レグルスの子供たち   作:サボテンダーイオウ

128 / 199
[grow apart~彼編~4.1]

グラディオside

 

手のかかる妹だとオレは思っていた。イリスより危なっかしいし、父上からもよく目を光らせていろと強く言われていたしな。そんなお前からの遺言はこうだった。

 

『私のお墓は、父上と母上の間にしてね』

 

満面の笑みでレティはオレにそう頼んできたんだ。

だからお前の願い通りに墓は陛下と王妃様の間に建てた。少し小さめだが派手さを嫌うお前にはピッタリだと思うぜ。

こうして、皆が集う日が近づくほどに天気は雨ばかり降る。最近の天気予報なんか雨マークばっかりなんだ。カビでも生えてきそうだな。

しかも、王都だけじゃなくて広範囲に渡って雨マーク。それこそ、レスタルムとかテネブラエとかな。不思議なもんだぜ。……なんて、理由なんて分かってるけどな。分からないのは一般人ばかりだ。だが、それでいいとお前は言うだろう。

 

全てを知る必要はねぇんだ。

残してきた影に目を向けたい人はいないでしょうとレティは寂しく笑ったな。

 

近くなったな、その日が。

今、オレが何やってるかお前知ってるか?

聞いて喜べ、王の盾復活だ。オレは統領なのは知ってるよな。ようやっとそれなりの人材も確保できたってこった。それとコルは将軍職を辞職し、若手育成の方に回ってるぜ。そういう御堅いのは若い方に回せだとさ。引退する歳でもないくせにな。

変わりゆく世界の基盤は尊い犠牲達の上に成り立っている。最初からこうなるよう定められていたのかもしれないし、もしかしたらもっと最悪な形の世界もあったかもしれない。そこでオレはもがいて苦しんで耐え忍んで誰かを見送ったかもしれない。

それが幸せだというのなら、別の形の幸せなんだろうさ。

 

同じ言葉、同じ意味でも違うもんだな。

 

オレは今、幸せかと問われたら幸せじゃないというだろう。

代わりに不幸なのかと問われたら不幸でもないというな。

 

何かが足りない満たされることない毎日を送りながらオレは新たな王と国を守り続けている。

 

あれは、仕方のなかったことだ。

それが、世界と救う為だと自分に言い聞かせる。

この世界にレティはいない。だからこの世界が出来上がった。数多の犠牲の上で成り立つ世界にはようやく待ち焦がれた光が世界中に溢れたわけだ。どれだけ年数を掛けたかが問題じゃない。その時の選択次第で世界は目まぐるしく変化する。

 

二年だ。ルシスが復興を遂げるまで二年。

僅かなこの時間で前ほどの生活を取り戻せるなんて奇跡みたいなもんだろ。いや、そこに皆の努力があったこと前提の話だが、それでも以前よりも戻ってきた国民の表情は比べようがないほどに明るいものになった。魔法障壁で閉ざされた世界ではなく、本物の空を手に入れることができた。ルシス独自の通貨だってやっぱり色々とマズいってわけで世界共通のギルに徐々に切り替えようとしている。ルシスが世界と共存しつつあるわけだ。

 

……オレは、ある一つの罪を犯した。

誰にも言うつもりはない。このまま墓にまで持っていくつもりだ。

 

幼馴染であり、手のかかる妹のようなヤツがああなることを知っていた。

知っていて、止めなかった。オレは卑怯な奴だ。自分で自分を貶めるのがすきじゃねぇよ。実際、その通りってわけだ。

 

レティが死ぬ覚悟でいたことを知っていた。死とは直結の意味じゃない。だが似たようなものだ、オレにとっては。

止めることもできた。だがオレはノクトの為に、ルシス復興の為にレティを捨てた。いや、レティはそれでいいと何も言わずに笑みを浮かべた。

だが世間でいうならオレは叩かれる部類だろう。

もしかしたら同情を受けるかもしれない。そういう選択もあっただろうと。苦汁の決断だと。だがオレは、レティを殺したも同然の罪を犯した。

誰も知らないからこそ、オレはその罪の重さに耐えきれなくなる時がある。イリスが、オレに縋ってレティを想って泣く時だ。一時的に情緒不安定になったイリスはオレに、泣いて訴えてくる。

 

どうして、レティが死ぬ必要があったの!?と。

オレはその問いに答えられず、ただ口を噤んで妹を抱きしめる。

イリスはオレの胸をドンドンと力なく叩いては何度も同じ問いを繰り返す。徐々に弱くなっていく拳の手と震え縮こまるようにオレに縋りつく妹にオレは何も言えず、ただ「ごめんな」と謝ることしかできない。

 

レティが何かを覚悟したと直感で知ったのは、アイツがオレを『グラディオ』と呼んだ瞬間からだった。いつもなら普通にグラディオラスと呼んでいた奴が、愛称で呼ぶとか普通何かを疑うだろ?オレもその類だ。

 

ずっと前、ノクトが中学に入った頃だったか、いつも通り自分の図書室に籠って本の虫になっているレティの元へ赴いた時、それとなくさらっとオレを愛称で呼ばない理由を尋ねた。そしたらアイツなんて答えたか分かるか?

 

オレはレティの監視役でレティは監視対象だろうと。

だから節度ある態度を保つための一つの決まり事、だとよ。

 

それはレティなりのけじめだったんだ。

 

『自分はあくまで王族の人間ではない。王位に興味もなければこの国に興味もない。だから深入りするな、自分は出ていく身でノクトこそ誰よりも守らなくてはいけない存在である』と、幼い頃からアイツはその想いを貫くためにオレを愛称で呼ばなかった。だがオレはアイツをレティと呼ぶ。それは監視対象だからじゃない。オレが守るべき相手だからこそ誠意を信頼してほしいという想いでオレは愛称で呼んでいた。オレはレティに愛称で呼べとは言わなかった。それでレティが満足するならいいと考えていたからだ。

 

けど、オルティシエでのあの騒動の後、オレ達と再会をした。レティが一旦あちらに戻る為に船に乗り込んだ中でされた会話から雰囲気が暗くなっていく最中でのことだ。レティがオレを愛称で呼んだ瞬間から壊れた。

 

『言ったでしょう?アレは演技だったって。貴方の疑り深さも流石のものね、グラディオ』

 

グラディオラスではなく、グラディオとレティは呼んだ。

レティ自ら壊したんだ。

それが意味することなんて一つしかない。

 

オレ達の関係が解消されること。観察対象から外れオレが観察する意味もなくなる。レティはルシスから完全に脱し王家からも消えてレティーシア・ルシス・チェラムはこの世から消え去る。全ての条件が重なったことにより、レティはオレを愛称で呼ぶことにしたはずなんだ。

その意味を知ったオレにできることは、ただ一つだ。

 

『―――皮肉かよ、レティ』

 

何も変わらずに振舞うこと。

ノクト達に悟られないように、オレとレティは演技をした。普段通りのオレ達を。少しでも違う素振りを見せたら勘が鋭い奴らだ。すぐに分かるに決まっている。

だがどれほど身を斬る思いだったか、アイツがオレを愛情で呼ぶたびに、ああ、間違いじゃないんだよな。レティは覚悟を決めたのかと疑わずにはいられなかった。

だが嘘ではないと思い知らされる。

 

レティがグラディオとオレを呼ぶたびに。

アイツの意思は変わることはないんだと、気づかされたからだ。

 

オレは冗談交じりに笑いながら、元に戻さないのかとそれとなく尋ねた。

レティは、オレの目を見つめて静かな口調でこういった。

 

『私は、ようやく貴方をグラディオと呼べることを嬉しいと思っているの。その喜びを貴方は私から奪うの?』

 

オレは、何も言えなかった。

何も言えないまま、ただ送り出すことしかできなかった。ずっとつかず離れずの距離でアイツが苦しんでいる姿を見てきた。ただ、見ることしかできなかった。

だからオレがもう一度、愛称で呼ぶのを止めてくれと言うわけにいかないよな。オレにそんな権利はない。ルシスに縛り付ける権利なんか、ないんだ。

 

「お兄ちゃん、早く食べないとお仕事遅刻しちゃうよ?」

「ああ」

 

あの頃よりも髪を伸ばし始めた妹に急かされてオレは埋まりかけた思考から這い上がり、朝食を取り始める。口の中に放りこんで咀嚼するという作業をこなしオレは「ごちそうさん」と席を立って身支度を始める。

 

「お兄ちゃん、運転よろしく!」

「ちゃっかりしてやがる」

 

先に食べ終わったイリスはしっかりと身支度を整えて玄関で待っていた。まだまだ現役と語るジャレッドからバッグを受け取り「じゃ、行ってくる」と挨拶をすると「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と完璧な動作で送り出してくれるジャレッド。孫のタルコットは城で執事見習いに出されてたよな。まだまだ修行が足りないとジャレッドは孫に手厳しい。こりゃジャレッドの引退は長引きそうだ。

 

「お兄ちゃん早く早く!遅刻するっ」

「へいへい」

 

オレの腕を掴んで急かすイリスに引っ張られてジャレッドに手を上げて「後頼んだ」と言ってオレは玄関のドアをくぐった。

綺麗に掃除されているガレージを上げて愛車の助手席にいち早く乗り込んだイリスは、荷物を膝に置いてシートベルトを締めた。オレも続いて同じく運転席に乗り込んだ。多少型の古い車だが王都の最新の車にだって負けちゃいない。エンジン手動でつけるとこもイカしてるしな。しっかりとシドニーに頼んで整備は欠かさずしてるから故障とは無縁の機体だ。鍵穴に鍵を差し込んで動かすと、唸るようにエンジンが動き出す。すぐには発進できねぇから暖機運転してから発進するのはいつものことだ。

オレは会話の種で前から気になっていたことを妹に尋ねた。

 

「そういや、お前さ」

「うん?」

「なんで髪伸ばし始めたんだ?まさか、色気づいてきたか」

「違うよ!そんなんじゃないっ!もう、お兄ちゃんってすぐそういう考えに走るんだから」

 

むっとした顔で言い返してくるイリスに「ワリーワリー」と誤魔化すように笑って謝った。

 

「んで、本音は?」

 

正直に男と言われたら悩むがな、イリスの答えは予想とは違ったものだった。

 

「……忘れない為」

「ああ?」

 

イリスはオレの方を向かずに、こう続けた。

 

「レティを、忘れない為に伸ばしているの」

 

オレは、口を噤み、「……そう、か」と返すだけで精いっぱいだった。

会話はそこで途切れ、オレはハンドルを握りしめてシフトノブに手を掛けた。

ウインドウガラスから見える空は、どんよりとした灰色の曇り空だった。

 

【愛称の意味】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。