レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

122 / 199
私を愛してくれる家族はいた。
たった一人だけ。でもそれは私が望んで得た人ではなかった。
歪んだ愛情の果て、ルシスは滅びあの人の命を奪った罪が私に覆いかぶさる。
数多の命と引き換えに得た、家族という名の新たな鎖は、私の四肢を縛り上げ、心を蹂躙し踏み荒らしていく。
気持ち悪いと感じると同時に、それは自分に対しても同じ気持ちを抱いた。

もしのIFの世界を想像しては、打ちのめされる。
存在そのものが最初からなかったら、別の幸せな未来が待っていたはずなのに。
私を産み出した男女二人は、こうなることを予測すらせずに私を創りだした。彼らと私は所詮別個の命。

それぞれの特徴を受け継いだ私は一つの種だ。
それも災厄の種。

本当に私を育て上げてくれた人達になんて申し訳ないことだろうか。
だからこそ、私は自分を追い詰めることをやめられない。


法界悋気~ほうかいりんき~

帝国での囚われの日々はレティの精神を確実に蝕んでいった。イドラとの面会後、レティは部屋に閉じこもりまともに食事もとろうとせずシシィは何とかしてレティに食べてもらおうとするが、レティは頑なに拒み続けた。

温かいスープだけでも飲んでほしいと涙ながらに懇願するシシィを視界に入れないようにレティは冷たく拒絶した。

 

「構わないで、私に、構わないでぇ」

 

夜も魘されまともに睡眠もとれてない上、極度の疲労と精神的ショックで見る見るうちにレティはやつれていき目の下にはくっきりと隈までできてしまった。すっかり生気を失ったレティに、これはいけないとテレーゼの指示で手荒に食事を与えようとするが感情の高ぶりから魔力暴走の兆しが現れはじめ、クペが彼女達に注意を促して無理強いだけはさせないでと涙ながらに頼み込んだ。イドラもレティの容態を伝え聞き胸を痛めては何とかレティの回復に繋がるような手立てはないかと模索する。

だが心が疲弊している以上、たとえ有名な薬を服用させようとも彼女の心を癒すにはいたらなかった。

 

誰もが、手立てなしと諦めきる中一人の男は傍観を決め込んでいた。

 

ある、時までは。

 

何度も何度も私を襲う悪夢が尽きることはない。

 

『はぁ……はぁ……違う、違うの』

 

よろよろと疲弊した体に鞭打って私はそれらから逃げる。奴らが、奴らが来る!!

恐怖で顔は歪み、早く早く!と自分を急かすが体が限界に来ていた。

足をもつれさせ、バタリと前から倒れてしまい、すぐ後ろに奴らが迫っていることを感じる。私は頭を抱えて奴らの声を聞くまいと固く固く身を縮こませる。

 

『違う、違う!』

 

私は、私は。あの人を殺すつもりなんてなかった。

ただ、見て欲しかっただけなの。

私を、愛してほしかっただけなの!

 

私の存在が、ルシスを、インソムニアを、ノクトの大切な人達を奪ってしまった……!

その事実だけが今の私を壊す要因だ。

グラディオラス達は気づいてたんだ。あのコルでさえ気づいていることを彼らが知らないわけじゃない。

 

私が、ニフルハイム皇族の血を引き継いでいると。私が、裏切り者であると。

最初から、知っていた。知っていて、何も言わなかった。責めもしなかった。

私が、クレイを殺したのに、私が国を壊したのに、私が、あの人を葬ってしまったのに?

 

「レティ!!気を保つクポ――!!それ以上は――!!」

 

ああ、駄目なの、何処からかクペが私を止めようと声を枯らして叫んでくれる。

でも、駄目なの。私は、皆を裏切っていた。わたしは、皆に恨まれていた。

 

「あ、ああ、ああああ」

 

現実の世界の私が苦しみに呻いている。

両耳を抑えて蹲る私のすぐそばから彼らの蔑む声が聞こえてくる。

一緒に旅をして大切な仲間だと私は思っていた彼ら声が、蹲る私のすぐ頭上から周りを囲むように追い詰める。

 

『レティの所為でオレの親父は死んだ』

 

グラディオラス?でもクレイは私の師匠だったのよ?

私は殺してなんかない!

 

『まったく、君に付き合うのはもうこりごりだよ。だがもう付き合わなくて済むと思うと清々するものだな』

 

イグニス?なんで?

私のこと、嫌いになった?私が疎ましかったの?

嘘!そんなこと何も言わなかったじゃない!?

 

『アンタの所為でルシスは滅んだんだよ!』

 

プロンプト?

違う、私は、私は!ルシスを滅ぼしてなんかない。壊したかったわけじゃない!

 

『レティ』

 

あ、ああ。ノクト!

ノクトは違うよね?私を、助けてくれるよね?

 

私は顔を上げてノクトの姿を探した

彼はすぐ真正面にいて、縋りつこうした私を、ノクトは汚いものを払いのけるように手で払いのけた。

 

の、ノクト?

『お前の所為で、親父は死んだんだ!お前さえいなければっ!』

 

憎悪。激しい憎悪をノクトはぶつけてくる。私に。

 

やめて、私をそんな目で見ないで、ノクト。ね、やめてよ。

お願い、私達、家族なんでしょう?ね、家族だって言ってくれたじゃない?

妹だって、言ってくれたじゃない?オレは傍にいるって、いって、くれたじゃない?

 

全部、嘘だったの?

 

『汚ねぇ手でオレに触るな、裏切り者』

 

私を蔑む言葉と共に、いつの間にかノクトは隣にいたルナフレーナ嬢の腰に手を回して引き寄せる。ルナフレーナ嬢は私に当てつけるようにノクトの胸に頭を摺り寄せた。

ノクトは愛しむようにルナフレーナ嬢の顎を掬い上げ軽くその唇にキスをした。啄むように何度も何度も二人はキスを交らせる。

 

私の、目の前で。私だけの、王子様だったのに。

王子様は、自分だけの御姫様を愛した。

 

理解できない感情が私の心を支配していく。その勢いに負けて私は瞳を緩ませ視界を揺らした。

 

わたしは、かれにとってなんだったのか。

 

ノクトと彼女のキスを私は長い間見ていた、ような気がした。

まるでそこにいたのかと初めて彼の興味が私に向いた。だから、私を見てくれる!

ほんの少しだけ期待感が産まれた。彼の、死刑宣告を訊くまでは。

 

『オレ、ルーナと結婚する。そしたらクリスタル取り戻す。次に』

 

結婚?わかってるよ。だから私、ノクトの為に頑張ったんだよ?

クリスタル?うん、ここにあるんだよ。だから私ノクトの為に盗ってくるよ?

だから、お願い。私を、見て。

 

『レティを、殺してやるよ』

 

あ、ああ。

ノクトが、のくとが私を殺す?ころしに、くる?

 

「ああ、ああああ」

 

私は、忌むべき存在だったということ?最初から、産まれるべきじゃなかった?

ならなぜ優しくしたの。私を殺すつもりならなぜ温かな眼差しで私を見たの?

――のくとが、わたしをころす。

 

嘘じゃない、これがほんとう。

全部、現実。

 

息が、出来ない。

呼吸が、続かない。

涙があふれ、激しく心臓が早打ちし胸が苦しくなる。

 

「あああ、嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁあぁぁあああああ」

 

何もかもが私を追い詰める。

見えない透明な縄が私の首に回って、締め上げられている気分だ。

 

 

過呼吸を起こしたレティはベッドの上で涙を零しながら自分の胸を掻きむしった。

 

息ができない、手足がしびれ、早鐘を打つ心臓、死への恐怖、自分を取り巻く騒がしい外野、何もかもがレティをパニックに陥らせる要因であり、喘ぐようにレティは口をパクパクとさせた。

 

安心させようとするもクペでは対処できずそれはシシィにおいても同じこと。

ベッドの上でもがき苦しむレティに「姫様!」と抑えようとするが、レティは何度も頭を振って無意識に抵抗してシシィの腕を拒んだ。

 

そこへアーデンが気配なく現れ、レティが暴れるベッドに歩み寄る。帽子をベッドの端に投げて、「……仕方ない。荒療治だけど我慢してくれよ」と何を考えているのかベッドに膝を付けた。クペはぎょっとして「お前!レティに何するクポ!?」と声を荒げた。シシィは「アーデン様?」と訝しんだ。

 

アーデンは面倒くさそうにレティを庇おうとするクペの背中をひょいと引っ掴んで「な、何するクポ!?」と暴れるクペに構わずに呆けるシシィへと投げ渡した。

 

「クポ!」

「キャッ!」

 

シシィがクペを見事両手でキャッチしたのを確認してアーデンは口元で静かにするようにとサインを送った。

 

「召喚獣サマは黙っててくれるかい。御姫様を死なせたくなかったらさ。それとシシィ、これから見ることは他言無用だ。いいね」

「は、はい」

「お前!」

「黙って」

 

アーデンはレティ専用の大きなベッドに膝を乗せて上がり、レティの上に覆いかぶさるように組み敷いて暴れる彼女を閉じ込めた。身長の高いアーデンは難なくレティをすっぽりと自分の下に収めた。

 

「…っ…」

 

爪を立ててレティはアーデンを拒んだ。足をばたつかせようにもしっかりと押さえつけられてそれも叶わない。

だがアーデンはレティの暴れる両手を片手でまとめて掴み動きを封じる。もう片方の手でレティの顎を固定させ、顔を近づけてこう囁くように言った。

 

「先に謝っておくよ。ごめん」

 

それからアーデンは躊躇いもなくレティの唇に自分の唇を押し当てた。

 

「っ!」

 

それは軽く触れる程度のものだったが、レティのパニックを一時的に止めるには効果的だった。クペは全身の毛を逆立ててただただ声にならない悲鳴を上げて、シシィは「まぁ!!」と頬を赤らめさせクペを抱き込む腕に力が篭った。

 

ただの治療で邪な想いは一切ない。

少なくとも、アーデンはそうだった。――最初のうちは。

レティは目を大きく見開いた。

 

「…っ……はっ……」

「息、吸って」

 

そう言ってまたアーデンはレティの唇を吸った。

 

「……はぁ、……は…」

「ゆっくり、ね。そう、いい子だ」

 

親が子をあやすようにアーデンは優しい声でそう励ました。

 

アーデンと涙に潤むレティの視線が絡み合い、またアーデンはレティに口づけた。

顎から手を離し、目尻の涙を指先で拭いキスを何度かしてレティはようやく呼吸を落ち着かせた。

拘束していた両手から力が抜けるのを感じ、アーデンはそっと手を離した。

 

レティは気づいていなかった。

自分を落ち着かせる為にアーデンと口づけしていることを。

 

ただ上の空で「の、くと……のく、と……」と何度もノクトの名を呼んでは幾筋も涙を零しついには意識を手放した。

アーデンは気を失ったレティの上から退いてベッドから降りて、帽子を手に取りまた頭にかぶった。

クペはすぐにレティの体にへばり付いてアーデンを警戒しながら「レティに触るなクポ!」と憤り抑えられずに怒鳴りつけた。シシィも「姫様!」と駆け寄らずにはいられず、落ち着いた様子を確認して安堵感から涙目になった。

アーデンは皮肉を込めて敵意むき出しなクペにこういった。

 

「それがお姫様を助けたお礼の言葉かい?」

「だからって他にやり方があったはずクポ!レティが知ったら、どれだけショックか……」

 

あまりに過保護すぎる庇い方にアーデンは呆れてしまった。

あれが癖になればその度に周りを巻き込むかもしれないというのに。彼女自身が特殊すぎるのはクペが誰よりも知っているはず。

 

「だが一番手っ取り早い方法だったはずだよ。……彼女は精神的に参ると魔力暴走を引き起こすんじゃなかったかな?」

「!どうして、それを……」

「ここでそういうの起こされると困るんだよねぇ。後片付けとか大変だし。それに」

 

アーデンはそこで一旦言葉を切り、意味深な言葉を眠るレティへと向けた。

 

「彼女には、自分の使命を受け入れてもらわないと」

「……お前、レティの何を知ってるクポ?!」

 

使命という言葉に敏感に反応したクペは、レティから離れパタパタと忙しなく羽根を動かして今にもアーデンに飛びかかりそうな剣幕だった。アーデンは驚いた様子もなく、むしろどこか愉悦そうに喉を鳴らして笑う。

 

「おやおや、それを言うなら君も知ってることじゃないかな。彼女に課せられた使命を。だから彼女の傍には常に召喚獣が付き従っている。彼女こそが、選ばれた者だからだ」

 

この男は、確実にレティの秘密を掴んでいる。

人間では知ることすらできないはずのレティの宿命を。

 

「………お前こそ、体にシ骸を纏って何を考えてるクポ!」

 

クペは見抜いていた。アーデンの身に棲まう者の正体を。

最初こそ、得体のしれぬ者に恐怖していたが、外でシ骸と戦う経験を経てそれらの情報を知ったクペは以前ほどシ骸に対して恐怖心というものはない。だがアーデンは別だ。

人間でありながらシ骸に食われることなく動いている。

普通、ではない。異質なのだ。この男の何もかもが。

 

「………色々と事情があってね。細かいことはいずれ話そう。彼女を交えて、さ」

「………」

「それじゃあ後は任せたよ。召喚獣サマ」

 

ひらりと手を振ってアーデンは背を向けて部屋を出て行った。

パタンと静かにドアが閉まるまでクペはその背をじっと見つめて、アーデンが完全にいなくなると静かに眠るレティの元まで飛んで戻って行った。

 

「レティ」

 

クペはジワリと涙を浮かべて窶れてしまった頬を小さな手で優しく撫でた。

 

「大丈夫です。きっと、良くなりますよ」

 

シシィがそう言ってクペを励ますように小さく微笑むとクペはグシグシと腕で涙を乱暴に拭いて「クペが絶対元気にさせるクポ!」とシシィを見上げて力強く言った。

 

 

その頃、すぐ出た扉の横の壁に背を寄りかからせてアーデン自分の唇を軽くなぞっていた。

水分の無くなったかさついた唇だった。魅力も何も感じない。自虐的に染まっている瞳も好きじゃない。むしろイラつかせるだけ。

 

暴れる女を無下に組み敷くほど女好き、というわけでもない。

だからこそ先ほどの自分の行動に驚いていたのだ。

傍観するつもりだったのだ。最初は。試すつもりだった。だが、彼女の心からの悲鳴が耳に入った時気が付けばドアノブに手を掛けていた。そこからは勢いのままあの行為に及ぶ。人助けなどいつ以来だろうか。人で無くなった時からそのようなもの無縁だと思っていたが、まだ誰かを助けるなどという善意というが働くとは思いもしなかった。

それがあの姫からの影響か、それとも自分の心境の変化か。どちらにせよ、自分にとってレティという存在は必要不可欠なのだ。

 

だから、何も問題はない。

だが、一点だけ気に入らないことがある。それは、他の誰かではなくノクトの名を呼んだこと。ノクト以外なら誰でもよかったというのにレティはノクトの名をしきりに呼び続けていた。どれだけ自身が追い込まれようとそれでもノクトを求める健気な一人の女。

 

「オレが、ノクト、ねぇ……。謝らなきゃよかったかなぁ」

 

という呟きは誰にも聞かれることはなかった。

僅かな嫉妬心などきっと気のせいだ。

 

そう、己に言い聞かせて。

 

アーデンは体を起こし今度こそ部屋から離れて行った。

 

【その感情の意味は】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。