ、姫。時間だよ」

「姫って呼ばないで」

 

彼女の元まで数歩歩み寄り、手を差し出すと彼女はほっそりとした手をオレの手にためらいもなく乗せた。慣れた動きでオレの手を支えにスカートの裾を抓みながら立ち上がる。彼女はこうして敵であるオレに躊躇いもなく触れさせる。ここら辺は男慣れしてなくて好感をもてる。すれてる女は願い下げだね。面白味も何もない。

 

ここから彼女の運命が大きく変わる。

オレは、君にこの言葉を送ろう。

 

【お帰り、レティーシア姫、と。】

 

 

ついにこの日がやってきた。

男は歓喜に震え、人知れず涙した。

やっと、やっと!我が手に姫が戻ってきた!

光を纏いし娘と直接面会する日取りが決まり、心はまるで若者のように浮足立った。

 

「レティーシア」

 

孫娘は、自分をなんと呼ぶだろうか?

敵国の皇族の血を引いている知れば、怒り狂うだろうか?

だが事情を説明すればきっとわかってくれるに違いないと男は希望を抱いた。

 

唯一、血の繋がった家族なのだ。

家族、家族と自分とは無縁の言葉がこれほどに胸を響かせるものだったとは。

孫娘は愛情に飢えていると聞く。ならば自分がその愛情を与えようと男は決めていた。

20年もの長きにわたる幽閉の末、今こうして自分の元へ来ることは必然だったのだ。

 

ルシスの王に唯一感謝することがあれば、そう、良い名を与えたこと。

神話の時代より、伝わる女神の隠し名。それが【レティーシア】という。

まさに、孫娘は男にとって女神に勝る存在だった。

 

長年男の腐れ縁である友人は男の歓喜に震える様子に目を細めて、共に喜びを分かち合った。

 

「やっとだな、イドラ」

「ああ、ヴァーサタイル。やっと、だ」

 

来るべき時までやってきた。ここまでの葛藤と孤独な闘いを側で見てきたヴァーサタイルも感無量といった様子だ。

20年前、男は自分の息子を失った。それが意見の食い違いから仲たがいしたまま、病でこの世を去るなど当時予想もしなかったことだった。だが息子に恋人がいたこと、その恋人がルシスの姫であったこと、姫が子をやどしていたことに男は目を付けた。

たった一人の赤子に執着する姿は何処か異様であり、必死さも感じた。自分の血を残そうとする遺伝子上の関係でなく、自分の家族として想う気持ちが勝っていたはずなのだ。それがルシスを滅ぼすことに至ったまでのこと。経緯など些細の問題でしかない。

 

だが問題は、【これから】なのだ。

この、陰りを見せている帝国という大船をどう、舵取りしていくかを。暗礁に乗り上げてしまった大船はどうなるのか?

 

友人であるヴァーサタイルはイドラにはもう舵取りする力はないと悟っている。イドラ自身も己の衰えを感じているはずだ。奴はおくびにも出さないがヴァーサタイルは分かっている。イドラはようやく会えた家族に無理難題は課さないだろう。

 

だからこそ、自分がしっかりと見定めなくてはいけないのだ。

 

帝国に戻った、光こそが、今後帝国をどこに導くのかを。それによっては己の身の振り方も決まるというもの。すでにこの帝国は神から見放されているのだ。いくら、【神に愛されている姫】といえど。

 

【光たる証を求める】

 

レティーシアside

 

贅沢を尽くした豪華な白のドレスで着飾られ化粧を施され、見た目麗しい姫(中身はどうせ野生児だ。)へと無理やり変化させられた私は皇帝との謁見の間に連れて行かれた。まるで見世物小屋の出し物にされた気分で非常に腹立たしい。全然そんなこと望んでないし!という拒否権は私にはないらしい。予想外のVIP対応にドン引きしてしまったが、幸い戦おうと思えば戦うことはできる。最悪、祖父との面会だけしてとんずらこくことも考えたけど、クペは危ないからやめておいた方がいいと止めてきたので様子を見てからこっそり脱出をする案を考えている。私が着替えている間、傍にいたクペは落ち着きなさそうに何度も

 

「あの、レティ?クペ、ずっと言えなかったことがあったクポ」

 

と私に何かを打ち明けようとしてくれていたけど、私はその場その場をやり過ごすのが精一杯でクペの話に耳を傾けてあげられなかった。全てが終わった後にはアーデン自らが迎えに来てエスコートしてくれるとこだったので、結局クペと話すことはできなかった。クペは私の肩にしっかりと掴まって始終不安そうに辺りを見回している。私は、

 

「大丈夫よ、何かあったら私が守るわ」

 

と彼女に囁くとクペは、小さな声で

 

「クペもレティを守るクポ」

 

と緊張と不安から震える声ながら身を摺り寄せてきた。嬉しくて私も「うん」と頷き返して彼女の柔らかな毛並みを肌で感じた。

 

皇帝陛下がおわす玉座の間にたどり着くまでどれくらいの時間を要しただろうか。とにかく広い。無駄に広い皇宮内。

幸いそれほど高くないヒールだったので足が痛くなることはなかったし、普段から高めのブーツを履いていたからドレスの裾踏んづけて躓くなんて恥ずかしいこともない。

 

ああ、やっと着いた。

大きな扉が目の前に入り、そこで一旦歩みを止めて扉の両脇に控える魔道兵によって重たそうな扉は開かれていく。

 

まるでマス目のように乱れなくならぶ魔道兵たちのすぐ横にズラリとならぶ帝国の将たち。奇異なる視線と息を呑む響めきが耳を掠めるが私はふてぶてしい態度でひたすら前だけを見据える。

 

私は、ついにノクトの敵相手と面を合わせた。

足元に敷かれた赤い絨毯が血のように見えて気持ち悪い。固そうな玉座に座る一人の年老いた皇帝。奴の命令一つで王都が滅ぼさせられたと思うと腑が煮え繰り返りそうだ。

 

「レティーシア姫をお連れいたしました。陛下」

 

白髪に少しこけた頬に口元に生やした手入れされた髭。ぎらつくような鋭い瞳は私だけを確実にとらえ逃すまいとする粘着したような気持ち悪さを起こさせる。

私の手を離し、頭を垂れて挨拶をするアーデンに一つ頷いて皇帝の椅子に鎮座する年老いた男は低い声で「前へ来い」と私に命令をした。だが私は、冷たい声で「私は貴方の臣下ではありません」とはっきりと突っぱねた。一部、背後で騒めくような声が聞こえたが臆する私じゃない。皇帝は、なぜか口元に笑みを浮かべ、「似ているな」と零した。

 

「レティーシア」

「気安く私の名を呼ばないでください」

 

不敬に当たるだろう私のはっきりとした拒絶に後ろで控える臣下が息を呑む声がわずかに聞こえた。だがイドラ皇帝は表情変えることなく、

 

「ではレティーシア・ルシス・チェラムとでも呼べと言うか」

 

と切り返してくる。だがそれにも私は首を振って否定する。

 

「違います。私はルシスの、人間ではない」

 

その答えに気をよくしたのか、何度も頷いてはイドラ皇帝は予期せぬ言葉を口にした。

 

「そうだろう。其方はアルファルド皇子の娘なのだ」

「……アルファルド、皇子?」

 

聞き覚えのない名だ。それはそうだ。

敵国の皇子の名など記憶しておいても役に立たない。

 

「其方の父だ」

「私の、父?」

 

ふと、あの人の背が脳裏をよぎった。だがあの人は父ではないと慌てて頭から追い払う。一連の動作にイドラ皇帝は怪訝そうにしたが、気を取り直した様子で私が想像もしないような嘘を語りだした。

 

「レティーシア。其方は我がイドラ・エルダーキャプトの血を引く孫娘、ニフルハイムの正当なる皇女よ」

 

鈍器で頭を殴られたみたいにグラリと視界が一瞬揺らいだ。

 

この男は何を言うんだ?

私は、王女ではない。レギス王の娘ではない。だがこの年老いた男は私を孫娘だという。

私を皇女だという。何かの間違いではないか?

いや、そもそも頭のネジが外れているのではないか?

クリスタルに執着するほどの愚か者だ、それもありうると自分に言い聞かせる。

これは敵の策だ。私を惑わそうとしている。

騙されるな、これは嘘だ。

 

私は静かに頭を振って否定する。

 

「違います、私は、皇女などではない。ましてや、敵国の血など引いていない。私は貴方の孫などではない!」

「だがルシスの王女ではない。そうであろう」

 

静かな口調だが有無を言わせぬ見えぬ圧を感じ、私は不覚にもたじろいでしまった。

 

そうだ、ルシスの王女なんかじゃない。私は偽物だもの。

 

だが屈してなるものかと、視線を鋭くさせて私はぐっと唾を飲み込んで意を決して口を開く。

 

私はただのレティだ。レティーシア・ルシス・チェラムではない。私はただのレティ。レティーシア・エルダーキャプトじゃない。

 

「私はただのレティです」

「……アルファルド皇子は我が息子だ」

 

だから私には関係ない。誰が父で誰が母で誰が祖父だろうと関係ない。私が予想していた祖父とは程遠い存在。いや、これは嘘だわ。嘘よ、………全部嘘よ。

 

「だから貴方が、私の祖父と認めろと?」

 

どうしてそこまで私のこだわるの。どうしてそっとしておいてくれないの。

 

「其方を此方に引き渡すようあの男には再三申し入れた。だが聞き入れなかった。だから攻め落としたのだ」

 

まるで子供の玩具の取り合いのようじゃない。

自分の思い通りにいかなかったから壊す。気に入らなかったら殺す。そして次に壊すのは私か?

 

「………それでは、貴方は私の力欲しさにルシスを狙ったと?」

「其方の力は二の次よ。クリスタルと指輪さえあれば我が帝国は安泰だ。……」

 

皇帝は何を考えたか、私に右手を伸ばした。

 

「おいで、レティーシア。よく顔を見せてくれ」

「………」

 

だけど私はその手を取らずにじっと見つめるだけにとどめた。

いや、侮蔑すら籠った視線だ。

 

馬鹿じゃないか、この男は。私がノコノコとその手を取ると?尻尾振って愛想振りまいてなびくと勘違いしているのか?

 

私を、知らない癖に。

私が、今までどうやって生きてきたか知らない癖に。

今さら誘拐まがいのことして連れてきて何をさせようというの?

 

プチン、と何かの線が切れた。

 

「私が、恐ろしいか、この手を恐れるか」

「………」

「レティーシア」

 

皇帝は、僅かに瞳を揺らした。同情を誘うつもりか。

笑わせる、それくらいの芝居を見抜けない私とでも?

 

『そうだ、あの人の敵をとってあげよう。』

 

耳元で誰かがそう囁く。その手を取るフリをして剣で皇帝の胸を刺して殺せばいい。それであの人の敵は取れる。母上も、クレイも、王都で散った人々も喜ぶだろうって誰かが私に甘い指示を出す。

 

「ええ、今、参ります」

 

私は歪な笑みをつくり、皇帝の元へと歩み寄り、玉座の前に膝をついて皇帝を見上げた。

自分の頬に恐る恐る両手が伸ばされゆっくりと触れた肌はかさついていて痛かった。

 

「レティーシア」

 

私の名を呼ぶ男。イドラ・エルダーキャプトはノクトの敵役。ルシスを滅ぼした男。慈悲も涙の欠片もない非道な男。ルシスに滅びを招いた諸悪の根源で恨むべき対象。

だが不思議なことに皇帝の瞳は微かに潤んでいた。

 

『さぁ、レティーシア。今がチャンスよ。この男の胸を思いっきり刺す。それだけで終わるわ』

 

ええ、そうね。

 

『けど、貴方の罪は消えないわ』

 

誰かがそうひどくおかしそうに笑って言う。

私の罪。それはなに?

 

『貴方は最初からルシス王を裏切っていた』

 

違う、先に裏切ったのはあの人よ。私を突き放した。私が憎いから城に閉じ込めた。

心の中じゃ私をせせら笑ってたのよ、あがいて見せろって死ぬまで。

 

『けれど貴方がいなければルシスは滅ばなかった。ノクトも、大切な父親を失うことはなかった。彼は貴方を恨むでしょうね』

 

………ノクトは優しいからきっと私を受け入れてくれるわ。この男を殺してノクトの所に帰って皆でまた。

 

『イグニスもグラディオラスもプロンプトもイリスもシドニーもシドもコルも皆、みんなぁ貴方の裏切りを知っているでしょうね。今頃貴方を殺す算段でも練っているかもしれないわ』

 

私は、裏切っていた?私を、殺す?

ノクトが?皆が?ありえない、だって私は。

 

『そう。皆貴方を憎むでしょう。殺したがるでしょう!だって貴方は裏切り者だもの。貴方なんか愛していないもの。ああ、貴方の敬愛してやまない母上も貴方を心底憎んでいたでしょう。顔で笑って心で貴方を罵っていたに違いないわ』

 

愛して、いない?

母上さえも私を愛していなかった。唯一、私を愛してくれていると思っていた、母上でさえも。あれはまやかしだったの。

 

『彼らは貴方を憎み死を願うでしょう。だって!貴方がルシスを滅ぼしたのだから』

 

私は、ルシスを滅ぼした。

私は、ルシスをほろぼした。

 

わたしは、るしすを、ほろぼした。すべてを、ころした。

 

「……」

「よくその顔を見せてくれ。……ああ、よく似ておる。アルファルドと同じ瞳よ」

 

この深緑の瞳は父親譲りらしい。

懐かしむようにイドラは私の瞳を覗き込んだ。

 

「………」

「レティーシア、怖かっただろう。もう其方が恐れる者は何もない。我が傍におれば何も怖くはない」

「………」

 

怖れるとしたら、それは私自身に対してだ。

私はノクト達を裏切っていた。私の存在がこの戦争を引き起こしたようなものだから。産まれていなければ、もしかしたらレギス王は生きてノクトとルナフレーナ嬢の結婚式に出席していたかもしれない。若い二人の門出を祝福して感動の涙を流していたかもしれない。私は、その可能性を摘んでしまったのだ。

一つの尊い未来を、私は奪ってしまった。

 

「レティーシア、心寂しかったのだろう」

 

違う、私は寂しかったわけじゃない。全てを失ってしまったからだ。

もう、私には何も残されていない。ノクトの為に彼の為にやってきたことも、全て意味をなさなかった。私が招いた不幸だった。

私は、望まれてはならなかったのだ。この男も私がいなければ力に固執することもなかったかもしれない。

 

この男は私欲しさにルシスを滅ぼし、クリスタルを手に入れた。そして私は、ノクトの元へ帰りたいが為にこの男の首を手土産に彼の元へ戻ろうとした。

 

なんて、浅ましいのだろうか。

私は、この男と同じ行動をしようとしていた。自分の保身の為に。

同じ、血筋。これが、ニフルハイム皇族。己が目的の為に他者を犠牲にする残虐さ。

的を得た。

私は確かにこの男の血を引いている。下劣な娘になり果てた私にピッタリな家族じゃないか。

これが、私の、祖父。皇帝、イドラ・エルダーキャプトが私が待ち望んだ家族。私を、力欲しさに欲した憐れな年老いた男が待ちに待った家族だった。

 

目尻を親指で拭られ、私はそこで初めて涙していたことに気づく。けれど気づいたところで意味はない。抵抗する気力もない。私はされるがまま、涙を流し続けた。

 

「お、じい、さ、ま……」

 

誰でもいい。助けて欲しかった。縋りつきたかった。

この狂いそうになる想いから解放してくれるなら。

誰でも、良かった。もう、何も考えたくなかった。考えることを放棄したかった。

 

「泣くな、レティーシア」

 

イドラは玉座から腰を上げて私を同じように床に膝をついてその腕を私の背に回して、覆い隠すように抱きしめた。

 

『泣くな、レティ』

 

皇帝の姿が、声が、あの人と重なってダブって聞こえた。

抱きしめられた記憶など、とうに忘れた。感触も思い出せない。なのに、ひどく懐かしいとおもうのは、きっと気のせいだ。

 

私は、一切抵抗せずに抱きしめられるがまま身を委ねた。

 

―――ああ、きもちわるい。

 

【同族嫌悪】

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