レティーシアside
私は、考えることを放棄した。
何もかもが私を追いやるのなら何も考えなければいい。足掻くから苦しいのだから、求められるまま私を演じればいい。だから望んでもいないレティーシア・エルダーキャプトとなった。
レティーシア・ルシス・チェラムはもう捨てられたのだ。
また次が来たと思えば気持ちも楽。誰かに甘えることも泣き虫であることも無邪気でいることも強がりでいることも何もかも必要ない。ただ言われるがまま、新たな自分を演じていけば何も悩むことはない。演劇する舞台はルシスからニフルハイムに移った。演劇内容も変更され台詞も定番の言葉ばかり。立ち振る舞いは既にルシスで身についている。作法も皇族としても教養も皇女たる仮面も何もかも私は教わっている。だから、何も問題はない。
私をニフルハイムの皇女として正式に迎え入れる。
そう、私の祖父イドラ・エルダーキャプトは臣下たちに高々と宣言した。
それに一斉に頭を垂れる臣下たち。皇宮内で皇帝に謁見できる者は全て集められたらしい。それだけ、このお披露目は意味があるもの。
言わずとも分かる。私が、後継に望まれていることを。
不服は言わせまいとする祖父の皇帝の威厳を垣間見た。祖父の座る玉座より一段下に控える私に向かって祖父は立ち上がり、私の方へ手を伸ばす。私はゆっくりとその手に自分の手を重ね恭しく腰を引いて頭を垂れた。
「レティーシア」
「はい、お爺様」
「其方はこれより、レティーシア・エルダーキャプトの性を名乗るのだ」
「はい、お爺様」
「……そのような顔をするな……、大丈夫だ、すぐに慣れる」
「はい、お爺様」
そのような、とは一体どのような顔だろうか。私にはわからない。
私はいつもと同じ顔をしているはずなのに、何か違っただろう。
でも、祖父はすぐに優しい眼差しで私を見つめた。何も問題はないみたい。
祖父自らの手によって、私の頭の上に皇族の縛りであるティアラが乗せられた。
これは私を縛る新たな首輪。宝石と見事な銀細工で飾られた豪華な首輪だ。
「これで、ニフルハイムは豊かになる」
イドラは満足そうに頷いて「良く似合っている」とほめてくださった。私は目を伏せ「ありがたきお言葉、感謝いたします」とお礼を伝えた。
民がどうとか、戦がどうとか、クリスタルがどうとか。
どうでもいい。
全て、与えられた役割だ。
私は求められるまま演じていればいい。何も考えずに、全て委ねて。
ただ、ここに存在していればいい。
それは意思無き人形と一緒だと、誰かが耳元で囁いた。
【まるでほの暗い世界のよう】
※
シシィside
私が姫様付の侍女に選ばれたには理由があります。
一つは年が近いため。イドラ皇帝陛下のご配慮により心寂しい想いをさせないようにと姫様を気遣ってのこと。二つ目、姫様に是非とも叶えていただきたいことがあるからです。姫様でなくてはならない大切なこと。我が帝国の運命を左右させる方。
厳かな儀式は秘密裏に国民には知らせずに行われました。姫様の安全第一を優先にさせられたそうです。
姫様はこの日の為に新調されたドレスに着替えられ、銀色の髪を後頭部でシニョンにまとめられ首元には金細工のネックレスで式に向かわれました。私も御側でお着換えをお手伝いさせていただきましたが、その美しさに思わずため息が漏れてしまうほどでした。
大きく胸元が開いた形で胸の部分はふんわりとした半透明のレースが使われ両サイドに小さな花々が胸元を囲むようにつけられていて、スッキリとボディラインに沿う形の部分には光沢ある白の生地が使用され線の細さを嫌味なく強調し、その間のつなぎ目に装飾された同じく花々が縫い付けられていました。
足元へと広がるドレスには春を告げる花々が繊細なタッチで描かれてり、その生地のデザインの上に全体を覆うように半透明のレースがあしらわれ緩やかな波がつくられておりましたし胸元から脇に掛けてざっくり見える部分に対して、背中を隠すようにレースが広がっておりそれと繋がって肩口から二の腕部分に対してレースで作られた袖口が使用され女性らしいほっそりとした腕が見えました。
佇まい、そして容姿に何をとっても完璧な皇女殿下。
そして皇女殿下の証である特注のティアラ。
緑が芽生え始めるようにいくつもが重なりあう銀の装飾形の中央に大きく涙目型で大粒の赤い宝石が飾られていて全てが姫様の為にと創られた一級品でした。
恐れながら私も陛下からの御計らいにより、式に出席することが叶いました。厳粛な空気の中、皆様の視線にたじろぐ御様子もなく堂々と陛下からティアラを乗せられ、正面を向いた時の殿下の御顔は忘れることはないでしょう。
この方が、レティーシア・エルダーキャプト殿下。
他の者が姫様のどのように思っておられるか私には分かりません。
ですが、私はこの御方にお仕えできている我が身の宿縁に喜びを感じずにはいられませんでした。
御父様がおっしゃっていた通りの御方だったんですもの。目を奪われるような美しく指通り滑らかな銀髪、癒しをお与えになる深緑の瞳。整った容姿もさることながら何よりも殿下自身の御姿立ち振る舞い、それに合わせて殿下自身が纏う雰囲気に惹かれておりました。
それは、式が終わってからも変わることはありません。むしろ、もっと姫様のことを知ることができました。それはお部屋でお茶の時間でしたのでその準備に取り掛かっていた時です。読書に勤しんでおられた姫様からの唐突のお誘いでした。
「シシィ、一緒にお茶しない?」
姫様はとても気さくな御方で召使である私にも親しみを持って接してくださりますが、仕事中にそのような大それたことお受けするわけには参りませんでした。召喚獣様、クペ様も一緒に御一緒でしたがここのところ、沈んでおられる御様子。姫様はクペ様を気遣っておられましたが、たぶんあの一件が尾を引いておられるのでしょう。……私の口からはとても言えません。何より、アーデン様とお約束してしまったので反故することはできません。
「ですが、私は」
「大丈夫。テレーゼには内緒にしてあげるから。ね?」
……そのように仰られても私には。うぅ、姫様のおねだり視線に屈してはなりません。テレーゼ様からもキツク言われておりますもの。……一度叱られるとかなりげっそりとなりますから、出来ればそのような危険から遠ざかりたいのです。私は断腸の想いで頭を垂れ、お断りいたしました。
「でも、申し訳ありません」
「……そう、分かったわ。ゴメンね、無理言って」
寂しそうに笑みを浮かべては決して私に無理強いなさろうとはしませんでした。
少し、良心がチクンと痛みがあったのは事実です。
「申し訳ありません」
「いいの。それよりもテレーゼ呼んでくれる?」
「はい」
そう命じられて私は急ぎ足でテレーゼ様の元へ。丁度他の女官のミスに対して厳しく叱っておられた直後でした。私は恐る恐る殿下が御呼びであるとお伝えすると、叱り飛ばしていた時よりは幾分か気が和らいでおられた御様子。
「分かりました。すぐに伺います」
私はテレーゼ様の後ろに付いて殿下のお部屋まで共に戻りました。長い回廊で運動不足解消にはうってつけと殿下はおっしゃっておられましたが、本当にここでジョギングでもなさるのでしょうか?ああ、これは関係ありませんでしたね。
「姫様、私を所望とお伺いいたしました」
「ええ。テレーゼ、待っていたわ。そこに掛けてちょうだい」
そう言って、姫様は空いている椅子に腰を掛けるようテレーゼ様に促しました。ですが、テレーゼ様も突然のことに動揺を隠せない御様子でした。狼狽える御姿など私は見たこともございません。かなり貴重でした。
「え、いえ、ですが」
「大事な話があるの、お願い」
「………承知いたしました」
仕方なくテレーゼ様は殿の勧められた椅子にお座りになりました。ついで私に「シシィ、お茶の準備をお願いできる?」との申しつけに頷いてお答えしすぐに準備にかかりました。ああ、後ろのお二人が気になって手が震えてしまってカタカタと音を鳴らしてしまいました。
「……」
「姫様、御話とは?」
「そうね、まずは一緒にお茶をしましょう」
「今、なんと?」
テレーゼ様の御声が普段よりもオクターブ一段くらい低くかったのはすぐにわかりました。対して姫様はそれあもう涼やかな御声で、テレーゼ様の圧にも屈することなく仰られていました。
「一人だと寂しいの。できれば二人、いえ三人いいえ。四人でお茶をしてみたいの。クペで二人目、貴方で三人目。そうね、あと一人足りないわ。あ、シシィがいたものね。シシィ、一緒にお茶しましょう」
「ひ、姫様?」
これは姫様の策だったのだと気付いたのは後からでした。
「お願い、シシィも……。でないと私が退屈で死んでしまいそうになるわ。クペも一緒がいいでしょう?」
「……クポ…」
「ね。ほんの少しでいいの。付き合ってくれる?」
「……ふぅ、分かりました。今回限りですが。シシィ、姫様の許可がいただけたのです。そこにお掛けなさい」
「え、あ、……はい……」
姫様はほっそりとした指先でカップをお持ちになって口元へ運びになられた。
絵になるというのはこの方のことを言うのだろうか。美しい絵画のように見惚れてしまう姫様は、憂いを帯びた表情で不躾ながら見つめてしまっていた私とパチッと視線が合い、私は慌てて恥ずかしさから顔を俯かせてしまいました。
テレーゼ様が「シシィ」と私の名を呼んで行動を窘めようとしましたが、姫様は、「視線が合ったくらいで気にしないわ。むしろ私に興味を持ってくれているんだと思うと嬉しいもの」となんともお優しい言葉を掛けてくださいました。ですが、やはり私の目から見ても姫様は御無理をされていることは分かりました。
だからこそ、テレーゼ様も今回限りと仰いながら、違う形で誘われてすでにこれで3回目であることをに触れないのでしょう。
姫様が皇女らしく振舞われるごとに、姫様の御心が壊れていくような気がしました。
※
姫様が御就寝なされたのを確認して部屋を退室させていただき、やるべきことを終えて自分の部屋に戻る途中、廊下に見慣れた姿があり私は嬉しくてスカートの裾を持ち上げて駆け寄ってしまいました。
「シシィ」
「御父様」
「そのように駆けなくともいい。転んでしまうぞ。昔の様に」
私を窘める言葉とは裏腹に仕方のない娘だ苦笑されて、私は恥ずかしさから「もう!昔のことはお忘れください」と強く言い返してしまいました。
私の父、ヴァーサタイル様。私達の産みの親であり創造主であられる御父様は全てを憂いておられます。このニフルハイムも、産み出された魔導兵らも。そして私達兄弟のことも。
御父様は姫様の精神的に不安定な部分をお気になさっておられた。だから毎回会えば姫様の御様子をお尋ねになられるもの。焼いてしまいそうですわ。
「どうだ、殿下は」
「はい。まだこの環境に慣れておられない御様子です。……御側で仕えさせていただく身でありますが、その、とても胸が痛みます。……殿下は、どこか諦めた御様子なんです」
御父様は深くため息を吐かれた。
「……知りたくもなかった事実を知らされ、あまつさえ祖国を奪ったのは実の祖父と知れば気も滅入るだろう」
「……はい」
事実は事実として受け止めるしかないのでしょう。ですが、あまりに突然すぎたと思うのです。20年もの長きに渡る幽閉の御身、私にはその苦しさは到底はかり知れるものではございません。
「だが、儂たちには時間がない。クリスタルなど我らの手に負えるものではないのだ。アレは人に過ぎたる力」
そのクリスタルも陛下に影響が出ないよう別の場所に隔離されていると聞きます。アレは自ら認めた者でしか反応しないと。
そうそう、姫様の一件から失礼ながらアーデン様に対するイメージがガラリと変わりました。以前のアーデン様はどこか不真面目な態度で本音を絶対に出さない御方だと拝見しておりましたが、姫様をお助けする姿はいつもよりもお優しい表情でおられました。まるで別人とはこの方ではないかと思ったくらいです。アレ以来アーデン様はいつも通りの飄々とした態度で普段通りふるまわれております。でも、時折姫様の前で気が緩んでいるような、そう、気を許している御様子でしたもの。
「……アーデン様は一体何をお望みなのでしょうか?」
魔導兵を産み出すようアドバイスを送られたのはアーデン様と聞き及んでおりますし。
腹の底が見えない方です。御父様もその点は気にしておられるようでした。私の問いに渋いお顔をなされました。
「分からん。彼奴の考えることなど到底はかり知れんよ……。それよりシシィ、体の調子はどうだ」
「はい。今のところ問題はありません」
私の体は常人より少し弱いのであまり重いものなどもてません。ですが、姫様の御側に仕えてからすこぶる体の調子が良いのです。
「そうか、何かあればすぐに無理せずに言うんだぞ」
「はい」
しっかりとお答えすれば以前よりも皺が多くなられたお顔の口元を緩めて微笑んでくださいました。
お優しい御父様はご自分の行いを悔いておられる。だからこそ、自分が始めてしまったことに終結させられる方をずっとお求めになられていた。
ですが、私は嬉しく思います。こうして親子として接する時間が与えられたことを。
本来であれば、この身ごと朽ちていたというのに。
御父様は自らの過ちにお気づきになられた。だから動こうとしている。
私も、御父様の為に働きたいのです。
そっと、御父様の手を両手で取り、自分の頬にピタリと添わせると御父様は苦笑しながら「どうした」と私の頭を撫でてくださいました。
「御父様、きっと、必ずレティーシア様は御協力してくれますよ」
「ああ。……そうだといいな」
「はい」
この命、御父様の為に捧げられるのなら本望ですわ。
どうか姫様、その御力をお貸しください。
私のような者を二度と産まないために。
【シシィという彼女について】