レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

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置いてけぼりモーグリ

自分が非力であることは本人が一番理解していることだ。けど認めたくなかった。

まるで自分は守られる側でいろと強要されているようで我慢ならなかった。彼女の性分で黙っていることの方がストレスに感じるらしく、だからこそ溜め込むよりも発散させることで思い切りがよくいつも笑顔を絶やさないでいられるらしい。

普段から明るいと思われている彼女は、そうやって生きてきた。

 

心と体のバランスを保つ秘訣は、笑顔でいること。

だから何があっても笑顔でいようと心に決めた。自分よりも幼い少年に心配を掛けまいと、自分を律して笑顔でいた。

 

だが、ものにも限度がある。

桶に溜め込んだ水がいつも綺麗でいられるのは常に新しい水が沸き上がるから。

では、溜め込んだ水が入れ替えられることなくそのままの現状を保っていたら?

その桶の水はいずれ腐るだけ。

 

辛うじて、彼女は腐る前に友達の前で泣くことができた。

思う存分、自分の気持ちを吐くことができた。それがどれほど彼女にとって嬉しかったことか。吐き出す相手がいて自分の気持ちをありのままに受け止めてくれる存在が何よりも尊かった。この絆を大切にしたいと友達の笑顔を見ては心から願った。

 

だがそれも、突然奪われることになる。

 

 

イリス達はコル将軍自らの護衛と未だレティのお願いを律儀に守って護衛を続けているヨウジンボウのお陰で無事にカエムの岬にたどり着くことができた。新しい新居にはしゃぎだすタルコットと孫を窘めるジャレッドの表情もレスタレムにいた時よりは幾分か和らいでいた。

イリスは自分の荷物もそこそこに大切に車中にも抱きしめている手作りのモーグリ人形を大事そうに抱き上げて車から降りた。それに続いてダイゴロウも車から飛び降りてタルコットの方へ走っていく。王都製の車に比べて、外の車は乗る人数も限られており荷物を運ぶのにも分けて移動する必要があった。先に荷物組としてモニカとダスティンが先行し、その後イリス達が続いたという感じでここまでやってきた。なので大半の荷物は家の方に運ばれているはず。

潮風が風に乗ってイリスの鼻を掠め、塩辛さを感じ取る。

これから我が家になる家は木造建てで元々空き家だったらしいが、手入れは行き届いているらしく掃除をちゃんとすれば住めるレベルだ。

これからは自分たちで全て生活していかないいけないと考えると億劫になるが、すぐに怠惰な考えは振り飛ばして前向きに受け止めようとイリスは考える。

 

「イリス――!何そこでぼけっとしてるんだよ。早く来いよ」

「今行くー!」

 

家の中からタルコットとダイゴロウが顔を覗かせてイリスを呼ぶ声に返事を返してイリスは中へ入ろうとコル将軍にも声を掛けようとした。だがコルは誰かと電話しているらしく見る見るうちにその表情は強張っていく。イリスはどうしようもない不安感を感じてならなかった。通話を終え、コルは運転席から降りると立ちすくむイリスを素通りして、家の中へと早足で入っていく。慌ててイリスもそれに続いた。

 

中ではコルがモニカとダスティンを呼んで何やら話をしていた。

モニカは「まさか!?」と顔を青ざめて口元を覆い普段から無口なダスティンは拳をぎゅっと握りしめて口元を引き締めて何かを必死にこらえようとしていた。ジャレッドもタルコットも異様な雰囲気に集まってきてイリスは尋ねずはいられなかった。無意識にモーグリ人形を抱きしめる手に力が篭った。

 

「コル、一体何があったの?」

 

コルは、イリスに視線を向けるとしばし間をあけて

 

「……王子達から連絡があった。……姫が帝国軍に連れて行かれたそうだ」

 

と説明をした。イリスは、一瞬目の前が真っ白になり腕の力が抜けてモーグリ人形を床に落としたことにも気づかなかった。

 

レティが、帝国に?

 

「……嘘……」「真実だ」

 

イリスの呟きに畳みかけるようにコルは言葉を重ねた。

 

心の何処かでレティは強いのだと確信していた。

召喚獣から大切にされているはずだから、もし何かあったら誰かが助けるだろうという安心感があったのだ。それが単なる思い込みであったと受け入れたくないイリスは、ただ理由を求めた。

 

「なん、で?なんで!?だって、レティは!」

「王子達を庇った。御身と引き換えに」

 

淡々と答えているようでいて、コルは何処か憤り抑えきれないようだった。

それは、レティに対してなのか、それとも自分の力が及ばなかったからだろうか。

 

イリスも突然そのようなことを言われたからと言ってすんなりと受け入れられるはずがない。まだ、イリスは15歳の少女だ。大人ぶっていたところでそれは背伸びしただけ。

 

だって、レティは強いんだよ。

 

そう続けようとした言葉が途中でガス切れのように途切れる。

 

「………オレは、これからモニカと一旦レスタルムに戻る。ダスティン、後は頼むぞ。ジャレッド、シドが来たらすぐに船を直すように伝えてくれ。モニカ、行くぞ」

「「了解しました」」

「承りました」

 

モニカ、ダスティンとジャレッドはコルの指示に頷き返した。

 

「待って!私も連れてって」

 

イリスはそう言ってコルの腕に縋りついた。

焦ったジャレッドは「イリス様、それはおやめ下さい!」と引き留めようとする。だが素直に止めて聞く性格ではないのは十分わかっていたからこそ、「止めないで」と拒むイリスに言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「姫様の御気持ちをどうか、お察しください。我々の安全の為に姫様はこのように策を練ったのです。イリス様に危険が及ばないようにとご配慮をしてくださったからこそ、私達はこうして無事でいるのですよ」

 

だからどうかレティの気持ちを汲んでほしいとジャレッドは切実に訴えた。

 

「……わかってるよ。でも、心配なの」

「………」

「お願い!コル、私も連れてって」

 

どうしてもレティを救いたい。その想いに嘘はないんだとわかってもらいたかった。

 

「駄目だ。ハッキリ言おう。足手まといになる」

「これでもアミシティア家の娘よ。それなりに戦える!」

「ただの防衛術だ」

「そうだけど!でも」

 

戦える!そう言い返そうとした。だが、コルの

 

「人を殺す覚悟はあるか」

 

との問いかけにイリスは息を呑んだ。

 

「!」

「少なくとも、姫はその覚悟を抱いておられた。イリス、お前に人が殺せるか?」

 

射抜くような鋭い瞳に射竦められてイリスは言葉に詰まる。

これはただの喧嘩ではない。国と国との存亡を賭けた戦争なのだ。

コルから発せられるプレッシャーにイリスはブルリと身を竦ませた。足がガクガクと震えて立っていられなくなる。

 

殺す、などと無縁の世界だった。

イリスは、守られる側だった。

殺すというイメージそのものが沸かない未知なる領域。

 

戦えるという意味と、

殺す覚悟があるとでは大きな開きがある。

 

「………私は…」

「お前には無理だ」

 

ハッキリと言い切るのはコルなりの優しさだ。レティが守りたかった者を戦に駆り出させるような真似はしたくないと。言葉足らずのコルの不器用な優しさ。

 

「では後は頼んだ」

 

コルは、さっと身を翻し玄関から外へ出て行ていき、モニカも後ろ髪惹かれる想いでイリスをちらりと見ながらコルの後を追って出ていき、パタンとドアが閉められた。

イリスは、その場にペタンと腰を下ろして玄関のドアをぼんやりと見つめた。

 

タルコットが遠慮がちに、モーグリ人形を拾い上げてイリスに差し出した。

 

「イリス……」

「……わかってるもの、自分に力がないってことくらい」

 

イリスは苦し気にそう呟いてモーグリ人形をタルコットから受け取り、縋るように胸に抱きこんだ。イリスが力を込めれば込めるほど気の抜けるような音がモーグリのお腹から鳴り続ける。

色々な生地をつぎはぎして作ったモーグリ人形は元々レティの為にと作ったものでイリスが慣れない針を使って、市場でイグニスとあーだこーだ言い合いながら生地を買ってジャレッドから教わりながら一生懸命に想いを込めて作った人形。

出来栄えは中々のものでイリスも自画自賛するくらいに気に入っている。

 

次に会えた時にレティに渡そうと決めていてどんな顔をして驚くのか目に浮かぶくらいイリスもその時を心待ちにしていた。

絶対喜んでくれるはず。クペも嫉妬するくらいに。

それなのに、レティは連れて行かれたとノクト達から連絡によりその期待も無残に切り裂かれ、行き場のない想いをどうやって昇華するか、その術をイリスは知らない。

 

「レティ、の馬鹿ぁ……!」

 

イリスたちのことには気を配る癖に自分のことはからっきし無頓着で、それが非常に腹立たしい。けどそれが逆にレティの美徳であると知っているからこそ、やりきれないこの想い。

 

「……ひっく、……っ」

 

涙がこみあげてきて、喉を詰まらせてイリスはモーグリ人形に顔を俯かせてさらに抱きしめる。今の自分に出来ることは、ただ待つことだけ。

助けに行くこともできず、彼女の為にしてあげられることもなく、

友達の無事を信じて、待つことだけがイリスにできる唯一のこと。

 

置いてけぼりのモーグリ人形は、ねじれるくらいに抱き込まれて気の抜ける音を鳴らした。

【ぺこん】

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