アラネア・ハイウィンドという女は基本的に面倒見のよい姉御肌だ。一応敵味方という区別がついていた先ほどのルシスの王子との戦闘もほんの腕試し程度のやりとり。簡単に言えば、じゃれ合っただけというやつだ。帝都で暇そうなレティに声を掛けた時から彼女の顔見知りとなり数回の暇つぶしならぬお茶会に顔を出すようになってからすっかりと打ち解けた二人は、皇女としてではなくただのレティとして扱うアラネアに素を出すようになった。それまでイドラの求めるままの皇女としての仮面をしていたレティの姿は痛々しいものだった。だから思わず声を掛けた、ということではないが見ていられなかったことはアラネア自身も渋々認めている。
本来であれば、余計な介入は控えろと自分で明言しておいてこれでは皆に見せる顔がない。誰よりも自分がレティに甘いことは重々承知である。本体と分離した姿ではこっちの方が割とはっちゃけられるしレティと至近距離で話せるというのはお得感満載である。まぁ今のところ自分の正体を知っているのはゲンティアナだけだろう。あの女も自分の使命に没頭して利用できるものは利用する覚悟でやっているようだしそれはまぁおいおい、話の機会を設けるとしよう。
きっちりと時間内の仕事を終えてアラネアは機内で自分専用の椅子に座って寛いでいると、部下でこの飛空艇を操縦しているビックスが警告音がなったことに気づき、ウェッジが無言でタッチパネルを操作してモニターにその部分を映し出す。
「お嬢、変なのが付いますよ」
「ううん?あら!根性でへばり付いてる。ふーん、……全速力出して」
躊躇いなくスチャッと指先で指示を出すアラネアにビックスは驚きの声を上げた。
「鬼っすか!?」
「これくらいで落ちるくらいならレティに相応しくないわね」
そう言ってアラネアはひじ掛けに肘をついて髪の毛を弄びながら「あら、枝毛」と顔を顰めた。とりあえず通常運転のままビックスは「姫様、ですか。お嬢、いつから愛称で呼べる間柄に……」と自分の上司の意外な交流関係に困惑するしかなかった。
ビックスとウェッジもアラネアの直属の部下としてレティが皇女として正式にお披露目された式に出席したのが、人間離れした美貌とあの若さで皇族とは何かを語るに相応しい堂々とした佇まいにただただ感嘆のため息しかでなかった。それだけレティの存在に引き込まれたという事実だったのだ。その噂の的となっている皇女を愛称で呼ぶとなると、話が色々と違ってくる。ただでさえアラネアの待遇に不満を抱く輩も帝国内の同僚に多くいるというのに、今の話が公のものとなったら今度は嫌味だけでは終わるまい。邪な考えから皇女と親しい間柄となり政権を掌握しようなどと考えているのではないか、と言い出す奴らも現れそうである。なんせ成り上がりの癖にと陰口叩かずに本人の目の前でいう馬鹿な嫉妬心むき出しの男もいるのだ。
アラネアはその問いには答えずに、枝毛を忌々しく睨みながら、
「そう。それからアンタたち、私暫くしたら鞍替えするかもしれないから身の振りの仕方考えときな」
と二人に突拍子もない発言をしまた驚くしかない部下二人。
「はぁ!?」
「オレは何処までも姐さんについていく」
リアクションは二通りだがおおむね予想通りの返しらしい。鞍替えと簡潔に言っているがその意味を深読みするなら相当大事な話だ。
だがアラネアは部下二人なら勝手についてくるだろうと分かっていたので予想通りの答えに軽く流した。
「そう、まーいいけど」
「はぁ。それよりも根性あるな、コイツ」
そう言って、モニターに映し出されるニックスの悪戦苦闘している姿を見るが、敵ながら同情を禁じ得ないらしい。ホントにすげぇよと称賛するくらいだ。
だかこれくらいはアラネアにとって普通の範囲内らしい。
「それくらいなきゃレティの守護者は務まらないでしょうよ」
「……姫様?の」
「そう。それにゲンティアナの仮とは言え加護を受けてるならこれくらいじゃ死なないって」
アラネアは手をパタパタ振って暢気そうに言った。
「ゲンティアナって誰ですか?」
「あ、気にしない気にしない。ほらほら全速前進!レティに美味しいケーキ買って帰るんだから!唯一の癒しタイムなのよ」
「は、はい」
というわけでニックスが必死にしがみ付いている飛空艇のスピードを上げたのでした。
※
その頃、必死に食らい付いているニックス君はというと、
「くっそっ!!」
死ぬ気で縋りついていました。
よりによって、こんな体験二度としたくないと心底思っていたのに、まさかこうして二度目になるとは。轟轟と耳元で唸る風の音とその風事態に体を持っていかれそうになる恐怖。命綱なしのロッククライミングよりもなお悪い。落ちれば死ぬことは確実。
だというの飛空艇のスピードはドンドン上がっていく。まるで眼中にあらずといった感じではないか。ますますニックスの癪に障った。いや、対抗心に火がついた。
「上等だ!絶対侵入してやるっ」
と固く決意し、夜が明けて日が東側から昇りコルから支給されたスマホがけたたましく鳴っていても無視し(というか出れない)入口を探そうにもそれらしき入口がまったく見当たらずだからと言って諦めるのも嫌なのでニックスなりの色々考えてシフトで動きまくって移動したりした。魔法ぶっぱなしてみるかと思案するも、よく考えるとこの状況で慣れていない魔法を使うことは自分にとってもデメリットでしかないし、仮に魔法がこの飛空艇にダメージを与えられたとしても自分も巻き込まれて事故に合うかもしれない。
そうやって打開策がないままどんどんと時間が経過していき、気が付けば太陽は西に沈んでいってあっという間に夜になり、ニックスは飛空艇の上に座りこんで仮眠をとることにした。
「次の日は、必ず!」
スマホの存在などすっかりと忘れているニックスは力を温存することだけを考えて眠りにつく。いつでも動けるように。
だが、ついに飛空艇は到着した。
ズン!と鈍い揺れと着陸した様子の音で目を覚ましたニックスは
「着いたか!?」
と剣を取り辺りを見回すと、そこには信じられない光景が目の前にあった。
「な、んで」
ニックスの目の前に広がるのは、大海原というかリゾート地。
まったく帝都と関係のないガーディナ渡船場に飛空艇は着陸したのである。一応観光で訪れている人を驚かせないための配慮か少し離れた海岸に飛空艇は着陸したようだ。
「なんで!?」
驚きを隠せないニックスに、下の方から「ちょっとー!」と声が掛かった。
怪訝に思いながら下を覗き込むと、そこには王子達と戦った女がニックスに声を掛けてくるではないか。まだ女の名を知らぬニックスにとってはどう扱っていいものやら。
「私たちはここで買い物してくるけどアンタもくる?」
「はぁ?」
「レティにとびっきり美味しいケーキ買って行こうと思って。どうせ、帝都に来るなら手土産買ってかないと女の機嫌取るのは大変よ」
「………頭が痛いぜ」
もう相手のペースに巻き込まれてしまったニックスは蟀谷に手を当てて痛そうにした。
「じゃ、そこで留守番しててくれる。私達行くから」
「よろしく」
「では失礼する」
言いたい放題言って去って行く面々にニックスは慌ててその後を追いかける為に飛空艇の上から飛び降りた。
「待て!レティのことを教えろっ!」
帝都に向かっていたわけじゃなくて完璧私用でガーディナ渡船場に来るとは予想もしなかったニックスは、こうしてレティとの距離がさらに長くなってしまったことを嘆くのであった。
「なんでこうなるんだよ……」
船の運航が止まった波止場に設けられた椅子に座って己の運の無さを一人嘆くニックスに、買い物を終えたアラネアが声を掛けた。
「少しは気を抜いておかないと真実を知った時、もたないわよ」
ビックスとウェッジは先に荷物を飛空艇へと運んでいるの席を外していた。
ニックスは八つ当たりするように睨み返した。
「あ?どういうことだ」
多少、ドス利かせている声にもアラネアは動じることもなく、遥か海のかなたを遠く見つめてこういった。
「アンタは、本当の真実を知らなきゃいけないんだから」
レティの真実をね。
【とまらない真実】
~主要人物紹介~
ニフルハイム帝国勢
アーデン・イズニア
ニフルハイム帝国宰相。レティを連れ去った張本人で最初のイメージよりは軟化した態度をレティには取っている。最近の悩みは【よく眠たくなる】こと。
イドラ・エルダーキャプト
ニフルハイム帝国皇帝。自分の孫娘とクリスタルを手にするために執拗にルシスを攻め落とそうとした。自分の息子はすでに故人。【光】に焦がれている。孫娘との微妙な距離にもやっとしている。
アラネア・ハイウィンド
ニフルハイム帝国軍空中機動師団の准将。レティのことは興味本位で気になっている。その内ハマりだしそう。
レイヴス・ノックス・フルーレ
ニフルハイム帝国将軍。ルナフレーナの兄。前グラウカ将軍より任を引き継ぎ全軍を動かす。レティとは相容れないと考えている。
ヴァーサタイル・ベスティア
ニフルハイム帝国魔道兵研究機関最高責任者。
帝国魔道兵を開発した本人でアーデンの情報提供により量産に成功した。食えないジジイだが帝国の衰退を誰よりも早く察知していた。イドラとは腐れ縁で今の地位を確立させ、のし上がってきた。レティにある提案を持ち掛ける。
シシィ・ベスティア
レティ付きの侍女。意外とお転婆な性格。体が弱い。
テレーゼ
皇宮内を取り締まる女官長。怒ると雷が落ちたように怖いらしい。